テレフォンマン・ジュニア 〜公衆電話を探す男〜
無職、二十四歳、神楽坂電話。将来の夢は「モテること」。そんなダメ男の前に現れたのは、昭和の伝説的ヒーロー・テレフォンマンだった父の形見、一枚のグリーンのテレフォンカード。公衆電話にカードを入れ、技名を叫べば変身できる——ただし、令和の街に電話ボックスはほぼ絶滅済み。仕方なく街をさまよい、挙動不審者として通報され、パトカーに追われ、屋根を跳び回るハメに。それでも彼は叫ぶ。「テレフォン・パワー・チャージ!」。父の背中を追う、ちょっと情けない新米ヒーローの物語、開幕です。
テレフォンマン・ジュニア 〜公衆電話を探す男〜 - 回線停止——四色の衝突と最後の電話線
受話器が耳に当たったまま、指が止まった。
ツー、ツー、ツー。
神楽坂電話は、カードを抜いて、もう一度差し込んだ。グリーンのテレフォンカード。角が擦り切れて、表面の印刷が指の脂で滲んでいる。父の形見。
ツー。
「なんでだよ。さっきまで、繋がってたじゃねえか」
受話器をガチャンと置く。電話ボックスのガラスがビリビリと鳴った。神楽坂の路地裏。石畳の目地に、夕方の風が溜まっている。よれたジャージの膝が、擦り切れて白い糸を引いていた。
(変身できねえ)
胸の内側が、ざらざらする。昨夜、父の録音を聞いて、腹を決めたばかりだった。その感触が、まだ掌に残っている。
スマホが震えた。
『大変。公衆電話が全部使えなくなってる』——茜ひかり。
「全部……」
指先が冷たい。もう一度、受話器を耳に当てる。
ツー、ツー、ツー。
「おいおいおい。マジかよ」
電話ボックスを飛び出した。薄曇りの空。石畳に、古い木造家屋の影が長く伸びている。冷たい風が、ジャージの隙間から入り込んだ。
「神楽坂くん!」
ひかりが走ってくる。肩までの黒髪が、風に揺れて頬に張り付いた。白いブラウス、えんじ色のロングスカート。息を切らして、朱色のテレフォンカードを握りしめている。指の関節が白い。
「ひかりさんも?」
「ええ。近くのボックス、三台試した。全部ダメ」
「ハードバンクよ。全公衆電話の回線を停止したんだわ」
「勝手にそんなこと……」
「できるの。あの会社、公衆電話網の維持管理にも関わってるから」
ひかりの声は静かだった。ただ、目が怒りで光っている。
「変身できない。カードは紙切れ。完全に無力化されたってわけね」
「無力化……」
喉が、からからに乾く。
「——お二人とも、ご無事で何よりです」
低い声。振り返る。路地の入り口に、地味なスーツの男が立っていた。四十代半ば。一見、普通の会社員。だが、目が冷たい。獲物の距離を測るような目だ。
「監物……!」
背中を、冷たい汗が伝う。顔認証システムで、電話の正体を街中に晒した男。
「覚えていてくれたんですね。光栄です」
薄く笑う。
「何しに来た」
「保護ですよ。今のあなた方は、ただの無職と学生。変身もできない。逃げる力もない。抵抗すれば、警察に通報するだけです」
一歩、前に出る。
「素直に、カードを渡してもらえませんか」
「誰が渡すかよ」
「そうですか。残念です」
スマホを取り出し、画面を操作する。
「では、少しだけ、逃げる練習をしてもらいましょうか」
指が、画面をタップする。
路地のあちこちで、防犯カメラの赤いランプが一斉に灯った。点滅が、石畳の上を走る。
「顔認証システム、再起動しました。あなた方の位置情報は、すべてハードバンクに送信されています」
「なっ……」
「逃げるなら、どうぞ。どこへ行っても、監視カメラがあなた方を追います」
微笑んだまま、一歩、また一歩と近づいてくる。革靴の音が、石畳に硬く響いた。
「神楽坂くん、走って!」
手を引かれた。石畳を、二人分の足音が蹴る。
「逃げるんですか? 無駄ですよ」
声が、後ろから追いかけてくる。路地を曲がり、坂を下り、商店街の裏道へ。シャッターの閉まった店の前を、影が走り抜ける。
「はあ、はあ、はあ……」
肺が焼ける。運動不足の体に、急な全力疾走はきつい。腿の内側が、攣りそうになっている。
「あそこ、電話ボックス!」
ひかりが指さす。古いボックス。
「ダメ元で!」
飛び込んで、受話器を取る。カードを差し込む。
ツー、ツー、ツー。
「くそっ! やっぱりダメかよ!」
受話器を叩きつけた。ガラスがガタガタと鳴る。
「神楽坂くん、こっち! 早く!」
再び走る。
(変身できない。カードも使えない。顔は晒されてる)
(俺、ただの無職に戻っちまった)
情けなさが、胃の底から込み上げてくる。笑えてくる。
「はあ……はあ……くそ、なんでこうなるんだよ……」
ひかりの手を、握り返した。指が、冷たい。
「神楽坂くん……?」
「離さない。絶対に、離さないから」
自分でも驚くほど、声が低く出た。
ひかりが、一瞬だけ目を丸くした。
「……ええ。離さないで」
小さく、笑った。二人は、路地を駆け抜けた。
神楽坂の古い喫茶店。奥のボックス席に、五人が顔を突き合わせている。テーブルの上、五人分のカードが並んでいた。グリーン、朱色、黄色、白。蒼井律だけは、カードを懐にしまったままだ。
「——で、つまり、お前ら全員、変身できなくなったってわけか」
律が、冷静な声で言った。二十一歳。短く刈り込んだ黒髪。鋭い目つき。無駄のない動き。
「そういうこと。全公衆電話の回線が停止されてる」
「じゃあ、俺たち、もう何もできねえってことかよ!」
元気が、テーブルをバンと叩いた。カップのコーヒーが跳ねて、ソーサーに零れる。十七歳。短い金髪。日に焼けた肌。筋肉質な体。
「落ち着け、元気。騒いでも状況は変わらない」
「落ち着いてられるかよ! 完全に包囲されてんだぞ!?」
「包囲されているからこそ、冷静になるべきだ。感情的になれば、相手の思う壺だ」
律の声は、冷めている。
「律の言う通りよ。元気くん、少し静かにして」
「うぐ……」
元気は、不満そうに押し黙った。椅子の背にもたれて、腕を組む。
「で、どうするの? 変身もできない。カードも使えない。顔は晒されてる。八方塞がりじゃない」
しずくが、アイスコーヒーをストローでかき混ぜながら言った。二十歳。長い黒髪をサイドテールにまとめ、白いワンピース。見た目は清楚で、中身は真っ黒。
「八方塞がり……そうね。正直、かなり厳しいわ」
ひかりが、ため息をつく。
「私は関係ないですからね」
しずくが、にっこりと笑った。花が咲くような笑顔。
「は?」
「私、別にハードバンクと戦いたいわけじゃないし。カードも、母の形見だから持ってるだけ。あなたたちに付き合う義理はないのよ」
「おい、しずく。今さら何言って……」
「何って、本音よ。私は、あなたたちを囮にして逃げるわ。その方が、生存確率が高いもの」
こともなげに言った。
「てめえ……!」
元気が立ち上がる。椅子がガタンと倒れた。
「ふざけんなよ! 仲間を囮にするって、本気で言ってんのか!?」
しずくの襟を掴む。
「ちょっと、元気くん。乱暴しないでくれる?」
襟を掴まれても、笑顔のまま。
「元気、やめろ!」
律が、元気の腕を掴んで引き離した。
「律先輩! でも、こいつ!」
「感情的になるなと言ったはずだ」
律の声が、少しだけ鋭くなる。
「感情的になってるのは、そっちでしょ?」
しずくが、くすっと笑った。
「なに?」
「律くん、さっきから『冷静になれ』『感情的になるな』って、全部自分のことじゃない?」
しずくの目が、すっと細くなる。
「私が囮作戦を提案したら、一番に反対したのは律くんでしょ? それって、合理的な判断じゃなくて、仲間を見捨てたくないっていう感情じゃないの?」
「……違う。俺は、お前の作戦が非効率的だと言っているだけだ」
律の声が、ほんの少し揺れた。指先が、テーブルの縁をなぞる。
「あら、そう? 三人を囮にして私が逃げる。これが一番効率的でしょ? 犠牲を最小限に抑えられるもの」
「お前の言う『犠牲を最小限』は、お前以外の全員が犠牲になるって意味だ」
「ええ。だから最小限でしょ? 私一人が生き残れば、それでいいのよ」
笑顔のまま、言い放つ。
「てめえ、やっぱりぶっ飛ばす!」
元気が再び立ち上がる。
「やめろって!」
電話が、二人の間に割って入った。
「おい、電話。お前もこいつの言い分を聞いて、どう思うんだよ!」
元気が、電話に詰め寄る。鼻息が、顔にかかる。
「どうって……その、しずくの言い方もきついけど、今は喧嘩してる場合じゃ……」
「じゃあ、お前は、しずくが俺たちを囮にしてもいいって言うのかよ!」
「ち、違う! そうじゃなくて!」
「電話。お前、さっきから何も決められてないじゃないか」
律が、冷たい声で言った。
「え?」
「お前は、このチームの何なんだ? リーダーでもない。参謀でもない。ただ、カードを持ってるだけの無職だ。お前に、俺たちをまとめる資格はない」
律の言葉が、胸に刺さる。痛みが、ゆっくりと広がった。
「律……それは言い過ぎだろ」
「事実だ。お前は、いつも誰かに頼ってばかりだ。ひかりに助けられ、元気に背中を押され、俺に指示を仰ぐ。自分で決断したことが、一度でもあったか?」
律の目が、真っ直ぐに見据える。
「……それは」
言葉に詰まる。
(確かに、そうだ。俺は、いつも誰かに頼ってばかりだった)
(父さんのカードがあっても、俺は何も変わってない)
「ほら、何も言えない」
律が、ため息をついた。
「律くん、言い過ぎよ」
ひかりが、律を諌めた。
「ひかり。お前も、こいつに甘すぎる。こいつは、お前の気持ちに気づかないまま、いつまでも下心だけで動いてる」
「なっ……律、お前、何言って……」
顔が、かっと熱くなる。耳の先まで。
「図星か?」
「ち、違う! 俺は、ひかりさんのことを、その、大切な仲間だと……」
「仲間、ね。だったら、その仲間を守るために、お前は何ができる?」
律の問いが、重くのしかかる。
「俺は……」
「何もできない。変身もできない。カードも使えない。お前は、ただの無職だ」
律は、淡々と事実を並べた。一語一語が、正確に急所を突く。
「律、もうやめて!」
ひかりが、声を張り上げた。
「ひかり、お前は黙ってろ」
「なんでよ! 神楽坂くんは、今、一番つらいはずよ! それなのに、なんで追い詰めるの!?」
ひかりの目に、涙が浮かんでいる。まつ毛が濡れて、重そうだ。
「つらいからこそ、現実を見せるべきだ。甘やかしても、状況は好転しない」
「それは、律くんの理屈でしょ! 神楽坂くんは、律くんみたいに強くないの!」
「だったら、なおさら現実を見るべきだ。強くないなら、強くなるしかない」
「もう、二人ともやめて!」
電話が、叫んだ。
喫茶店内が、一瞬静かになる。他の客が、ちらちらとこちらを見ていた。カップを置く音が、やけに大きく聞こえる。
「……俺が、弱いのはわかってる。変身できなきゃ、何もできないのもわかってる。でも、だからって、仲間同士で傷つけ合うのは違うだろ」
震える声で言った。
「じゃあ、どうするの? この状況で、あなたに何ができるの?」
しずくが、冷たい笑みを浮かべて言った。
「私は、あなたたちと一緒に捕まるのは御免よ。私は、私のやり方で生き延びるわ」
立ち上がる。椅子が静かに引かれた。
「おい、しずく!」
「じゃあね、みんな。元気で」
振り返らずに、出口へ向かう。ヒールの音が、床に規則正しく響いた。
「——待って」
電話の声が、喫茶店に通った。
しずくの足が、止まる。
「……何?」
肩越しに振り返る。
「公衆電話が、一台も残ってないなんて、嘘だ」
電話は、真っ直ぐにしずくを見た。
「は?」
「全部の回線が止められたって、お前は言った。でも、本当に全部か? ハードバンクが、この街の隅々まで把握してるって、本気で思ってるのか?」
声に、力がこもる。
「神楽坂くん、どういうこと?」
ひかりが、目を丸くした。
「俺の親父は、公衆電話の保守点検の仕事をしてたんだ。その時に使ってた、古い電話線の図面が、叔母の家の蔵に残ってるはずなんだ」
「電話線の図面……?」
律が、眉をひそめる。
「ああ。撤去対象から外された、予備回線の記載があったはずなんだ。ハードバンクの連中も、さすがにそこまでは把握してないはずだ」
その場の空気が、変わった。
「それ、見てみたい」
ひかりの目が、輝いた。
「データとして価値がある。もし本当なら、回線停止を回避できる可能性がある」
律が、顎に手を当てて考え込む。
「行こうぜ、先輩!」
元気が、電話の背中を叩いた。痛いくらいの力。
「……仕方ないわね。そこまで言うなら、ちょっとだけ付き合ってあげる」
しずくが、わざとらしくため息をついて、戻ってきた。
「しずく……お前、戻ってきてくれるのか?」
「勘違いしないで。私は、あなたたちのためじゃなくて、自分が生き延びる可能性を探ってるだけよ。図面が本物なら、私も利用させてもらうわ」
そう言って、にっこりと笑った。
「……まあ、それでいいよ。今は、みんなで動くことが大事だ」
電話は、少しだけ笑った。
神楽坂の叔母の家。古い日本家屋の裏手。蔵の前に、五人が立っている。
「ここが、叔母の家の蔵か……」
律が、蔵を見上げた。
「ああ。親父の遺品が、まだたくさん残ってるんだ」
電話は、蔵の重い扉を開けた。
ギギギ……
湿った空気が、外に流れ出る。カビと古い木の匂いが、鼻の奥を突いた。
「懐かしいな。小さい頃、よくここで遊んでた」
蔵の中に入る。足元の板が、きしんだ。
「探すのは、電話線の図面だ。親父の仕事道具が入ってる箱があるはずなんだ」
段ボール箱を、一つずつ開けていく。埃が舞って、喉が痒い。
「これか?」
元気が、奥の棚から、古い木箱を引っ張り出した。
「開けてみるぜ!」
蓋を開ける。古びた工具。黄ばんだ書類の束。
「あった……これだ!」
書類の束から、一枚の大きな図面を引っ張り出した。
「これが、親父が使ってた電話線の図面だ」
広げる。神楽坂の街の地図。その上に、青い線が何本も走っている。公衆電話網の回線図。
「この赤い線が、撤去対象から外された予備回線だ」
図面の一部を指さした。
「この予備回線が、まだ生きてるなら……」
ひかりが、図面を覗き込む。
「ああ。この回線に繋がってる公衆電話なら、まだ使えるかもしれない」
「どこにあるの?」
「えっと……この住所は……」
住所を読み上げる。
「神楽坂の外れ……もうほとんど廃墟になってる場所だ」
「廃墟の電話ボックス、か。ハードバンクの連中も、さすがにそこまでは監視してないだろう」
律が、図面をじっと見つめた。
「よし、行こう。その電話ボックスまで」
図面を握りしめる。
「先輩、行こうぜ!」
元気が、拳を突き上げた。
「……私も、一応ついていくわ。図面が本物かどうか、確かめないとね」
しずくが、肩をすくめた。
「みんな、ありがとう」
電話は、仲間たちの顔を見回した。
(変人ばっかりだけど、やっぱり、こいつらは俺の仲間だ)
図面を胸に抱いて、蔵を出た。
神楽坂の外れ。古い住宅街を抜け、雑木林を抜けた先。忘れ去られたように、一つの電話ボックスが立っていた。ガラスは曇り、鉄骨は錆びている。周りの草が、膝の高さまで伸びていた。
「あった……!」
駆け寄る。電話機は、まだ残っていた。
「これが、最後の公衆電話か……」
律が、見上げる。
「試してみる!」
受話器を取る。
ツー。
「……あ」
発信音。
「使える……! この電話、まだ生きてる!」
声が、震えた。
「やった! 先輩、やったな!」
元気が、飛び跳ねた。草を踏む音が、弾んでいる。
「これで、変身できる……」
ひかりが、ほっとしたように微笑んだ。
「そうだ。この電話があれば、俺たちはまだ戦える」
グリーンのカードを、握りしめる。
「——残念でしたね」
聞き覚えのある声。電話ボックスの向こうから、スーツ姿の男が現れた。
「針生……!」
ハードバンク・レガシー統括室の工作員。三十代前半。営業スマイルを貼り付けた、飄々とした男。
「やあ、久しぶり。元気にしてた?」
軽い調子で手を振る。
「てめえ、なんでここが……」
「なんで? 決まってるでしょ。あなたたちの動きは、全部監視してるんだから」
針生の後ろから、監物が現れた。
「ご苦労だったな、監物」
「ええ。あなたの読み通り、彼らは予備回線の存在に気づきました」
「お前ら、最初から知ってたのか!?」
「知ってたも何も、あの図面、わざと見つけやすい場所に置いておいたんだよ。あなたたちが、予備回線に縋るようにね」
くすっと笑う。
「なっ……」
「お前たちが、この電話ボックスに来るのを、ずっと待ってたんだよ。ここで、まとめてカードを回収するためにね」
笑顔が、深くなる。
「さあ、カードを渡してもらおうか。大人しくすれば、危害は加えないよ」
一歩、前に出る。
「誰が渡すかよ!」
元気が、前に出た。
「おや、君は元気くんだっけ。残念だけど、君の黄色いカードは、もう必要ないんだよ」
「はあ? 何言ってんだよ!」
「だって、変身できないんだろ? この電話ボックスは、もうすぐ回線を切るからね」
スマホを取り出す。
「やめろ!」
電話が、針生に飛びかかる。
「おっと」
ひらりと身をかわした。
「残念。もう遅いよ」
指が、画面をタップする。
ツー、ツー、ツー。
受話器から、無機質な音。
「これで、本当に最後の公衆電話も死んだ」
笑った。
「くそ……くそくそくそ!」
電話は、地面を殴った。拳が、土にめり込む。爪の間から、血が滲んだ。痛みが、指先から腕に走る。
「神楽坂くん!」
ひかりが、電話の手を取った。
「大丈夫!? 手、怪我してる!」
「……大丈夫じゃない。全然、大丈夫じゃない」
声が、震える。
「俺は、何もできない。変身もできない。カードも使えない。仲間も守れない。父さんの願いも、叶えられない」
目から、涙が溢れた。頬を伝って、顎から落ちる。
「……悔しい。悔しいよ、ひかりさん」
ひかりの手を、握り返した。ひかりの指が、温かい。
「でも、俺は、ここで諦めない」
顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃの顔。でも、目は、真っ直ぐに針生を見据えていた。
「おや、まだやる気?」
「ああ。俺は、テレフォンマンの息子だ。父さんのように、最後まで戦う」
ゆっくりと立ち上がる。膝が、笑っている。
「変身できなくても、カードが紙切れでも、俺は、仲間を守る。それだけは、絶対に諦めない」
震えながらも、はっきりと響いた。
「……神楽坂くん」
ひかりが、電話の隣に立った。
「私も、戦うわ。あなたと一緒に」
朱色のカードを握りしめる。
「俺もだ! 先輩のためなら、変身できなくても戦える!」
元気が、拳を構えた。
「……合理的には、撤退が正しい。だが、ここで退くのは、男としてどうかと思う」
律が、静かに前に出た。
「……私は、あなたたちに付き合う義理はないけど。でも、ここで逃げるのは、なんか癪だわ」
しずくが、くすっと笑って、前に出た。
「おやおや、これはこれは。変身できないヒーローごっこが、まだ続くのかい?」
嘲笑う。
「ヒーローごっこ、か。それでいいさ」
図面を握りしめる。
「俺たちは、ヒーローじゃない。ただの、カードを持った変人だ。でも、それでも——」
一歩、前に踏み出した。
「仲間を守るために、戦うんだ!」
叫びが、夕暮れの空に響いた。
針生の笑顔が、一瞬だけ消えた。
「……面白い。じゃあ、相手をしてあげよう」
スマホを構える。
「監物、援護を」
「了解」
タブレットを操作する。周囲の防犯カメラが、一斉に動き出した。
「来るぞ!」
律が、身構える。
「みんな、散開!」
五人が散らばる。
「テレフォンマンの息子が、どこまでやれるか見せてもらおうか!」
スマホを電話に向ける。画面から、まばゆい光。
「うわっ!」
とっさに地面を転がる。土が、頬に張り付いた。
「おっと、素早いね。でも、いつまで持つかな?」
連続で光を放つ。
「くそっ!」
必死に走る。
(変身できなくても、俺にできることがある)
(針生の注意を引く。その間に、みんなが動く)
「こっちだ、針生! お前の相手は、俺だ!」
叫びながら走った。
「いいね、その無駄な元気。好きだよ」
追いかけてくる。
「今だ!」
律が、監物に突っ込んだ。
「させるか」
タブレットで防犯カメラの映像を切り替える。
「律くん、右!」
叫ぶ。律が、とっさに右に跳んだ。直後、律がいた場所に、カメラから放たれた光が着弾した。土が焦げる匂いが、鼻を突く。
「助かった」
「私の感知能力、変身してなくても少しは使えるみたい」
朱色のカードを額に当てて、周囲の気配を探っている。
「いいぞ、ひかり! そのまま監物の攻撃を読んでくれ!」
「任せて!」
「俺は、あのスーツ野郎をぶっ飛ばす!」
元気が、針生に突っ込んだ。
「おっと、危ないなあ」
ひらりと身をかわす。
「この野郎! ちょこまかと!」
拳を振り回す。
「元気くん、右に振りすぎ。もっと腰を入れて」
後ろから指示を出す。
「うるせえ! 俺は俺のやり方でやる!」
「はいはい、ご自由に」
そう言いながらも、針生の動きをじっと観察している。
「……針生、お前の動き、読めたわ」
小さく呟いた。
「元気くん、次は左に来るわ。左に構えて」
「あ? わかった!」
左に構える。
「はあっ!」
拳が、針生の左側を捉えた。
「ぐっ!」
初めて、表情を歪めた。
「やった!」
「まだよ。追撃して!」
「おう!」
畳みかける。
「くっ……監物、援護を!」
「了解。対象をロック」
タブレットを操作する。
「させないわ!」
ひかりが、監物の動きを読んで、先回りする。
「律くん、監物のタブレットを!」
「ああ」
律が、監物の背後に回り込んだ。
「なっ……!」
律の蹴りが、監物の手からタブレットを弾き飛ばした。機械が、草の上を転がる。
「これで、防犯カメラは使えない」
「くっ……だが、まだだ」
懐から小型の装置を取り出す。
「それは……!」
「回線遮断装置の遠隔起動スイッチだ。これで、このエリアの通信を全て止める」
「やめろ!」
電話が、監物に突っ込む。
「遅い!」
スイッチを押そうとする。
「——テレフォン・パンチ!」
叫んだ。
「なに!?」
電話の拳が、監物の顔面に炸裂した。
ドゴッ。
「ぐあっ!」
吹っ飛んだ。
「変身してないのに、なんで……!」
驚愕の声を上げる。
「変身してなくても、技名を叫べば、気合が入るんだよ!」
拳を握りしめた。
「……お前、面白いな。ますます気に入ったよ」
笑う。
「でも、それだけじゃ、俺には勝てない」
スマホを構え直す。
「監物、まだ動けるか?」
「……ええ、なんとか」
鼻血を拭いながら立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ本気を出すか」
笑顔が、消えた。
「お前たち、変身できないヒーローごっこは、ここで終わりだ」
スマホが、不気味に光り始める。
「みんな、下がって!」
叫ぶ。
「遅いよ」
強力な光が放たれた。
「うわあああっ!」
光に飲み込まれた。
「神楽坂くん!」
悲鳴が響く。
「くそ……体が、動かない……」
地面に倒れた。
「さあ、これで終わりだ。カードを渡してもらおうか」
倒れた電話に近づく。
「やめろ……」
図面を握りしめたまま、針生を睨みつける。
「まだ、終わってない……」
手が震えながらも、図面を離さない。
「お前、本当にしつこいな。でも、そういうの、嫌いじゃないよ」
電話の手を、踏みつけた。
「ぐっ……!」
「離せよ。その図面も、カードも、お前の命も、もう全部、ハードバンクのものだ」
冷酷な声。
「……誰が、離すかよ」
血の滲む唇で、笑った。
「俺は、テレフォンマンの息子だ。父さんが守ったものを、俺は、絶対に手放さない」
真っ直ぐに針生を見上げる。
「……その目、嫌いじゃないよ。でも、現実を見ようか」
足に力を込めた。
「ぐあああっ!」
手が、図面を離しそうになる。
「神楽坂くん!」
ひかりが、針生に飛びかかった。
「おっと、危ない」
ひかりを払いのける。
「きゃっ!」
地面に倒れる。
「ひかりさん!」
叫ぶ。
「お前、よくもひかりさんを!」
怒りが、腹の底から噴き上がった。
「まだ動けるのか。しぶといね」
「ああ、動けるさ。お前をぶっ飛ばすまでは、な」
ゆっくりと立ち上がる。服は破れ、あちこちから血が滲んでいる。でも、目だけは、まだ死んでいなかった。
「みんな、力を貸してくれ」
仲間たちに呼びかけた。
「当たり前だろ、先輩!」
元気が、電話の隣に立った。
「俺も、まだ戦える」
律が、右に立った。
「私も、もう少しだけ、付き合ってあげる」
ひかりが、左に立った。
「……本当に、あなたたちって、馬鹿ね。でも、そういうの、嫌いじゃないわ」
しずくが、後ろに立った。
「お前ら……」
胸が、熱くなった。喉の奥が、詰まる。
「来るぞ、針生! お前の相手は、俺たち五人だ!」
叫んだ。
「五人? 変身できない五人に、何ができる?」
嘲笑う。
「変身できなくても、俺たちは、一人じゃない」
一歩、前に踏み出した。
「仲間がいれば、何だってできるんだよ!」
叫びが、夕暮れの空に、どこまでも響いていった。
針生の笑顔が、完全に消えた。
「……面白い。本気で相手をしてやろう」
スマホを構える。監物も、立ち上がり、臨戦態勢を取る。
「みんな、行くぞ!」
五人が動き出した。
夕暮れの神楽坂。変身できない五人のヒーローと、ハードバンクの工作員二人。草を踏む音、息遣い、服の擦れる音。
電話の手には、父の図面が、しっかりと握りしめられていた。Noveliaとは?
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