呪いより重い、君への気持ち
東京の春風高校、3年B組は決して普通のクラスではない。
五条サトルは圧倒的なイケメンで学年トップだが、その巨大な自尊心のせいで、女子を泣かせたり怒らせたりすることもしばしば。自分を嫌いな女子など存在しないと本気で信じていて、それがみんなを狂わせている。
虎杖イタドリは学校で誰よりも速く走り、戦い、力も強いが、成績は散々で、どんなトラブルも「なんとかなるさ!」と明るく受け流す。誰も彼に怒り続けられない。それがまた腹立たしい。
そんな中、転校生の釘崎ノブコが初日に教室に入り、五条を真っ直ぐ見つめて言う。「あんた、最低ね。」教室は騒然となり、混乱が始まる。
ノブコは五条を大声で、熱烈に、全力で嫌っている。しかしなぜかいつも五条のすぐ隣にいる。五条は授業中ずっと彼女から目が離せない。そしてイタドリは、彼女を笑顔にしたいのは自分だと徐々に気づく。
数週間、三人は壮絶にぶつかり合う。宿題の手伝いに隠れた嫉妬、間違った相手に告白が届く事件、そしてドッジボール大会がいつの間にか感情の戦場に。
そして文化祭の準備中、五条はついにノブコに「好きだ」と告げるが、いつもの自信満々な口調で「俺に好か
呪いより重い、君への気持ち - 俺のどこが最悪なんだ——ハルカゼ学園、9月の月曜日
「[whispers]また泣かせたんだって」
「[whispers]先週の下級生の子でしょ。かわいそう」
月曜日の朝、3年A組。
声を潜めているつもりなんだろうけど、バッチリ聞こえてる。
五条サトルは窓の外を眺めながら、聞こえていないふりをした。窓の向こうにはカスミガオカ区の住宅街が広がっていて、9月の空が低くかかっている。空はどんよりしていて、なんとなく月曜日らしい色だった。
(……褒めてやったのに、何がダメだったんだ)
正直、今でもわからない。
先週の金曜日。下級生の女の子が告白してきた。ちゃんと向き合って、「俺に告白する勇気は認めるよ」って返した。それのどこが悪かったのか。
わからない。本気でわからない。
五条はエンジのネクタイをさりげなく直す。紺のブレザー、白シャツ、黒スラックス——ハルカゼ学園の制服は地味だけど、整えれば悪くない。漆黒の髪はきっちりセットしてある。琥珀色の瞳で教室を流し見ると、女子グループ数人がこっちを見てすぐ目を逸らした。
「[sarcastic]なんか言いたいことある?」
にっこり笑って振り向く。
女子たちが一斉に黙った。視線が四方に散る。
「「……別に」」
「[whispers]こいつ空気読めてないわ」
小声で突っ込まれた。五条は知らんぷりをして前を向く。
そこへ担任の朝比奈ユキコ先生が教室に入ってきた。三十代前半、丸いフレームの眼鏡、柔らかそうな雰囲気。でも出欠確認のときだけは妙に真剣な顔になる人だ。
「[gentle]はい、出欠とります。返事してね」
名前が読み上げられていく間も、後ろのほうでひそひそは続いていた。五条は窓の外を見続ける。
空が低い。
もうすぐ雨かもしれない。
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昼休み。
学食「カゼノマ」は12時を過ぎると一瞬で人が詰まる。今日の日替わりは420円のから揚げ定食で、行列はもう20人を超えているだろう。
五条はそっちには向かわなかった。
本館の階段を上って、4階をさらに上へ。立入禁止の扉——でも鍵はとっくに壊れている。ここを知っている生徒は知っている、屋上だ。
ガコン、とフェンス扉を押して外に出る。
9月の風が吹いた。ちょっと生ぬるい風で、夏の名残みたいなやつ。
給水タンクの陰に古いプラスチックのベンチが2脚ある。五条はそっちに座って、コンビニのおにぎり2個と購買のメロンパンを並べた。
たいした昼飯だ。
でもまあ、学食で女子に囲まれるよりはいい。今日はそういう気分じゃない。
フェンスの向こうに、カスミガオカ区の屋根が続く。住宅の屋根、また屋根、また屋根。ここから見るとどれも同じくらいの高さで、のっぺり広がっている。タマノ川のほうは見えないけど、北のほうに薄く緑の帯が見える気がした。
おにぎりを一口かじる。
静かだ。
遠くで車の音。どこかのクラスが授業の合間に笑っている声。あとは風。
ふと、変な考えが浮かんだ。
(俺、誰かと本音で話したことってあったっけ)
すぐに頭の中で打ち消す。
(別にいらねえけど)
でも、消えなかった。
おにぎりの包みをくしゃっと握る。なんで急にそんなこと考えたんだろう。自分でもよくわからなかった。
メロンパンに手を伸ばして、また食べる。おいしいかどうかよりも、口を動かしていたかった。
ベンチの端に座って、ぼんやり空を見上げる。五条サトル、17歳。学年3位以内をキープしていて、女子人気もある。それが自分だ。
じゃあなんで、月曜の昼に屋上で一人なんだろう。
その答えはわからなかったし、考えたくもなかった。
おにぎりを食べ終えて、包みをポケットに突っ込んだ。
風がまた吹いて、髪が少し乱れた。
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放課後。
3階廊下を歩いていたら、前方に大きな壁ができていた。
壁じゃない。人だ。
生活指導担当・鬼塚タケシ先生。元高校球児、体育教師、廊下に立つと空気が変わる人。腕を組んで仁王立ちしていた。
「[angry]五条ッ!」
廊下に声が響いた。近くを歩いていた生徒たちがビクッとして端に寄る。
「[angry]また女子泣かせたって聞いたぞ。いい加減にしろ!」
「[sarcastic]先生、俺は褒めてたんですよ」
涼しい顔で返す。
鬼塚先生の額に青筋が立った。
「[angry]褒めて泣かせるな!!」
さらにでかい声。廊下の向こうから歩いてきた1年生が、声を聞いた瞬間に踵を返して走って逃げた。
五条は笑う。
「[sarcastic]はーい」
それだけ言って歩き出した。
「[angry]返事がてーきとうだ! 五条、聞いてるか!」
「[sarcastic]聞いてますよ」
鬼塚先生の声を背中で受けながら廊下を曲がる。曲がったところで、足が止まった。
一瞬だけ。
(俺の何がダメなんだ……)
表情が、ほんの少し崩れた。
すぐに戻した。誰も見ていない廊下で、一人で。
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教室に荷物を取りに戻ると、朝比奈先生がまだ残っていた。黒板の前に立って、何かメモしながらつぶやいている。
「あ、五条くん」
顔を上げた先生が、少し困ったような顔で近づいてくる。
「[gentle]ちょっといい?」
「[serious]なんですか」
「[gentle]明日ね、転校生が来るの。3年A組に」
へえ、と五条は思った。9月の転校生。
「[gentle]席の準備、手伝ってくれる? あなたの隣にするから」
「[sarcastic]はいはい、俺の隣ね。ラッキーな転校生だな」
にやりと返すと、朝比奈先生が深いため息をついた。
「[serious]……余計なこと言わないでね」
「[sarcastic]俺が挨拶してあげれば初日から安心でしょ」
「[serious]それが一番心配なの」
先生は首を振りながら、机を一つ動かし始めた。五条も手伝う。窓際の最後列、自分の席の隣に、空きの机と椅子を置く。
机を合わせたとき、ふと目に入るものがあった。
教室後方。ロッカーの上。
小さなサボテンが一つ、黙って置かれていた。
「[surprised]……こいつ、いつからいるんだ」
誰が持ってきたのかも知らない。気にしたこともなかった。
そこにあった水差しを手に取って、少しだけ水をやる。サボテンは何も言わずに水を受けた。無骨な形のやつで、ちくちくしていて、でも妙に存在感があった。
「[gentle]五条くん、そういうの好きなの?」
「[cold]別に」
それだけ言って水差しを戻した。
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学校を出ると、ミナミハルカゼ駅前まで歩く。
ハルカゼ学園から駅まではハルカゼ通り商店街が続いていて、放課後はそこそこ人がいる。制服姿の生徒たちが固まって歩いていたり、商店のおじさんが店先を掃除していたり。たい焼き屋「こがね堂」の前を通ったら、いい匂いがした。あんこの匂い。
五条は素通りした。
駅前のエブリマートに入る。コンビニの冷たい空気が顔に当たった。
冷蔵ケースの前で、弁当を一つ選ぶ。幕の内、580円。缶ジュースをカゴに入れて、レジに並ぶ。
会計のとき、自動でエコバッグを開いた。
店員が少し驚いた顔をしたような気がした。慣れてる、ってわかるんだろう。毎日やってるから。
(毎日これか)
袋を提げてマンションに帰る。14階建てのうち、11階。エレベーターのボタンを押すとき、隣に誰もいなかった。
部屋のドアを開けて、電灯はつけなかった。
荷物をリビングのソファに放る。3LDK、でも広すぎて静かすぎる。窓から夕方のカスミガオカ区が見えた。屋根が連なって、遠くに電波塔みたいなものが薄く見える。
ソファに座って、制服のジャケットを脱ぐ。
スマホが鳴った。
通知を見る。
父親からのメッセージ。
「今月も出張。帰れない。カードで何でも買っていいから」
それだけ。
五条は既読をつけた。
返信しなかった。
スマホを伏せて、ソファの背もたれに頭を預ける。暗い天井を見上げた。
静かだ。
冷蔵庫の音だけがする。それと、窓の外の車の音。
(俺の何がダメなんだ)
今日何度目だろう、この疑問。
褒めたのに泣かれて、先生に怒鳴られて、女子たちにひそひそされた。
何がダメなのか、本気でわからない。
天井が暗い。電気をつければいいだけなのに、そうする気になれない。
しばらくそのままでいた。
ふと、朝比奈先生の声が頭の中に戻ってきた。
「明日、転校生が来るの」
五条は目を細める。
誰だろう。
どんなやつだろう。
(俺の隣に座るやつか)
なんとなく、少しだけ気になった。明日のこと。転校生のこと。今日ずっと頭にあった「俺のどこがダメなんだ」という疑問の横に、それがそっと割り込んできた。
答えはない。
でも、明日には何かが変わるかもしれない。そんな気がした。根拠はなかった。
電気をつけないまま、弁当の袋を開いた。