呪いより重い、君への気持ち
東京の春風高校、3年B組は決して普通のクラスではない。
五条サトルは圧倒的なイケメンで学年トップだが、その巨大な自尊心のせいで、女子を泣かせたり怒らせたりすることもしばしば。自分を嫌いな女子など存在しないと本気で信じていて、それがみんなを狂わせている。
虎杖イタドリは学校で誰よりも速く走り、戦い、力も強いが、成績は散々で、どんなトラブルも「なんとかなるさ!」と明るく受け流す。誰も彼に怒り続けられない。それがまた腹立たしい。
そんな中、転校生の釘崎ノブコが初日に教室に入り、五条を真っ直ぐ見つめて言う。「あんた、最低ね。」教室は騒然となり、混乱が始まる。
ノブコは五条を大声で、熱烈に、全力で嫌っている。しかしなぜかいつも五条のすぐ隣にいる。五条は授業中ずっと彼女から目が離せない。そしてイタドリは、彼女を笑顔にしたいのは自分だと徐々に気づく。
数週間、三人は壮絶にぶつかり合う。宿題の手伝いに隠れた嫉妬、間違った相手に告白が届く事件、そしてドッジボール大会がいつの間にか感情の戦場に。
そして文化祭の準備中、五条はついにノブコに「好きだ」と告げるが、いつもの自信満々な口調で「俺に好か
呪いより重い、君への気持ち - あんた、最悪ね——転校生はズバッと言い過ぎる
昨夜のことが、まだ頭に残っていた。
ソファに倒れて天井を見上げて、父親のメッセージを既読にして。弁当を一人で食べて、電気もつけないまま寝た。それだけの夜だったのに、妙に長かった気がする。
五条サトルは制服のネクタイをまっすぐに直しながら、3年A組の教室に入った。
今日も窓から9月の空が見える。昨日より少し明るい。
「[whispers]ねえ、今日転校生来るんでしょ」
「[whispers]しかも女子だって」
ざわざわ、と教室が動いている。五条は自分の席——窓側の最後列——に座って、その隣の机に目をやった。朝比奈先生と一緒に昨日動かした机。空いている。
(どんなやつだ)
正直、少し気になっていた。昨夜から、ずっと。
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HRの時間になると、朝比奈ユキコ先生が教室に入ってきた。いつもの丸いフレームの眼鏡、柔らかそうな笑顔。でも今日はその後ろに、もう一人いた。
「[gentle]えー、今日から仲間が増えます。釘崎ノブコさん、どうぞ」
教室がざわっとした。
入ってきたのは、ショートボブの女子だった。前髪を斜めに切り揃えた、紫がかった赤い髪。黒のブレザーに赤いネクタイ——制服なのに、なぜか私服みたいに見える着こなし。158センチくらい。鋭い赤い瞳が教室をさっと見渡して、特に誰にも止まらなかった。
「釘崎ノブコです」
短い。
続きがあるかと思ったら、なかった。クラスが少しざわめく。朝比奈先生が優しく促す。
「[gentle]一言、何か……」
「[cold]言いたいことは何でも言います。よろしく」
シーン、と教室が静まり返った。
それは沈黙というより、クラス全員が「え、続きは?」と待っている間に本当に終わった沈黙だった。
「……以上です」
「[gentle]は、はい。じゃあ席はこちらね、五条くんの隣」
ノブコが歩いてくる。窓際の最後列、五条の隣。
五条は、このとき自分が何を考えていたかを後で思い出せなかった。ただ反射的に、いつものように口が動いた。
「[sarcastic]よろしく。俺の隣で良かったな——学園一のイケメンだから、退屈しないぞ」
にやり、と笑う。いつものやつ。
一秒も間がなかった。
「[cold]あんた、最悪ね」
椅子を引いて、座った。
それだけ。まるで当たり前のことを確認するみたいに。天気でも言うみたいに。
五条は、固まった。
クラスが、爆発した。
「「「えっ!?」」」
笑い声、「うそ」「やばい」「初日から!?」という声が四方から飛んでくる。女子がケタケタ笑い、男子が「おいおい」と五条を見る。
五条は笑い声の中で一人、何かがうまく動かないままでいた。
「[surprised]……今、最悪って言ったか?」
ノブコは振り向かなかった。
「[cold]うん、最悪」
真顔で頷いた。
クラスの笑いが、もう一回、さらにでかく爆発した。
五条サトル、17歳。これまで面と向かって女子に否定されたことは、一度もなかった。褒めたら泣かれたことはある。でも最悪と言われたことは、ない。
頭の中が、真っ白だった。
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昼休み。
五条は屋上のベンチに座って、購買の焼きそばパンを片手に持ったまま、しばらく動かなかった。
給水タンクの陰。コンクリートの床。弱くなってきた9月の日差し。
いつも通りの昼だ。
(……最悪、か)
焼きそばパンを一口かじる。特に味がしなかった。
俺はただ、歓迎しただけだ。俺の隣は特等席だろ、普通に考えて。それのどこが最悪なんだ。
全然わからない。本気でわからない。
でも、なぜかそれよりも別のことが気になって、五条は給水タンクの縁から身を乗り出して、本館3階の窓のほうを見た。
(あいつ、今どうしてるんだ)
すぐに首を引っ込めた。
(なんで俺が気にする。最悪って言ったやつだぞ)
もう一口、焼きそばパン。
……また見た。
3階の窓。どの窓かは正確にはわからない。ただ視線が勝手にそっちに向かう。
これまで五条は、誰かを「見る側」になったことがなかった。いつも見られる側だった。廊下を歩けば視線を感じ、席に座れば女子が話しかけてくる。それが当然だった。
今、俺は窓を見てる。
なんかすごく変な感じだ。
パンを食い終わって、ゴミをポケットに突っ込む。
(わかってねぇな、あいつは)
そう思ったけど、ちょっとだけ、さっきより元気になった気がした。理由はわからなかった。
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そのころ、3年A組では。
ノブコは自席で祖母の手作りおにぎりを食べていた。
梅と、しゃけ。朝、台所でハツエばあちゃんが握ってくれたやつ。「転校初日だから、お腹いっぱい食べな」と言って、いつもより一個多かった。
教室の中は、友達同士のグループでにぎやかだった。
自分の周り一メートルだけ、静かだった。
(……まあ、そうよね)
前の学校もそうだった。何か言うたびに「え、怖い」「あの子ちょっと……」みたいな顔をされる。別に悪口を言ってるわけじゃない。思ったことを言っただけ。でも、そういうのが「怖い」らしい。
おにぎりを一口かじる。
しゃけの塩気が舌に広がる。ばあちゃんはいつも少し塩を強めに入れる。「疲れた時は塩っぱいのがいい」って言いながら。
クラスの笑い声が聞こえる。
ノブコはもう一口かじって、窓の外を見た。
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放課後。
ホームルームが終わると、朝比奈先生が一枚のプリントを黒板に貼り出した。
「[gentle]えー、今週の木曜日から、ハルカゼフェスタの準備期間に入ります。今日は3A の出し物を決めましょう。希望案がある人は手を挙げて」
ハルカゼフェスタ——毎年10月の第2土日に開催されるハルカゼ学園の文化祭だ。来場者は2日間で約3500人。体育館のステージでは有志発表が行われ、過去に観客の前で告白をした生徒がいたことから「告白の聖地」として地元で密かに有名になっている。3年生にとっては最後の文化祭。気合いが入るのは当然だった。
「[excited]お化け屋敷!」
「[excited]カフェもいい!」
「[excited]縁日っぽいやつ!」
意見がぽんぽん飛び出す。
そこで五条が手を挙げた。
「[serious]俺が仕切るから、任せろ。時間もったいないし、さっさと決めよう」
教室がちょっと静かになる。五条が仕切ると早く終わるのは本当だし、まとめるのも上手い。でもなんか、さっさと決められる感じもする。クラスの何人かがちらっと顔を見合わせた。
そこで声が飛んできた。
「[cold]仕切るって、あんたの自慢大会にならない?」
シーン。
五条は振り向いた。ノブコは涼しい顔で座ったまま、腕を組んでいる。
「[cold]みんな意見出したじゃない。ちゃんと聞いたら?」
五条は何か言いかけて、止まった。
クラス全員が、固唾を飲んで五条を見ている。いつもの五条なら、さらっと言い返す。でも今回——
(……間違ってない)
何も返せなかった。
ノブコの言ったことは、間違っていなかった。みんな意見を出していた。それを聞く前に、俺が「まとめる」と言った。それだけのことだ。正論だ。
何秒かの沈黙。
「[serious]……じゃあ、みんな意見出せよ」
ボソッと言った。
クラスの空気が、ふわっとほぐれた。
意見が出始める。お化け屋敷、カフェ、縁日系、謎解き。意見が重なって、混ざって、だんだん「お化け屋敷+小道具販売」という案に収れんしていく。会議がいつもより活発だ、と五条は横目で感じていた。
(こいつ……面白い)
悔しかった。でもその悔しさとは別に、もっとよくわからない感情が、胸の真ん中あたりでじわっとしていた。
会議が終わって、教室を出る前に男子の一人が五条に耳打ちしてきた。
「[whispers]お前、今日めっちゃ大人しくなかった?」
「[cold]うるせえ」
顔をそらしながら立ち上がる。
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ミナミハルカゼ駅前のハルカゼ通りを歩いていると、こがね堂の前を通った。たい焼きのあんこの匂いが漂ってくる。放課後の商店街は、制服の生徒がちらほらいた。
五条はエブリマートに寄ろうと駅前に向かいかけて、足が止まった。
駅前の小さな広場。ベンチの脇に、ノブコが立っていた。
スマホを両手で持って、画面を見ながら右を向いて、左を向いて。また右を向く。完全に迷っている。眉間に縦皺が入って、唇をちょっと尖らせている。
五条は立ち止まった。
(……あいつ)
声をかければいい。どこに行きたいか聞いて、教えてやれば済む。それだけだ。
俺なら普通にできる。一歩踏み出した。
——でも、止まった。
何て言う?「俺が案内してやる」か。それって、結局「俺がいてやる」ってことだろ。さっきみんなの前で「仕切らせろ」って言ったときと、同じだ。
あいつに言い返せなかった俺が、同じ口で何を言う。
ノブコはスマホを操作して、違う方向に歩き出した。たぶん間違った方だ、とぼんやり思った。でも五条は声をかけなかった。
そのまま、横を通り過ぎた。
ノブコは気づかなかった。あるいは、気づいたとしても、顔には出さなかった。
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帰り道、エレベーターのボタンを押しながら、五条はずっとそのことを考えていた。
11階。廊下を歩いて、部屋に入る。電気はつけなかった。リビングのソファに沈み込む。
昨夜と同じ天井。同じ静けさ。冷蔵庫の音。窓の外の車の音。
昨夜は父親のメッセージを見て、そのまま弁当を食べた。
今夜は、別のことが頭から出ていかない。
——あんた、最悪ね。
最初の一言。一秒も間がなかった。あんなにあっさり言われたのは初めてだった。
——仕切るって、あんたの自慢大会にならない?
言い返せなかった。それが悔しいはずなのに、なぜか嫌じゃなかった。
——声をかけられなかった。
それが一番、今もじわじわしている。
(なんで声かけられなかったんだ、俺)
天井を見上げる。暗い。
いつも注目されてきた。いつも中心にいた。誰かに近づくなんて考えたこともなかった。
でも今日、俺は何度も「あいつがどこにいるか」を気にした。屋上から窓を見た。駅前で足を止めた。
それがどういうことなのか、まだ全然わからない。
「……わかってねぇな、俺」
一人で言って、少し笑った。
ソファに横になって、スマホを伏せる。
次はちゃんと、声くらいかけられるようになりたい。そう思ったけど、どうやってそれをするのかは、まったく見当もつかなかった。