プリキュア世界に放り出されてしまったけど
プリキュア世界に放り出されてしまったけど、高木恭一はついに怪物じみた魔神を打ち倒した。自分の世界に帰れると、そう思っていた。だが、最終決戦の大爆発に巻き込まれ、またしても異次元へと吹き飛ばされてしまう!
今度は、伝説の戦士『プリキュア』が怪物と戦っている最中の屋上に墜落した。チート能力は健在で、それは最高だったんだが、とんでもないことが起きる。なんと、プリキュアが変身したり強くなったりするために使う、妖精のような存在になってしまったのだ!
さらに最悪なことに、彼の魔力は伝説の戦士である、超クールで男前な美墨なぎさと完全にリンクしてしまった。こうして恭一は、事実上なぎさのパワーアップ妖精となる。好き嫌いにかかわらず、彼の戦いを助けなければならない。
生活は一変する。なぎさはぶっきらぼうでやや不機嫌だし、相棒は超がつくほど元気な女の子で、いつも恭一を振り回す。まさにカオス! だが、この世界の敵はただの間抜けな怪物じゃない。闇の力が、なぎさの秘めた弱さや悲しみにつけ込み、その心に侵入しようとしているのだ。クールな態度の裏で、なぎさは傷ついている。それを、恭一は放っておけなかった。
た
プリキュア世界に放り出されてしまったけど - 闇を裂く朝日——二人で迎える新しい日常
深淵の主が時空の裂け目に消えていった。
空を覆っていた分厚い闇が、まるで幕を引くようにゆっくりと剥がれ落ちていく。
暁光学園の屋上は、奇妙な静けさに包まれていた。
戦いの余韻が、まだ空気の中に残っている。焼け焦げたコンクリートの匂い。倒れたままのフェンス。あちこちに散らばったガラス片が、東の空から差し込む最初の朝日を反射して、キラキラと輝いていた。
なぎさは、変身が解けたボロボロの制服のまま、屋上の床に座り込んでいた。
肩で息をしている。両手はまだ、かすかに震えていた。
「……終わったんだ」
彼女の隣に、金色の小さな光がふわりと浮かぶ。
恭一だ。妖精の姿のままの彼もまた、魔力の消耗でその輝きを弱めている。
「……ああ。めんどくせえ戦いだったな」
恭一はそう言って、なぎさの肩の上にストンと落ちた。
小さな体から、じんわりと温かい魔力が伝わる。
なぎさは、自分の手首を見つめた。
そこには、黄金と深紅の光が螺旋を描いて絡み合う、二つの環——《双光の誓約環》が輝いている。
契約の証。互いの命と魂を共有する、禁術の絆。
彼女の青い瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「ありがとう、恭一くん」
震える声だった。
「私、初めて思えた。もう一人じゃないんだって……本当に、そう思えたの」
彼女はそっと、恭一が乗っている肩に手を当てた。
金色の光が、その指の隙間からこぼれる。
「……ばーか。今頃気づいたのかよ」
恭一は照れくさそうに空を見上げた。
彼の小さな体が、少しだけ明るく光る。
「俺は……最初から知ってたぜ。お前は一人じゃねえってな」
なぎさは泣き笑いの表情で、街を見下ろした。
トウキョウの街に、朝日が差し込んでいく。
建物の窓ガラスがオレンジ色に染まり、空気がゆっくりと温まっていくのがわかる。遠くで、鳥の鳴き声が聞こえた。
地下鉄の駅から、最初の通勤客が顔を出す。
コンビニの店員が、シャッターを開けている。
人々はいつも通りの朝を始めていた。記憶の帳の影響で、昨夜の出来事を誰も覚えていない。空が闇に覆われていたことも、グロームの咆哮が響き渡っていたことも——まるで悪い夢のように、人々の記憶から消え去っている。
「……普通だな」
恭一はぽつりと言った。
「街は、いつも通り動いてる。誰も、何があったか覚えてねえ。俺たちが必死で戦ったことも、お前が泣きそうになりながら耐えたことも……全部、知らねえんだ」
「……そうね」
なぎさは静かにうなずいた。
「でも、それでいいの。プリキュアは、そういうものだから」
彼女は立ち上がろうとした。
しかし——。
膝から力が抜ける。視界がグラリと揺れた。戦いの疲労が、一気に全身にのしかかる。
「……あ」
倒れそうになる彼女の体を——。
金色の光が、ふわりと包み込んだ。
恭一が人間の姿に戻っていた。黒髪の少し長めのショートヘア、深い茶色の瞳。175cmの体躯で、なぎさの体をしっかりと支えている。
「……無理すんな、バカ」
彼の声は怒っているようで、でもとても優しかった。
なぎさは恭一の胸に顔をうずめた。
温かい。彼の魔力が、手首の双光の絆を通じて流れ込んでくる。
疲れきった体に、じんわりと力が戻っていくのを感じる。
「……ありがと」
なぎさは小さく呟いた。
「……めんどくせえけど、まあ、お前となら悪くねえな」
恭一は照れ隠しに顔を背けて、空を仰いだ。
でも、彼の腕はなぎさをしっかりと支えている。
二人の手首で、双光の絆が朝日を受けて輝いていた。黄金と深紅の光が混ざり合い、まるで生きているかのように、ゆらゆらと揺らめいている。
なぎさは恭一の肩にもたれかかった。
戦いの緊張から解放されたせいか、急激な眠気が襲ってくる。彼女の呼吸が、ゆっくりと落ち着いていった。
「……寝ちまったか」
恭一はなぎさの寝顔を見て、小さく笑った。
彼女の寝顔は、とても穏やかだった。いつもの気の強そうな表情は消え、ただの十六歳の少女のように、無防備に眠っている。戦いの傷や疲れも、すべて忘れてしまったかのようだ。
恭一はなぎさを背負った。
重くはない。彼女の体重と、温もりが背中に伝わってくる。
「……帰るか」
彼は静かに、屋上の階段へと歩き出した。
街は、新しい一日を始めている。
誰も知らない英雄たちの戦いは、朝日の中で静かに幕を閉じたのだった。
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アパートに戻ると、部屋の中は薄暗かった。
恭一はなぎさをベッドに寝かせて、自分も隣に横たわる。
天井を見上げると、古びた木目がぼんやりと見えた。ここに住み始めてから、もうどのくらい経っただろうか。
目を閉じる。
その時——。
喉の奥が、カラカラに渇いていることに気づいた。
そういえば、戦いの後、何も飲んでいない。
「……水、飲みたい」
隣で寝ているはずのなぎさが、突然寝言を呟いた。
恭一はギョッとして、隣を見る。
なぎさはまだ眠っている。でも、彼女の口元がわずかに動いている。
「……え?」
今の——まさか。
恭一は試しに、別のことを考えてみた。
(腹も減ったな。なんか甘いもん食いたい)
「……プリン、食べたい」
なぎさが寝言で呟く。
「マジかよ」
恭一は自分の手首に輝く双光の絆を見た。
どうやら、深淵の満潮の戦いで誓約環を発動させたことで、二人の魔力共鳴が完全に安定したらしい。今までは強い感情の時だけだったのに——今は、常に互いの感覚や感情が流れ込んでいる。
恭一は天井を見つめたまま、口元を引き締めた。
なぎさの寝息が規則正しく続く。その度にベッドが微かに揺れて、彼の肩に彼女の髪が触れる。
(……これ、ずっと続くのか?)
彼がそう思った瞬間——。
彼女のまぶたが、ピクリと動いた。
「……恭一くん」
なぎさが目を覚ます。
青い瞳が、ぼんやりと恭一を見つめた。
その目に——涙が、にじんでいた。
「……今、夢を見てた」
なぎさはゆっくりと起き上がった。
涙が一筋、彼女の頬を伝う。
「血まみれの地面……冷たい雨……そして、一人の女の人。綺麗な人だった。すごく、優しそうな」
恭一の心臓が、ドクンと跳ねた。
(……リリア)
なぎさは続けた。
「あの人が倒れてて……あなたが、泣きながら叫んでた。何度も、何度も……ごめん、ごめんって」
彼女は恭一の頬に手を伸ばした。
震える指が、彼の涙の跡をそっと拭う。
「あなたの傷が、痛みが……全部、わかるの。今、私の中に流れ込んでくる」
双光の誓約環の輝きが、強まる。
互いの記憶と感情が、完全に共有されている。
なぎさは恭一を——抱きしめた。
彼の体を、ぎゅっと強く抱きしめる。
「恭一くん」
彼女の声は、優しく、でも力強かった。
「今度は、私がいるから」
恭一の体が、震える。
「絶対に一人にしないから。あなたが悲しい時は、私が支える。あなたが苦しい時は、私がそばにいる」
「……やめろよ、くすぐってえ」
恭一は彼女の腕から逃れようとした。
でも——。
彼女の温もりが、あまりにも心地よくて。
「……わかったよ」
恭一は観念して、彼女の背中に腕を回した。
抱き返す。
「……ありがとな、なぎさ」
どれだけそうしていただろう。
やがて、なぎさが顔を上げた。
彼女の青い瞳が、恭一の深い茶色の瞳をまっすぐに見つめる。
そして——。
彼女の方から、そっと唇を重ねた。
それは、前回のような魔力の共有のためのキスでも、契約のためのキスでもない。最初の、自発的なキスだった。
柔らかな感触。
温かな吐息。
恭一は目を閉じて、彼女を受け入れた。
長い、長いキスだった。
戦いの疲れと、孤独の痛みと、そして——互いへの想いが、すべて溶け合っていくような。
どれほどそうしていたか。なぎさがそっと顔を離した。彼女の指先が、恭一の唇の端に触れる。
「……あんた、やっぱりキス上手いわね」
「……うるせえ」
恭一は顔を背けて、天井を見上げる。
なぎさはクスッと笑って、恭一の胸に顔をうずめた。
「……あったかい」
彼女はささやくように言った。
「恭一くんの体温、すごく伝わってくる。双光の絆のせいかしら。体の中が、じんわりと温かいの」
「……そうかよ」
恭一は、彼女の髪をそっと撫でた。
明るい茶色のセミロング。戦いで少し乱れているけど、それでもサラサラと指に心地いい。
二人はそのまま、互いの温もりを感じ合いながら——静かに、眠りについた。
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翌朝。
ピンポーン。
チャイムの音で、恭一は目を覚ました。
隣を見ると、なぎさがまだすやすやと眠っている。彼女の寝顔は昨日よりも安らかで、安心しているように見えた。
ピンポーン。
「……誰だよ、朝っぱらから」
恭一はダルそうに起き上がり、ドアを開けた。
そこには——。
闇月アカネが立っていた。
黒に赤のメッシュが入ったショートボブ。左目が赤、右目が黒のオッドアイ。いつもの指抜きグローブをつけた左手が、所在なさげに揺れている。
「……お、おはよう。高木恭一」
アカネは緊張した面持ちで挨拶をした。
「あ、アカネか。どうしたんだよ、こんな朝早くに」
「あの……美墨さんの様子を見に」
その時——。
「……んー、恭一くん?誰か来たの?」
なぎさが寝ぼけ眼をこすりながら、寝室から顔を出した。
彼女の制服はボロボロのままだし、髪も寝癖でボサボサだ。そして何より——。
二人が一緒に寝室から出てきたことに、アカネの顔が真っ赤に染まった。
「ご、ごごご、ごめんなさい!お邪魔でしたか!?アタシ、今すぐ帰ります!!」
アカネは慌てて踵を返そうとする。
「違うの!!違うのアカネさん!!」
なぎさが真っ赤な顔でアカネの腕を掴んだ。
「これは、その、戦いの後で疲れてて、それでただ一緒に寝てただけで——!」
「……そこまで言うと、かえって怪しいぞ」
恭一がボソッとツッコミを入れる。
「恭一くんは黙ってて!!」
三人はとりあえず、部屋の中に落ち着いた。
アカネはソファに座り、コーヒーを一口飲んでから、ようやく本題を切り出した。彼女の表情は、さっきまでの照れから一転して、真剣なものになっている。
「……アタシの影憑きの能力が、強化された」
彼女は左手のグローブを外した。
甲に浮かぶ黒い紋様が、以前よりも鮮明に、脈打つように蠢いている。
「深淵の満潮の影響だろう。今までは、せいぜい数キロ範囲のグロームしか感知できなかった。でも今は——」
アカネは目を閉じた。
左目の赤い瞳が、かすかに光る。
「トウキョウ全域の気配が、手に取るようにわかる。そして——」
彼女の表情が、さらに厳しくなった。
「廃坑道網の最深部から……今も断続的に、微かな闇の反応を感じる」
「まだ何かいるってことか?」
恭一の声が低くなる。
「はい。ただ、微弱すぎて詳細はわからない。まるで——何かが、じわじわと育っているような……」
アカネは不安そうにうつむいた。
なぎさは彼女の手を、そっと握った。
「教えてくれてありがとう、アカネさん」
アカネが驚いて顔を上げる。
「あなたがいてくれて、本当に心強いわ。私たちだけじゃ、気づけなかった」
「……美墨さん」
アカネの目が、潤む。
彼女は初めて、本当に嬉しそうな笑顔を見せた。
「……アタシ、役に立ててるんだ」
「もちろんよ。あなたは、私たちの大事な仲間だもの」
なぎさの言葉に、アカネは涙をぬぐった。
その時——。
部屋の壁に、突然ホログラムの画面が映し出された。
「皆さん、おはようございますわ」
それはベアトリスからの緊急通信だった。
銀髪の老女は、いつもの冷静な表情のまま——でも、その金色の瞳には明らかな緊張の色が浮かんでいる。
「深淵の主の、撤退時の言葉が解析できました」
彼女は杖で、ホログラムの画面を操作した。
そこに、ノイズ混じりの声が再生される。
『……次は、お前たちの絆を……最高の芸術として壊してやろう』
深淵の主の、不気味な声だった。
「奴は、完全には撤退していません。むしろ——次の手を、すでに練っている可能性が高い」
「次の手……?」
なぎさが不安そうに尋ねる。
「お二人が使った双光浄滅斬の魔力反応。あれを奴が解析し、次回はその力を無効化する策を練っているかもしれません」
「……なるほどな。要するに、俺たちの最大の武器が次は通じねえってことか」
恭一は腕を組みながら、深く考え込んだ。
「ええ。そして何より——奴はお前たちの『絆』そのものを、芸術作品として壊そうとしている。つまり、次の満潮は……今回よりも、遥かに厄介なものになるでしょう」
沈黙が、部屋を包んだ。
でも——。
「めんどくせえな」
恭一は軽くため息をついて、ソファに深く座り直した。
「でもまあ、来るなら来いよ。俺たちは一人じゃねえんだからよ」
彼はなぎさを見た。
「当然でしょ」
なぎさが、力強く笑う。
「どんな手を使ってきても、私たちなら勝てる。もう一人じゃないんだから」
彼女の言葉に、恭一も小さく笑った。
ベアトリスはその様子を見て、口元をほころばせる。
「……その自信が罠にならなければいいがな」
彼女は杖で画面を閉じた。
「しばらくは休め。お前たちには、休息が必要だ」
そして通信は、静かに切れた。
部屋の中に、再び静寂が戻る。
でも——さっきまでの重苦しい空気は、もうなかった。
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三日後。
暁光学園の廊下は、いつも通りの喧騒に包まれていた。
生徒たちの笑い声、走り回る足音、どこからか聞こえる部活動の掛け声。
なぎさは教室で、教科書を開いていた。
彼女の隣の席では、アカネがノートを取っている。二人はあの日以来、よく一緒にいるようになった。
そして——。
なぎさの鞄の中から、小さな寝息が聞こえる。
恭一だ。
妖精の姿で鞄に隠れ、授業の間中ずっと居眠りをしている。
「……もう、恭一くんったら」
なぎさは小さくため息をついて、笑った。
昼休み。
屋上は、暖かな春の日差しに包まれていた。
なぎさと恭一は二人きりで、フェンスにもたれかかって座っている。あの決戦の時とは違い、空は真っ青に晴れ渡っていた。
「あんた、授業中に寝るのやめてよね!三時間目なんて、いびきまでかいてたじゃない!」
なぎさは頬を膨らませて怒る。
「だってつまんねえんだもん。歴史の授業って、あれなんなんだよ。紀元前の戦いの年号覚えてどうすんだ」
恭一は妖精の姿のまま、なぎさの肩の上でダラリと寝そべっている。
「テストに出るんだから仕方ないでしょ!」
「めんどくせえ……」
その時——。
ぐぅ~~~。
なぎさのお腹が、かわいく鳴った。
「……あ」
彼女が昼ごはんをまだ食べていないことを、恭一は魔力共鳴で瞬時に察知した。
「……飯食ってねえのかよ」
「お弁当、家に忘れちゃって」
「しゃあねえな」
恭一は小さな手をポケットに入れる仕草をした。
すると——。
四次元ポケットから、なんと、ベルクレイン区の名物プリンが二つ、ボンッと取り出された。
「え!?なんでプリン!?」
「まあ、いろいろあってな」
「……まさか、またその能力で勝手に取ってきたんじゃないでしょうね!?」
「ちげえよ!前に商店街で買って収納してたんだよ!」
「……ふふっ」
なぎさは笑いながら、プリンを受け取った。
スプーンで一口すくって、口に入れる。
とろけるような甘さが、口いっぱいに広がった。
「……おいしい」
その味覚が——魔力共鳴で、恭一にもリアルタイムで共有される。
「うわ、甘っ!」
恭一は思わず顔をしかめた。
「あはは!恭一くん、甘いの苦手なの!?」
なぎさが大笑いする。
「……うるせえな。お前の味覚が流れてくるとか、マジでやめろこの能力」
「えー、いいじゃない。私の食事をいつでも共有できるんだから」
なぎさは楽しそうに、もう一口プリンを食べた。
そして——。
「……でも、いいな」
彼女は屋上からの景色を見渡しながら、しみじみと言った。
「こうやって、普通の日常を過ごせる。恭一くんと笑い合える。それって、すごく幸せなことなんだなって」
「……だな」
恭一も、彼女の肩の上で小さくうなずいた。
二人の間には、戦いを経て確かな信頼と、愛にも似た絆が芽生えている。
互いの存在が、日常の一部になりつつあった。
それは、とても——大切なものだった。
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その夜。
トウキョウ地下の廃坑道網、最深部。
地上から200メートル以上も掘り下げられた、この暗黒の空洞は、完全な暗闇に包まれている。
照明は、壁に自生する発光性の苔——「光苔」の青白い光だけだ。
そのかすかな明かりの中で——。
何かが、蠢いている。
深淵の主が撤退する際に残した、黒い影。それは人の形を模して、ゆっくりと脈打っていた。まだ不定形で、ぼんやりとしたシルエットだけが浮かび上がっている。
しかし——それは確実に、成長している。
触手のような黒い靄が伸び、周囲の岩盤から微量の闇の力を吸い上げているのだ。
「……次は、お前たちの愛を壊す」
深淵の主の声が、空洞に響き渡る。
姿は見えない。しかし、その不気味な声だけが、空間を埋め尽くしていた。
「あの男が、最も恐れる形でな——」
胚は、ゆっくりと形を変え始める。
人間の女性のシルエット。
長い髪。華奢な肩。柔らかな手のフォルム。
そして——その顔立ちは。
恭一が最初の異世界で失った、恋人リリアの面影を、少しずつ模倣し始めていた。
「かつて失った恋人の姿を借りて、お前の心を引き裂いてやろう。それが……私の、次の芸術作品だ」
しかし——。
胚の瞳には、光はなかった。
リリアが持っていた優しさも、温かさも、何も。
代わりにあったのは——完全な虚無の闇。
ただただ、すべてを飲み込むような、深く暗い空洞だけが、そこに開いていた。
「さあ、育つがいい。お前たちの絆が深ければ深いほど——その壊れる音は、美しく響くであろう」
深淵の主の声は、薄らいでいく。
しかし——。
胚は、確かに脈打っている。
ドクン、ドクン。
まるで、心臓のように。
地上では知る由もない。
恭一となぎさが、互いの絆を深め、日常の幸せを噛みしめているその時——
彼らの愛を標的にした、邪悪な罠が、密かに胎動を始めていた。
廃坑道網の暗闇の中。
光苔の青白い光が、ただ静かに、その蠢く影を照らし出している——。Noveliaとは?
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