もしもナルトが九尾を選んでいたら
あの日、終末の谷で、ナルト(うずまきナルト)は違う選択をした。
地面に倒れ込み、サスケが大蛇丸のもとへ歩き去るのを見送る中、ナルトの頭の中に声が響いた。九尾の狐だ。ずっと重荷だったはずのその狐が、今や手を差し伸べてきた。「俺の力を使え。怒りをくれ。まだ奴を止められる。」
ナルトはその手を掴んだ。
しかしサスケは止まらなかった。九尾のチャクラが体を駆け巡っても、ナルトは勝てなかった。サスケは見下ろし、囁いた。「お前にはまだ俺に勝てない。」そして姿を消した。
ナルトは傷だらけで木ノ葉に連れ戻された。しかし何かが変わっていた。九尾の力を使った感覚が体に残っていた。感情が高ぶるたびに狐がざわめき、チャクラが震えた。自分の体が完全に自分のものではないように感じ、それが彼を恐れさせた。
綱手ははっきりと言った。「体を調べた。九尾との繋がりが変わっている。このまま放っておくと、自分を失うかもしれない。」
ナルトはどうすればいいかわからなかった。サスケを追いたかった。でも先に自分が壊れてしまうかもしれない。螺旋丸も足りない。仙人モードはまだ遠い夢だった。
そんな時、一人の少女が現れた。コ
もしもナルトが九尾を選んでいたら - 夜明けの誓い——鎖を断ち、怪物じゃないと言ってくれた君へ
螺旋丸が壁を砕いた衝撃が、まだ腕の奥に残っていた。
ツバキの体が崩れ落ちた広間から、ナルトは奥へ走る。天井から土煙が落ちてくる。足元が揺れている。施設全体が今にも崩れそうな音を立てている。
(コハル、どこだ)
廊下を曲がる。また曲がる。松明の火が揺れ、影が躍る。右の鉄扉。蹴る。開かない。左の木の扉。蹴破った。暗い部屋。空だ。次。次の部屋。
その時、右手の奥に重い扉があった。
ナルトは全力で体当たりした。錆びた蝶番が悲鳴を上げて、扉が内側に吹き飛んだ。
暗かった。
松明が一本だけ壁に刺さって、弱い光を出している。土の床。低い天井。そして——
壁際に、白い髪があった。
コハルだった。
両手を壁の鎖に繋がれたまま、床にへたり込んでいる。顔が青白い。唇が乾いている。右耳の銀のイヤリングだけが、松明の光を反射してかすかに光っていた。
ナルトの足が止まった。一瞬だけ。
それから全力で駆け寄った。
膝をついた。コハルの顔が上がった。金色と青色のオッドアイが、ナルトの顔をまっすぐ捉えた。
その瞬間——コハルの目から涙がこぼれ落ちた。
「[crying]……来てくれると、思ってましたわ」
声が小さくかすれていた。それでも、確かにそう言った。
ナルトは喉が詰まった。何か言おうとした。でも言葉が出なかった。
かわりに口から出たのは——
「[serious]大丈夫か? 飯、食えてたか?」
コハルの目がぱちくりした。
涙が光る目で、コハルはナルトをじっと見た。
「[sarcastic]……今、それを聞きますか」
「[scared]あ、いや、だってほら、腹減ってたら力出ないし、その……」
「[gentle]……ありがとう。でも今は鎖をお願いします」
そうだった。ナルトは鎖に両手を当てた。右腕の奥から、赤いチャクラが熱く滲む。封印の熱が走る。掌に力を集める。
ガキン。
金属が悲鳴を上げて——ぶちんと、鎖が両手首から引きちぎれた。
その瞬間。
ドォン、という低い爆発音が施設全体に響いた。
続けて、また一発。また一発。
天井から砂が滝のように降り注ぐ。照明の松明が消えた。別の方向で何かが崩れる音がした。足元の震動が一気に強くなる。
(爆符だ。コダチが起動した)
ナルトはコハルの腕を掴んで立たせようとした。コハルの足がふらついた。2日間、水もろくに与えられなかったらしい。立てない。
「[serious]掴まれ」
コハルの腕を引いて、ナルトは背中を差し出した。
コハルがゆっくりとナルトの背中にしがみついた。
細い腕が、肩に回ってくる。耳元で、少し震えた息づかいが聞こえる。軽い体温が背中に伝わってくる。
(あったかい)
そう思った瞬間、天井の石がざらりと落ちてきて、ナルトは頭を庇いながら走り出した。今はそれどころじゃない。
廊下に出た。炎が壁を這い始めている。来た道が半分、崩れていた。
「[serious]右の通路、気配が薄いです」
背中の上で、コハルが絞り出すように言った。
「[serious]感知できるか? 今の状態で?」
「[serious]この程度なら」
コハルの「感知能力」——他者の体内の異質な存在を直感的に察知する力——が今ここで機能していた。ナルトは迷わず右に曲がった。
崩れかけた天井の梁が、真正面から落ちてきた。
ナルトは走ったまま、渾身の蹴りを叩き込んだ。梁がぶっ飛んで壁に刺さる。破片が頰と肩を打つ。熱い。血が出た気がしたが、止まっていられない。
炎が広がっている。煙が上から下りてくる。足元が揺れるたびに砂が降る。
それでも走った。ただ走った。
コハルの体温が背中にある。その温かさが、ナルトの足を動かし続けた。
——そして。
通路の先に、人影が立っていた。
ナルトは足を止めた。
コダチだった。
180cmの長身。黒髪に赤いメッシュの短髪。薄い灰色の目。左手の甲に、カゲヌイ衆の刺青が刻まれている。
いつもの無表情じゃなかった。
目の下に深い疲労がある。固く結んだ口元が、かすかに震えている。仮面の下に隠れていた何かが、今夜剥き出しになっていた。
「[cold]逃がすわけにはいかない」
声が静かだった。怒鳴らない。それが余計に重かった。
「[cold]俺の家族は、九尾に殺された。父も、母も、妹も——全員だ。お前が笑っている限り、俺は許せない」
苦無を構えて、踏み込んでくる。
ナルトはコハルを壁際の安全な場所に降ろした。
「[serious]動くな」
前に出た。
コダチが速い。忍刀術と体術を組み合わせた連撃が来る。苦無が腕を掠める。切れた。血が出る。次の踏み込みを体をひねって避ける。でも続く攻撃が横から来て、脇腹に重い衝撃が走る。
「ッ——」
それでもナルトは倒れない。踏ん張った。
コダチの目をまっすぐ見た。
(あの目——怒りじゃない。ずっと悲しんでる。12年間、ずっと)
「[serious]コダチ!」
戦いながら叫んだ。
「[serious]俺のせいで家族が死んだとは思ってねぇ! 九尾を封印された時、俺はまだ赤ん坊だった!」
コダチの攻撃の手が一瞬、ほんの一瞬だけ鈍った。
「[serious]でも——あんたの悲しみは本物だ。俺には分かる。だから俺は、絶対に暴走しない。九尾を制御してみせる。それが俺の、うずまきナルトとしての約束だ!!」
コダチの足が止まった。
薄い灰色の目が、ナルトを見た。
その瞬間——施設の奥から、今までより一段大きい爆発音が響いた。
天井が、来る。
頭上で巨大な石の梁がきしむ音がした。コダチの真上。
ナルトは右腕にチャクラを全部集めた。
赤い。熱い。でも——目は青いままだった。
瞳が赤くなっていない。制御できている。コントロールしている。
チャクラが掌の上で高速回転した。圧縮された。球になった。
螺旋丸が、ナルトの手の中で唸りを上げる。
「[angry]どけぇーーー!!!」
ズドォォォン!!!
落下してきた梁ごと、コダチの攻撃ごと、全部吹き飛んだ。衝撃波が通路を走る。土煙が爆発的に広がる。コダチの体が後ろに吹き飛んで、積み重なった瓦礫の中に沈んだ。
静寂。
一瞬だけ、静かになった。
「[serious]こっちだ、今すぐ来い!!」
崩れかけた壁の向こうから、カカシの声が飛んできた。
ナルトはコハルのところへ戻った。壁に背中をつけて座り込んだコハルの腕を取る。
「[serious]もう一回、頼む」
コハルがうなずいた。ナルトの背中にしがみついた。
瓦礫を踏み越える。崩れかけた壁の亀裂。狭い。体を横にしてくぐる。コハルが息を止めてる感覚が伝わってくる。
——外の空気が、一気に吹き込んできた。
夜明けだった。
東の空が赤く染まり始めていた。木ノ葉の里の屋根々が、その色を受けてぼんやりと輝いている。夏の終わりの、湿った朝の空気。
ナルトは地面に足をついた瞬間——全身を、電流のような痛みが走った。
火傷だ。
九尾のチャクラの反動が、一気に来た。背中から腕、脚の先まで。皮膚の下で何かが焼けるような痛みが走り、膝ががくんと折れた。
コハルを地面に降ろしきる前に、体が崩れた。
「[surprised]ナルト!」
コハルがとっさにナルトの腕を両手で掴んだ。
衰弱しているのに、全力でナルトを支えようとしていた。コハルの腕が震えている。足がふらついている。それでも離さない。
サクラが走り寄ってきた。ピンクの髪。医療チャクラが両手に灯る。緑色の光。
「[serious]骨は折れてない。チャクラの消耗が激しいだけ。動かしても大丈夫」
カカシが隣に立っていた。コダチが倒れた通路の方向を一度だけ見て、すぐナルトの方に視線を戻す。
ナルトは膝をついたまま、大きく息を吐いた。
空気が美味い。夜明けの空が広がっている。赤くて、でかくて、どこまでも続いている。
コハルが、ナルトの手を両手でぎゅっと握ったまま、離さなかった。
しばらく、何も言わなかった。
それからコハルが、小さく、でもはっきりと言った。
「[gentle]ありがとう。……あなたは、怪物なんかじゃない。誰よりも、人間だよ」
ナルトの目に、じわりと熱いものが広がった。
返す言葉が出なかった。口を開けたが、言葉になる前に涙が一筋こぼれた。
コハルが視線をそらした。頬が、うっすら赤くなっている気がした。握った手は、離さなかった。
(なんで……なんでこんなに……)
胸の真ん中が、じわりと温かくなっていた。痛みがあっても、チャクラが消耗しきっていても。ナルトはただ夜明けの空を見上げた。
---
暗部が施設に入っていった。
縄で縛られたツバキが、無言で連行されていく。深紫色の長髪が乱れている。左頬の刀傷が、朝の光の中でくっきり見えた。赤眼はどこか遠くを見ていて、連行される暗部忍者たちを見ていない。任務は遂行するのみ——その言葉を最後まで自分に言い聞かせているように見えた。
別の暗部班が、瓦礫の中を掘り始めた。
「[serious]生存確認!」
崩れた石の隙間から、腕が見えた。
コダチだった。
右腕に裂傷がある。額から血が出ている。でも呼吸している。生きていた。
担架に乗せられる直前、コダチの目がナルトの方を向いた。
一度だけ。
怒りじゃない。憎しみでもない。
……揺れていた。
あの目の奥に。何かが動いていた。ナルトが言った言葉——俺の約束だ——という言葉が、12年間凍りついていたどこかに、亀裂を入れた。改心はしていない。でも何かが、確かに揺れていた。
コダチは口を開きかけて、閉じた。そのまま担架で運ばれていった。
綱手が来たのは、それから少しして後だった。
五代目火影の威圧感は、正直なところ今でも緊張する。金髪を二つに結んで、背は低いが目が鋭い。施設全体を見渡して、カカシに何か短く確認した後、ナルトの方に歩いてきた。
「[serious]立てるか」
「[serious]……まあ、何とか」
「[serious]後で病院に来い。チャクラ量の確認が必要だ」
それだけ言って、施設の中に入っていった。感情を表には出さないが、ナルトのことを気にかけているのは伝わっていた。
暗部の一人が、綱手のところへ早足で近づいた。
何かを持っている。古い書類の束だった。ツバキの所持品から回収したものらしい。
暗部が一枚を綱手に差し出した。カカシも横から見た。
——カカシの顔が、一瞬、固まった。
無言でその書類を綱手に差し出す。
綱手の眉間に深い皺が寄った。
「[serious]……コハル」
綱手がコハルを呼んだ。コハルがゆっくり立ち上がり、近づいた。
書類を見せられた瞬間——コハルの手が止まった。
書類の片隅に押された印章。丸い形に、細い線が交差した紋章。
コハルが首から下げた翡翠の勾玉に刻まれた紋章と、全く同じものだった。
「[surprised]……これ」
「[serious]どこかで見たことがあるか」
コハルの金と青のオッドアイが、その印章をじっと見た。
「[serious]……どこかで、見た気がします。でも記憶は、戻らない」
書類の本文は古い文字で書かれていて、ナルトには読めなかった。カカシが無言で綱手を見た。綱手も黙っている。
その表情の険しさが、これが単純な話じゃないということを物語っていた。
施設の奥の会議室の壁には、逃げ去ったムラクモが書き残した文字があった。
暗部が読み上げた。
「[cold]——封印が崩壊する日は必ず来る。その時、木ノ葉は終わる」
ナルトはその文字を、遠くから聞いていた。
静かに拳を握った。
体は動かない。チャクラが空っぽで、火傷のような痛みがまだ残っている。でも——消えない。消えてたまるか。
東の空が赤く広がっていた。
夜明けの光が木ノ葉を染め始めていた。
コハルがそっとナルトの隣に立った。書類のことが、まだ頭にあるのか、少しだけ表情が曇っている。
ナルトはコハルの横顔を見た。白い髪が朝の風に揺れている。
あの書類に刻まれた紋章。コハルの勾玉と同じ紋章。木ノ葉の闇の歴史の中に、コハルの過去が眠っている。
まだ何も分かっていない。戦いは終わったが、本当の謎はここから始まる——ナルトには、そう感じられた。
でも今この瞬間、横にコハルがいる。仲間がいる。
それだけで、また走れる気がした。