うちの猫が、イケメンになって帰ってきた件について
中学2年生の田中青衣は、7年間大切に飼ってきた黒猫のクロと一緒に暮らしている。ふわふわでちょっとわがまま、でも彼女にとっては絶対の愛猫だ。
ある朝、青衣が目を覚ますと、クロのベッドに見知らぬイケメンの少年が眠っていた。黒い髪に黄金色の瞳を持つ彼はこう言った。「ついに人間になったよ。ずっと待ってたんだ、青衣。」
クロは今、イケメン男子になっていた。そして過去7年間のすべてを覚えている。
恨みも全部。
「爪を切ったよね。痛かったんだよ」「お風呂に入れられたの、許さない」「わざとブラシを長く使ったでしょ」
そのリストは日付付きで続く。自分を黒崎蓮と名乗るその少年は、“復讐”を開始した――それはまさに猫らしい仕返しだった。お菓子を全部先に食べる。午前3時に起こす。筆箱を机から落とす。青衣はちゃんと怒ることもできない。
でも、あることに気づき始める。蓮は迷惑なイタズラをするのは、いつも青衣のすぐそばにいる時だけ。いつも近くで、いつも見ている。
事態はさらに悪化する。蓮が転校生として学校に現れ、なんと青衣のクラスに入ってきたのだ。クラスの女子はみんな彼に夢中になり、青衣の親友・西村陽
うちの猫が、イケメンになって帰ってきた件について - 好きって言えなかった私と、好きって言えなかった君
透けた腕のことを、あおいはまだ頭から追い出せなかった。
あの夜、カグラ神社の月明かりの中で見た光景——右腕から肩にかけてが半透明になっていた蓮の姿。温かいのに消えかけていた、あの手の感触。
「絶対に方法がある」
あおいは布団の中でそう呟き、スマホの画面を見た。午前5時42分。
獣返しの祭は明日だ。
ガバッと起き上がった。
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「[scared]ちょっと待って、石段が多すぎる……!」
カグラ丘の石段——186段——を、あおいは全力で駆け上がっていた。
186段。数字で聞いた時はまだマシだと思っていた。実際に走ると全然マシじゃない。太ももが悲鳴を上げる。肺が痛い。しかも朝の6時過ぎ。
(パジャマじゃなかっただけよかった。この前の反省は活かせてる)
自分で自分を褒める。それだけが今できることだった。
境内にたどり着いた時、境内を掃き掃除していたおばちゃんがあおいを見て「まあ」と言った。スカートが汗でへばりついていて、髪が爆発している、14歳の女の子が突然駆け込んできたのだから当然だ。
「[serious]あの、古文書庫を見せてください! 今すぐ! ヒトガエリに関係する記録が絶対あるはずで、祭は明日で、もう時間が——!」
頭を下げた。深く、まっすぐ。
おばちゃんは少しだけ間を置いた後、ほうきを持ったまま言った。
「[gentle]……宮司さんに怒られても知らないよ」
でも、鍵を貸してくれた。
薄暗い古文書庫に入った瞬間、埃の匂いが鼻をついた。
ほこりまみれの和綴じ本が棚に並んでいる。ミナセ市には、カグラ神社の古文書にヒトガエリの記録が3件残っているとどこかで聞いたことがあった——正確には蓮がカグラ神社の近くを嫌に落ち着いた顔で歩いていたから、自分で調べた話だけど。
一冊ずつ開く。崩し字が読みにくい。手が震える。
3冊目の途中で、見つけた。
《獣返しの祭の夜、人と獣の絆を月に誓えば、人の姿は定まる》
あおいはその一文を三回読んだ。
(絆を……月に誓う?)
意味が半分しかわからなかった。「月に誓う」って、どうやって? 空に向かって叫ぶ? 神社で祈る?
わからないまま、本を閉じた。
でも、一つだけわかった。
明日の祭の夜。蓮を連れて、ここに来なきゃいけない。
石段を駆け下りながら、あおいは転びかけて手をついた。
(蓮なら絶対ここで「2024年10月、石段で転んだ件、リストに追加してやるからな」って言う)
その想像が可笑しくて、笑いが出た。
笑った直後に、透けた腕が頭に浮かんで、走る足に力が入った。
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ホームルームに滑り込んだのは、チャイムの10秒後だった。
担任の森川先生がため息をついて出席を取り始めた。あおいは自分の席について、ようやく息を整えた。
蓮が、一番先に振り返った。
視線が、あおいの顔を一秒だけ見て——すぐにそらした。
あおいは蓮の右腕に目をやった。
紺色のアームバンドが、手首から肘にかけて巻いてある。
(隠してる)
隣の席の女子が「それおしゃれ?」と蓮に聞いた。蓮は「まあ」とだけ答えた。
あおいは前を向いた。胸が、じわりと痛くなった。
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昼休み、購買部には人が集まっていた。
焼きそばパンの争奪戦——ニチュウ名物、毎日11時45分に勃発する小さな戦争だ。蓮はいつも猫の反射神経で一番乗りを果たし、あおいの分を確実に奪っていく。
今日もそうなった。
ただ一つ違うのは、蓮が焼きそばパンを二個買ったことだった。
あおいはそれを廊下から確認して、(なんで二個?)と思った。
昼休みの途中、あおいが自分のカバンを開けると、焼きそばパンが一個入っていた。
覚えがない。買っていない。
(……また)
あおいはしばらくそれを見つめた。チョコミントアイスを思い出した。カバンのファスナーの内側に入っていたあの日のことを。
「ほんとにもうやだなあ」
小声で言いながら、食べた。お腹が空いていたから仕方ない。
蓮はひなたたちのグループの中で、窓際に座っていた。体育は右腕のせいで見学になっていた。窓の外の校庭をぼんやり眺めながら、スマホのメモ画面を開いて、何かを読み返して、静かに閉じた。
あおいには、それが何のメモか、わからなかった。
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放課後。
ひなたが蓮に「ちょっといい?」と声をかけた。
教室に残る蓮の顔を見て、あおいは直感した。
(今日だ)
足が、少し重くなった。でも廊下に出た。出なきゃいけなかった。
ドアを引こうとして、押してしまった。
半開き状態のまま廊下に立って、「あ」と気づいたけど、引き返せなかった。
ひなたの声が聞こえてきた。
「[serious]黒崎くん。わたし、ずっと言えなかったんだけど——好きです。付き合ってください」
声が震えていた。怖いくらい本気だった。
廊下に立ったまま、あおいは動けなかった。
一拍の沈黙。
蓮の声がした。静かで、でもはっきりした声だった。
「[serious]ごめん。俺が好きなのは、あおいだけだ」
あおいの胸の真ん中で、何かが弾けた。
喜びだった。それは確かに、喜びだった。
でもその直後に、別のものが押し寄せてきた。ひなたの震えた声が頭の中でリピートする。親友の本気が、今、砕けた。
(ひなた)
あおいはドアを開けた。
ひなたが泣いていた。涙を拭こうとしている、金色の髪の後ろ姿。
蓮があおいを見た。全部聞いていた、とわかった顔だった。一瞬だけ目が合って——蓮は静かに教室を出ていった。
あおいはひなたに駆け寄った。
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教室の後ろの隅、二人で並んで座った。
しばらく何も言えなかった。窓の外の校庭で、誰かがバスケをしている音が遠く聞こえた。
ひなたが鼻をすすって、顔を上げた。えくぼが出ていた。泣いているのに、えくぼが出ていた。
「[gentle]知ってたよ」
「え」
「[gentle]黒崎くんがあおいのことばっかり見てたの。わかってた。でも……諦めきれなかった」
その笑顔が泣き顔なのか笑顔なのか区別がつかなくて、あおいも泣き出した。
「[crying]ごめん、ひなた。あたし——」
「[gentle]謝らないで」
ひなたがあおいの手を取った。温かい手だった。
「[gentle]あおいが幸せならいいの。……でも、ちょっとだけ泣かせて」
二人で泣いた。黙って泣いた。
しばらくして、あおいが鼻をすすりながら言った。
「[sad]……あいつさ、人間の常識ぜんっぜんわかってないくせに」
「うん」
「[sad]断り方だけちゃんとしてたよね。『俺が好きなのはあおいだけだ』って、なにそれ」
ひなたが吹き出した。
「[laughing]ほんとだよ! ムカつく! なんかちゃんとしてた!」
二人で変な声を出した。泣き笑いって、こういうことを言うんだとあおいは思った。
笑い止んで、少しの間が空いた。
ひなたが言った。
「[gentle]あおい。好きなら伝えなよ」
「……ひなた」
「[gentle]明日の祭、一緒に行くんでしょ?」
あおいは少し驚いた。朝、こっそり神社へ行ったことを——ひなたは、もう察していた。
「[surprised]なんで知ってんの」
「[sarcastic]あおいのことだから」
ひなたが笑った。さっきまでの涙の跡が残ったまま、でも本物の笑顔だった。
友情は壊れていない。ただ、少しだけ形が変わった。
その変化を、二人はそのまま受け入れた。
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夜、9時過ぎ。
帰宅して夕飯を食べて、お風呂に入って。それでも胸の中がまだぐちゃぐちゃしていたあおいは、縁側に出た。
蓮がいた。
縁側の端に座って膝を抱えて、月を見ていた。
夜の庭に月光が落ちている。蓮の右腕のアームバンドが少しずれていて——その隙間から、透けかけた腕の境界線がうっすら見えた。
あおいは隣に座ろうとした。
「[cold]座んな」
「座る」
横に座った。
沈黙が続いた。庭の虫が鳴いている。
蓮が口を開いた。
「[sarcastic]……お前のカバンに焼きそばパン入れたの、気づいてたか?」
あおいは即答した。
「[serious]気づいてたし、食べた」
沈黙。
「[cold]……ちゃんと食えよ」
そっぽを向いて言う。意地悪のふりをした心配だ、ということは、あおいにはわかっていた。
胸の奥が、じわりと温かくなった。
「れん」
「なに」
「[serious]明日の祭、一緒に行って」
蓮が少し固まった。月を見たまま、静かに聞いた。
「[serious]行ってどうなる」
あおいは正直に答えた。
「[serious]わかんない。でも絶対、何かある」
蓮の顔をまっすぐ見た。
蓮がゆっくりこちらを向いた。金色の瞳が、月明かりの中ではっきりと光っている。
しばらく、あおいの顔を見ていた。
「[serious]……わかった」
小さく頷いた。
あおいは立ち上がって、縁側から部屋に戻ろうとした。
「あおい」
振り返った。
蓮はもう月を見ていた。あおいの方を見なかった。
「[serious]明日、何があっても……泣くな」
声が、かすかに震えていた。
あおいはそれに気づいた。ちゃんと、気づいた。
「[gentle]泣くかもしれない」
正直に言って、部屋に入った。
障子を閉める。
月明かりが障子越しに白く差し込んでいる。縁側の蓮の影が、ゆらゆらと映っていた。
(絆を月に誓えば——)
古文書の言葉が、頭の中で繰り返された。
「誓う」って、どうやって。まだ、わからない。
わからないまま明日が来る。でも——それでも、あおいは決めていた。
蓮を、消えさせない。
その決意だけが、今夜の答えだった。