スライムと呪いと恋の修羅場
ある普通の朝、リムル・テンペスト王国は大混乱に陥る。リムルは女の子の体で目覚め、ベニマルは女の子に、シオンは男に、シュナも男に変わってしまう。さらにミリムは「背が縮んだ!」と叫びながら壁をぶち壊していた。王国全体が完全にパニック状態だ。
慌てて調査した結果、原因は「裏返し壺」という古代の魔法の遺物だと判明する。暴走して皆の性別を入れ替えてしまったその壺を元に戻すには、四つのパートからなる対抗呪文を唱えなければならない。しかし、その四つのパートはそれぞれ別の場所に隠されている。そこでリムルたちは荷物をまとめ、旅に出ることに。
だが、性別が入れ替わったことはリムルの問題の中でまだ序の口だった。女のベニマルは恥ずかしそうに「リムル様、可愛すぎて痛い」と囁き続ける。女のシュウジ(ソウエイ)は体がどうであれ変わらぬ忠誠を静かに告白する。ミリムは「離れたら呪いが悪化する」というでたらめな理由でリムルの腕にしがみつく。男になったシュナは遠くから静かに「ちょっと…羨ましいのかも」とつぶやきながら、誰かがリムルに近づくたびに見守っている。
四人のライバルが激しくリムルを追いかける中、リムルの旅はノ
スライムと呪いと恋の修羅場 - 目覚めたら美少女!? 魔王リムル、大ピンチの朝
「[scared]……え?」
声が、高い。
おかしい。自分の声じゃない。
嵐宮殿の3階、東翼の私室。朝日が窓から差し込んでいた。鳥の声がどこかから聞こえる。普通の朝のはずだった。
なのに。
「[scared]……なんで?」
起き上がった瞬間、髪が顔にかかった。
水色の、長い髪が。
わたしはゆっくり鏡の前まで歩いた。足元がふわふわする。バランスがいつもと違う。なんか、軽い。
鏡を見た。
銀色がかった水色のロングヘアが肩を流れていた。明るい金色の瞳。白くて細い首。スレンダーだけど、ちゃんと女の子のラインがある体。純白の魔導服がその体にゆったりと着かかっていた。
かわいい。
……じゃなくて。
「[surprised]いや待って待って待って!」
わたしはわたしだ。リムル・テンペストだ。大賢者で、魔王で、テンペスト王国の国主だ。それは変わってない。頭の中の知識も、記憶も、ちゃんとある。
でも体が、完全に別人だった。
もともと性別があいまいな外見ではあった。でも今は明らかに違う。触れると柔らかい。重心が下がってる。背中に手を回すと、薄い布越しに龍の鱗みたいな模様が浮かぶ肌の感触があって——それだけはいつも通りだった。
「[serious]落ち着け。落ち着くんだ、わたし」
深呼吸。
廊下の方がうるさい。
「誰かー! 俺は誰だ!!」
「あんた誰よ! あたしに近づかないで!」
「助けてくださいリムル様ぁ!」
複数の叫び声がドア越しに聞こえてくる。男の声、女の声、混ざり合ってぐちゃぐちゃだ。
ドアを開けた。
廊下に近衛兵が5人いた。全員が全員、お互いをじっと見てる。全員の体がバラバラだった。大柄なはずのオーク系の兵士が小さな人間の体になってて、普段は細身のエルフ系の兵士がムキムキになってる。女性兵士が男になり、男性兵士が女になっていた。
「[surprised]リムル様……?」
一人がわたしの顔を見てそう言った。確かに声はいつもの兵士のものだ。でも体は見知らぬ小柄な女の子になっている。
「[serious]ああ。わたしだ。みんなも……そうか」
つまり、城全体がこうなってる。
廊下の奥からさらに叫び声が聞こえる。階段の下の方からも。もう城全体がパニックになってる音がした。
わたしは頭の中で大賢者スキルを起動しようとした。
「解析開始——」
自分の声が高くてびっくりして、噛んだ。
「[serious]……解析、開始」
二回目でちゃんと言えた。情けない。
大賢者が動き出す。頭の中で知識が整理されていく。この感覚はいつも通りだ。わたしがわたしである部分は、ちゃんと残ってる。それだけが少しほっとした。
解析結果が出た。
異常な魔素の波動が、地下から出ている。
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嵐宮殿の地下15メートル。古代の石造りの廊下は薄暗くて、わたしの足音だけがこだまする。
大森林ジュラの中央に建てられたこの宮殿は、建国の時に偶然発見された地下遺構の上に立っている。大気中の魔素——マギクルと呼ばれるエネルギー——は地上より濃い。地上の10倍くらいある。肌がピリピリするくらいだ。
入口から200メートルくらい進んだところに、ぼんやり光ってる部屋があった。
石の床。石の壁。天井も石。古代魔導文明期の様式で作られた部屋だ。約1200年前のものだと大賢者が教えてくれる。
その中央に、それはあった。
高さ40センチくらいの壺。
黒曜石みたいな素材で、表面がほんのり光っていた。ゆっくり、ゆっくり、呼吸するみたいに脈打っている。
「[serious]……これか」
大賢者が壺の情報を解析する。
ウラガエシのツボ。古代の医療用魔道具。本来は少量ずつ使って、体の属性を変換するためのもの。でもこの壺は地下遺構で長年、濃い魔素を吸い続けた結果、制御を失って暴走した。半径約30キロメートルの範囲に効果を及ぼした——つまり首都リムルスどころか、その周辺の村々まで全部巻き込んでいる。
壁に古代文字が刻まれていた。
解析。翻訳。読み取り。
カエシの詞。壺の効果を消すための、四節からなる呪文。それぞれが別の場所に隠されている。
第一節はヴェルグ渓谷の祠——首都の北東45キロ。
第二節はパルモ湖の湖底神殿——西に70キロ。
第三節はカグツチ砂丘の遺跡塔——南へ150キロ。
第四節は……強き想いの裡に。
「[sarcastic]……強き想いの裡、ってなんだよ」
思わず普通にツッコんだ。声が高いのが気になる。
まあいい。三か所は場所がわかった。旅の計画が立てられる。
壺に手を伸ばした。もしかしたら直接なんとかなるかもしれない。
その瞬間。
壺が一気に光った。
ドクン、と脈打つ音が聞こえた気がした。
頭の中で何かが変わった感覚。手を引っ込めて、鏡がわりに水面——近くに小さな水たまりがあった——に映った自分を見る。
髪が、さらに伸びてた。肩までだったのが背中の中ほどまで届いている。声が、さらに高くなっていた。
「[surprised]……追い打ちかよ」
大賢者が解析を続ける。
壺に近づくほど、変化が固定化される。時間が経つほど戻りにくくなる。10日を超えると——永久に元に戻れなくなる。
静かな地下の石室に、その情報が染み込んでいった。
10日。
場所が分かった遺跡が三か所。移動距離を計算すると、ヴェルグが北東45キロ、パルモが西70キロ、カグツチが南150キロ。普通に馬で移動しても3日では足りない。
自分だけじゃない。王国中の22万人が巻き込まれてる。首都だけじゃなく周辺の村も。
(急がないと)
胸の奥で何かが締まった。
わたしの判断で作ったこの王国で、わたしの地下から出た問題が、住民たちを混乱させてる。責任がある。
急いで地上に戻った。
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円卓評議室は嵐宮殿の1階にある。広い長テーブルを囲むように12の椅子がある部屋だ。普段は厳粛な空気が漂う場所なんだけど。
今日は違った。
扉を開けた瞬間、中が阿鼻叫喚だった。
「俺の体どこ行ったァ!」
「その体どこで拾ってきたんですか!?」
「落ち着けって言われても! これ落ち着ける状況じゃないだろ!」
12人の評議員が全員、体が変わっていた。男が女になり、女が男になり、体格が変わり、種族特性の差で服が合わなくなってる人もいる。全員が全員、自分の体に戸惑いながら互いを指さして叫んでた。
「[serious]みんな、座って!」
声が高いせいで、迫力が3割くらい減った気がする。
でも国主の声だと全員が認識したのか、少しだけ静かになった。
その瞬間。
ドン!
テーブルの真ん中あたりが崩れた。
「[surprised]……あ」
低い声でそうつぶやいたのは、わたしより頭一つ分背が高い、今は男体化した評議員——シオンだった。黒いショートヘアに鋭い目。鬼人族特有の赤い角の痕がある。普段は颯爽とした女性近衛筆頭なんだけど、今は体が男になっている分、力のコントロールが変わってしまったらしい。
「[serious]リムル様をお守りします!」
力強い宣言だった。宣言はよかった。でも自分の声の低さに驚いたのか、次の瞬間テーブルをまた叩いて、もう一か所割った。
誰かが椅子から滑り落ちた。体のバランスが変わって、座り方が分からなくなったらしい。別の評議員は腰に下げた剣が体に合わなくてずっとカタカタ言わせてる。
「[angry]落ち着いて! まず座って!」
わたしは叫んだ。
誰も座れなかった。
10分後、なんとか全員が椅子に収まった。割れたテーブルは端っこを使わないことにした。
わたしは状況を説明した。ウラガエシのツボのこと、カエシの詞の四節のこと、10日のタイムリミットのこと。
静かに聞いてた全員が、説明が終わった瞬間に一斉に手を挙げた。
「旅にお供します!」
「いや俺が行く!」
「国主をお一人にはできません!」
「全員で行けばいいんじゃないですか!?」
また崩壊した。
(……12人全員で旅はできないんだよなあ)
わたしはひとりごとを頭の中で言った。
声が高いとツッコむのもカッコ悪いし、この混乱の中で誰が適任かを決める議論は、今日中には終わりそうになかった。
「[serious]……少し、外の空気を吸ってくる」
誰にも聞こえなかったかもしれない。でもわたしは静かに立ち上がって、部屋を出た。
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嵐宮殿の屋上は、王国全体が見渡せる。
夕焼けが始まっていた。首都リムルスの街並みが橙色に染まっていく。碁盤目状に整った石畳の街路。木と石が混ざった独特の建物。南にあるガラテア広場——200店舗が並ぶ市場——からは夕方の活気が小さく聞こえてくる。蜂蜜酒の匂いが風に乗ってくる気がした。
この街が好きだ。
建国から3年。ゴブリンの小さな村から始めて、今は22万人が暮らしてる。魔物も魔人も人間も、一緒に暮らしてる場所。種族共存令——種族差別を禁じた最上位の法——を作って、みんなで守ってきた。
その街の住民全員が、今頃混乱してる。
「10日か……」
風に向かってつぶやいた。
声が高いのが、またちょっと気になった。でも今はそれどころじゃない。
(間に合うのか?)
ヴェルグ渓谷、パルモ湖、カグツチ砂丘。三か所の場所は分かった。でも道中には魔物もいる。砂嵐も来る。水中戦も必要かもしれない。
四節目は「強き想いの裡」。これだけまだ意味が分からない。
普段なら大賢者スキルで計算して、最適なルートを組んで、リスクを全部洗い出す。それができるはずだ。でも今は、頭より先に不安が来た。
自分がこんなに不安になるのは久しぶりだった。
体が変わると、気持ちもちょっと変わる気がする。不思議だ。
屋上の縁に手をついて、夕焼けを見た。風が髪をなびかせる。長くなった髪が視界に入るたびに、現実を思い知らされる。
王国を守りたい。住民を元に戻したい。それは本当だ。でも同時に、自分自身もちゃんと元に戻りたいと思ってる。それも本音だ。
(どっちも本当のこと。でもどっちも、焦っても仕方ない)
深呼吸した。夕焼けの空気が肺に入る。
そうだ。焦らない。情報はある。計画は立てられる。仲間もいる。10日、動けばいい。
少しだけ、落ち着いた。
その時。
背後から声がした。
「[gentle]リムル様。お供いたします」
聞き覚えのある声だった。でも——なぜか、高い。
振り返った。
そこに立っていたのは、見知らぬ女性だった。
長い赤い髪が夕焼けの光を受けて輝いている。切れ長の目。凛とした表情。体は細身だけど、どこか隙のない立ち方をしている。着ているのは——テンペストの評議員が着るような動きやすい服だ。
(誰だ?)
知らない顔だ。でも声には聞き覚えがある。なのに誰か分からない。
「[surprised]……あなたは?」
そう聞くと、女性は少し——本当に少しだけ——眉を動かした。呆れてるような、困ってるような、でも笑いをこらえてるような表情。
返事はまだ来なかった。
夕焼けが二人の間に広がっていた。