ヘタリア 世界めちゃくちゃ大騒動!? みんな逆になっちゃった!
イタリア=ヴェネチアーノが朝、悲鳴とともに目を覚ますと、自分が可愛い女の子になっていた! 慌ててドイツの家に駆け込むと、そこには裂けたドレスをかろうじてまとった、筋骨隆々の戦士のような女性になったドイツの姿が。
しかし、異変は彼らだけではなかった。日本は物静かな大和撫子の美女に、アメリカはハイテンションな金髪美女に、フランスは自分の新しい低い声に衝撃を受けるハンサムな青年に、そしてロシアは巨大で微笑みを浮かべる女性になっていた。この騒動の原因である呪いの本の責任者、イギリスは魔法の暴発で小さく怯えた子供の姿に。
刻一刻とタイムリミットが迫る。次の満月までに材料を集め、イギリスの家で対抗呪文を唱えなければ、この恥ずかしい姿のまま世界会議に出席する羽目になる。イタリアは女の子としてパスタを作ることを楽しみ始め、日本は剣術の代わりに優雅な仕草を練習し、大混乱が巻き起こる。
しかし、本当の問題は? それは「気持ち」だった。ドイツが女性になったイタリアに予想外の優しさで接し、日本に嫉妬の炎が燃え上がる。男性になったハンガリーは、オーストリアから複雑な視線を向けられる。誰もが元に戻りたいと願
ヘタリア 世界めちゃくちゃ大騒動!? みんな逆になっちゃった! - 鏡の中の可愛い悲鳴!パスタより先にドイツの胸に飛び込め!
「[scared]ぎゃあああああっ!」
ローマの朝が、けたたましい悲鳴で始まった。
キッチンの小さな鏡の前で、イタリア=ヴェネチアーノはまん丸に見開いた琥珀色の瞳を自分の顔から離せない。くるんとカールした茶色の髪が、肩まで柔らかく流れている。左側のアホ毛だけはいつも通りピンと跳ねていたけれど、それ以外が全然いつも通りじゃない。
「な、なにこれ……僕、僕だよね? でも、え?」
鏡に映っているのは、どこからどう見ても可愛らしい女の子だった。
声が高い。すごく高い。さっき出した悲鳴も、まるで小鳥のさえずりみたいな調子だった。体もなんだか軽くて、手足はほっそりしている。あわてて自分の胸に手をやれば、そこには柔らかなふくらみがあって、パジャマのボタンが今にも弾けそうなほど窮屈に食い込んでいた。
「パスタを茹でようと思っただけなのにぃ……!」
朝の陽射しがテラコッタ色のタイルの床に差し込んでいる。窓の外からは小鳥の声。いつも通りのローマ郊外の穏やかな朝だった。なのに、自分だけがいつも通りじゃない。
イタリアはもう一度、鏡をのぞき込んだ。
(……でも、これ、ちょっと可愛いかも)
「……ヴェ〜」
思わず首をかしげて、自分の姿をじっくり観察してしまう。長いまつげ、ぷるんとした唇、ほっそりした首筋。小麦色の肌はきめ細かく、陽の光を受けてほんのり艶めいている。
(って、そんな場合じゃない!)
イタリアは頭をぶんぶん振った。
「ドイツだ! ドイツに助けてもらわなきゃ!」
玄関を飛び出す。裸足のまま庭のオリーブの木の横をすり抜け、ローマの街並みを駆け抜けた。石畳の路地、朝早くから仕込みを始めたパン屋の匂い、噴水の水しぶき。全部いつも通りの風景なのに、自分の足音だけが妙に軽やかで落ち着かない。
「ドイツぅ〜! 大変なんだよぉ!」
人気のない早朝の路地裏で、イタリアは魔法の転移を使って一気に距離を跳んだ。ミュンヘン郊外までは直線距離で九百二十キロ。パニックの頭でそれだけは覚えていた。
木々の匂いが濃い、ドイツの自宅の前に降り立つ。
「ドイツ! 開けてっ!」
バンバンと扉を叩く。息が切れていた。胸が苦しい。パジャマのボタンがますますキツく感じられて、それにも余計に泣きそうになる。
数秒の沈黙。
ガチャリ。
扉が開いた。
「……うるさいぞ、イタリア。朝っぱらから何だ」
イタリアの涙がピタリと止まった。
「…………ふ」
「何がおかしい」
「……ぷっ、あははははははっ!」
笑い転げるイタリアの目の前に立っていたのは、筋骨隆々とした金髪の女戦士だった。百七十八センチの巨体は相変わらずで、肩や二の腕の筋肉が青いワンピースの布地を今にも引き裂かんばかりにパンパンに張っている。前髪の一束が落ちたオールバックの金髪はそのままで、鋭い青い目もいつも通り生真面目な光を宿している。
ただ、どう見ても女性の体なのに、その口調と態度は正真正銘のドイツだった。
「笑っている場合か! 俺だって混乱しているんだ、さっさと状況を説明しろ!」
「だ、だってぇ……ドイツ、それなに? 女戦士? 怒れる女神?」
「知るか! 目が覚めたらこうなっていたんだ!」
ドイツの声は少し低めの女性の声に変わっていたが、怒鳴り方はいつもと全く同じだった。そのギャップがさらにおかしくて、イタリアは涙を浮かべてお腹を抱える。
「君まで女の子になって……これはただ事じゃないな」
ドイツは腕を組み、眉間に深いしわを刻んだ。ワンピースの袖がピキピキと音を立てている。
「とにかく入れ、イタリア。そこで笑いながら転がっているんじゃない」
「だってお腹いたいんだもん……」
ドイツの家の中はいつも通り整理整頓されていて、質実剛健そのものだった。大きな樫のテーブル、使い込まれた革張りのソファ。窓からは朝の光が差し込み、庭の樅の木が風に揺れている。
イタリアがソファにちょこんと座ると、ドイツは向かいにどっしりと腰を下ろした。両膝をきっちり閉じたその座り方は、どう見ても生真面目な女性そのものなのに、背筋の伸び方には軍人めいた気配が漂っている。
「……それで、状況を話せ」
「起きて、パスタ作ろうと思ってキッチン行ったら、鏡に映った僕が女の子になってて」
「俺も同じだ。目が覚めて鏡を見たら、このありさまだ」
ドイツは自分の二の腕をポンと叩いた。
「しかし、筋力はあまり落ちていない。不思議なものだな」
「それよりドイツ、これ誰かの魔法だよね? だって二人とも同時におかしくなっちゃうなんて変だもん」
「魔法……となれば、やはりイギリスか」
ドイツが難しい顔でそう言った、まさにその時だった。
窓の外で、何かがキラリと光った。
パタパタと羽音が聞こえ、白い小鳥が窓枠に止まる。いや、よく見ればそれは紙で折られた鳥で、くちばしに封蝋のついた小さな封筒をくわえていた。
「魔法便か」
ドイツが窓を開けると、折り鶴――ではなく折られた白鳥――がひらりと飛び込み、テーブルの上に封筒を落とした。封蝋には「世界会議・臨時」の印が刻まれている。
「なになに?」
ドイツが封を切り、中を読んだ。その顔色がみるみる青ざめていく。
「……明日の正午、ジュネーブ郊外のパヴィリオン・デ・ナシオンに全擬人化が集合せよ、だと」
「え、世界会議? 明日!?」
「ああ。そして議長はスイスだ。あいつは時間にうるさいからな。遅刻は許されん」
ドイツは手紙をテーブルに叩きつけた。
「この姿で国際会議に出るわけにはいかない。第一、コンコルディア条約に違反すればどうなるか――」
「共同譴責だよね……みんなから叱られちゃう……」
イタリアは想像して、肩をすくめた。世界会議は年四回、国の擬人化たちが集まって国際問題を話し合う場だ。出席は義務。無断欠席は条約違反。でも――。
「僕、この姿でみんなに会うの恥ずかしいよ〜」
イタリアはスカートの裾をぎゅっと握った。藍色のワンピースは、日本から借りたものだった。朝、着るものがなくて困っていたら、偶然電話をくれた日本が送ってくれたのだ。どうしてすぐにわかったのかはわからないけれど、そういう不思議なところがあるのが日本だった。
「とにかく、原因を突き止めるぞ」
ドイツは腕を組み、考え込むようにうつむいた。
「魔法の気配だ。イギリスの仕業に間違いない。あいつはロンドン郊外のコッツウォルズに魔法工房を持っている。地下三層の大規模なものだ」
「イギリスの魔法って、ケルト系の自然魔法でしょ? あれ、妖精とも仲いいんだっけ」
「ああ。しかし今回は明らかに失敗している。おそらく、あいつの持っている魔導書――グリモワール・オブ・カランドリア――の第7章に関係があるはずだ」
「詳しいね、ドイツ」
「当然だ。同盟国に何かあれば情報は共有しておく」
(本当に真面目だなあ……)
イタリアは少しだけ、胸の奥がむずむずするのを感じた。女の子になってから、ドイツがいつも以上に真剣にこっちを見てくれている気がする。それがなぜだか、くすぐったくて、でも嫌じゃない。
「まずは他の国々の状況を確認する。電話をかけるぞ」
ドイツが立ち上がり、壁際の古めかしい電話の受話器を取った。ダイヤルを回す、カチカチという懐かしい音。
「日本にかける」
コール音。
二回。三回。
ガチャ。
『……もしもし、日本です。おはようございます、ドイツさん』
受話器から聞こえてきたのは、落ち着いた、それでいて少し高めの女性の声だった。しとやかで、静かで、まるで川のせせらぎのような。
「日本、お前もか」
『はい。私も、女の体になりました』
あまりにも淡々とした口調に、イタリアは目を丸くして受話器に近づいた。
「ええ〜! 日本、落ち着きすぎじゃない!? もう着物まで着てるの!?」
『ええ、先ほど女性用の着物に着替えました。意外と着やすいものですよ。イタリアさんこそ、その声……可愛らしくなられましたね』
「えへへ、そうかな?」
「照れるな、イタリア。……日本、動揺を押し殺しているんじゃないのか」
ドイツがそう言うと、受話器の向こうでほんの少しだけ沈黙があった。
『……さすがですね、ドイツさんには敵いません。確かに、少しだけ心がざわついています。ただ、困っている友人たちを前にして私まで慌てるわけにはいきませんから』
その声の奥に、ほんのわずかな翳りを感じ取って、イタリアは胸のあたりがチクリと痛んだ。
「日本……ありがとね」
『いいえ。それよりも、事態の解決を急ぎましょう。イギリスさんの魔法工房へ向かうのが先決かと』
「ああ、俺もそう思う。一旦合流しよう。まずはイギリスの場所へ向かう」
『わかりました。では、私もそちらへ向かいます。あ、それから、アメリカさんとフランスさんにも連絡を取ったほうがいいかもしれません。お二人にも何か起きている可能性が高いです』
「了解した。切るぞ」
『はい。では後ほど』
ガチャリ。
通話が切れたあと、部屋の中に静けさが戻った。
窓の外では、朝の光が少し強くなってきていた。小鳥たちの声はもう聞こえない。その代わりに、遠くからかすかに風の音がする。
「……じゃあ、次はアメリカとフランスだね」
「ああ。だが一体どうなっているんだ、今回の呪いは。範囲が広すぎる」
ドイツが難しい顔で腕を組む。ワンピースの布地がまたミシリと音を立てた。
それを見て、イタリアはふと思った。
(ああ、ドイツ、服が破れそうだよ……。でも、なんか、守ってくれそうで、ちょっと安心する)
女の子の体は頼りないけど、ドイツが隣にいるだけで、世界がひっくり返ったようなこの朝も、なんとかやっていける気がした。
「よし、次の電話をかけて、それからすぐにイギリスのもとへ向かう。いいな、イタリア」
「うん! でも、その前にパスタ食べたいかも……」
「あとでだ!」
ドイツの声が部屋に響く。
でもその声は、いつもより少しだけ――ほんの少しだけ優しく聞こえた。
(まあ、ドイツがこうやって頑張ってくれてるんだから、僕もちゃんとしなくちゃ)
イタリアはスカートの裾をぎゅっと握り直した。藍色のワンピースは、どこか落ち着く布地の匂いがした。それは日本の家の、畳のような、お茶のような、優しい匂いに似ていた。
今、ヨーロッパのあちこちで、同じように混乱している仲間たちがいる。
それを思うと、怖いけど、一人じゃないんだって感じられた。
「ドイツ、頑張ろう。僕、できることなら何でもするから」
「……そうか。その言葉、今はありがたく聞いておく」
ドイツがほんの少しだけ口元を緩めた。
それがなんだか嬉しくて、イタリアの胸の奥がまた、ちいさく跳ねた。
窓の外では、六月の風が樅の木々を揺らしていた。
明日の満月が、遠く静かにこの事態を見つめている。