カルデアのキミが好きすぎる!
ある朝、東京の桜ノ宮高校に、普通ではない転校生がやってきた。
銀色の髪をなびかせ、教室に颯爽と現れた彼女は、笑顔で男子の半分を椅子からひっくり返すほどの魅力を放つ――メルリン(女性形)だ。彼女は明るく「みんな、よろしくね~!」と自己紹介した。
岸本ハルトは、特に取り柄もない普通の二年生。なぜか彼は彼女の隣の席に座ることになった。特別な才能も、劇的な過去もない彼に、メルリンは休み時間ごとに近づき、「ねえ、君ってちょっと面白いかも」とささやく。しかしハルトには、その意味がまったくわからなかった。
それだけでも十分な騒動だが、二日後には赤いコートを纏った鋭い目つきの少女――エミヤ(女性形)が現れ、メルリンと目を合わせて冷たく「また会ったな」と言い放つ。二人の間には一瞬で火花が散った。さらにエミヤはなぜかハルトの近所に引っ越してきて、毎朝「おはよう、保護対象」と挨拶してくるのだ。保護対象って何!?
その一週間後、金髪で真剣な瞳のアルトリア(女性形)が生徒会に加わり、「岸本ハルトを観察対象に登録した」と宣言する。いったいそれはどういう意味なのか!?
気づけば、三人の異色の少女たちがみな
カルデアのキミが好きすぎる! - いつも通りの朝が、最後の朝だった
胸の中で、何かが光っていた。
どこにもない真っ暗な場所。足元も、壁も、天井もない。ただ暗闇だけがある。
なのに、胸の真ん中がじんわりと温かい。
ドクン。
光が膨らむ。
ドクン。
光が縮む。
岸本ハルトは、その光に手を伸ばした。触れようとした、その瞬間——
ざっ。
遠くから、足音がした。
ひとつじゃない。ふたつ、みっつ、もっと多い。
あらゆる方向から。輪を縮めるように、近づいてくる。
ハルトはその場に固まった。
ざっ。ざっ。ざっ。
——目が覚めた。
時計は、午前2時17分を指していた。
部屋は静かだ。窓の外、ミソギ川が月明かりを反射してゆらゆら光っている。足音なんて、どこにもない。
「……変な夢」
つぶやいて、またベッドに倒れ込む。
でも、胸の奥に光の感触がかすかに残っていた。温かくて、なんか懐かしいような、そんな感じ。
まあ、夢だし。
ハルトはもう一度目を閉じた。
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翌朝、6時。
アラームより先に目が覚めた。
キッチンに立って、まずガスをつける。フライパンを温めている間に冷蔵庫を開けて、卵を3個出す。
毎朝の儀式みたいなもんだ。
たまごを割る。箸でかき混ぜる。少し砂糖と醤油を入れて、フライパンに流す。端からくるくると巻いていく。この「くるくる」が、ハルトにとってはなんか落ち着く時間だった。うまく巻けると、小さく「よし」って言いたくなる。
今日も、うまく巻けた。
「[gentle]よし」
言った。誰もいないキッチンで。
唐揚げは昨夜の残りがある。白ご飯を詰めて、卵焼きと唐揚げを並べて、ちょっと隙間に緑のやつ(冷凍のブロッコリー)を入れると、いつものお弁当の完成だ。
味見した卵焼きは、ちゃんと甘くてほんの少し塩っぱい。我ながらうまい。
着替えて、ランドセル……じゃなくて、リュックを背負う。紺のブレザーに赤のネクタイ。サクラノミヤ高校の制服だ。鏡を見ると、癖毛の黒髪が少しはねていた。指で押さえても、すぐ戻る。まあいいか。
背は170センチくらい。細めだけど健康的、だと思う。深い茶色の目。特別かっこいいわけでも、悪いわけでもない、普通の顔。
自分で言うのもなんだけど、「普通」がいちばんしっくりくる言葉だと思ってる。
寝室のドアの前で立ち止まる。
「[gentle]行ってきます」
「[whispers]……気をつけてね」
くぐもった声が返ってくる。母・サチコは病院の事務員で、夜勤明けの日は朝ギリギリまで寝ている。起こさないようにそっとドアを閉めて、ハルトはアパートを出た。
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コーポひなた、2階の角部屋。
築28年のわりに、ベランダからの景色だけは気に入ってる。ミソギ川の桜並木が、まっすぐ見える。
今日もその遊歩道を歩いて、学校に向かう。
4月の朝の空気って、なんかいい。
ちょっと冷たくて、でも日差しは温かくて。桜はもう盛りを過ぎて、花びらがちらちら川面に落ちている。流れに乗って、ゆっくり下っていく。
ミナトザカ区の朝は、こんな感じだ。渋谷と新宿の間にある、こじんまりした区。でかい商業施設もないし、有名な観光地もない。ミソギ川沿いのこの遊歩道と、ハナミチ通り商店街くらいが特徴って感じ。
でも、ハルトはこの街が好きだった。
歩いていると、川岸の街灯がひとつ、チカチカと点滅していた。昼間なのに。
「[serious]また誤作動か」
ひとりごとをつぶやく。ミナトザカ区では、こういうことがたまにある。電子機器がなぜか誤作動する。スマホの画面が一瞬真っ黒になったり、自動ドアが開かなかったり。月に2、3回はある気がする。なんでかは知らない。
近くに電柱があって、カラスが2羽とまっていた。
そのカラスが、ふたつともまったく同じ方向を向いてじっとしている。
川の、下流のほうを。
……なんか気持ち悪いな。
そう思って、ハルトも川を見た。
一瞬だった。
川面が、虹色にゆらめいた。
「……え」
目を細めて、もう一度見る。
ただの川だ。花びらが浮いているだけの、普通の川面。
……気のせいか。
多分そうだ。朝日の加減とか、そういうやつだろ。ハルトはまた歩き始めた。でも、なんとなく、昨夜の夢の光を思い出した。胸の奥の、あの温かい感じ。
まあ、関係ないか。
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サクラノミヤ高校の校門前、でかい桜の木がある。
樹齢120年らしい。区の保存樹木に指定されているという、この辺りでいちばん古い桜だ。もう散りかけてるけど、それでもまだ白っぽいピンクの花が残っていて、風が吹くたびにはらはら落ちてくる。
毎朝ここをくぐって教室に入る。
それだけで「また1日が始まる」って気持ちになる。不思議だけど。
廊下の掲示板に、でかい紙が貼ってあった。「ノミヤ祭 企画案募集中!」って書いてある。でもまだほとんど白紙で、隅っこに「10月開催予定」とだけ書いてある。毎年来場者が3000人くらい来る、地域で有名な文化祭だ。今はまだ4月だから、みんな気が早いって感じだけど。
2年3組の教室に入る。
窓際の席。隣は、空席だ。
ずっと空席だった。なんか転校生が来るとかいう話はきいたことがあるけど、まだ誰もいない。たまに、教科書を置いたり落としたりしても隣に迷惑かからないのが、ちょっと楽だったりもする。
「[excited]ハルト、なんか今日調子よさそうじゃん」
後ろの席から、西野が声をかけてきた。明るくてノリのいいやつで、なぜかいつも「なんとなく」で話しかけてくる。
「[serious]そうか?」
「目がパキっとしてる」
どういう意味だそれ。
1時間目は国語。担任の戸田先生の授業だ。42歳、温厚な人だけど、出欠だけは異様に厳しい。5分遅刻しただけで「なぜ遅れた」って聞いてくる。中身は古文の品詞分解で、正直かなり眠くなる内容だった。
連用形。已然形。
窓の外、遠くにミソギ川の桜並木が見える。朝より花びらが増えた気がする。
ハルトは頬杖をついて、その景色をぼんやり見ながら、なんとか意識を保った。
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昼休み。
「[excited]屋上行こうぜ」
田島が言った。食いしん坊で、給食をいつも一番早く食べ終わるやつだ。がっしりした体格で、見た目はすごく強そうなのに、虫が苦手だったりする。
屋上は普段、鍵がかかってる。
でも田島は先輩から「受け継いだ」という合鍵を持っている。どういう経緯かは聞かないようにしてる。
三人で階段を上がって、重いドアを開けると——風がどっと来た。
東京タワーが見える。フェンスの向こう、少し霞んだ空に、オレンジ色の鉄骨がそびえてる。
ここでお昼を食べるのが、最近のルーティンだ。
「[excited]ハルト、今日もお弁当?」
「[serious]毎日だろ」
弁当箱を開けると、西野がすかさず覗いてきた。
「[excited]卵焼きじゃん!!うまそう!!」
「[serious]見るな」
「[excited]一個くれ」
田島まで来た。
「[laughing]……まあ、しょうがないな」
ひとつずつ分けてやると、ふたりがほぼ同時に口に入れて、ほぼ同時に「うまっ」って言った。
なんかそういうの、嫌いじゃない。
風が吹いて、東京タワーの方から桜の花びらが飛んできた。田島の頭に一枚ひっついた。本人は気づいてない。西野がこっちを見て、にやりとした。ハルトも黙っておいた。
「[serious]なあ、放課後どうする」
「[serious]特にない」
「[serious]じゃあゲーセン」
「[serious]行かない」
「[sarcastic]なんで即答なんだよ」
そういうやりとりをしながら、ぼんやり空を見る。
悪くない昼だな、と思った。
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放課後、またミソギ川沿いを一人で歩いて帰る。
朝と同じ道。でも夕方は全然違う顔をしてる。桜がオレンジ色に染まって、川面に夕日がきらきら映ってる。遊歩道を走ってるおじさんがいて、犬を連れて散歩してるおばさんがいて、自転車で走り抜ける小学生がいる。
あー、俺の毎日って、だいたいこんな感じだな。
そう思った。
大きな夢とか、目標とか、別にない。成績は中くらい、運動も中くらい。特技は料理と、空気を読むことくらい。クラスで一番目立つわけでも、一番目立たないわけでもない。
でも、この川沿いの帰り道みたいな時間が、なんか好きだ。
ただ歩いてるだけなのに、なんか落ち着く。
家に帰って、夕飯の準備をする。二人分。
今夜は肉じゃがにした。じゃがいもを剥きながら、台所のラジオをかけて、出汁の匂いが部屋に広がってくる。
9時ちょっと前に、ドアが開く音がした。
「[gentle]ただいま……あ、肉じゃが」
母・サチコが、疲れた顔でコートを脱いだ。背は低くて、短い髪で、顔はなんとなくハルトに似てる。いつもより少し疲れてるな、と思ったけど、特に聞かなかった。
「[gentle]ハルトがいてくれると、本当に助かる」
箸を伸ばしながら、そう言った。
ハルトは特に何も言わなかった。でも、なんかそれだけで十分な気がした。
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宿題を終えて、ベッドに入る。
昨夜の夢のことは、もうほとんど忘れていた。
あの光も、足音も。
すぐに眠れた。
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翌朝もいつも通り、6時に起きた。
弁当を作って、制服を着て、ミソギ川沿いを歩く。でも、どこかすっきりしない。昨夜の夢のことを思い出したわけじゃないけど、なんか胸の奥にもやもやが残ってる感じがして。
気にしても仕方ない。
いつも通りに校門の桜の木をくぐって、廊下を歩いて、2年3組に入る。
——あれ。
なんかいつもより騒がしい。
「[whispers]なあ、聞いた?今日転校生来るらしいよ」
田島が、小声でハルトに言った。
「[surprised]転校生?」
「[whispers]なんか美少女らしい」
後ろから西野も加わってきた。こいつ、耳だけは早い。
教室がざわざわしてる。まあ転校生が来るってだけでこれだけ盛り上がれるの、高校生っぽいな、と思いながらハルトは席に着いた。
朝のHR。戸田先生が出欠を取り終えて、名簿をぱたんと閉じる。
「[serious]えーっと、今日からですね、新しいクラスメイトが加わります」
教室がしんとした。
ドアが、ゆっくり開いた。
まず、光が入ってきた。
窓から差し込む朝日に、何かが反射している。
銀色の、長い髪だった。
廊下の光を弾いて、きらきらと。肩より下まで、まっすぐ伸びている。涼しげな目。すっと通った鼻筋。制服の紺ブレザーを着ていても、どこかこの教室とは違う空気をまとってる。
にこ、と笑った口元が、ふわっと柔らかくなった。
教室の男子が、3人くらい同時にいすからずり落ちる音がした。
「[gentle]アルメス・ミズキさんです。よろしくお願いします」
アルメス・ミズキ、と言われたその子は、まっすぐ前を向いていた。
クラス全体を見渡すような、でも誰かを特定しているような——
そのとき、ハルトと目が合った。
一瞬だけ。
ほんとに、一瞬だけ。
彼女は何かを確認するみたいに、ハルトを見た。
それからまた、すっと前を向いた。
「[serious]えーと、岸本の隣の席に座ってください」
ハルトは、ハッとした。
隣。
今まで、ずっと空席だった隣。
アルメス・ミズキが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。銀色の髪がさらりと揺れる。近づいてくるにつれて、なんか——花みたいな、甘くて不思議な匂いがした。
すっと椅子が引かれる音がした。
隣に、人が座った。
「[gentle]よろしくね」
小さな声で、そう言われた。
ハルトは反射的に「[surprised]あ、よろしく」と答えた。
自分の声が、少し変だった気がした。なんか、上ずってた。
窓の外では、桜の花びらがまた一枚、川に向かって落ちていった。
ハルトのいつも通りの朝は、ここで静かに終わった。