鳴潮学園へようこそ!~転生したらツンデレと甘えんぼとお姉さんに好かれすぎて修羅場なんだけど!?~
見たこともない教室で目を覚ました俺。隣に座っていたのは、ゲーム『鳴潮』のツンデレ剣士・ヨウオウだった。かつてはクールで強かった彼女が、今は制服姿で顔を赤らめ、もじもじしている。しかも、俺を「ダーリン」と呼んで甘えてくるアンコや、優しいけど怖いお姉さんタイプのキョウカまでいる! みんなゲームでは超強力なキャラだったのに、一体どうなってるんだ!?
大パニックの中、俺は悟った。どうやら俺たちは、『鳴潮学園』という普通の高校に転生してしまったらしい。戦いはなく、平和な日常。ほっとしたのも束の間、ヨウオウ、アンコ、キョウカの三人が、俺に好意を持っていることが発覚! 朝から晩まで、「お弁当作るわよ!」「ダーリン、ぎゅっとして!」「先輩、部活と私、どっち選ぶ?」と大騒ぎ。
でも、一番の問題は、三人の間に漂う危険なオーラ。え、まさかゲームの力がまだ残ってるの!? ヨウオウがキスしようとすると手が紫色に光り、アンコは嫉妬すると台風を巻き起こし、キョウカは笑顔で重力を使って俺をその場に凍りつかせる! 絶対に惚れてはいけない三人の女の子たちと送る、平和な学園での超危険なドキドキラブコメディ。俺、ここで生
鳴潮学園へようこそ!~転生したらツンデレと甘えんぼとお姉さんに好かれすぎて修羅場なんだけど!?~ - 無人の屋上大作戦!そして銀髪の嵐が来た
土曜日。午前十時。
鳴潮学園の校門は固く閉ざされ、休日の校舎には人の気配が欠片もなかった。
普段なら部活動の掛け声や吹奏楽部の音色が響くこの時間も、今日ばかりは不気味なほど静かだ。
その静寂の頂点、カグラ丘陵を見下ろす屋上で——カケルは一人、空を見上げて震えていた。
「なんでこんなことになったんだ、俺……」
昨日の放課後に氷室カウンセラーから受けた警告。蛍光灯を割ったヨウオウ。おかずを吹き飛ばしたアンコ。図書館で自分を押さえつけたキョウカ。そして、静波令という政府の影。
何もできない自分。
指先が冷たい。風がカグラ丘陵から吹き下ろし、中庭のクスノキをざわつかせる。四月だというのに、その風はやけに冷たく感じられた。カケルは自分の手のひらをじっと見つめ、それからぎゅっと握りしめる。
(でも、逃げるわけにはいかないんだ)
防水シートの上に、朝コンビニで買ってきたペットボトルのお茶と紙コップを並べた。せめてもの誠意だ。紙コップを置く手が微かに震えていて、一つが倒れそうになり、慌てて押さえる。間が悪すぎるお茶会の準備をしながら、何度も時計を見る。心臓がうるさい。喉の奥が乾いて、唾を飲み込むたびに変な音がした。
——ガチャリ。
屋上の錆びついた鉄扉が開く音。
「……早いな」
最初に現れたのはヨウオウだった。ジャージ姿で、背中には愛用の竹刀袋。高い位置で結んだポニーテールが、風に揺れている。彼女はカケルを見た瞬間、一瞬息を呑み、それからわざと大股で近づいてきた。意志の強そうな切れ長の瞳が、カケルを捉える。
「おはよう」
「べ、別にあんたの呼び出しだから来たわけじゃないんだからね! 休日にすることもなかっただけだし!」
彼女は早口でまくし立てると、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。手はもうすでに無意識に竹刀袋をぎゅっと握りしめている。指の関節が白くなっていた。
「ダーリ~~~ン!!」
ヨウオウの背後から、桃色の爆弾が飛び出してきた。ふわふわのボブカットがぴょんぴょん跳ねる。アンコは両手に大きな包み——今日も手作りおにぎりの山——を抱え、琥珀色の瞳をキラキラさせて駆け寄ってくる。
「話し合いには食べ物が必要でしょ! あたし、朝早起きしてたくさん握ってきたんだよ!」
「お、おお……サンキュー」
アンコが嬉しそうにカケルの腕に抱きつこうとした瞬間。
——バチッ。
ヨウオウの手が紫に光り、静電気が走る。
「アンコ。まだ朝から何も始まってないでしょ」
「なによ、ヨウオウだって朝早くから練習してきたくせに! ダーリンに一番きれいな姿見せようって気合入れてるのバレバレなんだから!」
「ち、違う! いつもの素振りだ!」
二人の言い争いがヒートアップしかけた、その時。
「あらあら」
しっとりとした声が、風に乗って届いた。
階段からゆっくりと上がってきたキョウカが、いつもの微笑みを浮かべて立っている。腰まであるストレートの黒髪。深い知識を感じさせる深緑色の瞳。三人の中で唯一、きちんと着替えた私服姿だ。
「カケルくんが呼ぶなら、来ないわけにいかないでしょ? でも、みんな早いのね」
彼女の視線が三人をなぞる。一瞬、アンコとヨウオウの顔が引きつった。
無言の圧力が、屋上を支配する。
ヨウオウは竹刀袋を抱え直し、アンコはおにぎりの包みをぎゅっと胸に抱いた。風がピタリと止まり、中庭のクスノキの葉擦れさえ聞こえなくなる。
(……怖い。全員来てくれてよかったけど、怖すぎる)
カケルは心の中で震えながら、防水シートをポンと叩いた。
「……とりあえず、座ろうぜ。話があるんだ」
三人は互いに競い合うように「カケルの隣」を狙った。
——三秒の無言の視線バトル。ヨウオウのこめかみがピクピクと動き、アンコの唇がへの字に曲がり、キョウカの微笑みが二割増しになる。
——結局、じゃんけんという史上最も平和的な決闘を経て、カケルの右隣にキョウカ、左にアンコ、正面にヨウオウという包囲網が完成した。
(隙がねえ!)
カケルの心のツッコミは、むなしく潮風に流されていった。
アンコが自慢のおにぎりを広げる。鮭、ツナマヨ、昆布——どれもこれも手間のかかった、愛情たっぷりの一品だ。海苔はまだパリッとしていて、握りたての温かさがほのかに残っている。
「はい、ダーリン! あーん!」
「ちょっと待てって! まだ話が——」
「あんた、まずは話を聞きなさいよ」
「そうね。カケルくん、何か大事な話があるんでしょう?」
キョウカの微笑みが、カケルを正面から射抜く。優しいのに、絶対に逃がさないという圧力。
カケルはペットボトルのお茶を一口飲み、震える喉を潤した。冷たいお茶が喉を通っていく感覚だけが、やけに鮮明だった。
「俺さ、みんなのことが大事なんだ」
——シン。
三人の動きが、止まった。
「前世の力も記憶も、俺にはない。みんなが能力で苦しんでるのを見てても、俺は何もできない」
海からの風が、ペットボトルを揺らす。カケルの髪が乱れ、目に入りそうになるのを無視して、彼は続けた。
「でも、このままだと誰かが本当に怪我をする。昨日、氷室先生に言われたんだ。次に能力が公共の場で暴走したら、調査対象になる。最大六ヶ月も学校に来られなくなるかもしれない」
ヨウオウの手が、竹刀袋を強く握った。布がぎりりと鳴る。アンコの笑顔が消えた。おにぎりを載せていた手が、膝の上で小さく固まる。キョウカの微笑みが、深くなる。口元はそのままに、目だけがゆっくりと細められた。
「だから、頼む。少しだけでいい。みんな、俺のために争うのは——」
「じゃあダーリンが私だけを選べば全部解決じゃん!」
最初に沈黙を破ったのはアンコだった。彼女は勢いよく立ち上がり、握りしめたおにぎりをカケルに突きつける。おにぎりがわずかに潰れて、ツナマヨが端からはみ出した。
「ダーリンが私だけのダーリンになれば、嫉妬しないし、嵐だって起きないし、それで——」
「は? そんな理屈が通ると思ってるの!?」
ヨウオウも負けじと立ち上がった。手が紫に光り始めている。指先から細かな火花が散り、空気がわずかに焦げる匂いがした。
「カケルが誰を選ぶかは、カケル自身が決めることで——べ、別にあんたのために言ってるんじゃないけど!」
彼女の顔が真っ赤になる。照れと怒りが混ざって、耳の先まで赤い。
「二人とも、少し落ち着いたら?」
キョウカは座ったまま、微笑みを崩さない。しかし、彼女の足元のコンクリートがわずかに軋む。縛律だ。砂粒が彼女の周囲だけ、地面に張り付くように動かなくなる。
「カケルくんが正直に言ってくれたのは、とても嬉しいよ。でも——誰にも渡さないことには、変わりないから」
微笑み。
でも、目が、笑っていない。深緑色の瞳の奥で、何かがとぐろを巻いている。
「キョウカ先輩だって、結局は自分のことしか考えてないじゃない!」
「……あなたに先輩と呼ばれる筋合いはないけど」
空気が、歪み始めた。
ヨウオウの手から紫電が走り、アンコの髪を風が巻き上げ、キョウカの周囲の砂粒が重力に逆らって浮かび上がる。
——バチバチッ。
——ビュウウッ。
——メリメリッ。
蛍光灯もなければ、おかずもなければ、本もない。ただ空っぽの屋上で、三人の感情だけがむき出しのまま、暴走しかける。
「やめ——」
——ギィィ。
屋上の錆びついた鉄扉が、静かに開く音。
全員の視線が、一斉にそちらへ向いた。
銀色の長い髪が、風にふわりと泳ぐ。
無表情。
シノが立っていた。
「みんな揃ってるなら、好都合」
彼女の声は、驚くほど平坦だった。抑揚もなく、感情の色すら感じられない。ただ事実だけを述べるような、無機質な響き。
「なんであんたがここに——」
シノは答えなかった。代わりに懐から取り出したのは、小さな水晶のような装置。内部で青紫色の光が脈打つように明滅している。
「覚醒者同士が感情の極限状態で共鳴すると、能力が完全に引き出される」
彼女の目が、装置の光と同じ青紫に変わった。瞳の色が染まるように変化し、そこには人間の感情の揺らぎが一ミリもなかった。
「ありがとう、カケル。君が三人をここに集めてくれたから、この場が整った」
——キィィイイイイイン!!!
装置が起動する。不可視の波動が広がり、耳の奥で共鳴する不快な高周波が屋上を貫いた。金属を爪で引っ掻くような、それでいて頭の中心を直接揺さぶるような音。
カケルは思わず耳を塞いだ。鼓膜が破れそうだった。
「う、あああっ!?」
最初に悲鳴を上げたのはヨウオウだった。彼女の右手から、紫電が制御不能に迸る。電撃の蛇がのたうつように周囲を焼き、屋上のフェンスに直撃。バチン!と金属が弾け、焦げ臭い煙が上がる。溶けた塗装の刺激臭が鼻を突いた。
「やめて! 風が——風が勝手に——!」
アンコの周囲で、突風が渦を巻く。植木鉢が弾き飛ばされ、土と陶器の破片が散り、防水シートが宙を舞い、ペットボトルがキリキリと音を立てて転がっていく。彼女は自分の髪を押さえながら、必死にフェンスにしがみつこうとした。指が白くなるほど強く。
「うっ、うう……!」
キョウカが苦しげに表情を歪める。初めて見せる苦痛の色。それでも彼女は微笑みを手放さない。いや、もはや表情筋が固定されてしまったかのように。口角は上がっているのに、目の端が痙攣している。
——ドゴンッ。
彼女の足元のコンクリートが、重力で砕けて窪む。無差別に放出された縛律が、屋上の床を中心から放射状に罅割れさせ始めた。ひび割れがカケルの足元まで伸びてきて、小石がパラパラと落ちていく。
三人の能力が、互いに刺激し合って増幅する。
紫電が風を帯び、風が重力を加速させ、重力が電撃を圧縮する——制御不能の連鎖。空気が熱を持ち、呼吸するだけで肺が焼けるようだった。
「カケルくん……!!」
キョウカの叫び。声がひび割れている。
カケルは震える足で、一歩前に出た。
「君には能力がない。だからここにいると危ない」
シノが手をかざす。重力干渉——空気の壁がカケルを吹き飛ばそうとした。見えない巨大な手で胸を押されるような衝撃。
「う、ぐあっ……!!」
膝をつく。防水シートの上で、膝の皮が擦れて血が滲む。呼吸が浅くなる。心臓が肋骨を内側から叩いている。
それでも、カケルは顔を上げた。
「やめろ……!!」
声が、腹の底から絞り出される。
「こいつらは、俺の——俺の仲間だ!!」
シノの目が、わずかに見開かれる。初めての表情らしい表情だった。
カケルは膝をついたまま、三人の正面に立ちはだかった。武器も能力もない。ただの高校生の体一つで。膝の血が防水シートに染みて、小さな赤い花を咲かせる。
「ヨウオウ!! アンコ!! キョウカ先輩!!」
喉が張り裂けるような叫び。声帯が悲鳴を上げている。
「俺はここにいる!! 聞こえるか!! お前たちの、カケルだ!!」
——ピシッ。
何かが砕ける音。
それは、シノの装置の光が弱まる瞬間だった。水晶の内部を走っていた青紫の光が、ろうそくの火を吹き消すようにふっと揺らいで、弱まる。
ヨウオウの紫電が、ぴたりと消えた。光の蛇が空気に溶けるように、跡形もなく。
「……カ、ケル……?」
竹刀袋を抱きしめるように、彼女はその場に崩れ落ちた。膝から力が抜けて、コンクリートに座り込む。竹刀袋を胸に抱いたまま、肩で荒い息をしている。
アンコの突風が、一瞬で無風に変わる。舞い上がっていた土や破片が、重力を取り戻してパラパラと落ちてきた。
「う……ダーリン……ごめん……」
涙でぐしゃぐしゃの顔で、彼女はカケルの方へ手を伸ばした。指先が震えている。涙のせいで、琥珀色の瞳が歪んで見えた。
キョウカの重力放出が、止まった。
「……来て、くれたのね」
微笑みから力が抜け、初めて見せる素の表情。口元の緊張が解けて、年相応の、少し幼い顔だった。深緑の瞳が、濡れている。
三人が、揃ってぐったりと力を失い、膝をついたカケルの周りに倒れ込む。コンクリートの冷たさが、四人の体温を奪っていく。
「……面白い」
シノは静かに装置をしまった。無表情のまま、カケルを見下ろす。銀色の髪が風で流れて、顔にかかるのも気にしない。
「前世の力がゼロなのに、共鳴の核になっている。これは計算外」
独り言のように呟き、彼女は一歩後ろに下がった。錆びた鉄扉に手をかける。
「今日はここまで。準備が足りなかった」
銀髪が翻り、屋上の扉の向こうへ消えていく。足音は最後まで無機質に規則正しく、階段を下りていった。
——静寂。
波の音だけが、遠くから聞こえていた。ざざー、ざざー、と規則的なリズム。さっきまでの騒音が嘘みたいに、世界は平和な顔をしている。
「……はあ、はあ」
息が荒い。体が震える。怖かった。痛かった。手のひらを見ると、無意識に握りしめすぎて、爪の跡がくっきりと残っている。でも——
「ダーリン……怪我、してる……?」
力の抜けたアンコが、ぽつりと呟いた。彼女の小さな手が、カケルの擦りむいた膝にそっと触れる。触れるか触れないか、羽根のような軽さで。
「……バカ。なんで能力もないのに、前に出るんだ……」
顔をそらしながら、声を震わせるヨウオウ。怒っているのではない。泣くのを我慢しているのだ。まぶたが赤くなって、まつげが濡れている。唇をきゅっと噛みしめている。
「カケルくん……ありがとう」
キョウカが微笑んだ。今度は、心からの感謝のこもった、柔らかい笑顔だった。目尻に涙の膜が張っているけれど、それはさっきまでのような怖さとは違う、温かい光だった。
カケルは息を整えながら、震える手で防水シートの上に転がったおにぎりを一つ拾い上げた。指がうまく動かなくて、一度落としそうになる。両手で包むように持つと、まだほんのりと温かかった。
「……とりあえず、食おう。腹減った」
一粒、口に入れる。
塩加減がちょうどいい。まだ少し暖かい。米の甘みと、具の味が、乾いた口の中にじんわりと広がった。
「……うまい」
それを聞いた瞬間——
「……ぷっ」
涙で濡れた顔が、くしゃっと崩れる。
「あははっ!」
腹を抱えて、声を上げて笑い出す。涙がこぼれ落ちるのもそのままに。
「……ふふ」
口元を手で押さえて、肩を震わせる。
三人が、同時に力が抜けたように笑い出した。
涙と笑いが混ざった、なんとも変な空気。誰かが笑うたびに、つられて他の誰かがまた笑って、それが止まらなくなって。
カケルもつられて、口元が緩む。気がついたら自分も笑っていた。
ミソラ湾からの潮風が、四人の髪を優しく撫でていった。戦いの後の、静かな静かな時間。空はどこまでも青くて、海鳥が一羽、気持ちよさそうに滑空している。
だが——
能力は消耗しきった。三人とも指一本動かすのがやっとで、しばらくは誰も力を使えないだろう。立つことさえ、今は難しい。
シノが言った「計算外」という言葉。
そして「共鳴の核」——その意味は、まだ誰も理解できていない。
カケルは自分の手のひらを見つめた。何の力もない、普通の手。擦り傷と、爪の跡だけが残っている手。
銀髪の転校生の正体も、目的も、全てが謎のまま。
潮風だけが、何も知らない顔で吹き抜けていった。