時をかける猫 全10話 ―時間の隙間を、猫だけが知っている― - 踏切:猫は現れた、何も起こらなかった
駅前の踏切は、一日に数回しか降りない。閉まる時間は短く、待っている人もそう多くない。
涼太は自転車部の朝練に向かう途中、その踏切で足止めを食らった。久しぶりの朝練だった。三週間ぶりだ。
カンカンという音が鳴り始めたとき、遮断機の向こう側に猫がいた。ハルだ。線路の脇、敷石の上にちょこんと座っている。
涼太は遮断機の前で待ちながら、猫を見ていた。電車が近づく音がする。猫はこちらをじっと見ている。
電車が通過した。
風が吹いて、ハルの姿が揺れたように見えた。次に目を開けたとき、猫はいなくなっていた。
遮断機が上がる。涼太は線路を渡った。何も起きなかった。空気も変わらない。匂いも、いつもの踏切のままだった。
「あれ」
涼太はしばらく、線路の脇を見ていた。猫がいた場所には、敷石と雑草があるだけだった。
肩透かしを食らったような気分で、涼太は朝練に向かった。
***
朝練は、思っていたよりすんなり終わった。誰も涼太のことを特別に気にしなかった。三週間休んでいたことについて、聞いてきたのは一人だけだった。
「久しぶりだな」
「うん」
「また走るのか」
「分からない。今日は、来ただけ」
それだけの会話だった。涼太はその日、自転車には乗らず、見学だけして帰った。
帰り道、また同じ踏切を通った。今度は遮断機は上がっていた。線路の向こうに、猫はいなかった。
涼太は踏切の真ん中で立ち止まって、線路を見下ろした。
何も起きなかった、ということが、なぜか引っかかっていた。今までは、猫を見れば必ず何かが起きた。今日は、何も起きなかった。
涼太は歩き出しながら、考えていた。
もしかしたら、猫は何も起こしていないのかもしれない。猫がいるところで何かが起きたのは、たまたまだったのかもしれない。あるいは――猫が来なかった日は、何も起きないようにしている、誰かの判断があるのかもしれない。
どちらなのか、確かめる方法はなかった。
ただ、涼太はそのとき初めて、自分が「過去に何が起きるか」ではなく、「猫が今日、何をするつもりなのか」を気にしていることに気づいた。今までは、起きたことに反応するだけだった。今日は、何も起きなかったことについて、考えていた。
涼太は歩きながら、一度だけ踏切を振り返った。遮断機は、上がったまま動かなかった。Noveliaとは?
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