テレフォンマン・ジュニア 〜公衆電話を探す男〜
無職、二十四歳、神楽坂電話。将来の夢は「モテること」。そんなダメ男の前に現れたのは、昭和の伝説的ヒーロー・テレフォンマンだった父の形見、一枚のグリーンのテレフォンカード。公衆電話にカードを入れ、技名を叫べば変身できる——ただし、令和の街に電話ボックスはほぼ絶滅済み。仕方なく街をさまよい、挙動不審者として通報され、パトカーに追われ、屋根を跳び回るハメに。それでも彼は叫ぶ。「テレフォン・パワー・チャージ!」。父の背中を追う、ちょっと情けない新米ヒーローの物語、開幕です。
テレフォンマン・ジュニア 〜公衆電話を探す男〜 - 顔認証の嵐と四人目の変人
神楽坂電話、二十四歳。無職。
あの日、ハードバンクの工作員・針生を追い返してから、電話の周りは少しだけ騒がしくなっていた。
いや、騒がしいのは周りじゃない。電話の頭の中だ。
(ひかりさんに「かっこよかった」って言われた……)
布団の中で、スマホの画面を何度も見返す。
「茜ひかり」の文字。
(かっこよかった。俺が。変身してる時の俺が)
あの言葉が、頭の中でエンドレスでリピートされている。
「……へへ」
情けない笑い声が、湿った畳の部屋に響いた。
(これがモテ期ってやつか? ついに俺にも来たのか?)
左手首のリストバンドに挟んだ、グリーンのテレフォンカードをそっと撫でる。
(親父、ありがとう。お前のカードのおかげで、俺は今、人生で一番いい気分だ)
そう思った瞬間、スマホが震えた。
「うおっ!?」
電話は飛び起きた。
画面に表示されたのは、茜ひかりからのメッセージ。
『今日、会えますか? 話したいことがあります』
「……会えますか!? 話したいこと!? これ、完全にアレだろ! 付き合おうってやつだろ!」
電話は叫んだ。
いや、待て。落ち着け。
(ひかりさんは、テレフォンマンの痕跡を調べてるんだ。話したいことって、きっとカードのことだ。俺に興味があるわけじゃない)
でも、もしかしたら。
(もしかしたら、ゼロじゃないかもしれない)
電話は、震える指で返信を打った。
『いいよ。どこで?』
数秒後、返信が来る。
『神楽坂の電話ボックスがある路地。あそこ、雰囲気が好きなんです』
「……電話ボックス。あの、通報された場所」
電話は苦笑いした。
(まあ、いいか。ひかりさんに会えるなら、どこでもいい)
電話は、よれたジャージを脱ぎ、唯一まともな服に着替えた。
叔母が昔買ってくれた、紺色のパーカーと、色あせたジーンズ。
鏡を見る。
寝癖の黒髪。目の下のクマ。やつれた顔。
「……イケてる。いや、イケてないな」
ため息をついて、家を出た。
神楽坂の路地は、夕方の光に包まれていた。
石畳の道。古い木造の家々。路地のあちこちに、昭和の名残がぽつぽつと残っている。
電話は、あの電話ボックスへと歩いていく。
(ひかりさん、もう来てるかな)
ドキドキしながら、路地を曲がった。
その時だった。
「——っ」
電話ボックスの前で、ひかりが何かをしている。
いや、何かをしている、というより——
「え?」
電話は、目を疑った。
ひかりは、電話ボックスの受話器を耳に当て、左手に朱色のテレフォンカードを持っていた。
そして、そのカードを、電話機のカード挿入口に、ゆっくりと差し込もうとしている。
「ひ、ひかりさん!?」
電話は駆け寄った。
ひかりが振り返る。
肩までの黒髪。夕日に照らされて、ほんのり朱色に見える。白い肌に、大きな瞳。今日は、白いブラウスに、えんじ色のロングスカート。昭和レトロな雰囲気の服装だった。
「あら、神楽坂くん。ちょうどよかった」
ひかりは、にっこりと笑った。
「ちょうどよかったって、何してるんですか!? それ、まさか、変身しようとしてます?」
電話の声が裏返る。
「ええ。私も、試してみようと思って」
ひかりは、こともなげに言った。
「試すって……あの、変身には、技名を叫ばないと……」
「知ってるわ。お祖母様の日記に書いてあったもの」
ひかりは、カードを電話機に差し込んだ。
「ちょ、ちょっと待って! ここ、人通りあるし、恥ずかしくないんですか!?」
「恥ずかしい? どうして?」
ひかりは、首をかしげた。
「どうしてって……あの、変身する時、あの、こう、大声で技名を叫ぶじゃないですか」
「それが何か?」
ひかりは、真顔だった。
(この子、本気で言ってる)
電話は、頭を抱えた。
「……いや、なんでもないです。どうぞ、ご自由に」
電話が諦めたように言うと、ひかりは微笑んだ。
「じゃあ、いくわね」
ひかりは、受話器を握り直し、深く息を吸った。
「——テレフォン・センシング!」
その声は、路地に響き渡った。
電話は、思わず周りを見回した。
(誰か見てないか!?)
幸い、路地には誰もいない。
そして——
朱色の光が、電話ボックスから溢れ出した。
「うわっ!」
電話は、腕で顔を覆った。
光が収まる。
そこに立っていたのは——
「……これが、変身」
ひかりだった。
いや、変身したひかりだった。
朱色の光をまとった、テレフォンマンの姿。
白いブラウスは、朱色と白のツートンカラーの戦闘服に変わっていた。腰には、古い電話機を模したベルト。胸には、朱色のテレフォンカードを模したエンブレム。
「すごい……体が軽い。周りの音が、全部聞こえる」
ひかりは、自分の手を見つめた。
「おおお……! ひかりさん、変身できたんですね! すごい!」
電話は、素直に感動した。
「ええ。これが、お祖母様の力……」
ひかりは、目を閉じて、何かを感じ取るようにした。
「——あら?」
ひかりが、突然、顔を上げた。
「どうしたんですか?」
「反応がある。他の公衆電話から。この近くに、二つ……いえ、三つ。私のカードに反応する公衆電話が」
「反応? カードに?」
「ええ。朱色の能力は『感知と通信』。周囲の公衆電話の位置と、その状態がわかるの。それで……今、三つの公衆電話が、私の変身に反応して、何かを発信してる」
「何かを発信?」
電話は、首をかしげた。
「ええ。まるで、仲間を呼ぶような信号。私のカードが、他のカードに呼びかけているみたい」
「他のカード……」
電話の脳裏に、針生の言葉がよぎった。
『ハードバンクは、あなたたちのような時代遅れのヒーローを、必ず排除します』
「あんたたち」——複数形。
(他にも、テレフォンマンのカードを持ってる奴がいるってことか?)
「神楽坂くん、どうやら、私たちだけじゃないみたいよ」
ひかりは、変身を解いた。
朱色の光が消え、元のブラウス姿に戻る。
「他にも、テレフォンマンのカードを持つ人がいる。この信号に、誰かが応答するかもしれない」
「応答……」
電話は、ごくりと唾を飲んだ。
(仲間? それとも、敵?)
「——応答、した」
声がした。
電話とひかりは、同時に振り返った。
路地の奥、古い建物の影から、一人の男が現れた。
年の頃は、二十一か二十二。細身で、背が高い。黒いフレームの眼鏡をかけ、深い青色のカーディガンを羽織っている。手には、一冊のノートと、蒼色のテレフォンカード。
「蒼井律。蒼色のテレフォンマンのカードを持つ者だ」
男は、淡々とした口調で言った。
「あ、あなたも、テレフォンカードの……」
「そうだ。お前のカードの反応を追ってきた。グリーンのテレフォンマンの息子、神楽坂電話だな」
律は、電話の左手首にあるカードを一瞥した。
「そのカード、残度数はあと十七回。使用パターンは非効率。変身一回あたりのエネルギー消費が最適化されていない。素人だな」
「は? なんで残度数までわかるんだよ!?」
電話は、思わず声を荒げた。
「磁気面の劣化具合から逆算した。お前のカードは、使い方が荒い。無駄な変身を重ねている」
律は、ノートを開き、何かを書き込んだ。
「ちょっと待て、お前、何者だよ。勝手に俺のカードを分析して、素人とか言うな」
「俺は蒼井律。元自衛隊の情報科に所属していた。今は大学で通信工学を研究している。お前のカードのデータは、テレフォンマンの変身システムを解明する上で貴重なサンプルだ」
律は、電話の顔を見ずに言った。
「サンプルって……俺はサンプルじゃねえよ!」
電話は、むっとした。
「あの、蒼井さん、でしたっけ?」
ひかりが、一歩前に出た。
「あなたも、テレフォンマンのカードを持ってるのね。蒼色……速度と跳躍の能力」
「ああ。君は朱色。感知と通信。さっきの変身で、周囲の公衆電話に信号を送っていたな。それで俺はここに来た」
律は、ひかりの顔をまっすぐ見た。
「なるほど。私の信号が、あなたを呼んだのね」
「そういうことだ。君の能力は、仲間のカードを感知できる。俺のカードも、君の信号を受信した」
律は、蒼色のカードを掲げた。
「で、どうする? 三人で、テレフォンマンの痕跡を探るか? それとも、ここで解散か?」
「ちょ、ちょっと待てよ! なんで勝手に話を進めてるんだ!? 俺はまだ、お前のことなんも知らないんだぞ!」
電話は、二人の間に割って入った。
「知る必要があるか? 俺たちは、同じカードを持つ者同士。それだけで十分だ」
「十分じゃねえよ! 俺は、お前みたいな理屈っぽい奴、苦手なんだよ!」
「それは残念だ。だが、俺はお前の協力を必要としている。グリーンのカードは、テレフォンマンの中でも特別だ。お前の父親は、関東を支配した最強のヒーローだった」
律は、電話のカードをじっと見た。
「……親父のことを知ってるのか?」
電話の声が、低くなった。
「知っている。データとして。テレフォンマンの歴史を調べる上で、グリーンの存在は避けて通れない。お前の父親は、昭和のヒーローの中でも別格だった」
律の声に、初めて感情がこもった。
「……そうか」
電話は、複雑な顔でうつむいた。
(親父は、やっぱりすごかったんだな。俺とは、全然違う)
「——先輩っすか!? グリーンの人っすか!?」
突然、大声が響いた。
電話が顔を上げると、路地の反対側から、一人の少年が全速力で走ってくる。
年の頃は、十七か十八。短い金髪に、日に焼けた肌。黄色いジャージを着て、手には黄色いテレフォンカードを握りしめている。
「うおおおお! 本物っすか!? 伝説のグリーンの息子っすか!?」
少年は、電話の目の前で急停止した。
「え、あ、お、おう……」
電話は、圧倒されて後ずさった。
「俺、黄川田元気っす! 黄色のテレフォンマンのカード持ってます! あんたが神楽坂電話先輩っすね!? 握手してください!」
元気は、電話の手を両手で握り、ぶんぶんと振り回した。
「ちょ、ちょっと、痛い痛い痛い!」
「あ、すんません! 嬉しくてつい! だって、グリーンの息子っすよ!? 俺の親父が、どれだけあんたの親父さんに憧れてたか!」
元気の目が、キラキラと輝いている。
「お前の親父さんも、テレフォンマンだったのか?」
「そうっす! 黄色のテレフォンマン! 力と破壊の能力! 俺も、親父みたいなヒーローになりたくて、このカードをずっと持ち歩いてるんす!」
元気は、黄色いカードを掲げた。
「なるほど。黄色のカード。力と破壊。脳筋タイプだな」
律が、ノートに何かを書き込みながら言った。
「脳筋って、あんた、いきなり失礼っすね! 俺は、考えるより先に体が動くタイプって言ってほしいっす!」
「同じことだ」
「同じじゃないっすよ!」
「あの、ちょっと、二人とも……」
ひかりが、困ったように言った。
「まさか、本当に他のカードの持ち主がいるなんて。しかも、二人も」
「三人かもな」
律が、路地の奥を見た。
「——あら、見つかっちゃった」
ふわり、と。
白いワンピースの裾を揺らしながら、一人の女性が現れた。
年の頃は、二十歳前後。腰まで伸びた、さらさらの黒髪。白い肌に、切れ長の目。口元には、微笑みを浮かべている。手には、白いテレフォンカード。
「白鳥しずく。白色のテレフォンマンのカードを持ってるの。よろしくね」
しずくは、電話の顔をじっと見た。
「……あら、これがグリーンの方? ふふ、思ったより使えそうね」
「つ、使えそう!?」
電話の心臓が、ドクンと跳ねた。
(清、清楚系キター! 白ワンピース! 黒髪ロング! これ、完全に俺の好みのタイプだろ!)
電話は、しずくに見とれた。
「ええ。あなたのカード、グリーンは守護と持久。防御力とスタミナが高い。壁役には最適ね」
しずくは、微笑んだまま言った。
「壁役……」
「あら、違ったかしら? あなた、どう見ても前衛で敵の攻撃を受けるタイプじゃない? 後ろから支援するより、前に出て盾になる方が向いてるわ」
しずくの目が、電話を値踏みするように細められた。
「……いや、まあ、そうかもしれないけど」
電話は、たじろいだ。
(なんか、この人、笑顔なのに目が笑ってない……)
「俺は蒼井律。蒼色。速度と跳躍。よろしく」
律が、しずくに軽く会釈した。
「俺は黄川田元気っす! 黄色! 力と破壊! よろしくっす!」
元気が、元気よく手を挙げた。
「私は茜ひかり。朱色。感知と通信。よろしくお願いします」
ひかりが、丁寧に頭を下げた。
「で、俺は神楽坂電話。グリーン。守護と持久……らしい」
電話は、しずくの言葉をそのまま使った。
「らしい、って何よ。自分の能力も知らないの?」
「し、知ってるよ! 守護と持久だろ! 防御力とスタミナが高いんだろ!」
電話は、慌てて言った。
「ふふ、冗談よ。そんなにムキにならないで」
しずくは、くすくすと笑った。
「……なんだか、すごいメンバーが集まっちゃったわね」
ひかりは、四人を見渡した。
「そうだな。これで、四色が揃った」
律が、ノートを閉じた。
「四色……グリーン、朱色、蒼色、黄色、白色。五色じゃないか?」
電話が、指を折って数えた。
「俺は白。四色で合ってるわ。あなた、足し算もできないの?」
「え? グリーン、朱色、蒼色、黄色、白色……あれ、五色だろ?」
「あなた、自分の色を数えてないじゃない。グリーン、朱色、蒼色、黄色、白。これで五色。四色って言ったのは、あなた以外の四人よ」
しずくは、呆れたように言った。
「あ……そうか。俺も入れて五色か」
電話は、恥ずかしそうに頭をかいた。
「……大丈夫か、こいつ」
律が、小さく呟いた。
「大丈夫っすよ! グリーンの息子なら、絶対強いっす!」
元気が、電話の肩を叩いた。
「いてっ! お前、力強すぎるんだよ!」
「あ、すんません! 嬉しくてつい!」
「つい、じゃないんだよ!」
電話は、肩をさすった。
「——さて、と」
律が、真剣な顔で言った。
「集まったはいいが、これからどうする? 俺たちは、それぞれバラバラの目的でここに来た。このままでは、烏合の衆だ」
「烏合の衆……難しい言葉使うなよ」
「寄せ集めの集団、という意味だ」
「わかってるよ!」
「俺は、テレフォンマンの変身システムを解明したい。そのためには、カードのデータと、実際の変身の観察が必要だ。お前たちに協力してほしい」
律は、三人を見た。
「俺は、親父みたいなヒーローになりたいっす! だから、先輩たちと一緒に戦いたいっす!」
元気は、拳を握った。
「私は、お祖母様とグリーンのテレフォンマンの関係を知りたい。神楽坂くんのお父様が、どんな人だったのか」
ひかりは、電話を見た。
「私は、別に。あなたたちが面白そうだから、ちょっと見てるだけ」
しずくは、髪をかきあげた。
「……お前、それ、協力する気あるのか?」
電話が、しずくに聞いた。
「あるわよ。私、白の能力は治癒と浄化。怪我したら、治してあげる。それで十分でしょ?」
「まあ、そうだけど……」
電話は、納得いかない顔をした。
「で、お前はどうする? グリーンの息子」
律が、電話を見た。
「俺は……」
電話は、言葉に詰まった。
(俺は、何がしたいんだ? モテたい。それだけだった。でも、今は……)
「俺は、ハードバンクを倒したい。あいつらは、テレフォンマンを消そうとしてる。親父のカードを奪おうとしてる。それだけは、許せない」
電話は、カードを握りしめた。
「なるほど。なら、目的は一致したな」
律は、わずかに口元を緩めた。
「よし、じゃあ、俺たちは今日からチームだ! テレフォンマン・レガシー! とか、どうっすか!?」
元気が、興奮して叫んだ。
「ダサい」
「即答!?」
「テレフォンマン・レガシー……悪くないと思うけど」
ひかりが、フォローした。
「私は、名前なんてどうでもいいわ。それより、そろそろ日が暮れるわよ」
しずくが、空を見上げた。
夕日が、ビルの影に沈もうとしている。
「そうだな。今日は、ここまでにしよう。連絡先を交換して、解散だ」
律が、スマホを取り出した。
「お、俺も交換するっす!」
「私も」
「はいはい」
四人が、連絡先を交換する。
電話も、律、元気、しずくと連絡先を交換した。
(男二人と女二人。しかも、女二人はめちゃくちゃ可愛い。これは……ハーレムじゃね?)
電話の頭に、邪な考えがよぎった。
(いや、待て。律は男だ。元気も男だ。ハーレムじゃない。でも、ひかりさんとしずくさんが……)
「——なにニヤニヤしてるの?」
しずくが、電話の顔を覗き込んだ。
「え!? ニヤニヤしてない! してないから!」
電話は、慌てて顔を背けた。
「ふーん。まあいいわ。じゃあ、私は帰るわね。また明日」
しずくは、ひらひらと手を振って、路地の奥へ消えていった。
「俺も帰る。データを整理したい」
律も、ノートを抱えて去っていく。
「俺も帰るっす! 先輩、また明日っすね!」
元気は、元気よく走り去った。
「……あっという間だったな」
電話は、ぽつりと呟いた。
「そうね。でも、仲間ができて、よかったわ」
ひかりが、電話の隣に立った。
「仲間……なのかな、あれは」
「少なくとも、敵ではないわ。みんな、テレフォンマンのカードを持ってる。それだけで、私たちは繋がってるのよ」
ひかりは、夕日を見つめた。
「……そうだな」
電話も、夕日を見た。
(親父。俺、仲間ができたよ。変な奴ばっかりだけど)
その夜。
電話は、叔母の家の自分の部屋で、スマホを見ていた。
新しく登録された連絡先。
「蒼井律」「黄川田元気」「白鳥しずく」。
(男二人、女二人。しかも、女二人は美人。これは、人生の転機じゃね?)
電話は、にやけた。
「……でも、律は理屈っぽいし、元気はうるさいし、しずくさんは何考えてるかわかんないし」
電話は、ため息をついた。
(でも、ひかりさんは、相変わらず可愛い)
ひかりの連絡先を見る。
「茜ひかり」。
(今日、ひかりさん、変身してた。朱色のテレフォンマン。すごく綺麗だった)
電話は、ひかりの変身した姿を思い出した。
朱色の光。白と朱の戦闘服。真剣な眼差し。
(……かっこよかった)
電話は、素直にそう思った。
「俺も、もっとちゃんとしないとな。仲間ができたんだ。グリーンの息子として、恥ずかしくないように」
電話は、カードを握りしめた。
その時だった。
スマホが、けたたましく鳴り始めた。
「うおっ!?」
電話は、スマホを落としそうになった。
画面を見る。
着信。相手は、茜ひかり。
「もしもし!?」
電話は、慌てて出た。
「神楽坂くん! 大変! テレビをつけて!」
ひかりの声が、震えている。
「テレビ? どうしたんだよ?」
「いいから、早く! ニュースを見て!」
電話は、部屋のテレビをつけた。
画面に映ったのは、ニュース番組。
『——速報です。東京都内の街頭ビジョンやデジタルサイネージが、一斉にハッキングされ、ある男性の顔写真が表示されるという事件が発生しています』
電話は、画面を凝視した。
『表示されているのは、こちらの写真です』
画面に、一枚の写真が表示された。
それは——
「……え?」
電話は、言葉を失った。
そこに映っていたのは、よれたジャージ姿の、寝癖の黒髪の、目の下にクマのある男。
「これ、俺……?」
そう。
それは、間違いなく、神楽坂電話の顔写真だった。
『この男性は、先日、神楽坂周辺で発生した公衆電話ボックスでの不審行為に関与したとみられています。警察は、この男性の行方を追っています』
アナウンサーの声が、続ける。
『さらに、この男性の顔写真と名前が、SNS上で拡散されています。「公衆電話で変身する不審者」という情報とともに——』
「……な、なにこれ」
電話の手が、震え始めた。
「神楽坂くん、あなたの顔が、街中に晒されてる! それに、名前まで!」
ひかりの声が、悲痛に響く。
「名前……?」
電話は、テレビの画面を凝視した。
画面の下に、テロップが流れている。
『神楽坂電話容疑者(24) 公衆電話での不審行為に関与か』
「神楽坂電話容疑者……容疑者って……」
電話の頭が、真っ白になった。
「これ、ハードバンクの仕業よ。あの針生って男の仲間が、あなたの顔を調べて、街中に流したんだわ」
「ハードバンク……」
電話は、テレビのリモコンを握りしめた。
「神楽坂くん、今、どこ? 外に出ないで。あなたの顔、みんな知ってるわ」
「お、叔母の家。まだ外には出てない」
「よかった。とにかく、そこから動かないで。私、今からそっちに行くから」
「でも、ひかりさんも危ないんじゃ……」
「私は大丈夫。まだ私の顔は晒されてないから。それに、あなたを一人にしておけない」
ひかりの声は、真剣だった。
「……わかった。待ってる」
電話は、通話を切った。
テレビでは、まだ自分の顔写真が映っている。
『——この男性を見かけた方は、すぐに警察へ通報してください』
「通報……俺が、犯罪者扱い……」
電話は、畳の上に座り込んだ。
(変身しただけだ。公衆電話で、技名を叫んだだけだ。なのに、なんで……)
スマホが、また震えた。
今度は、蒼井律からだ。
「もしもし」
電話は、力なく出た。
「神楽坂、ニュース見たな」
律の声は、冷静だった。
「ああ……見たよ」
「あれは、ハードバンクの技術工作員、監物の仕業だ。防犯カメラ網と顔認証システムをハッキングして、お前の顔を街中に流してる」
「監物……」
「あいつは元警視庁のシステムエンジニアで、データ分析の天才だ。お前の顔写真は、お前が公衆電話の前で挙動不審に動いてた時の防犯カメラの映像から、高画質で切り出したものだろう」
「防犯カメラ……あの時の」
電話は、初めて変身した時のことを思い出した。
あの電話ボックス。通報したコンビニ店員。駆けつけた警官。
(あの時の映像が、使われたのか)
「昭和なら、目撃証言だけで終わった。でも、今は違う。防犯カメラの映像が、お前の顔を完璧に記録してる。顔認証システムが、お前の顔を瞬時に特定する。これが、現代の怖さだ」
律の言葉が、重く響く。
「……どうすればいい?」
電話は、絞り出すように聞いた。
「まず、外に出るな。お前の顔は、今、この街の全員が知ってる。マスクをしても、顔認証は目と鼻の形で特定する。サングラスをしても、輪郭で特定する。お前は、街を歩くことすらできない」
「そんな……」
「俺は、監物のハッキング元を逆探知しようとしてる。防犯カメラのネットワークを辿って、あいつの端末を特定する。時間をくれ」
「わかった。頼む」
電話は、通話を切った。
(俺は、もう、外を歩けない)
電話は、自分の顔を触った。
(この顔が、犯罪者の顔として、街中に晒されてる)
窓の外を見る。
暗くなった神楽坂の路地。
遠くで、サイレンの音が聞こえた。
「……親父」
電話は、カードを握りしめた。
(お前の時代は、正体を隠すのが簡単だったんだな)
(今は、顔一つで、全部バレる)
(昭和なら隠せた。でも、現代じゃ隠せない)
電話は、唇を噛んだ。
しばらくして、ひかりが叔母の家にやってきた。
「神楽坂くん、大丈夫?」
ひかりは、心配そうに電話の顔を覗き込んだ。
「ああ……なんとか。でも、外に出られない」
電話は、苦笑いした。
「そうよね。あなたの顔、ニュースで何度も流れてる。SNSでも、拡散されてる」
ひかりは、スマホを見せた。
そこには、電話の顔写真と、「公衆電話で変身する不審者」という文字が。
「変身する不審者……ひどい言われようだな」
「ハードバンクが、あなたを犯罪者に仕立て上げようとしてるのよ。テレフォンマンの存在を隠すために、あなたを変な人にして、社会的に抹殺しようとしてる」
ひかりの声が、怒りで震えている。
「社会的に抹殺……」
電話は、自分の顔写真を見つめた。
(これが、ハードバンクのやり方か)
(正面から戦わない。陰湿に、姑息に、俺を追い詰める)
「——先輩! 大丈夫っすか!?」
突然、玄関の方から大声が聞こえた。
「元気!? お前、なんでここに!?」
電話が玄関に行くと、元気が立っていた。
黄色いジャージに、汗だくの顔。
「ニュース見て、居ても立っても居られなくて! 先輩の家、律さんに聞いて、走ってきました!」
元気は、息を切らしながら言った。
「お前、顔、大丈夫なのか? お前の顔は晒されてないのか?」
「俺は大丈夫っす! まだ、俺の顔は出てないっす! それより、先輩、外に出られないんすか!?」
「ああ。顔認証で、どこにいてもバレるらしい」
「なら、俺が先輩の代わりに戦うっす! 黄色の力で、監物って奴をぶっ飛ばすっす!」
元気は、拳を握った。
「待て、元気。お前、相手が誰かわかってるのか? ハードバンクの技術工作員だぞ。顔認証システムをハッキングするような奴だ。正面から行って勝てる相手じゃない」
律も、叔母の家に到着していた。
「律さん! でも、このままじゃ先輩が……」
「だから、俺が逆探知してる。もう少しで、監物の端末の位置を特定できる」
律は、ノートパソコンを開いた。
「あらあら、みんな集まってるのね」
しずくも、ふわりと現れた。
「しずくさん! あなたも来てくれたの?」
「ええ。ニュース見て、面白そうだから来たわ」
「面白そうって……俺は、犯罪者に仕立て上げられてるんだぞ!」
「知ってるわ。だから面白いんじゃない。あなたがどうやって、この状況を切り抜けるのか、見てみたいの」
しずくは、微笑んだ。
「お前、ほんとに協力する気あるのかよ……」
電話は、呆れた。
「あるわよ。でも、私が動くのは、あなたがもっと追い詰められてから。今は、まだ序の口よ」
「序の口……」
「そう。ハードバンクは、これからもっとえげつない手を使ってくるわ。顔認証なんて、まだ可愛い方よ」
しずくの目が、冷たく光った。
「……お前、何を知ってるんだ?」
電話は、しずくをじっと見た。
「さあ、どうかしら。私は、あなたたちと違って、ハードバンクのことをちょっと調べてるだけよ」
しずくは、髪をかきあげた。
「——見つけた」
律が、顔を上げた。
「監物のハッキング元か!?」
「ああ。港区のレインボータワー。ハードバンク本社のサーバーから、防犯カメラ網に侵入してる。だが——」
律は、眉をひそめた。
「だが?」
「逆探知しようとしたら、逆にこっちの位置を特定されかけた。防犯カメラのネットワークは、ハードバンクの管理下にある。俺の端末も、監視されている」
律は、ノートパソコンを閉じた。
「つまり、逆探知は失敗したのか?」
「ああ。俺の詰めが甘かった。監物は、俺が逆探知することを予想していた。罠を張っていたんだ」
律は、悔しそうに言った。
「なら、正面から行くしかないっすよ! 監視カメラを全部ぶっ壊せばいいんす!」
元気が、立ち上がった。
「元気、お前、正気か? 監視カメラを壊したら、余計に目立つだろ」
「でも、このままじゃ先輩が外に出られないっす! カメラがなくなれば、顔認証もできないっす!」
「お前、監視カメラが何台あると思ってるんだ。この街だけでも、何千台とあるんだぞ。全部壊せるわけないだろ」
「じゃあ、どうするんすか!?」
元気が、声を荒げた。
「私は、あなたたちと一緒にいると、私まで狙われるわ。悪いけど、私は距離を置かせてもらうわね」
しずくが、さらりと言った。
「はあ!? お前、仲間じゃないのかよ!?」
元気が、しずくに詰め寄った。
「仲間? 私は、あなたたちと仲間になった覚えはないわ。昨日、たまたま会っただけよ」
「てめえ、それでもテレフォンマンのカードを持つ者かよ!」
「カードを持ってるからって、仲間になる義務はないわ。私は私。あなたたちはあなたたちよ」
しずくは、冷たく言い放った。
「元気、やめろ」
律が、元気を止めた。
「しずくの言うことも、一理ある。俺たちは、まNoveliaとは?
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