ヘタリア 世界めちゃくちゃ大騒動!? みんな逆になっちゃった!
イタリア=ヴェネチアーノが朝、悲鳴とともに目を覚ますと、自分が可愛い女の子になっていた! 慌ててドイツの家に駆け込むと、そこには裂けたドレスをかろうじてまとった、筋骨隆々の戦士のような女性になったドイツの姿が。
しかし、異変は彼らだけではなかった。日本は物静かな大和撫子の美女に、アメリカはハイテンションな金髪美女に、フランスは自分の新しい低い声に衝撃を受けるハンサムな青年に、そしてロシアは巨大で微笑みを浮かべる女性になっていた。この騒動の原因である呪いの本の責任者、イギリスは魔法の暴発で小さく怯えた子供の姿に。
刻一刻とタイムリミットが迫る。次の満月までに材料を集め、イギリスの家で対抗呪文を唱えなければ、この恥ずかしい姿のまま世界会議に出席する羽目になる。イタリアは女の子としてパスタを作ることを楽しみ始め、日本は剣術の代わりに優雅な仕草を練習し、大混乱が巻き起こる。
しかし、本当の問題は? それは「気持ち」だった。ドイツが女性になったイタリアに予想外の優しさで接し、日本に嫉妬の炎が燃え上がる。男性になったハンガリーは、オーストリアから複雑な視線を向けられる。誰もが元に戻りたいと願
ヘタリア 世界めちゃくちゃ大騒動!? みんな逆になっちゃった! - 元に戻った夜、言えなかった本当のこと——満月の下の解呪と、ドキドキの朝ごはん
地下第三層の儀式場は、ひんやりとした空気で満ちていた。
天窓から差し込む満月の光が、床に刻まれた直径八メートルの魔法陣を青白く照らしている。
銀の大釜が、魔法陣の中央で静かに湯気を立てていた。
「……よし」
腰まである長い金髪を揺らして、イギリスが大釜の前に立った。
手には、ヴェネツィアの運河で取れた人魚の涙石。青白く光る、涙の形をした石だ。
「これで全部だな」
ドイツがうなずく。金髪のオールバックは相変わらずピシッと決まっているが、筋肉質な体を包むワンピース姿はやっぱりどこかシュールだ。
「さあ、思い出の七日間のフィナーレだよ」
美青年のフランスが、プラチナブロンドをかき上げながら微笑む。
イギリスは、深く息を吸った。
月光花の花びらを、銀の大釜にそっと落とす。
銀白色の輝きが、水面に広がった。
次に、妖精の泉の水を注ぐ。
透き通った水が、花びらの光を包み込む。
最後に、人魚の涙石を——そっと、大釜の底へ沈めた。
「始めるぞ」
イギリスが、古英語の詠唱を始める。
低く、響くような声。
「Hēr is sēo tiid… þæt ealle þing weorþan swā hīe wǣron…」
——噛んだ。
「……い、今のは準備運動だ!」
イギリスの顔が、一瞬で真っ赤になった。
「あはは! イギリスさん、顔がトマト!」
くるんと巻いた茶色の髪を揺らして、イタリアが笑い転げる。藍色のワンピースの裾がひらひらと舞った。
「うるさい! 黙って見てろ!」
イギリスが怒鳴り返す。耳が真っ赤だ。
「古英語って、発音が難しいからね。でも大丈夫? あと二回噛んだら、次の満月まで二十八日間だよ」
フランスがにやにやしながら言った。
「わかってる! 黙れ!」
イギリスは、ぎゅっと拳を握った。エメラルドグリーンの目が、大釜の湯気の向こうを見据える。
二度目の詠唱。
「Hēr is sēo tiid… þæt ealle þing——」
また、詰まった。
「大丈夫か!? 息吸ったか!?」
アメリカが大声で叫ぶ。
「黙れぇぇぇ!!」
「イギリスさん、深呼吸を」
日本が静かに言った。
艶やかな黒髪の三つ編みが、かすかに揺れる。着物の袖をそっと押さえて、彼女は前に進み出た。
「私でよければ、魔力の流れを整えるのを手伝います。古浄瑠璃の調べに、似た節回しがありますから」
イギリスは、一瞬驚いた顔をした。それから、拳を解いて、息を一つ吐く。
「……助かる」
日本が、静かに歌うような声で、低く節を奏で始める。
それは、古い日本の語り物の調べ。
空気が、ぴんと張り詰めた。
イギリスは、目を閉じた。指先の震えが止まる。
三度目の詠唱。
「Hēr is sēo tiid… þæt ealle þing weorþan swā hīe wǣron…」
声が、低く安定して流れ出る。
「Þurh þone monan and þās steorran… ic ābēode þisne drȳcræft tō endienne…」
天窓から、満月の光が一筋、大釜に差し込んだ。
「……Sƿā ic wille, sƿā hit geweorðe!」
最後の一言が、儀式場に響き渡る。
——その瞬間。
大釜が、まばゆい光を放った。
銀色の光が魔法陣を走り、四人の足元から渦を巻いて噴き上がる。
「わっ……!」
「目を閉じろ!」
光が全てを包み込んだ。
体が、ふわりと浮き上がるような感覚。
何かが、するりと抜け落ちていく。
呪いの力が、ほどけていく——。
——そして。
光が収まった時。
「……戻った」
ドイツが、自分の手を見つめていた。
筋肉質な、男の手。
ワンピースは肩口で裂け、下から軍服の襟がのぞいている。彼は何度か指を曲げたり伸ばしたりした。
「僕も! 元通りだ!」
イタリアが飛び跳ねた。
くるんと巻いた茶色の髪はそのまま、左側のアホ毛も元気に跳ねている。
琥珀色の大きな目が、嬉しそうに輝いていた。
「やっぱり、美しさは性別を超えるね——なんて、戻っちゃったけどさ」
フランスは、優雅に髪をかき上げる。美青年の姿は消え、いつもの美しいフランスの姿に戻っていた。
「……ふう」
イギリスは、ほっと息を吐いた。
長い金髪が、汗で額に張り付いている。彼はそっと自分の手を開き、閉じ、それから無言で大釜に背を向けた。
——静かな沈黙が、流れた。
皆が、自分の手を見つめ、声を確かめ、元の体に戻ったことを実感する。
その中で。
日本が、静かにドイツの前に立った。
「ドイツさん」
ドイツが振り返る。
黒い瞳が、まっすぐに青い目を見つめた。
「この七日間……私は、自分の感情と向き合ってきました」
日本は、背筋をピンと伸ばして立っていた。着物の裾が、かすかに揺れる。
「あなたが誰かに優しくするたびに、胸が少し痛む自分に気がつきました。それが何なのか、今はわかっています」
言葉が、静かに紡がれる。
「ただ、言わずに終わるのは、私の性分に合いません。だから——伝えます」
息を、一つ。
「ドイツさん、私はあなたのことが好きでした。この七日間、ずっと」
儀式場が、しんと静まり返った。
ドイツは、言葉を失った。
青い目が見開かれ、口がかすかに動く。手が、わずかに持ち上がりかけて——止まった。
「答えは求めません。ただ、伝えられて、よかった」
日本は、そっと微笑んだ。
そして、深くお辞儀をして、一歩後ろに下がる。
その潔さに、ドイツはますます言葉を詰まらせた。眉が寄り、喉が小さく上下する。
胸の奥が、ざわつく。感謝なのか、戸惑いなのか、自分でもわからない感情が渦巻いていた。
「おや?」
フランスが、興味深そうに片眉を上げる。
——その時だ。
「ドイツーっ!」
イタリアが、満面の笑顔でドイツに飛びついた。
「元に戻ったね! よかった! やっぱりドイツはドイツだよ! ずっとずっと、友達でいてね!」
細い腕が、ドイツの首に巻き付く。
ドイツの体が、硬直した。
——そうか。
七日間の記憶が、一気に蘇る。
ドーバーのフェリーで、肩に寄りかかった温もり。
山頂で、「いなくならない」と言った時の、あの涙。
神聖ローマの昔話で見せた、寂しい笑顔。
全部、この笑顔のためだった。
胸の中で、何かがかちりと音を立てた。
言葉にはできない。でも、確かにわかった。
「……ああ」
短く答えて、ドイツはイタリアの頭に手を置いた。くしゃりと、茶色の髪を撫でる。
「えへへ!」
イタリアは、何も知らずに笑っている。
「完璧」
フランスが、一人でうっとりと呟いた。手には、いつの間にか一輪のバラの花。
「恋は、芸術さ。美しいね」
日本は、二人を一目見てから、静かに視線を窓の外へ向けた。
黒い瞳が、満月の光を映している。
——これで、よかったんです。
彼女の口元に、かすかな微笑みが浮かんだ。
それは、嫉妬ではなく、受け入れた者の穏やかさだった。
——その時。
「……みんな」
大釜の前に立ったままのイギリスが、口を開いた。
背筋を伸ばして、全員の顔を一人ずつ見る。
「今回は、俺の不注意で迷惑をかけた。本当に——すまなかった」
深々と、頭を下げた。
言い訳なしの、初めての素直な謝罪。
腰まである金髪が、前にかかる。
誰もが驚いて、言葉を失った。
——次の瞬間。
「イギリスさんが頭を下げた! 記念日にしよう!」
イタリアが無邪気に叫んだ。
「うるさい! 二度と言うな!!」
イギリスが真っ赤になって怒鳴り返す。
「あはは! 素直じゃないけど、ちゃんと伝わってるよ!」
アメリカが笑い飛ばした。
「ツンデレは健在だね。まあ、そこがイギリスのいいところだけど」
「誰がツンデレだ! 誰が!!」
儀式場に、笑い声が響く。
イギリスの耳は、まだ真っ赤なままだった。肩で荒く息をし、手を握ったり開いたりしている。
でも、誰もが黙って、その不器用な謝罪を優しく受け入れていた。
——夜明け前。
全員が正装に着替え、イギリスの工房を出発した。
向かう先は、スイス・ジュネーブ郊外。
パヴィリオン・デ・ナシオン——世界会議の会場だ。
会議室に滑り込んだのは、開始五分前。
「遅刻は認めません」
議長のスイスが、眉間に皺を寄せて言った。
「間に合ったよ! セーフ!」
イタリアが、背後に隠していた特大鍋を掲げる。湯気がふわりと立ち上り、会議室の冷えた空気にトマトとバジルの香りを滲ませた。
「……なぜ正装なのに鍋を持ち込んでいるんですか」
スイスの視線が、鍋に釘付けになる。
「僕のパスタを食べたら、全部解決するよ! 会議も、きっとうまくいく!」
スイスは、口を開きかけて——閉じた。指でこめかみを押さえ、天井を見る。それから、ゆっくりと息を吐いた。
「イタリア、世界会議だぞ」
ドイツが呆れたように言った。
「でも、みんな笑ってるよ!」
イタリアの言葉通り、各国の擬人化たちがパスタの香りにつられて集まってくる。気づいたら、大会議室のテーブルには、ずらりと皿が並んでいた。誰も、止められなかった。
和やかな笑い声と、フォークの音。
窓から差し込む朝日が、湯気を金色に染めている。
今回の世界会議は、異例の友好的な雰囲気で幕を開けた。
——会議が終わった後。
廊下で、日本とドイツが並んで立っていた。
「さっきの……お前の気持ちは、ちゃんと聞いた」
ぶっきらぼうに、ドイツが言った。
「はい」
日本が、静かにうなずく。
「今すぐ答えは出せない。だが——軽く流すつもりはない」
青い目が、まっすぐに日本を見つめる。
真顔だった。拳が、体の横で固く握られている。
日本は、少しだけ目を見開いてから、ほほえんだ。
「それで充分です」
二人は、並んで会議室に戻る。
答えは、まだ出ていない。
でも、それぞれが次の一歩を踏み出せる場所に立っていた。
「ドイツー! 早く来て! ドイツの分のパスタ、取り分けてあるよ! 冷めちゃうよ!」
会議室の中から、イタリアの呼び声が響く。
「今行く」
ドイツが短く返した。
——少しだけ、早足になる。
その背中を、日本は静かに見送った。
黒い瞳が、柔らかく細められる。
会議室からは、笑い声とパスタの湯気が、ふわりと漂ってきていた。