終末の継ぎ目で君を待つ
記憶を失った少年が、崩壊しつつある魔法都市の瓦礫の上で目を覚ます。煤けた路地、灰の匂い、そして掌に刻まれた歪な焼け跡——名前以外の何もかもを失った彼のもとに、赤毛の女が一本の杖を差し出す。「継ぎ杖」と呼ばれるそれは、世界に走る亀裂〈断層〉を焼き払って塞ぐ唯一の手段であり、振るうたびに使い手の記憶を一つずつ燃やしていく代償付きの力だった。触れた瞬間に蘇る、炎に沈む街と無数の悲鳴。杖を振るっていたのは、紛れもなく自分の手。七度、世界を焼いてきた記憶なき過去。失うものがないからこそ振れる杖を、それでも手に取った少年の前に、影から密かに彼を見つめるもう一人の存在が——。終わりゆく世界の継ぎ目で、記憶と代償と選択をめぐるファンタジー。
終末の継ぎ目で君を待つ - 七度目の灰、最後の断層
灰の荒野には、風が吹いていた。
宵闇レンは、瓦礫と灰の大地を一人で歩いていた。足を踏み出すたびに、灰が靴底の下で音を立てて潰れる。ざく、ざく、という乾いた音だけが、広大な沈黙の中に響いていた。
空は、二日前からずっと、裂けたままだった。
頭上の灰色の空を、巨大な亀裂が走っている。それは雲を突き破り、天の果てまで続いていた。亀裂の向こうは、黒でもなければ赤でもない。目を向けると頭の芯が痛くなるような、何もない色。レンは視線を落とした。
(最後の断層まで、あとどれくらいだ)
答えは、なかった。
記憶が、欠けていた。歩いているはずの道のりも、通り過ぎたはずの風景も、すべてが靄の向こうにある。二日前、自分が何をしたのか。誰を焼いたのか。誰を失ったのか。それさえも、輪郭がぼやけている。
だが、身体は覚えていた。
右手に握った継ぎ杖。焼け焦げた布が剥がれ、むき出しになった杖の表面には、無数の細かな刻みが走っている。その凹凸が、掌に食い込む感触。杖の重さ。振り上げた時の、あの熱。
(俺は、また、焼いた)
レンは、足を止めた。
風が、灰を巻き上げた。白い粉が舞い、視界をぼやけさせる。その中で、レンの脳裏に、何かが過ぎった。
——母の顔。
レンは、目を閉じた。
それは、記憶ではなかった。記憶の、穴だった。かつてそこにあったはずのもの。焼き消されたものの、輪郭。母の顔を、思い出せない。思い出せないのに、思い出せないという事実だけが、胸の奥に突き刺さる。
(母さん、どんな顔だった)
レンは、目を開けた。
空の亀裂が、少しだけ、広がっている気がした。
歩き出した。
灰の荒野は、どこまでも続いていた。かつてここに何があったのか、もう分からない。焼き直しのたびに、世界は塗り替えられ、上書きされ、消去された。地面の下には、何層もの灰が積み重なっている。それは、世界が死んだ回数の分だけ、厚く、重く、沈んでいた。
——七度。
レンの頭の中で、数字が浮かんだ。
七度の焼き直し。
(俺は、七回、世界を焼いた)
足が、止まった。
膝が、笑う。立っているのが、急に辛くなった。胃の奥から、何かがせり上がってくる。喉の奥で、灰の味がした。
(何のために)
(誰のために)
(誰を、消した)
答えは、灰の中に埋まっていた。掘り返すたびに、指先から崩れていく。掴もうとすればするほど、灰は指の隙間から零れ落ちた。
——ミナの手。
レンの右手が、杖を握りしめた。
瓦礫の下から差し出された、小さな手。茶色い袖。細い指。汚れた爪。握った瞬間、灰になった。指の形が、掌の形が、崩れた。温かい灰が、手の中に残った。
——カナタの背中。
炎の中。崩れ落ちる建物。自分を突き飛ばして、炎に包まれていった背中。右腕の焼け跡。古い火傷の上に、新しい火傷が重なった。
レンは、左手を見た。
掌の古い焼け跡。何かを握り潰したような、歪な形。
(俺は、何を握り潰したんだ)
分からなかった。
分からないことが、痛かった。痛みの正体も分からないまま、胸の奥だけが、じくじくと焼けるように熱かった。
歩き出した。
歩くしかなかった。
灰の荒野の向こうに、何かが見えてきた。
巨大な、黒い影。
崩れかけた魔法都市の中心遺構。空にまで届くかと思えるほど高い、折れた塔の残骸。その向こうに——
空の亀裂が、さらに深く、濃く、裂けていた。
最後の断層だ。
レグレト圏の中心部に位置する、最大の亀裂。幅は二十メートルを超え、深さは測れない。周囲の建物は、建設途中の姿と崩壊後の姿を同時に映していた。鉄骨が、存在しないはずの壁から生えている。石畳が、空中で途切れている。時間が、壊れていた。
レンは、その光景を見つめた。
(ここを、焼くのか)
(それで、世界は、保つのか)
答えは、なかった。
風が吹いた。
灰が舞った。
レンの背後で、足音がした。
「——待ちやがれ」
レンは、振り返らなかった。
足音が、近づいてくる。乱れた呼吸。引きずるような足取り。灰を踏む音が、不規則に響く。
「お前、一人で行くつもりだったのかよ」
声は、掠れていた。二日前に炎で焼かれた喉。煙を吸い込み、悲鳴を上げ、それでも叫び続けた喉。その声で、カナタはレンの背中に言葉をぶつけた。
レンは、ゆっくりと振り返った。
灰原カナタが、立っていた。
茶色の短髪は灰にまみれ、寝癖がさらに酷くなっている。焦げ茶の瞳は、血走っていた。顔には煤がこびりつき、唇はひび割れている。右腕は、肘から手首まで、古い焼け跡の上に新しい火傷が重なっていた。皮膚が捲れ、赤黒く爛れた肉が覗いている。背中も、服が焼け落ち、広い範囲が焼け爛れていた。
それでも、カナタは立っていた。
片手に、何かを握っている。小さな、金属製の何か。鎖が付いている。兄の形見だ、とレンは思った。
「お前、その傷で、よく立てるな」
声は、自分でも驚くほど平坦だった。
カナタは、笑った。痛みを堪えるような、歪んだ笑みだった。
「立てるさ。立てなきゃ、お前を止められねえからな」
「止めるのか」
「止めねえよ」
カナタの声が、低くなった。
「お前が何を決めようと、もう止めはしねえ。お前の好きにしろ」
レンは、カナタの目を見た。
血走った焦げ茶の瞳が、まっすぐにレンを見つめている。そこには、怒りも、憎しみも、なかった。あるのは、ただ、疲れ切った諦めと、それでも消えない何かだった。
カナタは、レンに背を向けた。
焼け爛れた背中。服の焼け跡から覗く、赤黒い傷。レンの継ぎ杖が作った、炎の傷。
「俺の兄貴はな、お前の焼き直しに巻き込まれて、帰らなかった」
カナタの声が、風に乗って、レンの耳に届いた。
「それでも、俺は、お前を止めるために、ここまで来た。お前が自分を焼き尽くす前に、止めたかった。でも——もう、いい。お前がそれでいいなら、好きにしろ」
レンは、何も言えなかった。
カナタの背中。そこに刻まれた、自分の焼き傷。この男は、自分を憎む権利を持っている。憎んで、罵って、殺してもいいはずの相手を、それでも一度も、憎しみで殴りかかってきたことがなかった。
(なぜだ)
(なぜ、お前は、俺を責めない)
レンの喉が、震えた。
言葉が出ない。出そうとすると、喉の奥で灰が詰まる。息ができない。胸が、痛い。
カナタは、歩き出した。
「行くぞ。最後の断層だ。お前一人で行かせるわけにはいかねえ」
「カナタ」
レンの声は、かろうじて出た。
「お前は、来ない方がいい」
カナタは、足を止めた。振り返らない。
「お前が決めることじゃねえ」
「死ぬぞ」
「知ってる」
「それでも来るのか」
「当たり前だろ! お前を一人で行かせたら、お前は絶対に、自分ごと焼く。そういう奴だって、もう分かってるんだよ!」
カナタの声が、震えた。
怒りでも、悲しみでもなく、ただ、必死だった。
「だから、俺が行く。お前が自分を焼こうとしたら、その手を止める。お前が倒れたら、引きずってでも連れ戻す。それで俺が焼けても、構わねえ」
レンは、カナタの背中を見つめた。
(この男は、なぜ)
(ここまで、俺に)
カナタは、再び歩き出した。灰の荒野を、最後の断層へ向かって。焼け爛れた背中を、風に晒しながら。
レンは、その背中を追いかけた。
追いかけるしかなかった。
空の亀裂が、軋んだ。
ギギギ、という音が、空から降ってくる。
二人は、最後の断層の前に立った。
巨大な亀裂が、大地を引き裂いていた。幅は二十メートル以上。深さは、底が見えない。亀裂の縁に立つと、足元から地鳴りが響き、空気が震える。断層の向こう側では、建物が、崩れかけているのに、同時に、建設中の姿を見せていた。鉄骨が宙に浮き、石壁が空中で積み上げられ、そして崩れていく。時間が、めちゃくちゃだった。
空の亀裂は、断層の真上で、最も深く裂けていた。
そして、その縁に——
氷雨セツナが、立っていた。
長い赤毛が、灰を含んだ風に激しく揺れている。腰まで伸びた髪の先端は、焼け焦げたように縮れていた。左頬の古い焼け跡。右手の指先が、幾つか欠けている。琥珀色の瞳が、レンとカナタを、静かに見つめていた。
セツナの手には、布に包まれた継ぎ杖があった。
「来たんやね、レン」
セツナの声は、風に乗って、驚くほどはっきりと聞こえた。
「待っとったで。ずっと、ここで」
レンは、セツナを見た。
彼女の笑顔。左頬の焼け跡が、笑うたびに歪む。その笑顔は、レンが最初に目覚めた時から、ずっと変わらない。変わらないまま、レンをここまで導いてきた。
「セツナ。お前、ここで何をしてる」
「決まってるやろ。あんたに、これ、渡すためや」
セツナが、布に包んだ継ぎ杖を、差し出した。
二日前に、レンが振って、世界を裂いた、あの杖。
「あんたが最後の希望や。せやから、うちが、ちゃんと返しに来た」
カナタが、一歩、前に出た。
「ふざけんなよ! お前、まだレンに杖を振らせる気か! これ以上、何を失わせれば気が済むんだ!」
セツナは、カナタを見た。笑顔のまま。
「カナタはん。うちは、レンに振ってほしいんやないで。振るか振らへんかは、レンが決めることや。うちはただ、この杖を、持ってきただけや」
「それが、振らせるってことだろ! 杖を渡せば、レンは振るしかない。お前は、それを分かってて、渡してるんだ!」
「分かってるよ。分かってて、渡してる。それが、うちの役目やから」
セツナは、レンに杖を差し出したまま、言った。
「レン。あんた、また忘れるんやろ。この杖を振ったら、また、何か忘れる。自分が何をしたか、誰を焼いたか、全部。せやから——うちが、覚えとくわ。あんたが何をしたか、全部。あんたが忘れても、うちが、忘れへんから」
セツナの声は、柔らかかった。
柔らかすぎて、逆に冷たい。
「聞かせたろか。あんたが消してきた世界の名前を。あんたが焼いてきた者たちの名前を。七度の焼き直し。そのたびに、あんたが消した、全部」
レンの呼吸が、浅くなった。
心臓が、胸の奥で、重く脈打つ。
セツナが、口を開いた。
「一度目。あんたは、自分が生まれ育った街を焼いた。街の名前は、もう残ってへん。あんたの母さんの顔も、名前も、焼き消えた。あんたが、自分の手で」
——母の顔。
思い出せない。思い出せないのに、胸が、痛い。
「二度目。灰の魔女が消えた後の世界で、あんたは、断層を塞ぐために、三つの村を焼いた。村の名前は、アシタ、ヨルベ、ヒガシ。住んでた人の数は、合わせて、三百十七人」
——三百十七人。
数字が、頭の中に響く。
「三度目。あんたは、都市の半分を焼いた。名前は、リグレト。今はもう、地図にも残ってへん。あんたが焼いたから。四度目。あんたは、自分の記憶の一部を、意図的に焼いた。何を忘れたかは、うちも知らへん。五度目——」
「やめろ!」
カナタが、叫んだ。
「やめてくれ! レンに、これ以上、聞かせるな!」
セツナは、カナタを見た。
「なんで? あんたも知りたいやろ。レンが、何をしてきたか。あんたの兄さんを、どうやって殺したか」
カナタの顔が、歪んだ。
「知ってるよ! 知ってるから、俺は、レンを止めようとしてるんだ! これ以上、レンに、自分を焼かせないために!」
セツナは、首を傾げた。
「おかしな人やな。レンを止めるために、レンの罪を隠す。それで、レンは救われるん? 罪を知らんまま、また杖を振って、また誰かを焼く。それが、あんたの言う、救いなん?」
カナタは、何も言えなかった。
セツナは、レンに視線を戻した。
「続けるで。五度目。あんたは、海沿いの街を焼いた。名前は、シオジリ。潮の香りがする、ええ街やった。六度目。あんたは、山間の集落を焼いた。名前は、カナタの兄さんが住んどった村や」
カナタの肩が、震えた。
「七度目——」
セツナは、一呼吸、置いた。
「七度目は、二日前。あんたが、怒りに任せて、街ごと世界を焼いた。ミナが、瓦礫の下に消えた。カナタが、あんたを庇って焼けた。うちは、それを見て、笑うた」
レンの頭の中で、何かが、音を立てて、繋がった。
——母の顔。
——アシタ、ヨルベ、ヒガシ。
——三百十七人。
——リグレト。
——シオジリ。
——カナタの兄の村。
——ミナの手。カナタの背中。セツナの笑顔。
全部が、繋がった。
七度の焼き直し。そのすべてが、レンの脳裏に、一気に流れ込んできた。炎の色。悲鳴。灰の味。崩れ落ちる街。消えていく人々。自分の手が、杖を振るう感覚。振るうたびに、世界が焼けて、誰かが消えて、記憶が燃えた。
(俺は)
(俺が)
(全部、俺が、やったのか)
レンは、膝をついた。
地面に、両手をついた。継ぎ杖が、転がる。指先が、灰の地面を掴む。灰が、指の間から零れた。
「……ああ」
声が、漏れた。
言葉にならない。喉が震えて、灰の味がして、目が、熱い。
(俺は、世界を保つために)
(何度も、誰かを、消してきた)
(母さんを、街を、名も知らぬ誰かを)
(自分の手で、焼き消してきた)
涙は、出なかった。
出るはずの涙が、焼き尽くされたのか、それとも、涙の出し方を忘れたのか。レンの目は、乾いたまま、熱かった。
「思い出した?」
セツナの声が、上から降ってきた。
「あんたが、何をしてきたか。あんたが、何者か。全部」
レンは、顔を上げた。
セツナが、笑っていた。
「あんたは、世界を焼き直すたびに、誰かを消してきた。それが、あんたの罪や。それが、あんたの運命や。それが——あんたの、世界や」
「……ああ」
レンは、ゆっくりと、立ち上がった。
足が、震える。地面が、揺れる。空の亀裂が、軋む。
レンは、転がった継ぎ杖を、拾い上げた。
「セツナ」
「なに?」
「俺は、世界を、もう一度、焼く」
セツナの笑顔が、一瞬、止まった。
「八度目の焼き直しだ。だが、今度は、断層を塞ぐためじゃない。誰も傷つかない形に、世界を作り直すための焼き直しだ」
カナタが、叫んだ。
「何言ってんだ! 焼き直しで、誰も傷つかない? そんなこと、できるわけないだろ! 今までだって、そうだった! 焼くたびに、誰かが消えて、お前が忘れて——!」
「だから、今度は、俺が、全部、背負う」
レンの声は、静かだった。
「俺が、世界を焼く。俺が、誰も消さない。俺が、全部、一人でやる。今度こそ、犠牲を出さない世界を作る」
「できなかったんだろ! 今まで、七回も! お前は、いつも、そうやって、自分を犠牲にして、結局、誰かを消してきた! それのどこが、今度は上手くいくんだよ!」
カナタの声が、涙で震えた。
「お前は、また、自分を焼くんだ。自分ごと、全部、焼いて、消えようとしてる。そうやって、自分を消すことで、償おうとしてるんだろ! 違うのかよ!」
レンは、カナタを見た。
「違う」
「どこがだよ!」
「俺は、消えない。消えて、逃げるつもりはない。俺は、生きて、この世界を見届ける。焼き直した後の世界を、この目で見る。そのために、焼くんだ」
カナタは、言葉を失った。
セツナが、口を開いた。
「あんたがそれを選ぶなら、うちが、最後まで見届けたるわ」
セツナは、笑っていた。
「あんたが世界を焼くところも、あんたが誰かを消すところも、あんたが、また、忘れるところも。全部、うちが、見とく」
レンは、継ぎ杖を、両手で握りしめた。
杖の刻みが、掌に食い込む。焼け焦げた布の残りが、指に絡まる。杖は、冷たかった。これから炎を生み出すとは思えないほど、冷たく、重く、静かだった。
レンは、杖を、振り上げた。
——その瞬間。
空が、軋んだ。
ギギギギギギギ——!
耳をつんざくような音。空の亀裂が、さらに、大きく、深く、裂けていく。断層が、唸りを上げた。地面が、激しく揺れる。足元の灰が、舞い上がる。
「レン!」
カナタが、叫んだ。
最後の断層の底から、新たな亀裂が走った。それは、音を立てて、世界の別の場所へと伸びていく。地面が、裂ける。断層が、増える。世界が、崩れる。
焼き直しを待たずして、世界は、さらに崩れようとしていた。
「セツナ! レン! こっちだ! 離れろ!」
カナタが、二人に手を伸ばす。
だが、レンは、動かなかった。
杖を振り上げた姿勢のまま、空の亀裂を、まっすぐに見上げていた。
「レン」
セツナの声が、地鳴りと風の音の中で、はっきりと聞こえた。
「最後に、一つだけ、聞かせて」
レンは、セツナを見た。
セツナの笑顔が、消えていた。
初めて見る、無表情だった。
「あんたが、この世界を焼き直したら、うちのことも、みんなのことも、あんたは、全部、忘れるんやで。それでも、ええんか」
レンは、しばらく、沈黙した。
風が吹いた。灰が舞った。空が、軋んだ。
「忘れても、ええ」
レンの声は、静かだった。
「今度は、俺が、誰かを消さへんのやったら、それで、いい」
セツナは、その答えを聞いて、静かに、一歩、退いた。
無表情のまま、レンから離れていく。
カナタが、叫んだ。
「レン! お前——!」
レンは、カナタを見た。
「カナタ。お前が、俺を止めようとしてくれたこと、俺は、忘れない」
「忘れるんだろ! 焼いたら、全部、忘れるんだろ! それなのに——!」
「忘れても、お前が、覚えてる。それで、十分だ」
カナタの顔が、歪んだ。
涙が、灰にまみれた頬を、伝い落ちた。
「ふざけんなよ……ふざけんなよ、お前……!」
カナタは、地面を殴った。
拳が、灰の地面にめり込む。血が、滲む。それでも、カナタは、殴り続けた。
「俺は、お前に、生きててほしかっただけだ! それだけなんだよ! なんで、お前は、いつも、そうやって——!」
レンは、カナタから目を離した。
空の亀裂が、さらに広がる。
最後の断層が、唸りを上げる。
世界が、悲鳴を上げている。
レンは、継ぎ杖を、振り上げた。
両手で、高く、空へ向かって。
風が、止まった。
灰が、静止した。
音が、消えた。
世界が、息を呑んだ。
そして——
レンは、杖を振り下ろした。
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