時をかける猫 全10話 ―時間の隙間を、猫だけが知っている― - 部室:止まっていた時間が、少しだけ動き出す
自転車部の部室は、体育館の裏にある。プレハブの小さな建物で、夏は暑く、冬は寒い。
涼太は三週間ぶりに、その部室の前に立っていた。前回は中に入らず、外から見学しただけだった。今日は鍵を持っている顧問の浩二が、ちょうど扉を開けるところだった。
「お、来たか」
浩二は涼太を見て、それだけ言った。多くは聞かなかった。
部室の壁には、大会の結果表が貼られている。涼太は去年の自分の名前を探した。二位の欄に、自分の名前があった。一位の欄には、達也の名前があった。
達也は今、別の高校で走っている。転校したのは、大会のすぐ後だった。あいつも、ハル坂を知っていた。一緒に立ち漕ぎで競った帰り、坂の途中の猫を見て、「あれ、なんか変な猫だよな」と言っていたのを、涼太は覚えている。
「達也のこと、考えてるのか」
浩二が涼太の視線に気づいて言った。
「いえ……別に」
「お前ら、よく一緒に練習してたもんな」
涼太は結果表を見たまま、何も言わなかった。
「あいつ、お前に負けたくないって、よく言ってたぞ」
「俺の方が、負けたんですけど」
「そうだったか?まあ、紙の上ではな」
浩二はそれだけ言って、自分の仕事に戻った。部室の隅にある自転車のラックには、涼太の自転車が、一年前のまま置かれていた。タイヤの空気は抜けている。
涼太はその自転車を見て、しばらく立っていた。
ハルのことは、今日は一度も考えなかった。坂のことも、空き地のことも、路地のことも、踏切のことも。今日はただ、部室の埃っぽい匂いと、結果表の二位の文字と、空気の抜けたタイヤだけがあった。
涼太は自分の自転車のところに行って、空気入れを探した。
「浩二さん、空気入れ、どこにありますか」
「奥の棚だ。お前、乗るのか」
「分かりません。でも、空気だけは、入れときます」
浩二は少し笑って、何も言わなかった。
涼太は空気入れを見つけて、タイヤに差した。一年分の空気が、少しずつ入っていく。手応えが、徐々に重くなる。
タイヤが膨らんでいく音を聞きながら、涼太は結果表の方を、もう一度見た。
二位の欄の自分の名前を、今日は長く見ていられた。Noveliaとは?
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