魔法筆のアトリエ~先生とわたし、秘密の契約~
魔法筆のアトリエ~先生とわたし、秘密の契約~
18歳になったばかりのココは、呪文を描ける「魔法筆」の才能を持つ少女。今は大魔導士のキーフリー先生と二人きりで暮らしている。先生はとても優しくて、いろんなことを教えてくれる。でも、夜になるとその態度は一変する。
「ココ、今夜は特別な授業をしよう」
先生に触れられるたび、身体は信じられないほど熱くなり、頭の中は真っ白に。こんなの恥ずかしすぎるのに、もっと欲しくなってしまう。秘密の淫らな授業を重ねるうちに、ココはどんどん先生に溺れていく。
そんなある日、キーフリー先生の旧友だという二人の女性がアトリエを訪ねてきて、彼女たちはココを快く思っていない様子。キーフリーの本当の目的は何? 先生は私だけのものじゃなかったの? 激しい嫉妬と、交じり合う男女の身体。これは誰にも秘密にしなければならない、大人の恋の物語。
魔法陣に誓った約束は、やがて大きな事件へと繋がっていく。でも、それをココはまだ知る由もなかった――
魔法筆のアトリエ~先生とわたし、秘密の契約~ - 冷たい来訪者——エリーゼの微笑み
魔法陣の練習を始めて、どれくらい経っただろう。
一階の作業場には、甘いインクの匂いがいつものように漂っている。ココは羊皮紙に向かい、昨夜もらったばかりの銀星筆を握っていた。夜空みたいな深い青の軸が、指にしっくりとなじむ。
「ええと、ここは円を三重にして……」
集中しすぎると、無意識に舌がちょっと出る。
筆先が羊皮紙の上を滑るたび、銀色の線がかすかに光った。まだ魔力を込めきれていないけれど、線の美しさだけは誰にも負けない。先生がいつも褒めてくれる、自分のたった一つの宝物だ。
(もっと上手になりたい。先生みたいに)
三日ぶりの静かな朝だった。
あの夜の授業から、何かが変わった。先生の指が肌に触れた記憶が、ふとした瞬間によみがえる。胸の奥がきゅうっと熱くなって、でも同時に、ほんの少しだけ怖い気もした。
(これが、大人になるってことなのかな)
首を振る。今は集中しなくちゃ。
ココは新しい羊皮紙を取り出した。次はもっと複雑な幾何学模様に挑戦する。二等辺三角形を描き、その中に円を三つ。古代文字を慎重に並べる。指先に魔力を込めて——。
——カラン、カラン。
玄関の鐘が鳴った。
「えっ」
筆が止まる。誰かが来るなんて、めったにない。このアトリエは辺境の街ハーゼンヴァルを見下ろす丘の上に建っていて、建物全体に強力な防護魔法がかかっている。許可なく近づけるのは、街の顔なじみくらいだ。
「マーサさんかな……でも今日は注文の日じゃないし」
首をかしげながら、ココは作業台から立ち上がった。右手の薬指にある銀の指輪が、窓から差し込む朝日にきらりと光る。
玄関へ向かう足音が、石造りの廊下に響く。
扉を開けた。
そこに立っていたのは、見たこともない女の人だった。
腰まで届くまっすぐな黒髪。光を受けて、まるで滝みたいに艶めいている。切れ長の瞳はアメジストのような紫色で、値踏みするみたいにココをじっと見下ろしていた。左手の指には、見るからに高価そうな指輪がいくつも重ねづけされている。
高級な香水の匂いが、ふわりと鼻をついた。
「あ、あの……」
「おや。お邪魔だったかしら?」
女の人は、挑発するみたいに口元をゆがめた。声はきれいなのに、どこか氷みたいに冷たい。
「い、いえ! どちらさまでしょうか……」
「私はエリーゼ。王都アウレリアの筆架の間から派遣された魔導筆士よ」
筆架の間——魔導筆士ギルドの総本部だ。三年前なら、ココはその名前すら知らなかった。でも先生から、ギルドがどんなに怖い組織かを聞いている。魔導筆士を管理して、違反者を取り締まる場所だ。
エリーゼと名乗った女は、ココの返事を待たずにずかずかと玄関を上がり込む。
「キーフリーはいるわね? 学院以来だけど、まさかこんな田舎に篭ってるなんてね」
「学院……王立魔導学院のことですか?」
「そうよ。私、彼の後輩だったの。とっても親しくさせてもらってたわ」
その言い方に、ココの胸がチクリと痛んだ。
(親しく……って、どういう意味?)
エリーゼはココを一瞥する。上から下まで、品定めするような冷たい視線。
「あら、あなたがキーフリーの弟子? ずいぶんと……子供っぽいのね」
「わ、私はもう十八です!」
「あらそう。でも見た目も中身も、まだまだお子様って感じね」
エリーゼの笑い声が廊下に響く。ココは顔がカアッと熱くなった。言い返したかったけど、言葉が出てこない。
その時、二階から足音がした。
「エリーゼ……君だったのか」
階段を下りてきたキーフリーの顔は、ココが見たこともないほど硬かった。いつもの優しい先生じゃない。警戒するみたいに目を細めて、エリーゼをじっと見つめている。
「久しぶりね、キーフリー。十年ぶりかしら? 相変わらず素敵な髪ね」
エリーゼはするりとキーフリーに近づくと、彼の肩に手を置いた。その指が、銀色の髪を一筋だけそっとなぞる。
ココの胸が、ぎゅうっと締めつけられた。
(やめて……先生に触らないで)
「何の用だ。ギルドからの命令か?」
「まあ、そんなところよ。でもそれより——昔の話をしない? 学院の図書室で夜遅くまで一緒に研究したこと、覚えてる?」
エリーゼはキーフリーの耳元に顔を寄せて、ささやくように言った。まるでココに見せつけるみたいに。
(学院の……研究? 私、知らない。先生の過去を、何も知らない)
胸の奥が、じわりと黒く染まっていく。これが嫉妬だって、ココは初めて知った。
キーフリーはエリーゼの手を静かにはずした。
「昔の話はいい。要件を言え」
「冷たいのね。まあいいわ、まだ時間はあるし」
エリーゼはそう言って、一人で作業場へと歩き出した。ココはその後ろ姿を、呆然と見つめるしかできない。
(この人、先生の何を知ってるの?)
——承——
作業場に戻ると、エリーゼはもうココの羊皮紙を手に取っていた。
「まあ。これ、あなたが描いたの?」
「は、はい。今朝描いたもので……」
「ふうん。学院の基礎課程の初日レベルね。幾何学模様のバランスが甘いし、古代文字の筆圧もバラバラ。これでキーフリーの弟子を名乗ってるの?」
ココは俯いた。言い返せない。自分でもまだ未熟だってわかっているから。
エリーゼの指が、羊皮紙の上をなぞる。魔力を帯びた指先が、銀色の線を一瞬だけ光らせた。
「この程度で十八歳? 才能ないんじゃない? キーフリーも物好きね、こんな子供に教えて時間を無駄にするなんて」
ココの目の奥が、じわりと熱くなった。
(ちがう……私、ちゃんと頑張ってるのに)
でも、声が出ない。喉が詰まったみたいに、言葉が出てこない。
その時——。
「エリーゼ、やめたまえ」
キーフリーが、ココの前に立った。
「彼女の線は、誰よりも美しい。学院のどの学生より、魔力を込めずとも紙の上で生きている。君に批評されるようなものじゃない」
ココは顔を上げた。先生が、真っ直ぐにエリーゼを見据えている。
エリーゼの顔から、笑みが消えた。アメジストの瞳が、燃えるように光る。
「……そう。そこまで入れ込んでるのね、そのお子様に」
「ココは私の弟子だ。君にとやかく言われる筋合いはない」
エリーゼは一瞬、唇を噛んだ。でもすぐに、また冷たい笑みを貼りつける。
「わかったわ。でも、私の任務はまだ終わってないから。しばらくここに泊めてもらうわよ」
ココの心臓が、ドキリと跳ねた。
(泊まる……? この人、ここに泊まるの?)
キーフリーは無言でうなずいた。断れないことは、ココにもわかった。ギルドからの派遣というのは、それだけ重い意味がある。
エリーゼがココの方を向く。その目は、勝ち誇ったみたいに細められていた。
「よろしくね、お嬢ちゃん。邪魔しないでくれると嬉しいわ」
ココは、何も言えなかった。
夕方になった。
エリーゼは二階の客間へと案内され、夕食の時間まで部屋で休むと言って姿を消した。ココは作業場に一人残り、銀星筆を握りしめる。
(私、ダメだ。何も言い返せなかった)
羊皮紙の上の魔法陣が、涙でにじんでいた。
——転——
夜になった。
ココは自分の部屋のベッドで、毛布を頭からかぶって震えていた。
壁の向こう——先生の寝室から、二人の声が聞こえてくる。
「あの頃は本当に楽しかったわね。徹夜で魔法陣を研究して、朝になって二人で抜け出してパンを買いに行ったこと、覚えてる?」
「……覚えているよ」
「あなた、あの時はよく笑ってたのに。今は全然笑わないのね。この辺境に来てから、何かが変わったの?」
(やめて……やめてよ……)
ココは枕に顔を押しつけた。耳を塞ぎたいのに、どうしても聞いてしまう。
先生の過去——自分が生まれる前から続く、二人だけの思い出。そこに自分は入れない。
「ねえ、覚えてる? 地下室で禁断の魔法陣を一緒に描いた夜——」
「エリーゼ、それは今話すべきことじゃない」
「あら、あの子に聞かれたら困るの? 大事な弟子だから?」
エリーゼの笑い声が、また聞こえた。女の人の、鈴みたいな声。
ココはベッドの上で丸くなった。
(先生のあの特別な授業……あの人にもしてるのかな)
そう思ったら、胸が焼けつくみたいに熱くなった。
魔法陣の上で、肌に直接魔力を流し込む夜の授業——それは二人だけの秘密のはずだった。でも先生は、エリーゼとも昔、禁断の研究をしていた。
(もしかしたら、私なんかよりずっと深い関係で……)
涙が溢れて、枕を濡らした。
これが嫉妬だ。誰かを憎いと思う、真っ黒な気持ち。
ココは一睡もできなかった。
壁の向こうから、女の人の声がいつまでも聞こえていた。
——結——
翌朝。
空が白み始めた頃、ココはフラフラと廊下に出た。喉が渇いて仕方なかった。
台所へ向かおうとした時——書斎の前で、声が聞こえた。
「ねえ、キーフリー。あなたには私が必要よ」
ココの足が止まった。
「この辺境であんな子供と何年も過ごして、あなたの才能が腐っていくのは見ていられない。王都に戻って、もう一度一緒に研究を始めましょう?」
「……私は、ここでの生活に満足している」
「嘘よ。満足してるわけない。あなたはもっと大きなことを成し遂げられる人間だわ。あの娘はあなたの足を引っ張るだけよ」
「ココのことを悪く言うな」
「お願い、私を選んで。あの娘はあなたにふさわしくない——」
ココは見てしまった。
書斎のドアの隙間から。エリーゼが、キーフリーの胸に手を当てているところを。
先生は無表情で、その手を制した。
でも——その目は、昔を懐かしむみたいに少しだけ揺れていた。
ココは、走り出していた。
裸足のまま廊下を駆け抜ける。心臓がバクバクして、息がうまく吸えない。
(私じゃ、ダメなのかな)
(先生は、あの人が必要なのかな)
アトリエの裏口から外に飛び出す。朝の冷たい空気が、涙で濡れた頬にしみた。
丘の斜面に座り込んで、ココは膝を抱える。
「私……邪魔なのかな。いたらダメなのかな」
六年前、雪の降る市場で拾われた日から、キーフリーだけが世界の全てだった。
でも——もしかしたら、自分はただの子供で、先生の足を引っ張っているだけなのかもしれない。
「……でも、いやだ」
ココは唇を噛んだ。
「先生をあの人に渡したくない。私の先生なのに……私だけの、先生なのに」
生まれて初めての、激しい独占欲。
でも同時に、自分は先生にふさわしくないんじゃないかという自己嫌悪が、胸の中でぐるぐると渦を巻いている。
(私、もっと大人にならなくちゃ)
(もっと強くならなきゃ)
銀の指輪を握りしめる。先生がくれた、大事な指輪。
アトリエの屋根を見上げると、煙突から細く煙が上がっていた。エリーゼがまだ中にいる証拠だ。
この小さな衝突は、これからもっと激しくなる。
もっと大きな戦いが、すぐそこまで来ている——ココはそう直感していた。
でも今は、まだ何もできない。
ただ、この嫉妬の炎を胸に抱いたまま、歯を食いしばって耐えるしかなかった。
冷たい朝の風が、ココの髪を揺らしていた。泣きはらした琥珀色の瞳に、灰色の空が映る。辺境の街ハーゼンヴァルは、まだ静かな眠りの中にあった。Noveliaとは?
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