もしもナルトが九尾を選んでいたら
あの日、終末の谷で、ナルト(うずまきナルト)は違う選択をした。
地面に倒れ込み、サスケが大蛇丸のもとへ歩き去るのを見送る中、ナルトの頭の中に声が響いた。九尾の狐だ。ずっと重荷だったはずのその狐が、今や手を差し伸べてきた。「俺の力を使え。怒りをくれ。まだ奴を止められる。」
ナルトはその手を掴んだ。
しかしサスケは止まらなかった。九尾のチャクラが体を駆け巡っても、ナルトは勝てなかった。サスケは見下ろし、囁いた。「お前にはまだ俺に勝てない。」そして姿を消した。
ナルトは傷だらけで木ノ葉に連れ戻された。しかし何かが変わっていた。九尾の力を使った感覚が体に残っていた。感情が高ぶるたびに狐がざわめき、チャクラが震えた。自分の体が完全に自分のものではないように感じ、それが彼を恐れさせた。
綱手ははっきりと言った。「体を調べた。九尾との繋がりが変わっている。このまま放っておくと、自分を失うかもしれない。」
ナルトはどうすればいいかわからなかった。サスケを追いたかった。でも先に自分が壊れてしまうかもしれない。螺旋丸も足りない。仙人モードはまだ遠い夢だった。
そんな時、一人の少女が現れた。コ
もしもナルトが九尾を選んでいたら - 記憶なき少女——木漏れ日の中の出会い
木ノ葉病院の廊下は、消毒の匂いがした。
白い壁、白い床、窓から差し込む朝の光。ナルトは退院の荷物——といっても着替えと小さなポーチだけ——を抱えて廊下に立っていた。病室のドアを背に、靴紐を結びなおす。右腕はもう添え木が外れている。骨折の回復は早かった。
(やっと出られる)
そう思いながら廊下の窓の外を見ると、木ノ葉の里が広がっていた。火影岩。商店街の屋根。アカデミーの建物。全部いつも通りだ。
「[serious]待て、ナルト」
声がかかった。
振り返ると、五代目火影・綱手が廊下の端に立っていた。金色の長い髪を二つにまとめて、今日は白衣ではなく火影の装束に近い格好をしている。その顔が、いつもの豪快な表情じゃない。眉間に細い皺が寄って、目が真剣だった。
ナルトはちょっとだけ身構えた。
「[serious]封印の状態は昨日話した通りだ。感情が高ぶると九尾のチャクラが漏れる閾値が、以前より大幅に下がってる。それは分かってるな」
「[serious]分かってます」
「[serious]怒り、悲しみ、強い興奮——そういう感情の揺れが、封印の綻びを広げる引き金になる。今は感情を激しく動かすな。それが命令だ」
命令。
その言葉がナルトの耳の中で転がった。感情を抑えろ。忍に、それを命令する。
(感情を抑えろって……忍にそれはキツすぎる)
でも口には出さなかった。綱手の目が本気だったから。冗談や建前じゃない、本当に心配している目だったから。
「[serious]分かりました」
「よし」
綱手は一度だけナルトの額当てに目をやってから、背を向けた。去り際に、小さく言った。
「[gentle]……気をつけろよ」
その声が、廊下に残った。
ナルトは荷物を持ち直して、外へ向かった。腹の奥に、じわりとした熱がある。封印の痛みじゃない。ただ、そこにいる感覚。九尾の存在。終末の谷の戦い以来、この熱が消えたことがない。
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木ノ葉の商店街は、朝から人が多かった。
石畳の上を歩く人々。野菜を売る声、子供が走り回る音、どこかから漂ってくる焼き魚の匂い。全部懐かしい。全部いつも通り。
でも何かが違う。
ナルトはそれにすぐ気づいた。
視線だ。
通りすがりのおじさんが、ナルトの顔を一瞥して——すっと目をそらした。八百屋の前で立ち話をしていた女の人二人が、ナルトが近づくとさっと声を小さくした。子供連れの親が、ナルトの前を歩いていたのに、急にルートを変えた。
(また、か)
ナルトは前を向いたまま歩き続けた。こういう視線には慣れている。12年間、ずっと慣れてきた。
でも今日は、何か違った。いつもより、重い。
終末の谷でのことが、里に広まっていた。50km圏内のチャクラ感知型忍者が全員検知できるほどの九尾のチャクラを、ナルトはあの戦いで放出した。その情報がどこかから漏れて、「あのガキがまた暴走した」という噂になっている。ナルト自身は里の中でその噂を直接聞いたわけじゃないけど、この視線が全部物語っていた。
一楽ラーメンの赤いのれんが見えたとき、ナルトは少しだけ足が速くなった。
「[excited]おう、退院したか!」
カウンターの奥から、テウチの声がした。60代のがっしりした体格の店主が、鍋をかき混ぜながら振り返って、いつもの顔で笑った。変わらない。この顔だけは変わらない。
「[excited]味噌で合ってるか?」
「[excited]当たり前じゃないっすか!」
カウンター席に腰を下ろす。8席しかないこじんまりした屋台。今日は平日の朝なので、先客は2人。一人は顔見知りの中年の男だった。
男がナルトの顔を見た。
次の瞬間、無言で立ち上がった。丼の半分以上ラーメンが残っているのに、財布から金を出してカウンターに置いて、一言も喋らずに外へ出ていった。
カランと、暖簾が揺れた。
テウチが鍋を向こうに向けて、少しだけ背中を丸めた。気まずそうに、何も言わない。
(……ああ、そういうことか)
ナルトは箸を持ったまま、カウンターの木目を見た。
今日はなぜかいつもよりずっと堪えた。慣れているはずなのに。12年間ずっと慣れてきたはずなのに。腹の奥の熱が、ほんのわずかに強くなった。感情が動いた証拠だ。
テウチがカウンターの下から丼を取り出して、ナルトの前にドンと置いた。
「チャーシュー、倍にしといたぞ」
声は小さかった。でもいつものぶっきらぼうな口調だった。
ナルトは丼を見た。チャーシューが4枚、山盛りになっている。
「[gentle]……ありがとう、おやっさん」
苦笑いが出た。本当に、この人は変わらない。
ラーメンをすすった。熱くて、濃くて、しょっぱくて——うまかった。これだけは確かだ。
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一楽を出てから、ナルトは第三演習場へ向かった。
里の南東、外壁内側の森林区画。3本の丸太杭が目印の、第七班がずっと使ってきた場所。今日は誰もいない。午前の日差しが木々の間から差し込んで、地面に光の斑点を作っている。
ナルトは丸太の前に立った。
(とにかく、動かないと)
体を動かしていれば、余計なことを考えなくて済む。あの男が席を立った場面とか、通りすがりの視線とか、綱手の「感情を抑えろ」という命令とか——全部、動いていれば頭から追い出せる。
「影分身の術!」
手印を結ぶ。チャクラを練る。
——何かがおかしかった。
チャクラの流れが、まとまらない。いつもはすっと集まってくる感覚があるのに、今日は流れがバラバラで、手の中でチャクラが滑っていくみたいだ。
ぼんやりとした白いもや。それが2体、かたちにならないまま空気に溶けた。
(え……)
もう一度。手印をより丁寧に結んで、呼吸を整えてから。
「影分身の術!」
同じだった。白いもやが揺れて、消える。
封印の影響だ。終末の谷で九尾のチャクラを大量に引き出してから、封印に綻びが生じている。その綻びのせいで、自分のチャクラの流れが歪んでいる。影分身を作るのに影分身のチャクラが使えない——螺旋丸を練るための影分身が出せない。
右掌でチャクラを圧縮しようとした。球状に回転させる、あの感覚。螺旋丸——四代目火影が開発したA級の術だ。片手では形成できないから影分身の補助が必要なのに、その影分身すら出ない。
球が崩れた。チャクラが霧散する。
(なんで……こんなはずじゃ……)
何度やっても同じだった。チャクラが言うことを聞かない。まるで自分の体じゃないみたいに。
焦りが積み上がった。焦りが怒りに変わり、悔しさに変わる。そのたびに腹の奥の熱が上がっていく感覚がある。感情が揺れるたびに、封印が反応する。
(分かってる。落ち着かないと。綱手サマに言われた)
でも止められなかった。
腹の中の何かが疼いた。
次の瞬間、右腕が赤くなった。
赤黒いチャクラが皮膚の上に湧いてきて、腕全体を覆う。熱い。焼けるみたいに熱い。制御が追いつかないまま、ナルトの右腕が横なぎに振れた——意識してそうしたわけじゃない。体が勝手に動いた。
轟音。
3本の丸太杭と、近くの木が4本、まとめてなぎ倒された。木が折れる音、根が引き抜かれる音、土が舞い上がる音。演習場の一角がぐちゃぐちゃになった。
ナルトは自分の右腕を見た。
赤いチャクラが、ゆっくりと引いていく。腕の皮膚が、火傷に近い熱さを持っている。
震えていた。
(これが……俺の腕か?)
自分がやったのに、自分じゃないみたいだった。怪物みたいだ、と思った。12年間、里の大人たちが自分を見てきた目——あの目の意味が、少し分かった気がして、余計に怖かった。
そのとき、気配があった。
倒れた木の陰。
そこから、人の気配がした。
ナルトは顔を上げた。
木の幹に背中を預けて、地面に座り込んでいる誰かがいた。倒れた木のせいで姿が見えにくかったけど、腕が動いた。生きている。
ナルトは駆け寄った。
少女だった。
白い髪をボブカットに切った、16歳くらいの少女。服は何日も着たままのようにぼろぼろで、泥だらけだ。額に小さな切り傷がある。足は裸足で、傷だらけ。右耳に銀のイヤリングだけが、なぜかきれいな状態でついている。
歩き方が——座り込んでいても分かる、その佇まいが——不思議なくらい優雅だった。ぼろぼろなのに、姿勢がまっすぐだ。
その目がナルトを見た。
片方が金色で、もう片方が青い、オッドアイ。傷だらけの体と不釣り合いなくらい、澄んでいて、まっすぐだった。
「[serious]……あなたの中に、何かいますね」
ナルトは一歩引いた。
「[serious]大きくて、熱くて。すごく……怒っている何かが」
声は静かだった。脅えていない。断定するわけでもない。ただ、見えているものをそのまま言葉にしているような口調だった。
(九尾の……こと、言ってんのか。なんで分かる。初対面なのに!)
ナルトは少女の顔をじっと見た。冗談を言っているわけじゃない。試しているわけでもない。本当に、「感じた」から言っている顔だ。
(コイツ……何者だ)
その瞬間、少女がふらっと傾いた。体が崩れるように横に倒れかかる。ナルトは反射的に腕を伸ばして、肩を支えた。
体が軽かった。ほとんど何も食べていないんじゃないかと思うくらい。
「[scared]おい、大丈夫か!?」
「[gentle]……大丈夫、です。少し、立てなくて」
「名前は? どっから来た?」
少女は少しだけ間を置いた。
「[serious]コハル、と言います。それ以外は……覚えていません」
「覚えてない?」
「[sad]目が覚めたら、木ノ葉の森の中で倒れていました。追われているような感覚だけが、ある気がして。でも誰に、なぜ——それも、分かりません」
ナルトは少女——コハルを見た。
(放っておけるわけがない)
何も考える前に、もう体が動いていた。
「[serious]行くぞ。医者に連れてく」
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木ノ葉病院に連れ帰ると、綱手は廊下でナルトの顔を見て「退院して何時間経った?」と呆れた顔をした。でも診察室でコハルの様子を確認すると、すぐに真剣な顔になった。
医療チャクラの淡い緑色の光が、コハルの体に沿って流れる。綱手の手が、ゆっくりとコハルの腹から胸、頭部へと移動した。
「[serious]……面白いな」
「[serious]面白いってどういうことっすか」
「[serious]チャクラの流れが、通常とは全く異なる。経路の走り方が……普通の人間じゃない」
「[serious]記憶喪失の原因は?」
「[serious]外傷じゃない。術を受けた痕跡もない——少なくとも表面上は。原因不明だ」
コハルは診察台に座って、綱手の手を静かに受け入れていた。怖がっていない。ただ、自分の体で起きていることを観察しているような目で、淡々としている。
「[serious]あなたが怖くないのか?」
「[gentle]何がですか?」
「[serious]自分の記憶がないことが」
コハルは少しだけ考えてから、答えた。
「[serious]怖い、というより……早く取り戻したいと思っています。自分が誰なのか知らないのは、不思議な感じがしますから」
綱手が手を引いた。眉間の皺が深い。
「[serious]今すぐ危険な存在とは断定できない。ただ、チャクラの構造は謎だ。何かが分かるまで監視が必要だ」
診察室が静かになった。コハルに行く当てがないことは、3人全員が分かっていた。
ナルトはしばらく考えた。
(どうする。でも——放っておけない。この感じは、なんか昔の自分みたいだ。一人で、行き場もなくて)
「[serious]俺のアパートの隣、空き部屋なんですよ。しばらく泊まっていいっすか」
綱手が目を閉じて、大きくため息をついた。
「[sarcastic]……お前ね」
「[serious]でも他に行くとこないでしょ。野宿させるわけにもいかないし」
「[serious]……暗部に監視させる。それが条件だ」
ナルトは「分かった」と答えた。コハルは小さく頭を下げた。
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夜になった。
里の東区、古い集合住宅の廊下。窓から火影岩が見える位置に、ナルトとコハルは並んで腰かけていた。
近所の商店で買ってきた惣菜が、二人の間に並んでいる。揚げ物と、安い煮物と、おにぎりが二個。合わせても600両もしない夕飯だ。
コハルは——きれいに食べていた。急がず、ゆっくり、でも確実に。よほど腹が減っていたはずなのに、がっつく感じが全くない。どこかで、そういう所作を叩き込まれたのかもしれない。
「[serious]名前がコハルって分かってんなら、何か他に覚えてることないのか?」
コハルは揚げ物を口に運んでから、少し考えた。
「[serious]暗い場所にいた気がします。広くて、静かで……誰かの声が聞こえていたような」
「[serious]誰の声?」
「[sad]分かりません。男の人か、女の人かも」
ナルトはおにぎりをかじった。塩味。素朴な味。
「[serious]それと——」
コハルが続けた。
「[serious]あなたみたいな感じの熱を、前に感じたことがある気がします」
「[surprised]俺みたいな感じ?」
「[serious]あなたの中の……あれ。九尾って言うんですか」
ナルトは危うくおにぎりを落としそうになった。
(名前まで知ってんのか!? なんで!? さっきは「大きくて怒っている何か」って言ってたのに!)
「[surprised]な、なんで知ってんだよ、その名前」
コハルは少しだけ首を傾けた。
「[serious]あなたが怖がっていたのが分かったから。演習場で、自分の腕を見て震えていたでしょう。だから……色々と感じようとしてみました」
ナルトは何も言えなかった。
怖がっていた。見られていた。その通りだった。
コハルが少し小さな声になった。
「[gentle]怖がらなくていいと思います」
「え?」
「[gentle]だって——あなた自身は、全然怖くないもの」
静かな廊下に、その言葉が残った。
ナルトは返す言葉が見つからなかった。
(なんだこいつ……なんで初対面でそんなことが言えるんだよ)
今日一日のことが頭の中を流れた。病院の廊下、商店街の視線、席を立った男、演習場での暴走、震えた自分の腕。全部が重くのしかかってた。でもその言葉が——ほんの少しだけ、その重さを軽くした。ほんの少しだけ。
ナルトは顔を上げて、窓の外を見た。
火影岩。歴代火影の顔が岩に刻まれた、あの岩。四代目の顔もそこにある。命と引き換えに九尾を封印した人の顔が。
(俺は怖くない、か)
そう言われたことが、ある種の不思議な感触を残した。信じていいのかも分からない。でも悪い気はしなかった。むしろ、胸の真ん中がじわりと温かくなる感じがした。
「[gentle]……そう思いませんか?」
コハルが、いつもの口癖みたいにそう付け加えた。
ナルトは少しだけ笑った。
「[laughing]お前、変な奴だな」
「[gentle]よく言われます。記憶はないですが、なぜかそれだけは確信があります」
二人の間に、静かな空気が流れた。
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同じ夜。
ナルトのアパートから数十メートル先、隣の建物の屋根の上。
黒装束の男が、膝をついてじっとアパートを観察していた。
黒髪に赤いメッシュが入った短髪。薄い灰色の目が、暗がりの中でアパートの廊下をとらえている。身長は高く、体つきは引き締まっている。左手の甲に、小さな刺青がある——カゲヌイ衆の紋様だ。
コダチ。カゲヌイ衆の偵察担当。元木ノ葉の中忍、感知タイプ。
12年前の九尾襲撃事件でこの男は家族を全員失っている。それが、この男がカゲヌイ衆にいる理由だ。
今日の監視記録は多かった。
退院後に一楽ラーメンへ向かったこと。演習場での訓練——その最中のチャクラ制御の乱れ。そして赤黒い九尾チャクラの漏出と、演習場の木々をなぎ倒した一瞬。コダチは全部、頭の中に刻み込んでいる。
そして——突然現れた少女。
コダチはコートの内側から小型の感知石を取り出した。終末の谷でも使ったのと同じ、チャクラの波動を感知・記録できる特殊な石だ。アパートの方向にかざす。
少女のチャクラが——流れる。
(……これは)
薄い灰色の目が、わずかに細くなった。少女のチャクラの流れが、通常の人間のものとは微妙に異なる。経路の走り方、波動のパターン。綱手が「面白い」と言った理由が、コダチには感知として理解できた。
普通じゃない。
立ち上がる。暗闇の中、音もなく。
コダチは小さく呟いた。
「[cold]標的に接触者あり。身元不明の少女。チャクラ構造に異常。……報告する」
屋根から飛び降りる。音がしない。夜の里の闇に、その姿が溶けるように消えた。
廊下では、ナルトとコハルがまだ並んで座っていた。火影岩を見上げながら、静かに。
その穏やかな光景の裏側で、もう敵の目が動き始めていた。