呪いより重い、君への気持ち
東京の春風高校、3年B組は決して普通のクラスではない。
五条サトルは圧倒的なイケメンで学年トップだが、その巨大な自尊心のせいで、女子を泣かせたり怒らせたりすることもしばしば。自分を嫌いな女子など存在しないと本気で信じていて、それがみんなを狂わせている。
虎杖イタドリは学校で誰よりも速く走り、戦い、力も強いが、成績は散々で、どんなトラブルも「なんとかなるさ!」と明るく受け流す。誰も彼に怒り続けられない。それがまた腹立たしい。
そんな中、転校生の釘崎ノブコが初日に教室に入り、五条を真っ直ぐ見つめて言う。「あんた、最低ね。」教室は騒然となり、混乱が始まる。
ノブコは五条を大声で、熱烈に、全力で嫌っている。しかしなぜかいつも五条のすぐ隣にいる。五条は授業中ずっと彼女から目が離せない。そしてイタドリは、彼女を笑顔にしたいのは自分だと徐々に気づく。
数週間、三人は壮絶にぶつかり合う。宿題の手伝いに隠れた嫉妬、間違った相手に告白が届く事件、そしてドッジボール大会がいつの間にか感情の戦場に。
そして文化祭の準備中、五条はついにノブコに「好きだ」と告げるが、いつもの自信満々な口調で「俺に好か
呪いより重い、君への気持ち - 最悪の翌日——反省文と、サボテンと、俺はバカだった
昨日のことが、頭から消えない。
「俺に好かれたんだから喜んでいいぞ」
自分で言っておいて、自分でも信じられなかった。寝ても起きても、あの言葉が耳の奥でリピートし続けている。ノブコの顔が泣き崩れる寸前だった。椅子が倒れた音。遠ざかる足音。
五条サトルは学校の玄関で靴を履き替えながら、ため息をついた。
廊下に出ると、すぐにわかった。
空気が、違う。
3年A組の前を通り過ぎた女子グループが、五条の顔を見た瞬間に声を潜めた。聞こえよがしではなく、完全に黙った。それが逆に、刃みたいに刺さった。
「[whispers]……ちょっと、あれよ」
誰かが、誰かに耳打ちした。
五条は何も言わずに教室の引き戸を開けた。
いつもと同じ教室だった。
朝日が窓から差し込んで、黒板横のハルカゼフェスタのポスターが光を反射している。32の席。お化け屋敷の小道具が後ろのロッカーに積んである。ロッカーの上にはサボテン。
そして、ノブコの席が、空っぽだった。
窓側の最後列から一列ずれた、廊下側の席。椅子が完璧な角度で机の下に収まっている。昨日まで誰かがそこに座っていた、という痕跡が何もない。
五条は自分の席に座った。
周りの男子が、視線だけ寄越した。話しかけてこない。いつも朝に声をかけてくる赤髪の男子が、窓の外を見たままだった。
朝のHRのチャイムが鳴った。
担任の朝比奈先生が出席を取り始めた。国語教師らしい、落ち着いた声。名前を順番に呼んでいく。
「釘崎ノブコさん」
間があった。
「……欠席です」
先生の視線が、一瞬だけ五条の方を向いた。ほんの一秒。それからすぐに出席簿に戻った。
その一秒が、なぜか一分くらいに感じた。
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昼休み。
学食「カゼノマ」は、12時を過ぎると120の席が埋まる。五条がトレーを持って入ったとき、空いている席が数席見えた。
「ここ、いいですか」
「[serious]……ごめん、友達が来る」
移動した。別のテーブル。
「[whispers]あ、ここもちょっと……」
言いかけて、目を逸らした。
五条は120席の食堂を一周した。見覚えのある顔ばかりだ。誰も何も言わない。ただ、誰も「どうぞ」と言わなかった。
(わかった)
購買でパンを一個だけ買った。チョコクリームのやつ。別に好きでもないのに手が出た。
屋上に向かう。
錆びかけた鍵が、今日もするっと回った。扉を押し開けると、カスミガオカの空気が顔に当たった。九月の終わりの、少し乾いた風。
給水タンクの陰に、プラスチックのベンチが二脚ある。
五条はそこに座った。
フェンスの向こうに、ミナミハルカゼ駅の方向が見える。商店街の屋根が連なって、その先に住宅街が続く。晴れた日は遠くまで見えた。今日は雲が少し多い。
(あいつ、今どこにいるんだろう)
考えるつもりじゃなかった。でも考えていた。
駅から徒歩12分の祖母の家、らしいと誰かが言っていた。聞こえよがしの情報だ。ミナミハルカゼ通り商店街を抜けた先の住宅街。今頃、あの祖母の家で飯でも食っているのか。
心配、だった。
嫉妬でも、悔しさでもなく——単純に、心配という感情が胸の中にあることに、五条は気づいた。どうすればいいかは、全くわからなかったけれど。
チョコクリームのパンを口に入れた。甘すぎた。
そのとき、階段の方から足音が聞こえた。
扉が開く。金色の頭が出てきた。
虎杖イタドリだった。両手に肉まん二個。ハルカゼ通り商店街のエブリマートで買ってきたやつだろう。冬季限定の130円のやつが、もう売り始まったのか。
「[surprised]……サトル?」
「[cold]なんで来た」
「[serious]なんとなく」
嘘だな、と思った。でも何も言わなかった。
イタドリは五条から三脚分離れた、もう一つのベンチに座った。肉まんの袋を開ける。白い湯気が出た。
沈黙。
イタドリが肉まんにかぶりついた。うまそうな音がした。
(俺のほうがノブコちゃんを大切に思ってる——昨日、あいつはそう言った)
五条の中で何かがざらついた。認めたくない事実みたいに。イタドリがノブコに段ボールを持ってやった時の顔。ノブコが笑った顔。声を上げて笑った、あの顔。俺の前では一度も見せなかった顔。
「[cold]お前、ノブコのことが好きなのか」
直接聞いた。
イタドリが少し止まった。肉まんを持ったまま。
「[serious]……好きっていうか」
間があった。
「[serious]なんか、ほっとけないんだよね。前の学校でも孤立してたって聞いたし。なのにサトルがあんなことを言ったから」
「[cold]あんなこと」
「[serious]お前が言ったじゃないか。俺に好かれたんだから喜んでいいぞ、って」
言葉が出なかった。
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5時間目が終わった。
3階廊下に人が出てきた。休み時間の五分間、生徒が教室から溢れ出す。ざわざわと声が重なる。
「[cold]五条」
振り返ると、イタドリが廊下の真ん中に立っていた。笑っていなかった。珍しかった。あいつはいつも笑っている。その顔が今、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「[serious]お前、ノブコちゃんの気持ち、ちゃんと考えたことあるか」
五条の足が止まった。
「[sarcastic]お前に何がわかる」
「[serious]俺は本気で——」
「[angry]俺のほうが、ずっとノブコちゃんのことを大切に思ってる」
プツン、と音がした。
頭の中で何かが切れた。手が動いていた。イタドリの胸ぐらを掴んでいた。
「[angry]は?」
イタドリも掴み返してきた。180センチ、握力72キロ。引き剥がせない。廊下の壁に押し付けられた。他クラスの生徒が集まってくる気配がした。誰かが「やばい」と言った。誰かが後ずさった。
「[angry]お前が好きだっていうなら好きで勝手にしろ。でも俺のノブコへの気持ちをお前が決めるな!」
「[angry]俺も勝手なこと言ってる場合じゃない。でも昨日のお前は最悪だったろ!!」
その通りだった。
それがわかっていたから、余計に腹が立った。二人で廊下の壁際に横並びに激突する形になって、近くにいた女子が「きゃっ」と声を上げながら逃げた。
「[angry]おい!!!」
廊下の奥から、地響きのような声が来た。
体育教師の鬼塚タケシ。腕組みしたまま大股で歩いてくる。元高校球児の体格、怒ると廊下に響く大声——今まさに廊下全体に響いていた。
五条とイタドリの間に、鬼塚先生の手が入った。文字通り二人を引き剥がした。
「[angry]3年A組! 五条に虎杖! 廊下で何やってんだ!!」
見物していた生徒たちが蜘蛛の子を散らすように消えた。廊下が一瞬で静かになった。
五条とイタドリは、まだ互いを睨んでいた。
鬼塚先生が二人の顔を交互に見た。
「[serious]……お前ら、揉めるなら体育館の裏で——」
一秒止まった。
「[angry]じゃなくてやるな!! 俺は何を言ってるんだ!!」
先生が自分の額に手を当てた。
五条とイタドリはまだ睨み合っていた。鬼塚先生がさらに大声を出した。廊下の端まで響いた。
「[angry]放課後、生活指導室に来い!! 二人とも3日間の反省文だ!!」
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放課後。
生活指導室のテーブルは長い。五条とイタドリが両端に座らされた。テーブル越しに顔を合わせるのが嫌で、二人とも俯いてペンを走らせていた。
反省文の用紙がA4で一枚ずつ。「なぜ廊下で暴力行為をしたか、その反省を書け」とだけ書いてある。
窓の外が、夕焼けに変わり始めた。橙色の光が部屋に差し込んでくる。
鬼塚先生が「少し待ってろ」と言って部屋を出た。
沈黙。
五条は一度だけイタドリの方を見た。
イタドリは顔を上げなかった。ペンを走らせ続けていた。その横顔に、笑顔はなかった。いつもの「なんとかなるっしょ」もなかった。
五条は視線を戻した。
反省文の紙を見る。自分が書いた文字が並んでいる。「廊下での行動は学校のルールに反しており——」
嘘くさい文章だった。全部。
五条はペンを置いた。立ち上がった。
イタドリが一瞬だけ視線を上げたが、すぐに戻した。
五条は生活指導室を出て、3年A組の教室に向かった。
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夕日の中で、教室は静かだった。
電気は消えたまま。橙色の光が机という机を染めている。誰もいない。足音が自分のだけ聞こえる。
五条は後ろのロッカーの前まで歩いた。
上を見る。
サボテンが、いた。
誰が持ってきたのかも、いつからあるのかも、誰も知らない。転校してきた日からずっとそこにいる、あのサボテン。青々として、何も知らない顔で、夕日の中に立っていた。
ノブコの言葉が、耳の奥から出てきた。
——サボテンは乾燥に強いだけよ。水をやらないと、枯れるわよ。
五条はしばらく、サボテンを見ていた。
それだけじゃなかった。ノブコが言ったのは、サボテンのことだけじゃなかった、と今なら思う。でも、あの時は聞き流した。サボテンに水をやることも、あれから一度もしていない。
(俺は……誰かに水をやったことが、あるのか)
父親のことを思った。
14階建てのマンションの11階。仕事で不在がちな父親から届く、事務的なLINEのメッセージ。「飯は?」「鍵閉めとけ」。それだけ。五条も同じくらい短い返信をする。「食った」「閉めた」。二人の会話は全部そんな感じだった。
下級生の女子のことも思い出した。先月か、先々月か——告白してきた子に、何て言ったんだっけ。「お前の勇気は認めるよ」と言ったら泣いた。なぜ泣いたのか、あのときは本当にわからなかった。
そして昨日。
「俺、お前のことが好きだ」
言えた。本当のことを言えた。でも次の瞬間、「俺に好かれたんだから喜んでいいぞ」と言った。
なぜ言ったのか。
五条は今、初めてちゃんと考えた。
怖かったから、だ。
「好きだ」と言ったまま黙っていたら、ノブコが何を返すかわからなかった。拒否されるかもしれなかった。だから余計なことを言った。「俺に好かれたんだから喜んでいいぞ」という一言で、傷つく前に逃げようとした。
勇気じゃなかった。全然勇気じゃなかった。
逃げだった。
五条の目から、涙が一滴落ちた。
反省文の紙の上だったら滲んでいたかもしれないが、ここは教室だった。涙は机の上に、小さなシミを作った。
五条はそのシミを指で触った。
温かかった。
サボテンが夕日の中で、変わらず立っていた。水が足りているのかどうかも、わからなかった。
文化祭まで、あと4日。
ノブコは来ていない。イタドリとは口をきいていない。反省文は3日間続く。謝り方も、告白のやり直し方も、今の五条には何一つ見つかっていなかった。