もしもナルトが九尾を選んでいたら
あの日、終末の谷で、ナルト(うずまきナルト)は違う選択をした。
地面に倒れ込み、サスケが大蛇丸のもとへ歩き去るのを見送る中、ナルトの頭の中に声が響いた。九尾の狐だ。ずっと重荷だったはずのその狐が、今や手を差し伸べてきた。「俺の力を使え。怒りをくれ。まだ奴を止められる。」
ナルトはその手を掴んだ。
しかしサスケは止まらなかった。九尾のチャクラが体を駆け巡っても、ナルトは勝てなかった。サスケは見下ろし、囁いた。「お前にはまだ俺に勝てない。」そして姿を消した。
ナルトは傷だらけで木ノ葉に連れ戻された。しかし何かが変わっていた。九尾の力を使った感覚が体に残っていた。感情が高ぶるたびに狐がざわめき、チャクラが震えた。自分の体が完全に自分のものではないように感じ、それが彼を恐れさせた。
綱手ははっきりと言った。「体を調べた。九尾との繋がりが変わっている。このまま放っておくと、自分を失うかもしれない。」
ナルトはどうすればいいかわからなかった。サスケを追いたかった。でも先に自分が壊れてしまうかもしれない。螺旋丸も足りない。仙人モードはまだ遠い夢だった。
そんな時、一人の少女が現れた。コ
もしもナルトが九尾を選んでいたら - 夜明けの螺旋丸——俺はうずまきナルトだ!!
裏山の岩場に、夜明け前の風が吹いていた。
まだ暗い。東の空が、ほんの少しだけ灰色に変わり始めているけど、太陽はまだ出てこない。
ナルトは岩の上で膝を抱えたまま、ずっとそこにいた。
体のあちこちが痛い。昨夜コダチに言われた言葉が、まだ頭の中でぐるぐる回っている。
——『人柱力は排除すべきだ』。
ツバキも、コダチも。最初から敵だった。信じていた護衛が全員、カゲヌイ衆のメンバーだった。コハルは今、どこかで怖がっている。自分は九尾の力が暴走しそうになって、床に崩れ落ちた。
(もう……誰を信じればいいんだよ)
あの叫びが、自分の声だったとは思えなかった。情けなかった。弱かった。
ナルトは頬に手を当てた。乾いた泥がついていた。いつ転んだのかも覚えていない。
「……寒いな」
誰にでもなく、ひとりごとを言った。
足音が聞こえた。
音がしない——というより、ほとんど音がしない。草を踏む音が、普通の人間とは違う。それが誰か、分かった。
カカシだった。
いつもの縦縞のジョンベを着て、マスクを上げたまま、音もなく岩の横に腰を下ろした。飄々とした雰囲気がない。片目が——写輪眼を隠した左目が閉じたまま、右の黒い目だけが、夜明け前の暗い空を見ていた。
「……先生」
「ここにいると思った」
短く答えて、黙った。責めない。慰めもしない。ただ隣に座った。
しばらく、二人とも何も言わなかった。風の音だけがした。
カカシがゆっくり口を開いた。
「[serious]一つ、話してもいいか」
ナルトは顔を上げなかった。でも黙って聞いた。
「[serious]俺が13歳の時……任務で、同期の仲間を目の前で死なせた」
ナルトの体が、少し固まった。
「[serious]その後、親友を。最後に……師匠を失った。立て続けに、全員」
声が静かだった。感情を押し込んでいるわけじゃない。ただ、本当に静かだった。長い時間をかけて、ようやく静かに語れるようになった、そういう静けさだった。
「[serious]あの頃の俺は……お前より全然ひどかった。人を信じることが怖くて、任務のことしか考えられなかった。自分だけが生き残ることへの罪悪感で、まともに飯も食えなかった」
ナルトは膝を抱えた手に、力が入った。
「[serious]それでも立ち上がれたのは……残った絆を、信じたからだ」
少し間があった。
「[serious]お前の中に九尾がいる。それは本当のことだ。でも——それはお前じゃない。お前はお前だ、ナルト」
その言葉が、胸の真ん中に刺さった。
すーっと、奥まで入ってきた。
(お前はお前だ)
誰も、そんな言い方をしてくれたことがなかった。怪物だと言う人間も、気の毒だと言う人間も、どっちも「九尾の人柱力」として見ていた。でもカカシは今、ただ「お前はナルトだ」と言った。
涙が一筋、頬を流れた。
ナルトは袖でぐいっと拭った。
「[serious]……先生も、そういう夜があったんすね」
「[serious]あった。今でも、たまに思い出す」
ナルトは深く息を吐いた。
立ち上がろうとした。
ズン、と右足に痺れが来た。
「っわ——」
よろけた。岩から落ちそうになったところを、カカシに肩を掴まれた。
「[gentle]大丈夫か」
「[excited]大丈夫っすよ! 足が痺れただけで! 変な座り方してたんで! 全然弱ってないです!!」
カカシが小さく息を吐いた。笑っているのかどうかはマスクで分からない。でも目が、少しだけ細くなった。
「……そうか」
その「そうか」が、何となく温かかった。
——その時。カカシの懐で、小さな印が光った。
火影直轄の伝令術——綱手からだ。
カカシが素早く読んだ。
表情が変わった。
「[serious]ナルト」
「何すか」
「[serious]暗部の独自調査でカゲヌイ衆のアジトが特定された。里の北東区、旧暗部訓練施設——通称ネノクニ——の地下3階だ。コハルの生存が確認されている」
ナルトの体が弾けた。
「[excited]行く!!」
その場で走り出そうとした。カカシが肩を掴んだ。
「[serious]一人で突っ込むな。罠だらけのはずだ」
ナルトは止まった。奥歯を噛んだ。でも、カカシの言葉が正しいことは分かった。
「[serious]呼んである。集合地点へ向かう」
里の東区の集合地点——旧暗部施設から離れた空き地——に、すでに二人が来ていた。
シカマルだった。奈良家の出で、いつも面倒くさそうにしている、でも頭の回転は里一番と言われる忍。今日はその面倒くさそうな目が、真剣だった。隣に、サクラがいた。医療忍術を修めた同期で、ピンクの髪を後ろに束ねている。拳を軽く握ったまま、ナルトを見た。
「[serious]絶対助け出すから」
普通なら照れたかもしれない。でも今のナルトは、真剣な顔でうなずいた。
頭の中に、コハルの声がよみがえった。
——『怖がらなくていいと思う。あなた自身は、怖くない』。
握った拳に、力が入った。
シカマルが地面に指を走らせながら喋り始めた。
「[serious]施設の構造は把握してある。地下への入口は、表向きは閉鎖された倉庫の床下。カカシさんが陽動で入口の番人を制圧。俺が通路の罠を影縛りで処理する。サクラは後方で医療忍術待機。ナルトが最深部へ突入。以上だ」
「[serious]問題ない」
「[serious]了解」
短く答えた。
四人が動いた。
———
旧暗部訓練施設——表向きは倉庫として閉鎖された建物は、里の北東区のはずれにあった。雑草が壁を覆い、窓は板で塞がれている。昼間でも人が近づかない場所だ。
カカシが先に動いた。
入口の番人——覆面をした忍が二人——の動きが、突然止まった。写輪眼の幻術だ。音もない。一瞬の仕事だった。
シカマルが床下の扉を開けた。
「[serious]行くぞ」
地下への通路は薄暗かった。松明の残り火がわずかに壁を照らしている。空気が湿っていて、土の匂いがした。
「[serious]床に感知用の糸がある。上にも」
囁くように言った。
三人が静止した直後、シカマルの影が床を這った。
影縛り——シカマル固有の忍術で、影を操って相手の動きを完全に封じる——が、通路の奥に潜んでいた忍の足元に伸びた。
動きが止まる。
ナルトの影分身が二体、音もなく飛び込んだ。
ドン、と鈍い音。
敵が崩れ落ちた。
「[serious]偽装扉、左壁。二人いる」
写輪眼——コピー忍者カカシの左目は、一万の術を写し取ったと言われる——が壁の向こうを看破した。
ナルトの影分身がすでに動いていた。
壁が砕けた。待ち伏せの二人が、声を上げる間もなく制圧された。
通路を抜ける。
ナルトは走りながら思った。第三演習場でのあの頃とは違う。カカシ、シカマル、サクラ——三人がいる。それだけで、体に力が戻ってくる気がした。
最深部への重い鉄扉の前に、三人が止まった。
シカマルが扉を見て言った。
「[serious]この先は一本道すぎる。俺たちが入れる構造じゃない。ナルト、お前が行け」
「[serious]行ってこい」
短かった。それで十分だった。
ナルトは扉を蹴った。
ズアアン——!!
鉄の扉が吹き飛んだ。
———
広間だった。
天井が高い。松明が数本、壁に刺さって揺れている。土の床。崩れかけた柱。そして——中央に、一人が立っていた。
ツバキだった。
深紫色の長髪を後ろに束ねている。175cmの高身長。黒い戦闘服。左頬の深い刀傷。鋭い赤眼が、ナルトをまっすぐ見ていた。
第四話で見た、あの穏やかな笑顔は完全に消えていた。
「[cold]来ると思っていた」
懐から苦無を取り出した。指先でくるりと回す。
「[cold]12年前——九尾は私の弟を殺した。弟は7歳だった」
声が静かだった。怒鳴らない。でもその静けさが、怒鳴り声より重かった。
「[cold]お前が存在する限り、あの悲劇は繰り返される。だから——お前を消す。任務は遂行するのみだ」
ツバキが動いた。
速い。
暗部仕込みの体術——木ノ葉の暗部は、選抜された上忍クラスのみが入れる特殊部隊——が炸裂した。
苦無がナルトの右腕を切り裂いた。
「っ——!」
熱い痛みが走る。袖が赤く染まった。
次の瞬間、ワイヤーが体に巻き付いた。腕、胴体、締め上げる。動けない。
膝が折れそうになった。
でも——頭の中に声が浮かんだ。
コハルの声だ。
『来てくれると思ってた』、とコハルが言うかもしれない。怖がりながら、でも信じて待っているかもしれない。この施設のどこかに、まだいる。
(行かなきゃ)
怒りじゃない。恐怖でもない。
ただ、コハルを守りたい。
それだけだった。
ナルトの体の奥底から、何かが動いた。
九尾のチャクラだ。
赤いチャクラが全身を包む。体の表面が赤く輝く。でも——目は青いままだった。
瞳が赤くなっていない。
自分の意志で引き出している。コントロールしている。第三演習場でカカシと練習した、あの「守りたいという気持ちで引き出す」チャクラだ。
赤いチャクラがワイヤーを焼いた。
ジジジッ——!! ワイヤーが溶けて、ちぎれた。
ナルトが立ち上がった。
ツバキの赤眼が、わずかに細くなった。
「[serious]……暴走していない?」
「[angry]あんたの気持ちは分かる! 俺だって九尾が怖い! でも——」
チャクラが両手に集まった。高速で回転する。圧縮される。球になる。
螺旋丸——四代目火影が開発したA級忍術。チャクラを掌の上で高速回転させ、極限まで圧縮した一撃——が、ナルトの手の中で唸りを上げた。
「[angry]俺は怪物じゃない!! 俺はうずまきナルトだ!!!」
ツバキが防御に両腕を交差させた。
——ズドォォォン!!!
衝撃が広間に広がった。土埃が舞い上がる。松明の炎が揺れる。
ツバキの体が壁に叩きつけられた。
石壁にひびが入った。ツバキが崩れ落ちた。口から血が出た。
ゆっくりと、また立ち上がろうとした。
でもその前に——ツバキの赤眼が、ナルトを見た。
揺れていた。
憎悪の奥に、何か別のものがあった。ナルトの叫びが、何かに触れた。7歳で死んだ弟の顔が、ツバキの頭をよぎったのかもしれない。それがどんな感情だったか、ナルトには分からなかった。でも確かに、揺れていた。
その瞬間——
ドン、と重い音がした。
足元が揺れた。
壁のひびが広がる。天井から砂が落ちてくる。
施設全体が、揺れていた。
「[cold]……状況把握完了。爆破開始」
遠くから、コダチの声が聞こえた。
残存部隊が動いた——施設ごと破壊する気だ。
ナルトは走った。
ツバキは今、立ち上がれていない。でも仕留めきれていない。でもそれより先にやることがある。
コハルがいる。奥の部屋に、まだいる。
崩れ始めた天井から岩が落ちてくる。土埃が視界を塞ぐ。足元が揺れる。
ナルトは走り続けた。
(待ってろよ、コハル)
赤いチャクラが、まだ体の中で燃えていた。青い瞳のまま。暴走しないまま。
これが——俺の力だ。