スライムと呪いと恋の修羅場
ある普通の朝、リムル・テンペスト王国は大混乱に陥る。リムルは女の子の体で目覚め、ベニマルは女の子に、シオンは男に、シュナも男に変わってしまう。さらにミリムは「背が縮んだ!」と叫びながら壁をぶち壊していた。王国全体が完全にパニック状態だ。
慌てて調査した結果、原因は「裏返し壺」という古代の魔法の遺物だと判明する。暴走して皆の性別を入れ替えてしまったその壺を元に戻すには、四つのパートからなる対抗呪文を唱えなければならない。しかし、その四つのパートはそれぞれ別の場所に隠されている。そこでリムルたちは荷物をまとめ、旅に出ることに。
だが、性別が入れ替わったことはリムルの問題の中でまだ序の口だった。女のベニマルは恥ずかしそうに「リムル様、可愛すぎて痛い」と囁き続ける。女のシュウジ(ソウエイ)は体がどうであれ変わらぬ忠誠を静かに告白する。ミリムは「離れたら呪いが悪化する」というでたらめな理由でリムルの腕にしがみつく。男になったシュナは遠くから静かに「ちょっと…羨ましいのかも」とつぶやきながら、誰かがリムルに近づくたびに見守っている。
四人のライバルが激しくリムルを追いかける中、リムルの旅はノ
スライムと呪いと恋の修羅場 - 帰れ、首都へ——大賢者よ、今こそ目覚めろ!ぜんぶキミのせいで泣きそうだ
砂丘の空が白かった。
地平線の向こうから、砂煙が上がってきた。
リムルは岩陰から立ち上がって、その煙を見た。
旗が見える。テンペストの旗だ。
「[gentle]来ました」
ベニマルが隣に立った。傷だらけの腕に、応急処置の布が巻いてある。それでも立ち姿は揺れない。
増援隊だった。シュナが送り込んだリザードマンの部隊——八名が、担架と補給物資を持って駆けてきた。先頭の隊員がリムルの顔を見て、深く頭を下げる。
「[serious]ご無事で。シュナ様からのご伝言です。一刻も早くお戻りください」
「ありがとう。急いで出発しましょう」
ソウエイを担架に移した。意識は飛び飛びで、担架の端を片手でつかんだまま目を閉じている。ミリムは担架の隣で歩こうとして、足がふらついてリムルの腕につかまった。
「[gentle]オレ歩けるじゃん」
「[sarcastic]今すぐ倒れそうな人の台詞じゃないよ、それ」
「倒れてないじゃん!」
そのまま、首都リムルスへ。
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帰路は半日かかった。
大森林ジュラの緑が戻ってくると、空気が変わった。乾いた砂の匂いから、湿った葉と土の匂いに。ミリムは途中から担架の端に乗って眠り始めた。小さな体が揺れるたびに、担架の隊員が気を遣って歩幅を細かくしている。
リムルは馬の上で、目を閉じた。
大賢者。
呼びかける。
——沈黙。
また呼びかける。断片的な数値が流れる。応答ではない。機械が止まりかけた時のような、ぶつ切りの信号だ。
(もうちょっとなんだけどな)
リムルが目を開けると、ベニマルが横を歩いていた。リムルの視線に気づいて、ベニマルが前を向いたまま言った。
「[cold]そのうち戻ります。リムル様が余計なことを考えなければ」
「[surprised]余計なこと……って何のこと?」
「……」
黙った。
リムルは首を傾けた。
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途中、小さな宿場の村で一度休憩を取った。
隊員たちがソウエイの包帯を替えている間、リムルはベニマルを捕まえた。
「[serious]ちょっと来てください」
「何でしょうか」
「座って」
「別に大丈夫で——」
「座ってください」
声を一段低くしたら、ベニマルが黙って木の椅子に腰を下ろした。
リムルは宿場の女将から借りた布と薬草の煮汁を持って、ベニマルの前に膝をついた。ベニマルの腕の応急処置を解く。砂嵐の中で受けた傷が、いくつも走っている。
「[serious]……痛くないと思ってたわけじゃないですよね」
「[cold]痛くありません」
「嘘つかなくていいです」
「……」
「まぁまぁ、じっとしてて」
薬草の汁を傷口に当てると、ベニマルの肩が少しだけ固まった。痛いくせに、声を出さない。そういう人だ。リムルは黙って包帯を巻いた。
静かな時間が流れた。
ベニマルが、ぽつりと言った。
「[whispers]……心配、させてしまいましたか」
リムルは手を止めた。
包帯を結ぶ手が、少し震えた。ベニマルが砂嵐に飛び込んだ時のこと。倒れかけたミリムを抑えた時のこと。傷だらけの体でずっと立っていたこと。
「[sad]……ちょっとね」
それだけ言った。泣きそうではなかった。でも声が少し、うまく出なかった。
ベニマルが、一瞬固まった。
「[serious]す、すみません。次は絶対に庇います、リムル様を——」
「庇われたくないです」
「え」
「一緒に戦いたいんです。庇われる側じゃなくて」
「それは……でも、危険が——」
「ベニマルだって危険でしょう」
「私は別に——」
「別にじゃないです!!」
つい声が大きくなった。ベニマルが目を丸くした。リムルも少し驚いた。
「……まぁまぁ、そんなに怒らないで」
「今のはリムル様が怒ったんじゃないですか?」
「……怒ってないです」
「怒ってました」
二人とも、少しの間、黙った。
それからどちらからともなく、笑いが混じってきた。リムルが先に吹き出して、ベニマルが呆れたような顔をしながらも口元が緩んだ。
「[gentle]……包帯、ありがとうございます」
「どういたしまして」
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首都リムルスが見えてきた夕方。
嵐宮殿の石壁が、傾いた日差しに橙色に染まっていた。
地下遺構の入口——嵐宮殿の東裏手、石畳が少し沈んだ場所——の前に、人が立っていた。
白い髪。片目を隠すように横に流した前髪。深い銀色の瞳。身長は高い。178センチの体が、二人の人物の前に静かに立っている。
「[cold]お帰りなさい」
声は穏やかだった。穏やかすぎた。目が全く笑っていない。
足元には、二人が倒れている。ヴェルデの仲間——どちらも見知らぬ顔——が、石畳に這いつくばったまま動けないでいる。魔法で関節を封じられている。シュナの仕業だ。
リムルはシュナの顔を見た。シュナの視線がベニマルへ流れた。
「[gentle]……ベニマル、無事ですか」
「[cold]ご覧の通りです」
「まぁ、仕方ないかな。無事なら良かったです」
短い間があった。
「……リムル様のそばにいたんですね」
「…………それが問題でしたか」
「問題とは言っていません」
「でも何か言いたそうな顔をしています」
「[sarcastic]ベニマルの活躍の報告は、後で私が聞いておきます」
「報告することは——」
「[serious]二人とも」
リムルが割って入った。
「ヴェルデは?」
シュナが表情を引き締めた。
「[serious]地下遺構の奥。三節分の呪文をすでに唱えています。あと一節で——」
リムルは動いていた。
「[serious]私が行きます」
「リムル様、大賢者がまだ——」
「止める間に、唱え終わる」
地下への石段を、駆け下りた。
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地下十五メートル。
嵐宮殿の地下遺構——古代魔導文明期の石造りの空間——は、息が詰まるほど濃い魔素に満ちていた。地上の十倍以上。足を踏み入れた瞬間、肌がじりりとした。
ランプなしでも見える。石壁が薄く発光している。
奥の石室。
扉を蹴破った。
「[cold]——やはり来ましたか」
ウラガエシのツボが、台座の上に置かれていた。高さ四十センチ。黒曜石に似た素材。表面が、かすかに波打っている。
その前に、ヴェルデが立っていた。砂丘で見た穏やかな顔のまま。笑みを浮かべたまま。
「[cold]第三節まで、終わりました。あと一節です」
リムルは石室の入口に立ったまま、大賢者を呼んだ。
——沈黙。
呼んだ。また呼んだ。断片的な数値。
武装展開。半分の出力しか出ない。
(それでもやるしかない)
「[serious]第四節は何ですか」
「[cold]聞きたいですか。教えましょう」
ヴェルデがツボから一歩下がって、リムルと向き合った。
「[cold]第四節は、場所に記録されていません。唱える者の心の中で最も強く燃えている想い——それ自体が、呪文になります」
リムルは黙って聞いた。
「[cold]私の場合は……すべての生物の体を、意のままに変えたい。その欲望が、私の第四節です。それを声に出せば、ツボは完全に私のものになる」
「[serious]そうはさせません」
「[cold]では、止めてみてください」
ヴェルデが口を開いた。
呪文の出だし——
その瞬間だった。
リムルの胸の奥で、何かが、はじけた。
《——解析完了》
頭の中に声が響いた。
大賢者だ。
《封印は外部から破るものではありませんでした。リムル様の感情の高まりが、封印の鍵でした。今この瞬間の想い——それが引き金です》
(感情の高まり……今この瞬間の)
リムルは、気づいた。
第四節は、自分の中にある。
「[angry]ヴェルデ!!」
ヴェルデより先に動いた。
石室を横切る。ヴェルデが魔法を放った——
上から轟音。
地上からシュナの魔法が床を貫いて、ヴェルデの足元を焼いた。続けてベニマルが石壁を蹴破って降りてきた。ヴェルデの視線がそれて——リムルがツボの前に立った。
ツボが、近い。
一節目。息を吸って、唱える。
二節目。ヴェルデが叫ぶ声がする。ベニマルが遮断している音がする。
三節目。声がかすれた。それでも出した。
第四節。
何を言えばいい。
(わかってる)
リムルは目を閉じた。
砂丘の岩陰で、傷だらけの手で膝をついたベニマル。
担架の上で意識が飛び飛びのまま呟いたソウエイ。
膝の上で眠り続けたミリムの小さな体の重さ。
首都で待ち続けて、おかえりなさいと言ったシュナ。
どれが一番大切か、わからない。
どれが一番強いか、わからない。
でも全部、本当だ。
「——全部だよ。全員が、大事なんだ!!」
叫んだ。
ウラガエシのツボが、白く光った。
強く。
もっと強く。
ズッ——ン!!
石室全体が震えた。台座の上でツボが振動して、その光が波のように広がって——静かに、沈黙した。
光が、消えた。
ツボは元のまま台座に座っている。でも、あの波打つ感じがない。ただの、古い壺だ。
リムルは立っていた。息が荒い。膝が笑っている。でも倒れなかった。
石室が静かだった。
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地上に出ると、首都がざわめいていた。
「[surprised]あれ、なんか……体の感じが変わった!?」
「[excited]戻ってきてる!ちゃんと戻ってきてる!!」
ガラテア広場の方から歓声が上がる。住民たちが自分の手を見て、顔を触って、騒いでいる。
変化が、元に戻り始めていた。
《完全に元に戻るまで、数日かかります》
大賢者が、静かに告げた。完全に戻ってきた声だ。リムルはその声を聞いて、胸の奥でほっとした。
(まだしばらく銀髪美少女のままか……)
脱力しながら石段を上がると、シュナとベニマルが侵入者二人を縛り上げていた。
その少し離れた場所で——
ドタッ。
担架から何かが落ちる音がした。
全員が振り返った。
ソウエイが担架から転がり出て、石畳に片膝をついていた。動けないはずだった。左腕を床についたまま、右腕だけでヴェルデの足首をつかんでいる。ヴェルデが逃げようとして、固まった。
「[cold]……そういうことです」
顔が青白い。でも手は離さない。
ベニマルが即座に飛んで、ヴェルデの腕を押さえた。
「[angry]ソウエイ、無理するな!!」
「[cold]動けなかったのは半分本当です。半分は演技でした」
「どっちだよ!!」
観念したように、ヴェルデが床に座り込んだ。
ミリムが走り寄ってきた。リムルに真っ直ぐ突進して、腰にしがみついた。
「[excited]リムルーー!!すごかった!!なんか光ったじゃん!!オレも見てたじゃん!!」
「[laughing]どこで見てたの」
「[excited]石室の外!シュナが入れてくれなかったから穴から!!」
シュナが軽く咳払いをした。
夕日が首都の石畳を染めていた。オレンジ色。長い影が伸びる。
四人——五人が、嵐宮殿の外に立っていた。
しばらく誰も何も言わなかった。
それからシュナが、リムルの横に並んだ。
「[gentle]お疲れ様でした」
「ありがとう、シュナ。待たせてごめんなさい」
「まぁ、仕方ないかな」
それから、ベニマルをちらりと見た。
ベニマルは何も言わなかった。
「[cold]……リムル様」
担架に戻されたソウエイが、静かに口を開いた。
「[cold]第四節に、私の名前も入っていましたか」
リムルは止まった。
「[gentle]……全員分だよ」
「[cold]……それはつまり、全員と同等ということですね」
場が、しんとなった。
ミリムがリムルの腰にしがみついたまま、じっとリムルを見上げている。ベニマルが腕を組んで前を向いた。シュナが少し顔を逸らした。
リムルは四人を見た。
(何て答えればいいんだろう)
でも正直に言うしかない。
「[gentle]それぞれ、ちゃんと大切だって思ってるよ。全員のことが」
四人が、全員、別の方向を向いた。同時に。
誰も何も言わなかった。
《——補足解析。リムル様の発言により、四者の心拍数が同時に上昇しています。有意な相関が確認されました》
リムルは頭を抱えた。
「[sarcastic]大賢者、それ今必要な情報じゃないです!!」
《有用な情報と判断しました》
「全然有用じゃない!!」
広場から、また歓声が聞こえた。
体が戻り始めた住民たちの、嬉しそうな声が。
ウラガエシのツボの騒動は、今夜収まる。でも完全に元に戻るまで、数日かかる。
そして四人への気持ちの答えは——リムルの胸の中で、まだ、宙ぶらりんのまま残っている。