カルデアのキミが好きすぎる!
ある朝、東京の桜ノ宮高校に、普通ではない転校生がやってきた。
銀色の髪をなびかせ、教室に颯爽と現れた彼女は、笑顔で男子の半分を椅子からひっくり返すほどの魅力を放つ――メルリン(女性形)だ。彼女は明るく「みんな、よろしくね~!」と自己紹介した。
岸本ハルトは、特に取り柄もない普通の二年生。なぜか彼は彼女の隣の席に座ることになった。特別な才能も、劇的な過去もない彼に、メルリンは休み時間ごとに近づき、「ねえ、君ってちょっと面白いかも」とささやく。しかしハルトには、その意味がまったくわからなかった。
それだけでも十分な騒動だが、二日後には赤いコートを纏った鋭い目つきの少女――エミヤ(女性形)が現れ、メルリンと目を合わせて冷たく「また会ったな」と言い放つ。二人の間には一瞬で火花が散った。さらにエミヤはなぜかハルトの近所に引っ越してきて、毎朝「おはよう、保護対象」と挨拶してくるのだ。保護対象って何!?
その一週間後、金髪で真剣な瞳のアルトリア(女性形)が生徒会に加わり、「岸本ハルトを観察対象に登録した」と宣言する。いったいそれはどういう意味なのか!?
気づけば、三人の異色の少女たちがみな
カルデアのキミが好きすぎる! - ケーキと涙と、震える声——ノミヤ祭3日前の修羅場
あの夜の夢——枕元に浮かんでいた三粒の光のことは、まだ頭の端に引っかかっていた。
でも今日はノミヤ祭まで三日しかない。
ハルトは放課後の教室で、完成したばかりのケーキを前にしていた。試作品だ。スポンジを二段に重ねて、生クリームをざっと塗って、イチゴを並べた。味見が必要だった。
「[gentle]まあ、きれいですわ」
ミズキが覗き込んでくる。銀色の長い髪が肩から流れる。
「[serious]食べてみてくれる? 甘さのバランス確認したい」
「[gentle]もちろんですわ」
ミズキがフォークを手に取り、ためらいなく一口食べた。
「[gentle]……美味しい。スポンジが軽い。きみの料理、本当に才能があると思いますわ」
その瞬間だった。
「[angry]ちょっと待って!」
アカネが席から立ち上がった。金色の瞳がミズキを見ている。
「[angry]私が先に食べたかったのに!」
「[sarcastic]別に早い者勝ちじゃないでしょ?」
笑顔のままだった。その笑顔が、アカネの何かに火をつけた。
アカネの表情が変わった。
「[angry]あなたって、いつもそうやって笑ってごまかす!」
教室の空気が固まった。
クラスメイトの誰かがシャープペンを落とした。カランという音が、妙にはっきり聞こえた。
「[angry]ハルトのこと、本当はどう思ってるの!? ちゃんと答えてよ!」
ミズキの笑顔が、一瞬だけ消えた。
ほんの一瞬。でもハルトには見えた。
それからミズキはまた、いつもの表情に戻った。
「[cold]どう思ってるかって?……面白いと思ってるよ」
たった一言。
アカネの目に、涙が盛り上がった。
「[crying]面白い? それだけ?」
声が震えていた。
「[crying]私はハルトを守りたいの! 遊びで近づいてるんじゃない! あなたみたいに飄々として、何も本気にしないような人には——」
「[cold]遊び、か」
ミズキの声のトーンが少し変わった。冷たい、というより——静かな怒りに似た何かだった。
「[cold]わたしがどれだけ——」
言いかけて、止まった。
唇を軽く噛んで、言葉を飲み込んだ。
アカネは涙をこぼしながら、椅子を蹴るようにして教室を出て行った。
ドアが閉まる。
沈黙。
クラスメイトたちが視線を逸らした。渡辺が天井を見上げた。西野がハルトをちらりと見て、すぐ目を逸らした。誰も何も言わなかった。
ミズキは窓の方を向いていた。
背中しか見えない。表情は読めない。
ハルトは立ち上がろうとした。アカネを追いかけなければ、という気持ちだけは確かだった。
そのとき。
「[whispers]……追いかけてあげて」
聞こえるか聞こえないかの声だった。
いつもの飄々とした調子じゃない。笑いを含んだ温度でもない。
かすかに——震えていた。
ハルトの足が止まった。
ミズキはまだ窓の外を向いたまま、動かない。横顔は見えない。でも声の震えは確かだった。胸の奥で何かがギュッとした。
この人も苦しい。
それが初めて、はっきりわかった気がした。
ミズキが何を考えているか、ハルトには全然わからない。でも今の声は——笑ってごまかしていない声だった。
ハルトはもう一秒だけ、ミズキの横顔を見ていた。
それから、教室を出た。
廊下を走り、階段を下りる。校庭に出ると、夕方の風が頬に当たった。
桜の大木が見えた。
樹齢推定120年の大木——校門のそばに立つ、この学校の名物みたいな木だ。その根元に、アカネがいた。膝を抱えて、座っていた。
ハルトは近づいて、隣に腰を下ろした。
何も言わなかった。しばらく、二人で黙っていた。
木の葉が風に揺れる音。遠くでサッカー部の声。夕暮れの橙色が地面に長い影を作っていた。
アカネが顔を上げないまま、話し始めた。
「[sad]私ね、ハルトのことずっと前から知ってた気がするの」
「[surprised]え?」
「[sad]会ったのは最近なのに。変でしょ。でもそばにいると安心するの。なんでかわかんないけど」
アカネの声はまだ少し震えていた。
「[sad]それなのに……あの人がいつもそばにいて。笑ってて、何でも知ってるみたいな顔して。私には絶対勝てないじゃんって思って。悔しくて、妬ましくて」
ハルトは何か気の利いた言葉を探した。
見つからなかった。
「[serious]俺は、二人とも大事だよ」
正直にそう言った。
他に言えることが思いつかなかった。
一瞬、間があった。
アカネが顔を上げた。目が赤い。涙を手の甲で雑に拭いた。
それから——ちょっと笑った。
「[laughing]……ずるい」
「[surprised]え」
「[gentle]そういうところが好きなのに」
小さな声だった。
ハルトの胸が——ドクンと跳ねた。
アカネの金色の瞳が、夕日を受けてきらっと光った。泣いた後の、でも笑っている顔。
でも同時に、ミズキの声が頭に戻ってきた。
震えていた声。窓の外を向いたまま、背中だけ見せていたミズキ。
二人の間で、ハルトの気持ちはまだ宙ぶらりんのままだった。
---
翌朝。
教室のドアを開けた瞬間、ハルトはわかった。
空気が固い。
ミズキは窓際の自分の席に座って、文庫本を開いていた。アカネは斜め前の席で、ノートに何かを書いていた。
二人の視線は一度も交わらなかった。
クラスメイトたちが交互に二人を見ながら、小声でコソコソしていた。西野がハルトに近づいてきて、「大丈夫か……?」とだけ言った。大丈夫じゃなかった。
放課後、準備の時間になった。
ノミヤ祭まで三日。メイド&執事カフェの準備は、今日が一番大事な作業日のはずだった。
アカネはドリンクメニューの試作を黙々とやっていた。誰にも何も相談しない。ただ黙って、ひたすら作業していた。
ミズキは接客の練習台本を書いていた。こちらも誰とも話さない。銀色の髪が机に向かって垂れていた。
二人の間に、透明な壁があった。
渡辺がハルトのそばに来た。
「[scared]このままじゃ間に合わない。メニューの確認も、接客の練習も、全部止まってる。ハルト、何か言ってくれ」
ハルトは二人を交互に見た。
何か言おうとした。
口を開いた。
——でも、何も出てこなかった。
珍しいことだった。いつもなら、場の空気を読んで、なんとなくうまいこと言えたのに。今日は言葉が出てこない。自分が二人の間に立っているせいなのか、ただの腰抜けなのか、わからなかった。
渡辺がため息をついて戻っていった。
その時、廊下の蛍光灯が三本、ほぼ同時にチカチカし始めた。
「[surprised]え、また?」
教室の隅の観葉植物を見た女子が、小さく声を上げた。
昨日まで青々としていた葉が——根元から真っ黒に変わっていた。あの花と同じ枯れ方だ。内側から色が消えるような、異常な枯れ方。
クラスがざわついた。
ハルトはミズキを見た。
ミズキの目が、廊下の点滅している蛍光灯をちらりと見た。それからすっと伏せられた。
その一瞬の仕草を、ハルトだけが見ていた。
何か知っている——そういう目だった。
---
夜。
コーポひなたの205号室。
ハルトはベッドに座って、膝の上に肘をついて頭を抱えていた。
母のサチコはもう寝ていた。部屋は静かだった。
俺、どうすればいいんだろう。
声にならなかった。口の中で溶けた。
アカネの涙は本物だった。「ずっと前から知ってた気がする」という言葉も、「そういうところが好きなのに」という言葉も——全部、本物だった。
ミズキの声も本物だった。あの震えは、嘘じゃない。
でもハルトには何もできなかった。「二人とも大事だよ」と言ったのは正直な気持ちだったけど、それがアカネをどれだけ救ったのかも、ミズキにどれだけ届いたのかも、わからない。
明日がノミヤ祭の前日だ。
その事実が、胃の底に重く沈んでいた。
窓のカーテンが、風でそっとめくれた。
ミソギ川が見えた。月明かりを受けて、川面がぼんやりと光っている。水面に淡い揺らめきが浮かんでいる——最近よく見る、あの光だ。今のハルトにはそれを気にする余裕がなかった。
でも、川の光を見ていたら。
胸の奥に、小さな何かが生まれた。
逃げたくない。
泣いていたアカネから逃げたくない。震えていたミズキから逃げたくない。自分の気持ちからも、逃げたくない。
何をするかは、まだわからなかった。
どうすればいいかも、わからなかった。
でもその感覚だけは——確かだった。
ミソギ川が静かに光り続けていた。