時をかける猫 全10話 ―時間の隙間を、猫だけが知っている― - 河川敷:あの日、別れはもう決まっていた
達也が住んでいた家は、河川敷沿いにあった。今は誰も住んでいない。表札も外されている。
涼太は自転車で、その前を通った。タイヤの空気はちゃんと入っている。久しぶりに、立ち漕ぎ以外の走り方で坂を下り、河川敷まで来た。
何のつもりで来たのか、自分でもよく分からなかった。達也が引っ越して、もう一年になる。
堤防の上に、猫がいた。最初から、はっきり見えていた。隠れもせず、逃げもせず、堤防の縁に座っている。
「お前、ここにも来るのか」
涼太は自転車を止めて、堤防を上った。猫は涼太が近づいても動かなかった。
風が強くなった。川の匂いが変わった。今より、もっと水量の多い匂いだった。
***
堤防の下に、自転車が二台、並んで停まっていた。一台は涼太の知らない型だったが、もう一台には見覚えがあった。達也の自転車だ。今より新しい。
達也本人が、堤防に座っていた。涼太より、少し若い。今より、もっと早口に喋る達也だった。
「お前、こんなところで何してんの」
達也が涼太に気づいて言った。涼太は答えに迷った。今会っている達也が、何年前の達也なのか分からなかった。
「……散歩」
「散歩で河川敷まで来るやついないだろ」
達也は笑って、足元の石を川に投げた。
「お前、来週の大会、出るの?」
涼太はその質問に、答えられなかった。これがいつの大会か、分からなかったからだ。
「出るよ、たぶん」
「俺、お前に勝ちたいんだよ。なんでか分かる?」
涼太は黙っていた。
「お前、いつも余裕そうに走ってるからさ。本気出してないみたいに見える。それが、なんか悔しいんだ」
涼太は何と言えばいいのか分からなかった。今の自分から見れば、達也は十分本気で走っていた。一位を取ったのは達也だった。
「俺は、いつも本気だよ」
「だったら、いいけど」
達也はそう言って、また石を投げた。
「俺、来年、転校するかもしれない。親父の仕事の都合で」
涼太は黙って、達也の横顔を見た。
「決まったら、お前に言うよ。たぶん、大会の後になると思う」
「言われたら、なんて返せばいいか分からない」
「別に、何も言わなくていいよ。ただ、覚えといてくれればいい」
達也はそう言って、堤防に寝そべった。猫が、達也の足の近くに寄っていった。
「お前もこいつ知ってるんだな」
「ハル坂で見た」
「ハルって名前なのか、これ」
「さあ。誰かがそう呼んでた」
達也は猫の頭を撫でようとして、手を引いた。猫がすっと離れたからだった。
「触らせてくれないんだな」
「いつもそうだよ」
風がもう一度強く吹いた。川の匂いが、いつもの匂いに戻った。
***
涼太は堤防の上に立っていた。下に、自分の自転車だけが停まっていた。達也の自転車はなかった。
涼太は堤防に座って、しばらく川を見ていた。猫は、いつの間にかいなくなっていた。
達也が転校を決めていたのは、大会よりずっと前だったのだと、涼太は今知った。大会の結果がどうであれ、達也はいなくなる予定だった。
涼太は自転車を起こして、河川敷を後にした。坂を上る途中、何かを確かめたわけではないのに、足の力の入れ方が、少しだけ変わっていた。Noveliaとは?
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