失われた領域の響き
神秘的な町エルドリアで、16歳のエラーラ・ウィンターズは祖母の屋根裏で古代の遺物を発見する。それは異世界のエネルギーを脈打つ結晶体だった。触れた瞬間、彼女は無限の雲の上に浮かぶ島々の世界、アイセリアへと転送される。そこで17歳の魅力的なならず者ケイル・ソーンと出会う。彼の遊び心あふれる態度は深い傷を隠していた。二人の掛け合いは思いがけない支えとなり、エラーラはその遺物が複数の次元への鍵であり、歴史から意図的に抹消された失われた文明の断片を含むことに気づく。
エラーラが太陽に照らされたアイセリアの群島から、発光する地下世界の洞窟へと深く旅を進める中で、彼女は15歳の学者ミラ・ソリスに出会う。ミラは地下の聖域で古代の文献を解読してきた冷静な知識人だった。ミラの落ち着いた専門知識と分析力はエラーラの好奇心を補い、ケイルの機知と機転が超現実的な獣や崩れゆく次元の障壁から彼らを何度も救う。三人はこれらの世界が偶然ではなく、歴史を書き換えた誰かによって織りなされた物語でつながっていることを発見する。
調査の中で、彼らは邪悪な真実を知る。何世紀も次元の狭間に囚われた復讐の魔女セレーネが、遺物を取
失われた領域の響き - 帳の向こう側――屋根裏の光
エルドリアの秋雨は容赦なく降り続いていた。
町を二分する古い石造りの建物、ソーンベリー館——エルドリア公立図書館として百年近く町民に親しまれてきた、この地域最大の知識の拠点だ。建てられたのは1920年代だと聞いたことがある。厳かな装飾を施されたその正面玄関をくぐるたび、エララ・ウィンターズは同じ感覚に襲われた。ここは違う時間が流れている。世界の外側にあるような場所だと。
図書館の地下書庫。床は赤茶けたタイル、壁は湿った石積みで、天井の配管からは時折ポタリと水が落ちる。その音だけが、この空間を時間の中に繋ぎ止めていた。
エララの両手は資料に埋もれていた。古ぼけた書籍、新聞のマイクロフィルム、素人の手書きメモ。すべてが「大消字」——西暦820年前後を境に、それ以前のあらゆる歴史的記録が突然かつ完全に消失した、未解明の歴史的断絶——に関わるものばかり。人為的なものなのか。自然現象なのか。誰が、なぜ。
研究者たちはそれを学問の対象にしない。学校の教科書には三行で済まされている。「古い時代の記録は失われた」と。それきり。
「ウィンターズさん」
声をかけられて、エララは顔を上げた。ハワード・ペック司書だ。62歳。この町に生まれ、この町で育ち、この図書館で35年間働き続けている男。金属の枠がかかった眼鏡の奥で、その瞳が細められている。
「そろそろ閉館だ。毎度のことながら」
淡い微笑みがあった。呆れの色が混ざった、いつもの笑顔。
「また大消字かね」
言い方が、どこか楽しげだ。まるで冗談を言うように。まるで、エララの執念を何か奇想天外な趣味程度に見ているように。
「あと五分だけ」
エララは本の欄に指を挟んだ。
ペック司書は肩を竦めた。エララの頑固さについては、既に諦めているらしい。
「五分な。でなけりゃ施錠してしまうぞ」
そう言い残して、彼は階段の方へ去っていった。靴音が階上の無人の閲覧室へ響き、やがて消える。
エララは手元のノートに目を落とした。
大消字が起きた西暦820年前後より、さらに400年さかのぼった時代。パリンプセスト文明——大消字以前に栄えたとされる、現在の学術界ではほぼ顧みられることのない古代文明であり、その名は「上書きされた羊皮紙」を意味するラテン語に由来する——の直後に起きた歴史的な断絶。あらゆる記録が、同時に、消えた。
物理的な証拠はない。だが痕跡はある。記録の「前」と「後」の歴史が、まるで異なる世界のものであるかのように、矛盾している。
それは意図的だ。誰かが、何かが、意識的に操作したのだ。
(父は、何を見つけたんだ)
歴史研究家だった父。エララが七つの時に、プロジェクトの途中で忽然と失踪した。母は何も話してくれない。今でも。
「大消字」について、何か知っていたのではないか。
そう思わずにはいられない。
図書館の外へ出た時、秋雨は勢いを増していた。
メインストリート沿いのカフェ「ハーフムーン」からは、笑い声が漏れてくる。同じ高校の一年生たちだろう。恋愛の話、テスト、些末な学園生活の出来事。彼らの関心の世界は、エララのそれと完全に乖離していた。
彼らが笑っている間に。彼らが他愛もない雑談に興じている間に。エララは何か巨大で暗い謎を追っていた。
町を一人で歩く感覚が、いつもより強く感じられた。別の世界を歩んでいるのかもしれない。同じ時間、同じ町の中で。それでも、見ているものが違う。考えているものが違う。
北東の丘の上に立つウィンターズ邸へ向かう坂道は、いつもより長く感じられた。
階段状の石道を登り切ると、ヴィクトリア朝様式の古い邸宅が現れた。1890年代の建築だ。三階建ての本体に、尖塔が一つ。祖母のマーゴはここで生まれ、ここで育ち、ここで人生の大半を過ごした。そしてエララもここにいた。
玄関を開くと、独特の匂いが迎えた。古い木材の香り。蝋燭の痕跡。そして、わずかに医薬品の臭い。
祖母の部屋へ向かう前に、エララは廊下で立ち止まった。
ドアの横に、薬の袋が置かれていた。医者の処方箋。日付は今日。
(また。今日も)
近づいて、ドアを軽くノックした。
「マーゴおばあちゃん。大丈夫?」
中からは、かすれた声が返ってくる。
「ああ。大丈夫だよ、エラ。ただね、ちょっと体が重くてね。悪いんだけど……屋根裏の片付け、手伝ってくれないかい。埃が積もってるし、ずっと放ってたから」
ドアは開かず、声だけが漏れてきた。その声には疲労が滲んでいた。
「わかった。やっておくね」
エララはそう答えた。
自分の部屋に入ると、最初にしたことは、父の手帳を探すことだった。
机の奥にある、小さなボックス。その中に、茶色く色褪せた革表紙の手帳が保管されていた。父・リチャードが遺した、数少ない品物の一つだ。
ページをめくると、走り書きが現れた。
「大消字の痕跡」
「次元間の痕跡か」
「クロニクル・プリズム?」
最後の言葉の隣には、八面体の結晶を思わせる図形が走り書きされており、その傍らに小さくこう注釈が添えられていた。「時間と次元を超える鍵——大消字を引き起こした何者かが残したものか」。インクが滲み、判読不可能になっている部分が多かった。肝心な部分ほど、滲んでいた。わざとか、それとも経年劣化か。
エララは指先でその文字をなぞった。
(なぜ、お母さんは何も言ってくれなかったんだ)
父の失踪について。その後の調査について。すべてが、沈黙で塗り潰されていた。
「大消字」という言葉が、父の手帳に頻繁に現れることから、彼は何かの真実に近づいていたのだろう。そして、その真実が危険だったのかもしれない。
すべては推測だ。確たる証拠はない。
ただ、その推測が、エララの内部で燃え続けていた。
屋根裏へ通じる梯子は、隠し扉の向こうにあった。急勾配で、古い木で作られている。一歩一歩、注意深く上っていく。二段目で、靴が滑りかけて、エララは慌てて手すりを掴んだ。古い木の感触。ざらざらとした表面。一瞬だけ、天井へぶつかるのかと思った。
やがて、頭が屋根裏空間に突き出た。
薄暗い。天窓からわずかに光が射し込んでいるが、それだけでは十分ではない。懐中電灯を取り出して、周囲を照らした。
トランク。古い家具。布に包まれたもの。サンタクロースの木製置物。数十年分の生活の痕跡が、整理されないまま、積み重ねられていた。
エララはゆっくりと、その中を進んでいった。
曽祖母ヘンリエッタの時代の品物であろう。古い毛皮のコート。レースのハンカチ。革製の小箱。80年ほど前の女性の生活が、ここに凍結していた。
やがて、一つの大きなトランクを見つけた。暗褐色の革製。金属の留め具が錆びている。ヘンリエッタの名前が、かすれた手書きで側面に記されていた。
エララはそのトランクに膝をついた。
鍵は掛かっていない。蓋を開くと、かび臭さが立ちのぼった。古い布類。手紙。写真。そして、底の方に。
何か硬いもの。布に幾重にも包まれている。
エララはそれを慎重に取り出した。
布を一枚、一枚、解いていく。その作業に、理由のない緊張が走った。
最後の布が落ちた時。
エララの呼吸が、止まった。
そこにあったのは、掌に収まるサイズの八面体だった。結晶体。透明感のあるその内部では、液体光のような物質が、呼吸するように脈動していた。
光が、ゆっくりと明るくなり、ゆっくりと暗くなる。その動きが、生きているもののように見えた。
エララの手が、震えた。
(これ、だ)
父の手帳に描かれていた紋章。その形は、この結晶体と一致していた。
「クロニクル・プリズム」
父の注釈が脳裏によみがえる。時間と次元を超える鍵。その意味が何であれ、父はこれを探していた。そして父は消えた。
エララはそれを両手で掲げた。重い。予想より重い。その重さは、単なる物理的な重さではなく、何か歴史的な、時間的な重さに感じられた。
(これが何なのか。どうしてここに。なぜ、父は探していたのか)
質問は止まらなかった。だが、回答は返ってこない。
だから、自分で答えを探すしかない。
エララはプリズムをゆっくりと、自分の胸の高さまで持ち上げた。
その時だ。
指先が、結晶体の表面に触れた瞬間。
世界が、白く、燃えた。
光。圧倒的な、逃げようのない光。視界のすべてが、白色に塗り潰される。その光の中で、プリズムは激しく脈動し、内部の液体光が爆発的に膨張していく。父の手帳にあった言葉が、意識の端で明滅した。時間と次元を超える鍵。これが、その力なのか。
熱。
痛み。
エララの体が、光の渦に吸い込まれていく感覚。自分がどちらへ向かっているのか、上なのか下なのか、判別がつかない。すべてが白い混沌の中で、回転している。
「マーゴおばあちゃん!」
声を出そうとしたが、言葉が形をなさない。光に飲み込まれてしまう。
意識は、しかし、消えない。
むしろ、研ぎ澄まされていくような感覚さえ覚える。世界が剥がれ落ちていく。エルドリアが。祖母が。すべてが。
次の瞬間。
硬い感覚。
膝が、何かにぶつかった。石だ。冷たい。痛い。
エララは目を開いた。
そこは、屋根裏ではなかった。
広大な空間。無限に広がる空。その色は、青ではない。薄紫に近い、柔らかな色合い。
エララは膝をついたまま、その空を見上げた。
遠く、遠く、信じられないほど遠くに、島々が浮かんでいた。その島々は、何に支えられているのだろう。足元を見ると、灰色の石造りの大地。広大で、凸凹としていて、その縁は急崖になっているように見える。
崖の下には。
雲だ。
無限に広がる、白い雲海。その下に何があるのか、見えない。見たくもない。
エララの手を見た。
プリズムは、手の中で沈黙していた。完全に光を失い、今はただの冷たい結晶体に見える。内部の液体光も、すべて消え去っていた。
(帰る方法。帰る方法は)
絶望が、波のように押し寄せた。
プリズムに再び触れてみた。だが、何も起きない。完全に無反応だ。それはもう、二度と動く気配のない、ただの物質に見えた。
エララは膝をついたまま、その場に崩れ落ちた。
呼吸ができない。または、呼吸の仕方を忘れてしまった。
目の前の世界は、光と色に満ちていた。だが、それのどれもが、見知らぬものばかり。エルドリアではない。学校ではない。祖母の家でもない。
すべてが、遠ざかった。
と同時に、胸の奥で何かが燃えた。
恐怖より先に。絶望より先に。
それは、好奇心だった。
(大消字の先。父が探していた世界。これが、それなのか)
両足が、徐々に力を取り戻していく。エララは立ち上がった。
プリズムを握りしめたまま、その浮遊する島々の方へ、歩き出した。
恐怖は消えていない。むしろ、一刻一刻と増していく。帰る手段がない。今この瞬間も、エルドリアとの距離が広がり続けている。
だが、それでも。
(進むしかない)
エララは歩み続けた。目の前の灰色の大地を。雲海に向かって。
その視線の先では、浮遊する島々が、ゆらゆらと揺らめいていた。
どこへ向かっているのか。何が待っているのか。
すべてが未知だった。
だからこそ。
エララは足を止めることができなかった。Noveliaとは?
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