プレイボールの向こう側
スマホの向こうで、幼馴染が今日も笑っている。登録者50万人を突破した人気バーチャルライバー・五十嵐梨花。その輝く画面の裏で、佐倉悠だけが知っている彼女の素顔があった。十年以上隣にいたからこそ知る、疲れた声、弱音、不器用な笑い方。でも、彼女の世界はどんどん広がっていく。自分は隣にいていいのか——画面の光と電話越しの声のあいだで揺れる、もどかしくも切ない、幼馴染たちの恋の物語。
プレイボールの向こう側 - スタンドの窓、閉じた時間
日曜の朝。カーテンの隙間から差し込む光が、部屋の床に細く伸びていた。佐倉悠はベッドに腰かけたまま、手にしたスマホを見つめていた。
画面には梨花からのメッセージ。
『今日、楽しみにしてるね』
たった一行。それだけの言葉なのに、胸の奥がざわつく。
(楽しみ、か)
悠は短く返事を打った。
『俺も』
送信ボタンを押す。指が、ほんの少し震えていた。
あの雨の夜から、まだ数日しか経っていない。ずぶ濡れで部屋に現れた梨花。差し出された二枚のチケット。握り返した冷たい手。それから、事務所からの着信に曇った梨花の顔。
全部、昨日のことのように覚えている。
悠は立ち上がり、カーテンを開けた。若葉台の街が、朝の光に照らされている。空は青い。雲はほとんどない。野球日和だった。
(今日は、ちゃんと行く)
(約束したから)
悠はクローゼットから、何度も洗って色あせた青のTシャツを取り出した。梨花と一緒に球場へ行くときは、いつもこれだ。
着替えて、財布とスマホと、引き出しの奥から取り出した半券の束を一瞬だけ見つめてから、部屋を出た。
——その時、スマホが震えた。
SNSの通知。何気なく開いた画面に、見覚えのないアカウントの投稿が流れてくる。
『梨花、スタッフと交際か?』
短い一文。根拠も何もない、ただの噂。
なのに。
悠の指が、止まった。
画面の光が、手のひらで反射して、目に刺さる。喉の奥が、すっと冷えた。
(俺のせいだ)
あの雨の夜、誰かが撮っていた。二人が手を握っているところを。それがあの投稿の元になっている。悠には確信があった。
(俺が、梨花の隣にいたから)
(俺が、梨花の家に行ったから)
画面を閉じる。手のひらに、じわりと汗が滲んでいた。
それでも、悠は玄関のドアを開けた。
約束したから。
今日は、梨花と野球を見る。
それだけは、絶対に、守る。
———
青嵐スタジアムへ向かう電車の中。悠はドアの近くに立ち、流れていく街並みを眺めていた。
車内は休日の朝にしては空いていた。親子連れが数組、野球帽をかぶった若者たち、ユニフォームを着た中年の夫婦。みんな、これから始まる試合に心を弾ませている。
悠だけが、一人、沈んでいた。
(梨花は、来られるのか)
朝のSNSの噂。あれが広がれば、梨花は事務所に呼び出されるかもしれない。もしかしたら、試合どころじゃなくなるかもしれない。
(俺が、原因で)
スマホを握る手に、力が入る。
その時、ポケットの中でスマホが震えた。
ひなからだった。
『悠さん、今日梨花さん試合来るって本当ですか?』
小鳥遊ひな。職場の同僚で、梨花の配信のヘビーユーザー。昼休みに梨花の話をしては目を輝かせている、明るい後輩だ。
悠は、しばらく画面を見つめてから、返事を打った。
『来るよ』
たった三文字。でも、その三文字を送った瞬間、胸の奥で何かが、ほんの少しだけ、前に動いた気がした。
(来るよ)
(梨花は、来る)
悠は、自分に言い聞かせるように、もう一度、心の中で繰り返した。
電車が、青嵐公園駅に滑り込む。
———
青嵐スタジアム。
改札を出ると、人の波が、スタジアムへ向かって流れていく。屋台からは焼き鳥の煙と、甘いタレの匂い。ビールの売り声。子供の笑い声。
悠は、その波に乗りながら、入口へと歩いた。
待ち合わせは、内野指定席Aの入場口前。梨花からのメッセージには、そう書いてあった。
(もう、来てるだろうか)
心臓が、うるさい。
あの雨の夜から、梨花とは顔を合わせていない。メッセージは何度かやりとりした。でも、直接会うのは、あの夜以来だ。
どんな顔をして、会えばいい。
何を、話せばいい。
人混みの中、悠は立ち止まった。
——いた。
梨花が、立っていた。
白いキャップを深くかぶり、サングラスをかけている。変装のつもりなのだろう。でも、悠には、すぐにわかった。
細い肩。白いワンピース。足元はスニーカー。
梨花だ。
悠は、一歩、踏み出した。
「……よっ」
声が、少し、かすれた。
梨花が、振り向いた。
「あ、悠。来た」
サングラスの奥の目が、ほんの少し、笑った。
「待った?」
「ううん。今来たとこ」
二人の間に、ぎこちない沈黙が落ちる。
(何を話せばいい)
(あの夜のことを、謝るべきか)
(それとも、何もなかったように)
悠が迷っていると、梨花が先に口を開いた。
「ねえ、悠。どっちが勝つと思う?」
「……え?」
「だから、今日の試合。どっちが勝つと思う?」
梨花は、いつもの調子で、にこっと笑った。
配信の時の、明るい声。でも、悠の前で見せる、素の笑顔。
(ああ、梨花は、いつもの梨花だ)
悠の肩から、少しだけ力が抜けた。
「……青嵐だろ」
「でしょ! 私もそう思う! だって今日の先発、調子いいし」
「でも、相手の四番、最近当たってる」
「え、そうなの? 悠、ちゃんとチェックしてるじゃん」
「……まあ、一応」
梨花が、声を上げて笑った。
「なにそれ、照れてるの?」
「照れてない」
「照れてる。顔、赤いよ」
「……日焼けだ」
梨花が、また笑った。
その笑い声が、スタジアムの喧騒に溶けていく。
(ああ、そうだ)
(俺は、この笑い声を、聞きたかったんだ)
悠は、胸の奥が、じわりと温かくなるのを感じた。
———
内野指定席A、十二列の二十三番と二十四番。
悠と梨花は、並んで座った。
「うわ、いい席! 悠、見て、選手がすごく近い!」
梨花は、サングラスを外して、目を輝かせた。
「お前、サングラス外して大丈夫なのか」
「大丈夫大丈夫。野球見てる人に、私のことなんて気づかないって。みんなグラウンド見てるもん」
梨花は、キャップを深くかぶり直して、前のめりになった。
「あ、始まる! 悠、国歌斉唱だよ!」
「落ち着けって」
悠は苦笑いしながら、グラウンドに目をやった。
青い芝生。白いライン。土の匂い。スタジアム全体を包む、独特の熱気。
何度も来た場所。
梨花と、何十回も一緒に来た場所。
(変わらないな)
悠は、隣の梨花を、ちらりと見た。
梨花は、目を輝かせて、グラウンドを見つめている。
配信の画面の中の梨花じゃない。
舞台の上の梨花でもない。
ただの、野球が大好きな、幼馴染の梨花。
(この時間が、続けばいいのに)
悠は、そう思った。
———
試合が始まった。
一回表、相手チームの先頭打者が、いきなりヒットを放つ。
「え、ちょっと、大丈夫?」
梨花が、身を乗り出す。
「まだ一回だ。焦るな」
「そうだけどさあ」
次の打者。バントの構え。
「バントか。送ってくるな」
「え、なんでわかるの?」
「場面考えろ。無死一塁だぞ。送りバントに決まってる」
「へえ、悠、野球詳しいじゃん」
「……お前と何年一緒に見てきたと思ってる」
梨花が、ぱちぱちとまばたきをした。
「……そっか。そうだよね」
梨花の声が、少しだけ、柔らかくなった。
「私と悠、もう何年も一緒に野球見てきたもんね」
「……ああ」
悠は、うなずいた。
(そうだ。俺は、梨花と、ずっと野球を見てきた)
(小学五年生の夏から)
(引き出しの中の八十七枚の半券が、その証拠だ)
胸の奥が、じん、と熱くなった。
———
三回裏、青嵐が先制した。
「やったあああ! 悠、見た!? 今のタイムリー!」
梨花が、跳び上がって、悠の腕を叩いた。
「いてっ」
「ごめんごめん! でも、すごくない!? あの打球!」
「……確かに、いい当たりだった」
悠は、腕をさすりながら、笑った。
「ほら、ビール買ってくる! 悠も飲むでしょ?」
「お前、自分で買いに行くのかよ」
「大丈夫だって。売り子さんに声かけるだけだし。それに、私、元売り子だから、売り場の場所もよく知ってるの」
梨花は、いたずらっぽく笑って、通路へと歩いていった。
悠は、その後ろ姿を見送った。
(元気だな)
(よかった)
梨花の明るさが、そのまま、悠の胸を軽くしてくれる。
———
梨花が、ビールを二杯持って戻ってきた。
「はい、悠。青嵐エール!」
「ありがとう」
悠は、紙コップを受け取った。
「かんぱーい!」
梨花が、悠のコップに、自分のコップを軽くぶつけた。
「……試合中だぞ」
「いいのいいの。野球とビールはセットでしょ」
梨花は、ぐいっとビールを飲んだ。
「あー、うまい! やっぱりスタジアムのビールは最高だね!」
「お前、顔赤いぞ」
「え、もう? まだ一杯目なのに」
「弱いくせに」
「うるさいなあ。今日は飲むの!」
梨花は、むくれた顔をして、またビールを飲んだ。
悠は、その横顔を、そっと見つめた。
(梨花は、強い)
(俺が、くよくよしてる間に、梨花は、ちゃんと前に進んでる)
悠は、ビールを一口飲んだ。
苦い。
でも、その苦さが、なぜか、心地よかった。
———
五回裏、青嵐が追加点を入れた。
「きたあああ! 悠、ハイタッチ!」
梨花が、手のひらを差し出した。
悠は、一瞬、迷ってから、その手に、自分の手を重ねた。
パチン。
軽い音が、二人の間で響く。
「やったね!」
梨花が、満面の笑みで、悠を見た。
「……ああ」
悠は、うなずいた。
(この手は、あの雨の夜、俺の手を握った手だ)
(冷たくて、小さくて、でも、力強かった手)
今は、温かい。
ビールのせいか、興奮のせいか。
悠は、自分の手のひらを、そっと握りしめた。
———
七回裏。青嵐の攻撃が、三者凡退に終わった。
「あー、残念。でも、まだ大丈夫だよね」
梨花が、伸びをしながら言った。
「ああ。まだ二点リードだ」
「ねえ、悠。私、ホットドッグ食べたい。買ってきていい?」
「俺が買ってくるよ」
「え、いいの?」
「お前、顔バレするかもしれないだろ」
「悠、優しいじゃん」
「……別に」
悠は、立ち上がった。
「青嵐ホットドッグでいいか?」
「うん! マスタード多めで!」
「わかった」
悠は、通路へと歩き出した。
(梨花と、ホットドッグ)
(昔と、何も変わらない)
売店の列に並びながら、悠は、ふと、空を見上げた。
青い空。白い雲。
(今日は、いい日だ)
そう、思えた。
———
ホットドッグを二つ買って、席に戻る。
「わあ、ありがとう! いただきます!」
梨花は、嬉しそうにホットドッグにかぶりついた。
「んー、おいしい! やっぱりここのホットドッグ、最高だね!」
「口の端にケチャップついてるぞ」
「え、どこ?」
梨花が、手で口元を探る。
「反対」
「ここ?」
「……違う。ほら、もっと右」
悠は、思わず手を伸ばして、梨花の口元に触れた。
梨花の唇の端を、指先で、そっとなぞる。
ケチャップが、悠の指についた。
「……あ」
梨花が、固まった。
悠も、固まった。
(何してるんだ、俺)
悠は、慌てて手を引っ込めた。
「……ついてたから」
「……ありがと」
梨花の声が、小さくなった。
頬が、赤い。
ビールのせいだけじゃない。
悠は、自分の指先を見た。
ケチャップが、赤く、ついている。
(梨花の、唇に)
胸の奥が、どきり、と跳ねた。
———
八回裏。
青嵐の攻撃。二死ランナーなし。
「そろそろ追加点がほしいな」
「ね。でも、相手のピッチャーも疲れてきてるし、いけるかも」
その時、梨花のバッグの中で、スマホが震えた。
梨花は、ホットドッグを片手に、スマホを取り出した。
画面を見る。
梨花の、笑顔が、消えた。
「……え」
梨花の手が、止まった。
「……どうした?」
悠は、梨花の異変に、すぐに気づいた。
梨花は、画面を見つめたまま、動かない。
「……事務所から」
「何て?」
梨花は、しばらく黙ってから、小さく言った。
「……すぐ戻ってきてください。噂が大きくなってます、って」
悠の胸が、ぎゅっと締めつけられた。
(噂)
(朝、SNSで見た、あの噂)
(俺のせいだ)
悠は、唇を噛んだ。
梨花は、グラウンドとスマホを、交互に見ている。
迷っている。
この場に残るか、事務所へ戻るか。
(梨花の顔が、曇ってる)
(俺の存在が、梨花の選択を、縛ってる)
悠は、声をかけるべきか、かけないべきか、わからなかった。
(俺が、行けって言えば、梨花は行く)
(でも、俺が、行くなって言えば、梨花は残る)
(どっちが、梨花のためなんだ)
悠は、指先が冷たくなっていくのを感じた。
グラウンドでは、次の打者が打席に入ろうとしている。
観客の歓声。
でも、二人の周りだけ、時間が止まったように、静かだった。
「……梨花」
悠は、ようやく、声を絞り出した。
「……行った方が、いいんじゃないか」
梨花が、ゆっくりと、悠の方を向いた。
「……悠は、そう思うの?」
梨花の目が、まっすぐに、悠を見つめている。
「……事務所が、呼んでるんだろ。大事なことかもしれない」
「……でも」
梨花が、言いかけて、止まった。
「……でも、私、まだ、ここにいたい」
梨花の声が、震えていた。
「……やっと、悠と、野球見られると思ったのに。やっと、二人で、ここに来られたのに」
梨花の目が、潤んでいる。
「……なんで、私が、行かなきゃいけないの。なんで、私が、我慢しなきゃいけないの」
梨花は、スマホを、ぎゅっと握りしめた。
「……私、今日だけは、梨花じゃなくて、ただの私でいたかった。悠の隣にいる、ただの幼馴染で、いたかった」
悠は、何も言えなかった。
(梨花)
(俺も、同じだ)
(俺も、今日だけは、ただの幼馴染でいたかった)
でも、その言葉を、口に出すことはできなかった。
梨花は、うつむいた。
「……ごめん。変なこと言った」
「……別に、変じゃない」
悠は、言った。
「……俺も、同じこと、思ってた」
梨花が、顔を上げた。
「……悠も?」
「……ああ。俺も、今日は、ただの幼馴染でいたかった」
悠の声は、低く、静かだった。
梨花の目から、涙が、こぼれた。
「……悠」
梨花は、スマホを、バッグの中に、押し込んだ。
「……私、ここにいる」
梨花は、涙を拭って、まっすぐに前を向いた。
「……事務所には、あとで連絡する。噂のことも、私が何とかする。だから、今は、ここにいる」
梨花の声は、さっきまでと違って、力強かった。
「……悠、私、野球見るよ。悠と、最後まで」
悠は、梨花の横顔を見つめた。
(梨花は、強い)
(俺が、迷ってる間に、梨花は、もう、答えを出してる)
悠の胸の奥で、何かが、音を立てて崩れた。
(俺は、梨花の足を引っ張ってるんじゃない)
(梨花は、俺の隣にいることを、自分で選んでる)
(俺が、勝手に、決めつけてただけだ)
悠は、ゆっくりと、息を吐いた。
「……わかった」
悠は、うなずいた。
「……最後まで、見よう」
梨花が、にこっと笑った。
涙の跡が残ったままの、でも、最高の笑顔だった。
———
九回裏。
二対二の同点。二死満塁。
「悠、やばいよ。心臓が……」
梨花が、悠の腕に、しがみついた。
「……大丈夫だ」
悠は、梨花の手を、そっと握った。
梨花が、びくっとして、悠を見た。
「……悠?」
「……大丈夫だ。打つ」
悠は、グラウンドを見つめた。
(俺は、梨花の隣にいる)
(それが、俺の場所だ)
(もう、迷わない)
ピッチャーが、投げた。
バッターが、振った。
カキィィィン!
白球が、外野の深いところへ、吸い込まれていく。
「いけええええ!!」
梨花が、叫んだ。
悠も、立ち上がっていた。
「走れえええ!!」
三塁ランナーが、ホームへ。
セーフ!
サヨナラ勝ち。
「やったあああああ!! 悠、勝ったよ!! サヨナラ!!」
梨花が、飛び跳ねて、悠に抱きついた。
「わっ」
悠は、よろけながらも、梨花の体を受け止めた。
「すごい! すごいよ悠! 私たちのチーム、勝ったよ!」
梨花の顔が、すぐ目の前にあった。
涙で濡れた頬。
でも、今は、嬉し涙。
「……ああ。勝ったな」
悠は、梨花の背中に、そっと手を回した。
梨花が、はっとしたように、悠を見た。
「……悠、今、抱きしめた?」
「……別に。お前が、抱きついてきたんだろ」
「えー、悠のくせに、大胆」
「……うるさい」
二人は、笑い合った。
周りの観客も、みんな、笑っていた。
地鳴りのような歓声。
その中で、悠は、梨花の温もりを、確かに感じていた。
———
試合が終わり、観客が帰り始める。
悠と梨花は、スタンドに、もう少しだけ残っていた。
「……悠、楽しかった」
梨花が、夕焼けに染まるグラウンドを見ながら、言った。
「……ああ。楽しかった」
悠も、同じ景色を見ていた。
「……また、来ようね。今度は、もっと早く」
「……ああ。今度は、ちゃんと」
悠は、梨花の方を向いた。
「……梨花」
「……なに?」
梨花が、首をかしげる。
「……俺、お前の隣に、いるよ」
悠は、言った。
「……これからも、お前の隣で、応援してる」
梨花の目が、大きく見開かれた。
「……悠、それって」
「……そのままの意味だ」
悠は、梨花の目を、まっすぐに見つめた。
梨花の瞳が、夕日に照らされて、きらきらと光っている。
「……ばか。今さら、何言ってるの」
梨花の声が、震えた。
「……そんなの、当たり前でしょ。悠は、ずっと、私の隣にいるの。私が、そう決めたんだから」
梨花は、涙を拭いながら、笑った。
「……でも、嬉しい。悠の口から、聞きたかった」
梨花は、悠の手を、ぎゅっと握った。
温かい手。
あの雨の夜とは、違う。
確かに、温かい。
悠は、その手を、握り返した。
———
青嵐公園駅までの道。
二人は、並んで歩いていた。
「ねえ、悠。今日のサヨナラ、動画で見返そうよ。私、あの瞬間、叫びすぎて、よく覚えてない」
「お前、確かにすごい声だった」
「え、聞こえてた? 恥ずかしい」
「周りもみんな叫んでたから、大丈夫だろ」
「そうかな? まあ、楽しかったから、いっか!」
梨花は、スキップするように、一歩前に出た。
「悠、今日は、ほんとに、ありがとう」
梨花が、振り返って、笑った。
夕日が、梨花の髪を、金色に染めている。
「……俺も、楽しかった」
悠は、言った。
「……ありがとう」
梨花が、ぱちぱちと、まばたきをした。
「……悠が、素直に、ありがとうって言った」
「……たまには、言う」
「ふふ、変なの」
梨花は、笑いながら、また前を向いた。
悠は、その後ろ姿を、追いかけた。
(この時間が、続けばいい)
(でも、梨花の世界は、これからも、広がっていく)
(画面の向こうの梨花も、隣にいる梨花も、全部、俺の知ってる梨花だ)
悠は、空を見上げた。
夕焼けが、スタジアムの向こうに、沈んでいく。
今日の試合は、終わった。
でも、二人の野球は、まだ、続いていく。
悠は、梨花の隣に、歩調を合わせて、歩き続けた。Noveliaとは?
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