スライムと呪いと恋の修羅場
ある普通の朝、リムル・テンペスト王国は大混乱に陥る。リムルは女の子の体で目覚め、ベニマルは女の子に、シオンは男に、シュナも男に変わってしまう。さらにミリムは「背が縮んだ!」と叫びながら壁をぶち壊していた。王国全体が完全にパニック状態だ。
慌てて調査した結果、原因は「裏返し壺」という古代の魔法の遺物だと判明する。暴走して皆の性別を入れ替えてしまったその壺を元に戻すには、四つのパートからなる対抗呪文を唱えなければならない。しかし、その四つのパートはそれぞれ別の場所に隠されている。そこでリムルたちは荷物をまとめ、旅に出ることに。
だが、性別が入れ替わったことはリムルの問題の中でまだ序の口だった。女のベニマルは恥ずかしそうに「リムル様、可愛すぎて痛い」と囁き続ける。女のシュウジ(ソウエイ)は体がどうであれ変わらぬ忠誠を静かに告白する。ミリムは「離れたら呪いが悪化する」というでたらめな理由でリムルの腕にしがみつく。男になったシュナは遠くから静かに「ちょっと…羨ましいのかも」とつぶやきながら、誰かがリムルに近づくたびに見守っている。
四人のライバルが激しくリムルを追いかける中、リムルの旅はノ
スライムと呪いと恋の修羅場 - ぜんぶ元どおり——でも、キミへの気持ちだけは戻らない
鏡の中に、見知らぬ自分がいる。
リムルは洗面台の前に立って、自分の顔を眺めた。淡い水色だったはずの髪が、だいぶ戻ってきている。でも肩にかかるくらいの長さはまだ残っていて、声を出すと少し高い。金色の瞳の色は変わっていないから、全体的には「ほぼリムル」なのだが、どこかが微妙にずれていた。
(なんか……思ったより元の自分に見えないな)
不思議な感覚だ。変化が嫌なわけじゃない。元に戻りたくないわけでもない。ただ、七日間で自分の輪郭が少し変わった気がして、それを鏡が正直に映しているだけかもしれない。
《リムル様。体の変化の完全回復まで、残り約六時間です》
大賢者の声が、頭の中に静かに響いた。
完全に戻ってきた。あの断片的な数値しか返ってこなかった時期が嘘みたいに、今は普通に話しかけてくる。
「[gentle]六時間……了解です」
《なお、現在のリムル様の感情状態は分類困難です》
「[sarcastic]やかましい」
心の中だけで返したつもりが、思わず声に出た。でも廊下の向こうから笑い声が聞こえてきたので、自分だけが奇妙なわけではなさそうだった。
嵐宮殿の廊下に出ると、近衛兵たちが互いの顔を確認し合っていた。「もう戻りましたか」「あ、鱗がなくなった」「ようやく声が普通になった」——あちこちから声が聞こえてくる。七日前の朝、ここで起きたパニックとは全部逆だった。今日はみんな笑っている。
リムルは廊下の窓の外を眺めた。首都リムルスの街並みが、朝の光に照らされている。ガラテア広場の方角から市場の声が届いてくる。
(七日前と同じ場所に立ってるのに、全部変わったな)
それがいいことなのか悪いことなのか、うまく言葉にできなかった。多分、どちらでもあるんだと思う。
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昼前になって、円卓評議室に全員が集まった。
四人——ベニマル、ソウエイ、ミリム、シュナ——が久しぶりに同じ部屋にいる。それだけで、リムルは少しだけ肩の力が抜けた。
ソウエイが包帯を腕に巻いたまま席についている。漆黒のロングヘアに赤いメッシュが一房、黒装束の肩にかかっている。表情はいつも通り、完全に無だ。でも顔色がまだ少し白い。
ミリムはイスの上で足をぶらぶらさせていた。紫のボブカットに小さな角が二本、輝くオッドアイがあちこちを見回している。「やっぱオレちょっと背が低くないか」とぶつぶつ言いながら、足の届かない床を確認していた。
シュナが報告書を読み上げる。白髪のセミロングが片目にかかっていて、銀色の瞳が書類を追っている。声は落ち着いているが、発言のたびに一瞬だけ黙って自分の声を確認するような間があった。
ベニマルは腕を組んで聞いていた。傷だらけだった腕はきれいに包帯が取れて、元の状態に戻っている。静かな姿勢で、でも時折立ち上がろうとして重心が少しずれ、イスがガタンと鳴った。本人は気づいていないふりをしている。
リムルは内心でそっと笑いながら、報告を読み上げた。
「[serious]ウラガエシのツボは地下遺構の封印区画に移送済みです。ヴェルデの身柄は円卓評議直轄の裁定官に引き渡し、審理を開始しました。王国全域の体の変化は現在も回復が続いており、完全回復は今日中に終わると見込んでいます」
全員が頷く。
「[serious]今後の古代魔道具の管理については——地下遺構への立ち入りを引き続き円卓評議の許可制とし、未調査区画への調査は専門チームを組んでから実施します。以上で今回の件の処理は完了です」
「[serious]承認します」
「[serious]同じく」
「オレも賛成じゃん」
ベニマルが頷いた。
リムルが次の議題はと言いかけた、その瞬間だった。
ベニマルが椅子を引いて立ち上がった。
「[serious]リムル様。少し、よろしいですか」
そのトーンが、普段と違った。議題の確認でも報告でもない声だ。
リムル以外の三人も、それに気づいた。シュナの手が書類の上で止まり、ソウエイが視線だけを動かし、ミリムが足のぶらぶらをやめた。
部屋に小さな緊張が走った。
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「[serious]三日前の地下石室でのこと——改めてお話しさせてください」
リムルはその一言で全部わかった。
わかったから、笑顔を作って椅子から立ち上がりかけた。
「[sarcastic]あー今日は予定が——」
音もなく、ソウエイが出口の前に立っていた。
いつの間に動いたのか全くわからない。気づいたら扉の前に、無表情のまま立っている。
「[cold]……そういうことです」
ミリムがリムルの腕をがっちり両手でつかんだ。
「[excited]どこにも行かせないじゃん!!」
シュナが部屋の隅で腕を組んで、動かない。困ったような顔をしているが、足は一歩も動いていない。
リムルは四方を見回した。前にベニマル。後ろにソウエイ。左腕にミリム。右にシュナ。
《現在、包囲完了です》
(わかってる)
「[serious]パルモ湖の夜」
ベニマルが静かに言った。
「[serious]あの時、伝えたことの答えを——まだもらっていません」
リムルは頬が熱くなるのを感じた。あの夜のことは覚えている。岸で膝まで水に浸かっていたベニマルが、静かな声で言ったこと。ずっと、胸の奥にある。
「[cold]私も、同様です」
無表情のままソウエイが割り込んだ。
「[cold]カグツチ砂丘での件——答えを伺っていません」
「[excited]関係ないじゃん!リムルはオレのものじゃん!!」
「[serious]大ありです、ミリム殿」
ベニマルとミリムが睨み合った。ミリムの赤と金のオッドアイが勝気に光っている。ベニマルが腕を組んで一歩も引かない。
「[gentle]皆さん、順番に——」
シュナが諫めようとした。でも声が、少しだけ上ずっていた。
それが、部屋にいる全員に聞こえた。
ベニマルがシュナを見た。
「[surprised]……シュナさん、もしかして自分も言いたいことがあるんですか」
「[cold]僕は特に」
「目が泳いでますよ」
「[serious]泳いでいません」
「[surprised]泳いでるじゃん!」
「[serious]泳いでいません」
完全に泳いでいた。
リムルはその光景を見ながら、胸の奥で何かがじわりとほぐれていくのを感じた。
七日間のことが、頭の中に浮かんでくる。
パルモ湖の夜、岸で待っていたベニマルの横顔。砂丘で意識が飛び飛びになりながらも手を離さなかったソウエイ。リムルの腕にしがみついて眠ったミリムの小さな体。首都で一人で待ちながら全部支えていたシュナ。
返せなかった言葉が、喉の奥に積み重なっている。ずっとそこにあった。
「[serious]ちゃんと言うから、聞いてください」
声に出した。
全員が静かになった。
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リムルはまず、ベニマルを正面から見た。
「[gentle]パルモ湖の夜のこと、ずっと考えてました」
ベニマルが少し固まった。
「[gentle]ベニマルがそばにいるのが当たり前になってたけど——当たり前じゃないって、この七日間でちゃんとわかった」
ベニマルが顔を逸らしかけた。
「[serious]ちゃんと見てください」
ベニマルが止まった。それから、正面を向いた。耳が赤い。
次に、ソウエイを見た。
「[gentle]三節全部で庇ってくれたこと、瓦礫を全部受けてくれたこと。ありがとうっていう言葉じゃ足りないです」
ソウエイが少し黙った。
「[cold]……リムル様が無事であれば、十分です」
普段より、声が低かった。リムルにだけわかるくらい、ほんの少し。
ミリムに顔を向けると、ミリムがリムルの腕をまだ掴んだまま、じっとこちらを見ていた。
「[gentle]ミリムがそばにいたから頑張れた部分、確実にありました」
ミリムがぱっと顔を赤くして、それをごまかすようにリムルの腕に顔を埋めた。
「[whispers]……リムルのばか」
それが精一杯の照れ隠しだとわかったから、リムルはそっとミリムの頭を撫でた。
最後に、シュナを見た。
「[gentle]首都で一人で待ちながら、全部支えてくれてたこと——信頼してたよ、ずっと」
シュナが少し間を置いた。
「[gentle]……お役に立てたなら、何よりですね」
声がはっきり上ずっていた。全員に聞こえた。
ベニマルが珍しいものを見る顔でシュナを眺めた。
「[surprised]シュナさん、声……」
「[serious]咳が出ただけです」
シュナが咳払いをした。誰も信じていなかった。
リムルは四人を見渡した。
「[gentle]全員への気持ちは、それぞれ違います。でも、全部本物です」
静かな、でもはっきりした声だった。
これ以上の答えを今すぐ出すつもりはない。でも逃げるつもりも、もうない。その両方が、その一言に入っていた。
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数秒間、誰も何も言わなかった。
ベニマルが何か言いかけて、止まった。ソウエイが無表情のまま、かすかに息をついた。ミリムがリムルの腕から顔を上げて、拗ねたような顔で言った。
「[serious]……それってみんな同じって意味?」
「[serious]そういうことを言ってるんじゃないです」
「じゃあどういうこと」
「[sarcastic]順番に聞いてください、まぁまぁ」
シュナが苦笑いしながら、少し安堵した顔をした。
リムルがそういうことを言いかけた、まさにその瞬間だった。
《リムル様の発言により、四者の心拍数が同時に平均十九パーセント上昇しています。なお各々の感情の優先度については引き続き不明です》
リムルは両手で頭を抱えた。
「[angry]何の解析ですかそれは!!」
「[serious]……何の解析だそれは」
「[cold]数値は正確なのでしょう」
「[excited]オレの心拍数も上がってるの!?リムル確認して!!」
「[gentle]評議室でする話ではないですね、それは」
四人が四方向に向かって全員違うことを言っていた。でも部屋の空気が、なぜか七日間で一番穏やかだった。
リムルは頭を抱えたまま、少し笑った。
「[laughing]……元の体に完全に戻ったら、祝賀会でもやりましょう」
「[excited]賛成!ごちそう!!」
「[serious]準備はシュナに任せましょう」
「[serious]なぜ僕だけ担当するんですか」
「[cold]会場の警備を担当します」
即答だった。
リムルは頭を上げて、窓の外を見た。首都リムルスの街が、昼の光の中にある。ガラテア広場の方角から、賑やかな声が届いてくる。近衛兵たちの笑い声、商人の呼び声、子供が走り回る音。みんなの体が戻ってきている。
《リムル様。体の変化の完全回復まで、残り二十三分です》
リムルはその言葉を聞きながら、窓の外を眺めたまま、小さく笑った。
七日間で変わったものと、変わらなかったもの。全部、ここにある。
うるさくて、賑やかで、誰も何も解決していなくて——でも、ちゃんとここにいる。
それで今は十分だった。