博士と助手の攻防
12歳の天才博士・高田ハナの夢は、たったひとつ。5歳のときに出会った「銀髪狼耳メイド」を、自分の手でこの世に生み出すこと。彼女が開発した人格形成AI「ジェミニ」に、その姿と魂を宿すため、今日も実験室で設定をいじくり回す日々。だが現実は甘くない。AI倫理ライセンスの壁、そして大学から突然告げられた「助手の配置」という名の介入。やってくる助手は、果たして理解者か、それとも最大の障害か。譲れない「好き」を胸に、小さな博士と助手の攻防が、いま始まる。
博士と助手の攻防 - 常識人助手、ミナ参上!~銀髪狼耳メイドは絶対譲れない~
高田研究所の一階、実験室。
窓から差し込む午前の光が、白い壁に反射して部屋中を明るく照らしていた。空気はひんやりとしていて、かすかに消毒液の匂いがする。高性能サーバーが低く唸る音だけが、静かな部屋に響いていた。
高田ハナは、白衣のポケットから飴玉を取り出して口に放り込んだ。ぶどう味。甘さが舌の上でじわりと広がる。
「……来るんだよね、今日」
彼女は深い茶色の大きな目を、実験室の入り口に向けた。今日、大学の紹介で新しい助手が来る。湊ミナという十七歳の女子高生。ハナより五つも年上の、普通の高校生。
ハナは、自分の左手首にはめた研究用IDブレスレットを無意識にいじった。黒髪のショートヘアのてっぺんで、寝癖のアホ毛がぴょこんと跳ねている。
「……普通の高校生って、どんな話をすればいいんだろ」
彼女は、かつて駅前で迷子になった日のことを思い出していた。あの時も、周りに知らない人ばかりで、どうしていいか分からなかった。人混みの中で、自分だけが小さくて、世界から取り残されたような気持ち。
今のハナは、アストラリス工科大学の博士課程に在籍する史上最年少の研究者だ。七歳で飛び級入学、十歳で博士課程に進んだ。でも、同年代の友達はほとんどいない。大学の教室では、いつも一人だけ小さくて浮いている。
「……まあ、研究の邪魔をされたら、すぐに帰ってもらうだけだし」
ハナは気持ちを切り替えるように、小さく息を吐いた。
その時だった。
ピンポーン、と研究所のチャイムが鳴った。
ハナの肩が、ぴくりと跳ねた。
「……きた」
彼女は白衣の裾をひるがえして、入り口へ向かった。足音だけが、やけに大きく響く。ドアの前で一度立ち止まり、深呼吸を一つ。それから、ぎゅっとドアノブを握って、開けた。
外に立っていたのは、茶色のウルフカットの髪をした少女だった。毛先が元気に跳ねている。ややつり目がちの黒い目は、疲れているのか、ほんの少し三白眼気味。左耳に小さなピアスが光っていた。身長は百五十八センチ。ハナより十センチほど高い。
「……えっと、高田ハナ先生……で合ってる?」
湊ミナは、手に持った封筒をハナに差し出した。大学からの紹介状。少しだけ緊張した面持ちで、でも好奇心の光が目の中にちらちらと揺れている。
「高田ハナです。……先生は、やめて。博士でいいよ」
「え、博士? 十二歳で?」
「十二歳で博士課程にいるの。特別才能認定制度って知ってる? 十八歳未満でも大学に行ける制度。全国で年に二十人くらいしか認定されないやつ。私は十歳で博士課程に進んだの。史上最年少記録保持者だよ」
ハナは、いつもの早口でまくし立てた。ミナは、まじまじとハナの顔を見つめている。
「……へえ。すごいんだ。なんか、想像してたよりちっちゃいけど」
「ちっちゃいは余計! それより、入って。外で話すことじゃないし」
ハナはぷいっと背を向けて、実験室へ戻っていった。ミナは、小さく肩をすくめてから、後を追う。
実験室に入ったミナは、きょろきょろと辺りを見回した。壁一面に並んだサーバー、空中に浮かぶホログラムの残像、机の上に散らばった資料の山。そして、白衣を着た小学生が、その真ん中で腕を組んで立っている。
「ここが私の城。高田研究所。正式名称は高田先端知能研究所。一階が実験室、二階がオフィス、三階が私の家。年間予算は三千万円。すごいでしょ」
「三千万……。あたしのバイト代と桁が違うんだけど」
「で、あなたの時給は千二百円。週三日勤務。仕事は実験の補助とスケジュール管理。それと、たまに私のおやつを買ってきてもらうこと。以上!」
「おやつって、仕事なの?」
「大事な仕事だよ。研究の効率は、糖分補給で決まるんだから」
ミナは、思わずふっと笑った。えくぼが左頬に浮かぶ。
「なにそれ。まあ、時給千二百円なら、おやつ買いくらいやるよ。面白そうだし」
「……面白そう?」
ハナは、少し意外そうにミナを見上げた。
「だって、天才小学生博士の助手って、普通のバイトじゃ絶対できないでしょ。あたし、理系は全然ダメだけど、なんかこう、すごい世界を見られるかもって思ったんだよね」
ミナの言葉に、ハナは一瞬だけ、口元をほころばせた。でも、すぐに真面目な顔に戻る。
「……まあ、いいわ。それじゃ、さっそく研究の説明を始めるから、そこに座って」
ハナは、実験室の中央にある大きなデスクを指さした。ミナは素直に、近くの丸椅子に腰を下ろす。ぎしり、と椅子が鳴った。
ハナは白衣のポケットから、タブレット型の端末を取り出した。ジェミニ・カスタマイズ端末。彼女が開発した、人格形成AIの設定用端末だ。
「これは、私が一年前に完成させた人格形成AI『ジェミニ』のカスタマイズ端末。正式名称は『Generative Emotional Multiform Intelligence Nexus』。ユーザーがAIの外見・口調・性格を自由にカスタマイズできる画期的システムなの。これから、その試作設定を披露するから、心の準備をしてね」
「心の準備って、なにを……」
ハナは、にやりと笑った。八重歯がのぞく。
彼女は端末を操作し、ホログラム投影機能を起動させた。
実験室の中央に、光の粒子が集まっていく。青白い光が渦を巻き、やがて、一人の少女の姿を形作った。
腰まである銀色の髪。頭の上でピンと立つ、ふわふわの狼耳。白いフリルとエプロンが特徴的な、クラシカルなメイド服。背中には、小さな悪魔の羽根。頭には、警察官のような帽子。腰には、王女が持つような細身の剣まで下がっている。
「これが、私が一晩かけて作り上げた試作設定! 名付けて『狼耳銀髪メイドサキュバスポリスプリンセス』! どう!?」
ハナは両手を広げて、自信満々に宣言した。
ミナは、固まった。
目をまんまるに見開いて、口をぽかんと開けている。脳が情報を処理しきれていない。
銀髪。狼耳。メイド服。サキュバスの羽根。警察帽。王女の剣。
全部、一人に、同時に、乗っている。
「……え」
「この銀髪の輝き! 狼耳の絶妙な角度! メイド服のフリル感! さらに、サキュバスの羽根で小悪魔感を、警察帽で正義感を、王女の剣で高貴さをプラス! 一つのAIで四つの属性を同時に楽しめる、夢の全部盛り設定なの!」
「……え、え、ちょっと待って」
ミナは、自分の頬をつねった。痛い。夢じゃない。
「口調はどうしようかなって迷ってるんだよね。『ご主人様、お呼びでしょうか?』みたいな敬語系もいいし、『あんた、今日もがんばりなさいよ』みたいな小悪魔系も捨てがたい。あ、でも警察っぽい正義感も入れたいし、王女様の高貴さも欲しい……全部足せる? 足せちゃう? そう、それがジェミニのすごいところ!」
「……ちょ、ちょっと、ハナちゃん!?」
ミナは、ついに声を張り上げた。
「なにこれ!? なんで一人に全部詰め込んでるの!? 銀髪に狼耳にメイド服に羽根に警察帽に剣!? 属性過多にもほどがあるでしょ!?」
「属性過多? 違うよ、これはロマンの結晶なの! わかってないなあ」
「わかってないのはあんたでしょ! これ、外で使うんだよね!?」
ミナの言葉に、ハナは一瞬だけ動きを止めた。
「……まあ、ゆくゆくは外でも使う予定だけど」
「外でも使う予定のAIが、なんでサキュバスとポリスとプリンセスを同時に名乗ってるの!? 普通に考えておかしいでしょ!」
ミナは、ホログラムを指さしながら、まくし立てた。
「おかしくないよ。全部、私が好きな要素を詰め込んだだけだもの」
「それがおかしいって言ってるの!」
ハナとミナは、にらみ合った。
実験室の空気が、一気に張り詰める。ホログラムの銀髪狼耳メイドは、二人の間で、無表情にゆらゆらと揺れていた。
ミナは、深く息を吸って、少し落ち着こうとした。
「……ねえ、ハナちゃん。あたし、一応、助手として来る前に、AI倫理ライセンスのことをちょっと調べたんだよね」
「……AI倫理ライセンス?」
「人格形成AIを外で使うには、そのライセンスが要るんでしょ。で、その審査では、外見設定が公共の場での使用を前提にチェックされるって書いてあった」
ハナは、黙った。
「こんな奇抜な見た目のAI、審査で絶対引っかかるよ。下手したら、ライセンスもらえないかもよ」
「……引っかかるもんですか。銀髪は髪の色でしょ。狼耳はかわいいでしょ。メイド服は伝統的な衣装でしょ。全部、正当な表現の自由の範囲内じゃない!」
「表現の自由って……。あんた、自分の言ってること分かってる?」
「分かってるよ。データがすべてを語るのさ。銀髪は、アニメやゲームで最も人気のある髪色の一つ。狼耳は、獣耳属性の中でも高い支持率を誇る。メイド服は、コスプレ文化の定番。どれも、公共の場で問題になる要素なんてない!」
「いやいやいや、組み合わせの問題でしょ! 全部同時に乗せたら、そりゃあ奇抜でしょ!」
「……じゃあ、どこを削ればいいの?」
ハナは、じっとミナを見上げた。
「サキュバスの羽根と警察帽と王女の剣は、まあ、オプションにできる。口調も、普通の敬語系に寄せられる。でも——」
ハナは、ホログラムの銀髪狼耳メイドを、真っ直ぐに見つめた。
「銀髪と、狼耳と、メイド服。この三つだけは、絶対に譲れない」
その声は、さっきまでの早口とは違って、低く、強く、揺るぎないものだった。
ミナは、その瞳の奥に、強い決意のようなものを見た。
(この子、本気だ)
「……なんで、そこまで?」
ミナの問いに、ハナは答えなかった。ただ、黙ってホログラムを見つめている。
実験室に、サーバーの低い駆動音だけが響く。
「……まあ、いいわ。とにかく、外で使うなら、見た目は無難な奴にした方がいい。あたしは、そう思う」
ミナは、腕を組んで言った。
「無難って何? 茶髪の普通の女の子? そんなの、ジェミニじゃなくてもいいじゃない。既存のAIで十分でしょ」
「そうかもしれないけど、まずは使えるようにするのが先でしょ。あんたの好きな設定は、後から追加すればいいじゃない」
「後から追加? そんなの、私の研究の意味がない! 銀髪狼耳メイドは、最初から入ってなきゃダメなの! これは私の研究の原点なんだから!」
ハナは、声を荒らげた。
ミナは、一瞬ひるんだが、負けじと言い返す。
「じゃあ、聞くけど、あんたのその設定、外で使って笑われても平気なわけ? 変な目で見られても、恥ずかしくないわけ?」
「笑われる? 恥ずかしい? なんで? 私は、自分の好きなものを、全力で作ってるだけだよ。それを笑う方がおかしいんじゃないの?」
「世の中、そういうもんじゃないでしょ! あんた、天才だから分かんないかもしれないけど、普通の人は、周りの目を気にして生きてるんだよ!」
「周りの目? そんなの、データにないよ。私は、私の好きを貫くだけ。それが、研究ってものでしょ!」
二人の声が、実験室に響き合う。
ホログラムの銀髪狼耳メイドは、ただ静かに、二人の言い争いを見下ろしていた。
ミナは、はあ、と大きなため息をついた。
「……もう、なんでそうなるの」
「こっちのセリフだよ。なんで、私の好きを否定するの?」
ハナの声が、ほんの少しだけ、震えた。
ミナは、ハナの顔をまじまじと見た。
その時、ミナは気づいた。
ハナの深い茶色の目が、ほんの一瞬だけ、寂しそうに揺れた。
(あれ……?)
「……ハナちゃん?」
「……なに」
「……いや、なんでもない」
ミナは、言いかけた言葉を飲み込んだ。
代わりに、実験室の隅を見た。
棚の上に、古びたフィギュアが一体、大切そうに飾られている。銀色の髪に狼の耳、メイド服を着たアニメキャラクターのフィギュアだ。ほこりはかぶっていない。きちんと手入れされている。
「……ねえ、あれ、何?」
ミナは、フィギュアを指さした。
ハナは、一瞬だけ、フィギュアの方をちらりと見て、すぐに目を逸らした。
「……おばあちゃんの形見」
「形見……?」
「私が五歳の時、おばあちゃんの家で、この子が出てくる古いアニメを見たの。銀髪で、狼耳で、メイド服で、悪者をばったばった倒すの。すっごくかっこよくて、かわいくて……。私、その時、思ったんだ。『この子になりたい』って。『銀髪狼耳メイドの博士になる』って」
ハナの声は、さっきまでとは違って、とても小さかった。
「……それで、おばあちゃんは、なんて?」
「『ハナの好きは、ハナの宝物よ。誰に何と言われても、大事にしなさい』って。笑って、頭をなでてくれた。……おばあちゃんは、三年前に死んじゃったけど」
ミナは、何も言えなくなった。
実験室に、重い沈黙が落ちる。
(そういうこと、だったんだ)
ミナは、ハナの小さな背中を見つめた。白衣の袖から、かろうじて指先が見えている。その指先が、ほんの少しだけ、震えているように見えた。
(この子、一人で、ずっと戦ってきたんだ)
ミナの胸の奥が、きゅっと痛んだ。
「……ハナちゃん、ごめん」
「……え?」
ハナが、振り返った。
「あたし、あんたの好きなものを、ちゃんと聞かないで、変だって決めつけてた。……それは、違ったなって」
ミナは、真っ直ぐにハナの目を見て言った。
ハナは、きょとんとした顔で、ミナを見上げている。
「……でも、やっぱり、外で使うなら、全部そのままってわけにはいかないでしょ。そこは、助手として、ちゃんと言わせてもらうからね」
「……銀髪と狼耳とメイドは、譲れない」
「分かってる。その三つは、あんたの宝物なんだよね。……じゃあ、こうしよう。銀髪を、黒髪に変えるのはどう?」
「黒髪!? なんで!?」
「黒髪の方が、落ち着いた大人っぽい印象になるでしょ。外で使うなら、その方が受けがいいよ」
「黒髪じゃダメなの! 銀髪は、おばあちゃんと見たアニメのヒロインの色なんだよ! 黒髪にしたら、おばあちゃんとの約束が、曖昧になっちゃう!」
「……約束?」
「おばあちゃんと、『銀髪狼耳メイドの博士になる』って約束したの。だから、銀髪は絶対に外せない」
ハナは、ぎゅっと手を握りしめた。
ミナは、その言葉を聞いて、深く息を吐いた。
「……そっか。じゃあ、銀髪はそのままで。狼耳を、猫耳に変えるのは?」
「猫耳!? なんで!?」
「猫耳の方が、親しみやすいでしょ。狼耳って、ちょっと怖い印象があるし」
「猫耳じゃダメ! 狼の野生美が失われる! 銀髪狼耳は、ワンセットで完成されてるの! 猫耳にしたら、ただの銀髪メイドになっちゃう!」
「ただの銀髪メイドって、十分すごいと思うんだけど……」
「すごいじゃ足りないの! 私が作りたいのは、ただの銀髪メイドじゃない! 銀髪狼耳メイドなの! 狼の耳があるから、銀髪が映えるの! 銀髪があるから、狼耳が引き立つの! これは、切り離せない相乗効果なんだよ!」
ハナは、熱弁を振るった。
「……相乗効果って、あんた、自分の設定を何だと思ってるの?」
「芸術品だよ! これはロマンなの! わかってないなあ、データがすべてを語るのさ!」
「……もう、なんでそうなるの」
ミナは、がっくりと肩を落とした。
でも、心のどこかで、ほっとしていた。
(さっきの寂しそうな顔より、こっちの方が、ずっといい)
ミナは、ハナの必死な姿を見ながら、そう思った。
「……分かった。銀髪も狼耳もメイドも、全部、あんたのこだわりなんだね。それは、よーく分かった」
「分かった? 分かってくれた?」
「でも、あたしも、社会性は大事だと思う。外で使うなら、やっぱり、ある程度は無難にしないと。それは、助手として、絶対に譲れない」
「なんで!? 私の研究なのに!」
「あんたの研究でも、外で使う以上は、世間のルールがあるでしょ! あたしは、あんたが世間から笑われるのを、黙って見てられないの!」
「笑われてもいい! 私は、私の好きを貫くんだから!」
「よくない! あんたは、まだ十二歳で、世間の厳しさを知らないんだよ!」
「十二歳だから何!? 年齢は関係ない! 私の研究は、私のものなの!」
二人の声が、再び、実験室に響き渡った。
今度は、さっきよりも、ずっと激しく。
ミナは、ハナのことを、まだよく知らない。
ハナは、ミナのことを、まだ信じていない。
初日から、二人の関係は、最悪のスタートを切った。
「……もう、帰る!」
ミナは、丸椅子から立ち上がった。
「帰ればいいでしょ! 明日からも来なくていい!」
「来るわよ! 時給千二百円もらってるんだから、仕事はする! でも、今日はもう帰る!」
ミナは、勢いよく実験室のドアを開けた。
外の空気が、冷たく流れ込んでくる。
「……じゃあ、また明日」
ミナは、それだけ言い残して、ドアを閉めた。
実験室に、ハナが一人、取り残された。
「……なによ、もう」
ハナは、ホログラムの銀髪狼耳メイドを見上げた。
銀色の髪が、ゆらゆらと揺れている。狼耳が、ぴくりと動いた。
「……私の好きは、宝物なのに。おばあちゃんは、そう言ってくれたのに」
ハナは、棚の上のフィギュアを、そっと見つめた。
夕方の光が、フィギュアの銀色の髪を、静かに照らしていた。
その夜。
ハナは、研究所の三階にある自分の部屋で、ベッドに寝転んでいた。
壁一面の本棚には、AI関連の専門書がぎっしりと並んでいる。机の上には、食べかけのスナック菓子と、空になったコップ。部屋の隅には、洗濯物の山。
「……ミナ、怒ってたな」
ハナは、天井を見つめながら、つぶやいた。
「……でも、私も、譲れないもん。銀髪狼耳メイドは、私の全部なんだから」
その時だった。
ブブッ、と携帯が震えた。
ハナは、のろのろと起き上がって、携帯を手に取った。
画面に、一通のメールの通知が表示されている。
差出人は——氷室レイカ。
ハナの指が、ぴたりと止まった。
彼女は、無言でメールを開いた。
『高田ハナへ。
アストラリスAIフェスタ、私も参加する。
あんたの滑稽な設定、学会の笑いものにしてあげるわ。
覚悟しておきなさい。
氷室レイカ』
ハナの顔から、血の気が引いていった。
深い茶色の大きな目が、携帯の画面に釘付けになる。
「……レイカ」
ハナの唇が、小さく震えた。
その時、部屋のドアが、控えめにノックされた。
「……え?」
ハナは、慌てて携帯を伏せた。
「……ハナちゃん、いる?」
ドアの向こうから、ミナの声がした。
「……ミナ? なんで、まだいたの?」
ハナは、ベッドから降りて、ドアを開けた。
そこには、少し気まずそうな顔をしたミナが立っていた。
「……あのさ、さっきは、言いすぎた。ごめん。……これ、コンビニで買ってきた」
ミナは、ビニール袋を差し出した。
中には、プリンが二つ入っていた。
「……プリン」
「あんた、甘いもの好きでしょ。なんとなく」
ハナは、プリンを見つめて、それから、ミナの顔を見上げた。
「……ありがとう」
ハナは、小さな声で言った。
「……ねえ、ハナちゃん。さっきのメール、誰から? なんか、すごく顔色悪いけど」
ミナの言葉に、ハナは、はっとしたように目をそらした。
「……なんでもない」
「……なんでもないって顔じゃないでしょ」
「……本当に、なんでもないの。……今日は、もう帰って」
ハナは、プリンを受け取ると、ドアを閉めようとした。
「……ハナちゃん」
ミナは、閉まりかけたドアに、そっと手をかけた。
「……あたし、明日も来るからね。……あんたが、どんなに嫌がっても、助手は辞めないから」
ハナは、何も言わなかった。
でも、ドアを閉める力が、ほんの少しだけ、弱くなった。
「……勝手にすれば」
ハナは、それだけ言って、ドアを閉めた。
部屋に、静けさが戻る。
ハナは、手に持ったプリンを見つめた。
「……勝手にすれば、なんて。……本当は、一人でいたくないのに」
彼女は、携帯の画面を、もう一度見た。
氷室レイカからのメールが、冷たく光っている。
『覚悟しておきなさい』
その言葉が、ハナの胸の奥に、暗く重く、沈んでいった。
「……レイカ。あなたにだけは、負けない」
ハナは、携帯をぎゅっと握りしめた。
小さな手が、白くなるほど、強く。
窓の外では、アストラリスの夜が、静かに更けていった。
北部研究区画の街灯が、研究所の白い壁を、ぼんやりと照らしていた。
ハナの部屋の明かりだけが、夜遅くまで、ぽつんと灯っていた。Noveliaとは?
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