鳴潮学園へようこそ!~転生したらツンデレと甘えんぼとお姉さんに好かれすぎて修羅場なんだけど!?~
見たこともない教室で目を覚ました俺。隣に座っていたのは、ゲーム『鳴潮』のツンデレ剣士・ヨウオウだった。かつてはクールで強かった彼女が、今は制服姿で顔を赤らめ、もじもじしている。しかも、俺を「ダーリン」と呼んで甘えてくるアンコや、優しいけど怖いお姉さんタイプのキョウカまでいる! みんなゲームでは超強力なキャラだったのに、一体どうなってるんだ!?
大パニックの中、俺は悟った。どうやら俺たちは、『鳴潮学園』という普通の高校に転生してしまったらしい。戦いはなく、平和な日常。ほっとしたのも束の間、ヨウオウ、アンコ、キョウカの三人が、俺に好意を持っていることが発覚! 朝から晩まで、「お弁当作るわよ!」「ダーリン、ぎゅっとして!」「先輩、部活と私、どっち選ぶ?」と大騒ぎ。
でも、一番の問題は、三人の間に漂う危険なオーラ。え、まさかゲームの力がまだ残ってるの!? ヨウオウがキスしようとすると手が紫色に光り、アンコは嫉妬すると台風を巻き起こし、キョウカは笑顔で重力を使って俺をその場に凍りつかせる! 絶対に惚れてはいけない三人の女の子たちと送る、平和な学園での超危険なドキドキラブコメディ。俺、ここで生
鳴潮学園へようこそ!~転生したらツンデレと甘えんぼとお姉さんに好かれすぎて修羅場なんだけど!?~ - どん底!俺の平穏な高校生活、完全終了のお知らせ
カケルは自宅の洗面所の鏡の前に立っていた。
「よし」
自分の顔を見て、小さくうなずく。
鏡の中の自分は、ひどく平凡な顔だった。ちょっと寝ぐせがついた黒髪。やる気があるんだかないんだかわからない、垂れ目の茶色い瞳。
「[serious]今日こそ、全員に平等に接するんだ。誰も特別扱いしない。誰も怒らせない。それが平穏への道だ」
昨日の図書館でのキョウカ先輩の笑顔を思い出す。
体中が鉛になったあの感覚。
(やばい。本気でやばい)
カケルは歯を磨きながら、真剣に作戦を練った。
朝、教室に着いたらまずヨウオウに普通に挨拶する。それからアンコにも同じトーンで挨拶する。キョウカ先輩が来たら、これまた同じように——
「[serious]完璧だ」
鏡の中の自分に向かって、親指を立てた。
絶対にうまくいく。
そう信じて、家を出た。
——入学四日目、四月十一日、金曜日。
朝の通学路は、四月らしい柔らかな日差しに包まれていた。カグラ丘陵から下りてくる風が、潮の香りを運んでくる。いつもなら「今日もいい天気だな」くらいにしか思わないのに、今日に限っては「神様お願いします」という気分だった。
校門をくぐり、下駄箱で靴を履き替える。
廊下はまだ人もまばらで、掃除の当番らしき生徒が数人、ぞうきんがけをしているくらいだ。
(よし。今のうちに教室へ——)
「[excited]だーりん!!」
曲がり角から、ピンク色の爆弾が飛んできた。
ふわふわの桃色ボブカットが揺れ、大きな琥珀色の瞳がキラキラと輝いている。アンコは両手にでっかい包み——今日も手作り弁当らしい——を抱えたまま、まっすぐにカケルへ向かってきた。
「うおっ!?」
考えるより早く、アンコが胸に飛び込んでくる。ぎゅうっ、と抱きつかれて、甘いシャンプーの香りと、ほかほかの弁当の香りが鼻をくすぐった。
「[excited]おはよう! ダーリン! 今朝もがんばってお弁当作ってきたんだよ! 今日はね、ダーリンの大好きな唐揚げ、ちょっと味を変えてみたの!」
「ちょ、待てって! まだ朝だぞ! 廊下だぞ!」
「[excited]うん! だから朝ごはんも一緒に食べようと思って——」
(平等作戦、開始五秒でアウトの予感!)
カケルの心のツッコミもむなしく、アンコは腕にぎゅうぎゅうとしがみついて離れない。ぴょんぴょん跳ねるたびに、小さな体全体で喜びを表現している。
その時だった。
廊下の向こうから、規則正しい足音が聞こえてきた。竹刀袋を肩にかけたポニーテールの影——ヨウオウだ。
彼女はまっすぐこっちを見て、足を止めた。
きゅっ。
竹刀袋を握る手に、力がこもる。
「[cold]……朝から何してるの」
声は低く、温度がない。切れ長の瞳が、アンコを、そしてカケルを、じっと見つめている。
「べ、別に! これはその、アンコが勝手に——」
「[cold]別に気にしてないけど」
——バチッ。
天井の蛍光灯が、ひとつ、音を立てて消えた。
廊下が少しだけ暗くなる。ヨウオウの手が、うっすらと紫色に光り始めていた。
「ひっ」
空気がピリピリと静電気を帯びていく。近くの掲示板のプリントが、パチパチと音を立てて壁に張り付いた。
「[angry]ちょっとヨウオウ! ダーリンを怖がらせないでよ!」
アンコがカケルの腕をぎゅっと抱きしめたまま、ヨウオウをにらみつける。
「[angry]あんたこそ朝から抱きついて、みっともない!」
「[angry]あたしはダーリンの彼女だもん! 何が悪いの!」
「[angry]ち、違うでしょ! まだ何も決まって——」
ヨウオウの顔が一瞬で真っ赤になる。照れと怒りが混ざった表情だ。彼女の手のひらの紫の光が、じわじわと強くなる。
(やめろ!! 蛍光灯がまた飛ぶ!!)
カケルは心の中で絶叫した。
「あらあら」
静かな声が、廊下に響いた。
三人が一斉に振り返る。
階段の上から、キョウカが微笑みながら降りてきていた。腰まである艶やかな黒髪が、歩くたびにゆっくりと揺れる。深緑色の瞳は、相変わらず穏やかで——そしてまったく笑っていなかった。
「朝からにぎやかね。まだホームルームにもなっていないのに」
彼女が一歩近づく。
——ドンッ。
突然、カケルの体が重くなった。
「うぐっ……!」
足が廊下に張り付いたように動かない。肩に重りを乗せられたような感覚だ。アンコの腕を振りほどくこともできない。
「[gentle]カケルくん、昨日も言ったでしょう? 誰かに特別にされるのは、よくないと思うの」
微笑みながら、彼女はカケルの隣に立った。アンコが抱きついているのとは反対側だ。
「[scared]ち、違うんです先輩! これはその——平等に——」
「[gentle]平等?」
キョウカの微笑みが、ほんの少し深くなった。
「[gentle]じゃあ私とも、平等に接してくれるのかしら」
「[angry]キョウカ先輩! 離れてください!」
ヨウオウが一歩前に出る。手のひらの紫電が、バチバチと音を立て始めた。
「[angry]そうだよ! ダーリンはあたしの——」
——ビュウッ。
廊下に、生暖かい風が吹き始める。アンコの周りの空気が、ゆっくりと渦を巻き始めた。
(もうダメだ!!)
カケルは心の中で叫んだ。
三人の間に流れる空気が、目に見えて歪んでいく。ヨウオウの紫電が壁の掲示物を震わせ、アンコの突風が窓ガラスをカタカタと揺らす。キョウカは微笑んだまま、カケルの体をさらに重くしていく。
「や、やめ——」
パチンッ!!
もうひとつ、蛍光灯が割れた。
廊下に薄暗い影が落ちる。
「な、なに!?」
「停電!?」
ようやく登校し始めた他の生徒たちが、ざわざわと騒ぎ始める。
カケルは天井を見上げた。二つ目の蛍光灯は、完全に消えて、かすかに煙のようなものを上げている。
(俺の平等作戦——所要時間、十分ももたなかった)
ズン、と体がさらに重くなる。
廊下にへたり込んだまま、カケルは静かに目を閉じた。
ホームルームのチャイムが、無情に鳴り響いた。
***
昼休み。
カケルは一人で購買部に向かった。
トミさんが「あら、今日は一人なの?」とニヤニヤしながらミソラあんパンを差し出してくる。百八十円。いつもの味。でも今日は、やけに味気なく感じた。
(よし。今度こそ一人で、静かに食うんだ)
潮風テラスに向かう足取りは、死刑台に向かう囚人のように重かった。
中庭に着く。
大きなクスノキの下——
そこには、すでに三人の姿があった。
アンコが、木の根元に一番近いベンチに座っている。手には相変わらずでっかい弁当包み。ヨウオウは少し離れたベンチで、竹刀袋を脇に置き、コンビニのおにぎりを食べていた。キョウカは木陰のベンチに優雅に腰掛け、文庫本を開いている。
三人が、カケルを見た。
——瞬間。
アンコが、自分の隣のスペースをポンポンと叩いた。
ヨウオウが、無言でベンチの端に詰めて、半分のスペースを空けた。
キョウカが、微笑んだまま持っていた文庫本を閉じて、隣をそっと手で示した。
誰も言葉を発しない。
それなのに、ものすごい圧力だった。
「え、えっと……」
一歩、足を踏み出す。
アンコの方向に少しでも動くと、ヨウオウの手がかすかに光った。
ヨウオウの方に行こうとすると、アンコの周りの木の葉がざわざわと揺れ始める。
キョウカの方を見ると——彼女はただ微笑んでいた。そして、カケルの体が、ほんの少しだけ重くなる。
「あ、あの——」
右にも左にも、真ん中にも行けない。
(どこにも座れない!!)
三人の視線が、同時にカケルに突き刺さる。
(これが——嫉妬の三すくみ!?)
カケルはゆっくりと後ずさった。
そして——クスノキの根元に、しゃがみ込んだ。
誰の隣でもない場所。三人から等距離の、ちょうど三角形の重心の位置だ。
「[sad]……ここで食います」
ミソラあんパンをかじる。
三人の肩が、同時に少しだけ落ちた。
風が吹く。クスノキの葉が、さわさわと揺れた。
(平等って、なんだよ……)
パンは、涙の味がした。
***
放課後。
帰りのホームルームが終わり、カケルは誰にも会わないように急いで廊下を歩いた。
カウンセリング室の前を通りかかった時——
ドアが開いた。
「君が、カケルくん?」
涼やかな声だった。
振り返ると、白衣を着た若い女性が立っている。年齢は二十代後半くらいだろうか。短く切りそろえた黒髪に、銀縁の眼鏡。知的な印象だが、その奥にある瞳は、驚くほど冷静で、すべてを見透かしているようだった。
氷室カナエ——スクールカウンセラーだ。
「ちょっと話せる? 五分くらいでいいから」
「え、あ、はい……」
カウンセリング室は、小さくて、でも妙に落ち着く部屋だった。白い壁に、観葉植物がひとつ。窓からは中庭のクスノキが見える。
氷室はカケルに向かいのソファを勧め、自分も椅子に座った。
「[gentle]最近、学校でちょっと変わったことが起きてるみたいね」
「変わったこと、ですか?」
カケルはとぼけた。心臓がうるさい。
「[gentle]そう。たとえば——物が突然飛んだり、蛍光灯が割れたり。風が吹いたり」
彼女は微笑んだまま、少しだけ前かがみになった。
「[gentle]君、何か知ってる?」
「い、いえ。まったく」
冷や汗が背中を伝う。
氷室はしばらくカケルの目を見つめていた。
それから、静かに息をついて、机の引き出しから一枚の書類を取り出した。
「[serious]念のため、知っておいてほしいことがあるの」
書類には「内閣府令第九〇一号——公共空間における特殊能力の発現に関する指針」と書かれていた。
「[serious]これ、静波令って呼ばれてる決まりなんだけど。感情に連動して周囲の物が動いたり、他人の身体に影響が出たりするような現象が公共の場で起きた場合——内閣府の調査対象になることがあるの」
「調査……」
「[serious]最大六ヶ月の、能力抑制プログラムへの参加が義務づけられることもあるわ」
カケルの頭の中が、真っ白になった。
「そんな……」
「[gentle]でもね」
氷室は書類を机に戻し、顔を上げた。
「[gentle]今日はただの注意喚起だから。気にしすぎないでね」
笑顔だった。
でも、その目はまったく笑っていなかった。
「[serious]次に何かあれば——今度は本格的にお話することになるから」
カウンセリング室を出た時、カケルの足は震えていた。
***
誰もいない教室に戻った。
自分の席に座る。窓の外には、夕日に染まり始めたミソラ湾が見えた。
頭の中で、ここ数日の出来事がぐるぐると回る。
——ヨウオウの紫電が武道場の壁を焦がした。
——アンコの突風が中庭のおかずを吹き飛ばした。
——キョウカの縛律が図書館で俺を押さえつけた。
——今朝の廊下で、蛍光灯が割れた。
——氷室カウンセラーの声。「次に何かあれば」
カケルは机に額をつけた。
(もう、無理だ)
誰かを特別扱いすれば、他の二人の能力が暴走する。
かと言って、平等に接そうとしたら、三人の圧力に挟まれて身動きが取れない。
しかも——政府の目まである。
「どこにも、逃げ場がない」
自分には力がない。
前世の記憶も、残存能力も、何もない。
ヨウオウの紫電も、アンコの風も、キョウカの重力も——俺は止められない。
(何もできない。誰も守れない。このままだと——いつかみんな、捕まる)
視界が、滲んだ。
目を閉じる。
(もう、終わりにしよう)
全部放り投げて、逃げ出して——
顔を上げた。
窓の外。
夕焼けが、ミソラ湾の海面をオレンジ色に染めている。波がゆっくりと打ち寄せて、引いていく。その繰り返し。永遠に変わらない、海のリズム。
(……きれいだ)
ふと、そう思った。
この街が好きだった。海が見えるこの教室が、潮風の匂いが、三人の——
「……終われない」
声に出していた。
こんな終わり方は、絶対に違う。
カケルはスマートフォンを取り出した。震える手で、メッセージを打つ。
『明日の土曜日、朝十時に、学校の屋上に来てほしい』
『ちゃんと、三人で話がしたい』
同じ文面を、ヨウオウ、アンコ、キョウカに送った。
送信ボタンを押す。
指が、まだ震えている。
——すぐに、既読がついた。
一人目。
二人目。
三人目。
それぞれ、短い返事が返ってきた。
ヨウオウからは「わかった」。
アンコからは「りょうかい!」のスタンプ。
キョウカからは「ええ、楽しみにしているわ」。
カケルはスマホを握りしめた。
手が、震えている。
でも——もう、逃げない。
教室を出る時、夕日が廊下に長い影を落としていた。
自分の影が、やけに小さく見えた。
それでも。
一歩、踏み出す。
明日。
四人で、全部話そう。
廊下の窓から、ミソラ灯台が遠くに見えた。
まだ、夕日に照らされて、白く輝いている。
その光が、少しだけ——道しるべのように思えた。