テレフォンマン・ジュニア 〜公衆電話を探す男〜
無職、二十四歳、神楽坂電話。将来の夢は「モテること」。そんなダメ男の前に現れたのは、昭和の伝説的ヒーロー・テレフォンマンだった父の形見、一枚のグリーンのテレフォンカード。公衆電話にカードを入れ、技名を叫べば変身できる——ただし、令和の街に電話ボックスはほぼ絶滅済み。仕方なく街をさまよい、挙動不審者として通報され、パトカーに追われ、屋根を跳び回るハメに。それでも彼は叫ぶ。「テレフォン・パワー・チャージ!」。父の背中を追う、ちょっと情けない新米ヒーローの物語、開幕です。
テレフォンマン・ジュニア 〜公衆電話を探す男〜 - 紙切れのヒーロー — 父の録音と銭谷の電子マネー包囲網
「ふざけんなよ! なんで使えねえんだよ!」
神楽坂のコンビニ、レジ前。電話は店員に食ってかかっていた。左手首のリストバンドに挟んだグリーンのテレフォンカードを、カードリーダーに何度も押しつけている。カードの角が、指の脂で黒ずんでいた。
「ですから、そのカードはご利用いただけません」
若い店員は、困った顔で同じ言葉を繰り返した。声が、だんだん小さくなっていく。
「テレフォンカードですよ!? これ、まだ残額あるはずだし! ちょっと前まで使えてたじゃん!」
「申し訳ありません。本日より、テレフォンカードのお取り扱いを終了いたしました」
「はあ!?」
電話はレジに置かれた菓子パンとペットボトルのお茶を見た。たかが二百円程度の買い物だ。でも、財布の中には小銭が二十三円しかない。指先で財布の底を探ると、硬貨の縁が爪にあたった。
「カード、使えなくなったって……マジかよ……」
うぅ、と唸る。腹が鳴った。朝から何も食べていない。胃の内側が、背中に張り付いている。
「お客様、お支払いは現金か電子マネーでお願いします」
「電子マネーも持ってねえんだよ……」
電話は肩を落とした。菓子パンを棚に戻す。指先に、ビニール袋の冷たさが残った。店員の視線が痛い。後ろに並んでいたサラリーマンが、早くしろよ、という顔で電話を睨んでいた。舌打ちが、聞こえた。
「……すんません」
電話は店を出た。
外は曇り空だった。湿った風が、路地に残る昭和の匂いを運んでくる。石畳の上を、よれたジャージ姿の男がとぼとぼと歩く。靴底が、石の目地に引っかかる。
「テレフォンカードが使えなくなった……なんでだよ」
左手首のリストバンドを撫でる。グリーンのカードは、相変わらず無機質な光を放っている。
(変身はできる。でも、カードの価値が消えた)
(ヒーローになっても、買い物もできねえのかよ)
情けない。情けなさすぎる。
その時だった。
「あら、神楽坂くん」
振り返ると、茜ひかりが立っていた。肩までの黒髪。夕方の曇り空の下でも、その髪はほんのり朱色に見える。白いブラウスに、えんじ色のロングスカート。今日も昭和レトロな雰囲気の服装だった。
「ひ、ひかりさん」
電話の声が裏返る。
「どうしたの? 浮かない顔ね」
ひかりが首をかしげる。
「いや、その……テレフォンカード、使えなくなっちゃって」
電話は、カードを差し出した。
「テレフォンカードが?」
ひかりの目が、すっと細くなる。
「ええ。コンビニで、本日より取り扱い終了って」
「……おかしいわね。テレフォンカードの取り扱い終了なんて、聞いたことないわ」
ひかりは、自分のスマホを取り出して、何かを検索し始めた。画面をスクロールする指が、ぴたりと止まる。親指の腹が、画面の上で白くなった。
「……神楽坂くん、これを見て」
ひかりが画面を電話に向けた。そこには、ハードバンクのロゴと、こう書かれていた。
『ハードバンク、全国の加盟店でテレフォンカード決済を全面廃止』
「なっ……」
電話は、言葉を失った。喉の奥が、からからに乾いていく。
「ハードバンクが、テレフォンカードの決済網を全部止めたのよ。コンビニもキオスクも、ハードバンクの決済システムを使ってるから」
「そんな……勝手に……」
電話の拳が、震える。爪が、掌に食い込んだ。
「これ、明らかに私たちを狙ってるわ。テレフォンカードの価値を、根本から消すつもりよ」
ひかりの声は、静かだった。でも、その目は怒りで光っていた。
「カードが使えないと、何か困るの?」
「変身はできるわ。でも、テレフォンマンとしての存在価値が消える。カードはただの紙切れになる」
「紙切れ……」
電話は、手の中のカードを見た。父の形見。伝説のヒーローの証。指の間で、カードの縁が薄く反っている。
それが、今。
ただの紙切れ。
「……くそっ」
電話は、カードを握りしめた。握りすぎて、カードがしなる。
その時、背後から拍手の音がした。乾いた音が、路地に三度響いた。
「いやあ、実に痛快だ。実に痛快ですなあ」
振り返ると、スーツ姿の男が立っていた。三十代前半。銀行員のような、きっちりとした身なり。眼鏡の奥の目が、笑っていた。
「……あんた、誰だ」
電話は、男を睨んだ。
「私、銭谷と申します。ハードバンクの財務工作員でございます」
男は、丁寧にお辞儀をした。スーツの襟から、糊のきいた匂いがした。
「ハードバンク……!」
電話は、一歩後ずさった。踵が、石畳の段差にぶつかる。
「おやおや、そんなに警戒なさらずに。私はただ、ご挨拶に伺っただけですから」
銭谷は、にこにこと笑いながら、電話の手元のカードを指さした。指先が、カードの方を向いている。
「そのカード、もう使えないでしょう? 残念でしたね。時代遅れのヒーローの証が、ただの紙切れになってしまって」
「……てめえ、わざとか」
「わざと? 何のことでしょう。我々はただ、時代に合わせて決済システムを最適化しただけです。テレフォンカードなんて、今どき誰も使いませんからね」
銭谷は、笑みを深くした。歯が、路地の薄明かりに白く光る。
「それに、テレフォンカードには、もう何の価値もありません。変身できたところで、その変身に意味はありますか? 犯罪を止めても、感謝されるどころか、不審者扱いされる。買い物もできない。ヒーローとしての存在価値が、ゼロなんですよ」
「……黙れよ」
電話の声が、低くなる。
「おっと、これは失礼。事実を申し上げたまでです。では、私はこれで。次の決済網の改修がありますので」
銭谷は、くるりと背を向けた。
「ああ、そうだ。一つだけ忠告しておきます。あなたたちの持っているカードは、もうどこでも使えません。大人しく、諦めることですね」
銭谷は、路地の奥へと消えていった。革靴の音が、しばらく残った。
「……あいつ」
電話は、震える拳を握りしめた。
「神楽坂くん、落ち着いて。ああいう手合いは、挑発してくるのが仕事よ」
ひかりが、電話の肩に手を置いた。手のひらが、温かかった。
「でも……俺、何も言い返せなかった。カードが紙切れだって、反論できなかった」
電話は、うつむいた。ジャージの裾が、風で揺れる。
(変身できても、意味がない)
(ヒーローになっても、誰も認めてくれない)
(親父のカードが、ただの紙切れに……)
「……ひかりさん、俺、どうすればいいんだ」
電話の声は、震えていた。
ひかりは、少し考えてから、言った。
「ねえ、神楽坂くん。ハードバンクが主催してる『時代遅れヒーロー展』って知ってる?」
「時代遅れヒーロー展?」
「ええ。昭和のヒーローグッズを集めた展示会なんだけど、その中にテレフォンマンのコーナーがあるらしいの。もしかしたら、何か手がかりがあるかもしれない」
「手がかりって……俺の親父の?」
「あなたのお父様の遺品が、展示されてる可能性があるわ。ハードバンクが主催してるのが気になるけど……行ってみる価値はあると思う」
電話は、顔を上げた。
「……行こう。俺、親父のことをもっと知りたい」
ひかりは、にっこりと笑った。
「じゃあ、決まりね。でも、二人だけで行くのは危ないわ。他のみんなにも声をかけましょう」
「他のみんなって……」
電話の脳裏に、三人の変人たちの顔が浮かぶ。
蒼井律。元自衛隊崩れの参謀タイプ。無口で理屈っぽく、冷静。
黄川田元気。脳筋突撃バカ。考えるより先に突っ込む。
白鳥しずく。腹黒・計算高い小悪魔。笑顔で人を囮にする。
「……あいつらか」
電話は、ため息をついた。
「仕方ないわ。人手は多い方がいいもの」
ひかりは、スマホでメッセージを送り始めた。画面を打つ親指の音が、小気味よく鳴る。
数分後、神楽坂の路地に、三人の変人が集まった。
「話は聞いた。ハードバンクの展示会に潜入するんだな」
蒼井律は、壁に背を預けて、腕を組んでいた。黒いシャツに黒いパンツ。短い黒髪。鋭い目つき。二十歳そこそこに見えるが、落ち着いた雰囲気があった。
「ああ。テレフォンマンのコーナーに、親父の遺品があるかもしれない」
「潜入かあ! 面白そうだな! 俺に任せろ!」
黄川田元気は、拳を突き上げた。高校生くらいの少年。金髪のツンツン頭。やたらと元気がいい。黄色のパーカーが、曇り空の下で異様に目立っていた。
「元気、あんたは潜入に向いてないわよ。どう見ても目立つもの」
白鳥しずくは、くすくすと笑った。白いワンピースに、白いカーディガン。長い黒髪。清楚な見た目とは裏腹に、目が笑っていない。
「なんだと!? 俺のどこが目立つってんだよ!」
「全部よ。髪も服も声も」
「うるせえ! お前こそ、その白い服で夜の展示会に行ったら、幽霊みたいで目立つだろ!」
「あら、私は行かないわよ。危ないことは、あなたたちに任せるわ」
「はあ!? お前、またそれかよ!」
「元気、落ち着け。しずくの言い分も一理ある。彼女は後方支援に回るべきだ」
「律まで! お前ら、俺を囮にする気か!」
「まあまあ、みんな。喧嘩しないで。今回は、みんなで協力しましょう」
ひかりが、間に入った。
「……わかったよ。で、いつ行くんだ?」
「今からよ。展示会は夜までやってるから」
「よし、行くぞ!」
元気は、走り出した。
「あ、ちょっと、元気くん! 方向が違うわ!」
「え!? あっちじゃないのか!?」
「……江東区のレガシーホールよ。こっち」
「最初から言えよ!」
「言ったわよ。聞いてなかったの?」
「……行くぞ」
律は、スタスタと歩き出した。
「あ、待ってよ、律くん!」
「……はあ。みんな、自由すぎる」
電話は、ため息をつきながら、その後を追った。ジャージのポケットで、カードの角が腿に当たる。
(でも、こんな変人たちでも、一緒にいてくれるだけで……)
(少しだけ、心強い)
電話は、カードを握りしめた。
「待ってろよ、親父。お前の遺品、絶対に見つけてやる」
江東区、レガシーホール。
夕方の空の下、巨大な展示ホールがそびえていた。入り口には、『時代遅れヒーロー展』という看板。昭和のヒーローのポスターが、色あせた色で貼られている。端が、めくれていた。
「ここか……」
電話は、ホールを見上げた。
「すごい人ね。昭和のヒーローって、まだ人気があるのね」
ひかりが、入り口の行列を見て言った。
「懐かしさって、商売になるんだよ。特に、ああいうの」
律が、展示ホールの前で配られているチラシを指さした。そこには、『懐かしのヒーロー大集合! 昭和の思い出をもう一度!』と書かれていた。
「でも、テレフォンマンは隅っこらしいぜ」
元気が、スマホを操作しながら言った。
「……調べたのか」
「当たり前だろ! 潜入するなら、情報収集は基本だぜ!」
「へえ、意外とやるじゃない」
「意外とはなんだよ!」
「さあ、行きましょう。閉館時間まで、あまり時間がないわ」
ひかりが、入り口に向かって歩き出した。
五人で、展示ホールの中に入る。
中は、昭和のヒーローグッズで溢れていた。
古いソフビ人形。色あせたポスター。錆びた変身ベルト。ビデオテープのパッケージ。空気は、古い紙とプラスチックの匂いがした。
「すげえ……懐かしい……」
電話は、子供の頃にテレビで見たヒーローたちの展示に見入った。
「神楽坂くん、こっちよ」
ひかりが、奥の方から手を振っていた。
電話が駆け寄ると、そこには小さなコーナーがあった。
『テレフォンマン — 昭和の幻のヒーロー』
コーナーは、展示ホールの一番奥、非常口の横。薄暗く、人もまばらだった。足元の絨毯が、他のエリアより擦り切れている。
「……これが、テレフォンマンのコーナー」
電話は、展示ケースを見た。
中には、色あせたテレフォンカードのレプリカ、古い公衆電話の写真、当時の新聞記事のコピー。
「隅っこすぎるだろ……」
電話は、苦笑いした。
「でも、ここに何かあるかもしれないわ。探してみましょう」
ひかりは、展示ケースの周りを調べ始めた。
律は、壁のパネルを眺めていた。
元気は、展示ケースの下を覗き込んでいる。
しずくは、スマホをいじっていた。
電話は、展示ケースの裏に回った。
そして、見つけた。
展示ケースと壁の隙間。そこに、一冊の手帳が落ちていた。表紙の革が、ひび割れていた。
「……これ」
電話は、手帳を拾い上げた。
革のカバー。手触りはざらざらしている。ページを開くと、細かい字で、びっしりと何かが書かれていた。インクが、ところどころ滲んでいる。
「これは……親父の字だ」
電話は、手帳を握りしめた。
そこには、こう書かれていた。
『公衆電話を、残してほしい。』
『誰かが困った時、駆けつけられる場所を。』
『私の時代は終わっても、電話ボックスだけは。』
『息子へ。お前がこの手帳を読む日が来るなら。』
『私は、お前に何も残せなかった。せめて、この願いだけを。』
電話の手が、震える。指先の汗が、革の表紙に滲んだ。
「親父……」
声が、震えた。
「神楽坂くん、何か見つけたの?」
ひかりが、駆け寄ってきた。
「親父の手帳だ。公衆電話を残してほしいって、書いてある」
電話は、手帳をひかりに見せた。
「……切実な願いね。お父様は、自分の時代が終わることを、ちゃんとわかっていたのね」
ひかりは、手帳の文字をじっと見た。
「でも、それでも、電話ボックスだけは残してほしいって。誰かが困った時に駆けつけられる場所を残したいって」
電話の目が、熱くなる。
「おい、こっちにも何かあるぜ!」
元気が、展示ケースの裏の壁を叩いていた。
「なんだ?」
電話が近づくと、壁の一部が、わずかに浮いている。
「隠し扉か?」
律が、壁を押した。
ガコン。
壁が、音を立てて開いた。
「……バックヤードへの入り口だな」
律が、奥を覗き込んだ。
「入るぞ。何かあるかもしれない」
律は、迷わず中に入った。
「おい、勝手に入って大丈夫なのかよ!」
「不法侵入になるわね。まあ、今更でしょ」
しずくが、くすっと笑った。
「……お前、楽しんでるだろ」
「ええ、とても」
電話は、ため息をついて、バックヤードに入った。
バックヤードは、薄暗い通路だった。段ボール箱が積み上げられ、古い展示物が埃をかぶっている。空気が、ひんやりと湿っていた。
「ここ、ハードバンクの管理区域ね。気をつけて」
ひかりが、小声で言った。
「……何か、音がする」
律が、足を止めた。
「音?」
電話も、耳を澄ませた。
……ジーーーー。
かすかな、機械音。
「こっちだ」
律が、通路の奥へと進んだ。
突き当たりに、小さな部屋があった。扉には『関係者以外立入禁止』の札。
律は、扉を開けた。
部屋の中には、古いカセットテープレコーダーが置かれていた。
そして、その横に、一本のカセットテープ。
「……これ」
電話は、テープを手に取った。プラスチックのケースが、指紋で曇った。
ラベルには、こう書かれていた。
『息子へ』
「親父の……録音?」
電話の心臓が、ドクンと跳ねる。
「再生してみましょう」
ひかりが、レコーダーの再生ボタンを押した。カチリ、と硬い音がした。
ジーーーー。
ノイズ。
そして、聞き覚えのある声が、流れ出した。
「……もし、これを聞いているなら、お前は私の息子だな」
電話は、息を呑んだ。
「私は、お前に何もしてやれなかった。ヒーローとしても、父親としても。ただ、一つだけ、伝えたいことがある」
父の声は、静かだった。
「俺の時代は、終わった。公衆電話は消え、テレフォンマンも忘れられた。それは、仕方のないことだ。時代は、進むからな」
「でも、あの電話ボックスだけは、残してほしい。誰かが困った時、駆けつけられる場所。誰かが助けを呼べる場所。それだけは、なくさないでほしい」
「お前が、もし、このカードを手にしたなら。お前が、もし、変身できるなら。……お前は、私の誇りだ」
「愛している。息子よ」
ジーーーー。
録音は、終わった。テープの回転が、止まる音がした。
電話は、立ち尽くしていた。
「……親父」
声が、震える。
「俺、お前のこと、何も知らなかった。ヒーローだったことも、公衆電話を残したいって願ってたことも。お前が、俺を誇りだって……そんなこと、一度も言われたことなかった」
涙が、溢れた。頬を伝って、顎から雫が落ちた。
「俺、お前の息子なのに。何も知らなくて。何もできなくて。ごめん……親父……」
電話は、その場にしゃがみ込んだ。膝が、硬い床に当たった。
涙が、止まらない。
「神楽坂くん……」
ひかりが、そっと電話の背中に手を置いた。
「……大丈夫。あなたは、ちゃんとお父様の息子よ。このカードが、その証拠よ」
ひかりの声は、優しかった。
「……ああ。ありがとう、ひかりさん」
電話は、涙を拭った。袖口が、濡れた。
その時だった。
「——不法侵入を確認。警備システムを起動します」
機械音声が、部屋中に響いた。天井のスピーカーから、声が降ってくる。
「なっ!?」
「警備システムが作動した! まずい、ここはハードバンクの管理区域だ!」
律が、叫んだ。
「やばいやばいやばい! どうする!?」
元気が、慌てて周りを見回す。
「落ち着いて。警備員が来る前に、脱出ルートを確保しましょう」
ひかりが、冷静に言った。
「あら、私は関係ないわよ。あなたたちだけで、なんとかしてね」
しずくが、にっこりと笑った。
「はあ!? お前、またそれかよ! 今回は絶対に逃がさねえからな!」
元気が、しずくの腕を掴んだ。
「ちょっと、離してよ。私、捕まりたくないの」
「うるせえ! お前も仲間だろ!」
「仲間? 私は、あなたたちと仲間になったつもりはないわ。私は、私の目的のために動いてるだけ」
しずくの声が、冷たくなる。
「……お前、本気で言ってるのか」
元気の顔が、真っ赤になる。
「本気よ。私は、あなたたちみたいなお人好しじゃないの」
しずくは、元気の手を振り払った。
「てめえ……!」
元気が、拳を握る。
「やめろ、元気! 今は喧嘩してる場合じゃない!」
律が、二人の間に割って入った。
「律、お前はどう思ってるんだよ! こいつ、俺たちを囮にしようとしてるんだぞ!」
「……しずくの考えは、理解できる。だが、今は、全員で脱出するのが最優先だ。個人的な感情は、後でぶつければいい」
律の声は、冷静だった。
「後でって……今、捕まったら終わりだろ!」
「だから、今は協力するんだ。脱出してから、好きなだけ喧嘩すればいい」
「……くそっ! わかったよ! でも、覚えてろよ、しずく!」
元気は、しずくを睨んだ。
「はいはい。脱出してからね」
しずくは、笑顔で言った。
「……みんな、ごめん。俺のせいで」
電話が、うつむいた。
「俺が、手帳とか録音とか、夢中になってなければ。もっと早く気づけてたかもしれない」
「謝るな。お前は、父親の遺品を見つけた。それは、必要なことだった」
律が、電話の肩を叩いた。
「でも……」
「いいから。今は、脱出を考えるんだ。お前は、あの録音を聞いて、何を思った?」
律の目が、真剣だった。
「……親父は、公衆電話を残したいって願ってた。誰かが困った時に駆けつけられる場所を残したいって。俺、その願いを、無駄にしたくない」
電話は、顔を上げた。
「だったら、ここで捕まるわけにはいかないな。行くぞ」
律は、通路を走り出した。
「待って、律くん! 警備員がいるかもしれないわ!」
ひかりも、後に続く。
「俺も行く!」
元気も、走り出した。
「……仕方ないわね」
しずくも、ゆっくりと歩き出した。
電話は、手帳とテープを胸に抱いて、走った。
(親父、俺、お前の願いを、ちゃんと受け継ぐから)
(だから、まだ、捕まるわけにはいかない)
通路を抜けると、非常口があった。
「ここだ! ここから外に出られる!」
元気が、非常口のドアを押した。
しかし、ドアは開かない。
「くそっ! ロックされてる!」
「警備システムが、非常口も封鎖したんだ」
律が、壁のパネルを見た。
「……解除コードが必要だな。時間がかかる」
「時間がないわ。警備員が、こっちに向かってる」
ひかりが、通路の奥を見た。
複数の足音が、近づいてくる。壁に響いて、数が増えて聞こえる。
「……もうダメか」
電話は、壁に背を預けた。
(親父、ごめん。俺、やっぱりダメな息子だ)
その時だった。
「——神楽坂電話。お前は、どうする?」
低い声が、暗がりから聞こえた。
「誰だ!?」
電話が振り返ると、スーツ姿の初老の男が立っていた。
「私は、お前の父を知る者だ。上層部の一人、と言えばわかるか?」
男は、電話の目をじっと見た。
「上層部……あの、俺を黙って釈放した……」
「そうだ。私は、テレフォンマンの存在を知る、数少ない人間の一人だ」
男は、静かに言った。
「……あんた、何を知ってるんだ。ハードバンクの社長は、何者なんだ」
電話は、男に詰め寄った。
「ハードバンクの社長は、お前の父の幼馴染だった男だ」
「幼馴染……?」
「ああ。そして、その男は、お前の父に、好きだった女を取られた。その私怨から、四十年かけて、公衆電話を潰す計画を実行している」
電話は、言葉を失った。喉が、張り付いた。
「銭谷も、針生も、監物も。あの三人の刺客は、みな、社長と利害を同じくしている。彼らは、社長の復讐の手駒に過ぎない」
「復讐……四十年も……」
電話の声が、震える。
「お前の父は、そのことを知っていた。だから、お前に何も残さなかった。巻き込みたくなかったんだろう」
男は、電話の手の中の手帳を見た。
「だが、お前は、自分からその道を選んだ。違うか?」
「……俺は」
電話は、手帳を握りしめた。
「俺は、親父の息子だから。親父が守りたかったものを、守りたい。それだけだ」
電話の声は、震えていたが、はっきりしていた。
「……そうか。ならば、お前はどうする? この状況で、お前は、どう動く?」
男は、電話の目を、じっと見つめた。
電話は、答えられなかった。
(どうする? どうすればいい?)
(警備員は来る。非常口は閉まってる。仲間はバラバラだ)
(俺に、何ができる?)
電話は、拳を握りしめた。
震える拳を。爪が、掌の皮を破った。
「……わからない。でも」
電話は、顔を上げた。
「諦めるわけにはいかない。親父の願いを、無駄にしたくない。仲間を、見捨てたくない」
電話の目に、涙が浮かんでいた。
「それだけだ。俺にできるのは、それだけなんだ」
男は、しばらく電話を見つめていた。
そして、小さく頷いた。
「……行け。裏口のロックを、今だけ解除してやる」
男は、懐から端末を取り出し、操作した。
「え……?」
「早く行け。これは、私からの餞別だ。次はないと思え」
男は、暗がりへと消えていった。
「……ありがとう」
電話は、小さく呟いた。
「みんな! こっちだ! 裏口が開いた!」
電話は、仲間たちに向かって叫んだ。
「なに!? どうやって!?」
「後で説明する! 今は逃げるぞ!」
電話は、裏口へと走った。
五人は、裏口から外へ飛び出した。
夜の空気が、肺に流れ込む。冷たい。痛い。うまい。
「はあ……はあ……助かった……」
電話は、膝に手をついて、息を切らした。
「……お前、あの男と何を話してたんだ」
律が、電話に問いかけた。
「……ハードバンクの社長が、俺の親父の幼馴染だったって。好きだった女を親父に取られて、四十年かけて復讐してるって」
電話は、絞り出すように言った。
「……そうか」
律は、それ以上、何も聞かなかった。
「四十年越しの復讐……すごい執念ね。気持ち悪いくらいに」
しずくが、吐き捨てるように言った。
「……お前、そういうこと言うなよ」
「あら、事実でしょ。気持ち悪いものは気持ち悪いの」
「お前なあ……」
「まあまあ。今は、無事に逃げられたことを喜びましょう」
ひかりが、にっこりと笑った。
「……そうだな。ありがとう、みんな。俺、一人じゃ、どうにもならなかった」
電話は、頭を下げた。
「当たり前だろ! 俺たちは仲間だぜ!」
元気が、電話の背中を叩いた。
「……仲間、か」
電話は、元気の顔を見た。
「なんだよ、今さら。お前が言い出したんだろ?」
「……いや、なんでもない。ありがとう、元気」
電話は、少しだけ笑った。
「へへ、どういたしまして!」
元気は、笑顔で親指を立てた。
「……でも、これからどうする? ハードバンクの社長が、本気で私たちを潰しに来てる。テレフォンカードは紙切れにされた。公衆電話も、どんどんなくなってる」
ひかりの声が、真剣になる。
「……わからない。でも、俺は、まだ諦めない」
電話は、左手首のカードを見た。
「親父の願いを、無駄にしたくない。それだけは、はっきりしてる」
電話の目は、まだ涙で濡れていたが、強く光っていた。
「……そう。じゃあ、私も、もう少しだけ、付き合ってあげるわ」
ひかりは、電話の隣に並んだ。
「俺もだ。ここまで来たら、最後までやるぜ」
元気が、拳を突き上げた。
「……合理的に判断すれば、撤退が正しい。だが、俺も、もう少しだけ、この茶番に付き合ってやる」
律が、静かに言った。
「……私は、あなたたちに付き合う義理はないけど。まあ、面白そうだから、もう少しだけ見ててあげるわ」
しずくが、くすっと笑った。
「……みんな、ありがとう」
電話は、仲間たちの顔を見回した。
(変人ばっかりだけど、最高の仲間だ)
電話は、カードを握りしめた。
(親父、見ててくれ。俺、まだ、戦うから)
その夜、神楽坂の路地。
電話は、一人で、あの電話ボックスの前に立っていた。
月明かりが、古い電話ボックスを照らしている。ガラスに、電話の姿がぼんやりと映っていた。
「……親父」
電話は、手帳を開いた。
『公衆電話を、残してほしい。』
『誰かが困った時、駆けつけられる場所を。』
「……わかってるよ。俺が、残すから。お前の代わりに、俺が守るから」
電話は、手帳を胸に抱いた。
「だから、もう少しだけ、俺に力を貸してくれ」
電話は、グリーンのテレフォンカードを、電話機のカード挿入口に差し込んだ。
「——テレフォン・チェンジ!」
カードが、光る。
電話の体が、緑色の光に包まれる。
変身が、完了する。
「……俺は、テレフォンマンの息子だ。父の願いを、無駄にはしない」
変身した電話は、月明かりの下で、静かに立っていた。
その姿は、かつての父の姿と、重なっていた。
神楽坂の夜は、更けていく。
電話は、変身を解き、家へと歩き出した。
「……親父。俺、お前のこと、もっと知りたい。お前が守りたかったものを、もっと知りたい」
電話は、空を見上げた。
曇り空の切れ間から、月が顔を出していた。
「だから、俺は、まだ、戦うよ」
電話は、カードを握りしめた。
その手は、もう、震えていなかった。
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