カルデアのキミが好きすぎる!
ある朝、東京の桜ノ宮高校に、普通ではない転校生がやってきた。
銀色の髪をなびかせ、教室に颯爽と現れた彼女は、笑顔で男子の半分を椅子からひっくり返すほどの魅力を放つ――メルリン(女性形)だ。彼女は明るく「みんな、よろしくね~!」と自己紹介した。
岸本ハルトは、特に取り柄もない普通の二年生。なぜか彼は彼女の隣の席に座ることになった。特別な才能も、劇的な過去もない彼に、メルリンは休み時間ごとに近づき、「ねえ、君ってちょっと面白いかも」とささやく。しかしハルトには、その意味がまったくわからなかった。
それだけでも十分な騒動だが、二日後には赤いコートを纏った鋭い目つきの少女――エミヤ(女性形)が現れ、メルリンと目を合わせて冷たく「また会ったな」と言い放つ。二人の間には一瞬で火花が散った。さらにエミヤはなぜかハルトの近所に引っ越してきて、毎朝「おはよう、保護対象」と挨拶してくるのだ。保護対象って何!?
その一週間後、金髪で真剣な瞳のアルトリア(女性形)が生徒会に加わり、「岸本ハルトを観察対象に登録した」と宣言する。いったいそれはどういう意味なのか!?
気づけば、三人の異色の少女たちがみな
カルデアのキミが好きすぎる! - おはよう、保護対象——赤いカーディガンの転校生と枯れた花
あの花のことは、まだ頭から消えなかった。
ミズキの掌の上に咲いた、あの小さな白い花。
見間違いだと思おうとしても、胸の奥でじんわりした疼きが「そうじゃない」と返してくる。夢の光と同じ感触。川面が揺らめいた時と同じ。
ハルトは月曜の朝、いつも通り6時に起きた。いつも通り弁当を作って、いつも通りミソギ川沿いを歩いた。川は穏やかで、4月の朝日が揺れている。
でも、いつも通りじゃないことが、ひとつあった。
指先を見た。右手。花の茎に触れて、ピリッとした——まだそんな感触が残っている気がして、ハルトは首をかしげた。気のせいだ。たぶん。
校門の桜の大木が風に揺れた。葉っぱが多くなってきた木を見上げて、ハルトは教室に向かった。
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廊下をまだ歩いているうちに、戸田先生の声が聞こえてきた。
「[serious]今日、また転校生が来ます」
2年3組に入ると、クラスが既にざわついていた。
「[excited]またか! 今度は誰だよ」
「[whispers]前回みたいな感じ?」
「前回みたいな感じ」というのは、明らかにミズキのことだ。ハルトはひとまず席に着いた。隣のミズキが窓の外を見ながら弁当袋を机に置いている。いつも通りの穏やかな顔だ。
「[gentle]また転校生ですわ」
「[serious]知ってた?」
「[gentle]さあ?」
「さあ?」じゃないだろ、と思ったところで——教室の扉が開いた。
最初に目に入ったのは、赤だった。
カーディガン。燃えるような赤いカーディガン。そのままの色の短い赤髪が揺れて、金色の瞳がゆっくりと教室を見回す。158センチくらいだろうか。制服は紺のブレザーにちゃんと合わせてあるのに、上に羽織ったカーディガンがものすごく主張している。
転校生は扉の前で立ち止まった。自己紹介もそこそこに、金色の瞳がぐるりと動いた。
ハルトと目が合った。
一秒。
転校生の目が見開かれた。そのまま、まっすぐこちらに歩いてくる。机と机の間をすり抜けて、迷いなく。クラスメイトたちが「え、何?」という顔でその動きを追っている。
転校生はハルトの机の前に来て、椅子を引いて——そのまま、ちょうど斜め前の席に座った。
「[serious]おはよう、保護対象」
教室が凍りついた。
三秒後、どっと笑いが起きた。
「[surprised]ほ、保護対象……?!」
ハルトは反射的に立ち上がった。机がガタッと揺れる。
「[serious]自己紹介は? っていうか俺のこと知ってるの? 保護対象って何!?」
「[serious]アカネ・ヒノセ。あなたを守るために来た。理由は今は言えない」
「[angry]言えないって何!?!!」
クラスの笑いが第二波になった。
「[excited]え、何これ、漫画?」
「[laughing]「保護対象」って何だよ!!」
戸田先生が「[serious]静かに!」 と言ったが、もう遅い。アカネはハルトを見上げて、全く表情を変えなかった。金色の瞳が真剣だ。これ、本気で言ってる。
ハルトは立ったまま固まった。
(なんなんだ今日の朝から……)
席を離れようとしたが、クラス委員の渡辺が「座席表の関係でアカネさんはそこで」と告げた。斜め前の席。完璧に視界に入る場所だ。
1時間目が始まっても、アカネは5分に一回ハルトの方を確認した。確認するというか、まじまじと見た。隠す気が全くない。ハルトが視線を感じてそっちを向くと、アカネは目を逸らさずにただ見返してくる。
(やめてくれ……)
隣のミズキはそれを見て、ふふ、と小さく笑った。
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昼休み、ハルトは屋上に来た。
いつもの場所。フェンス越しに東京タワーが見える角。弁当箱を開けようとしたとき——左から足音。
「[gentle]あら、こんにちは」
ミズキが来た。にこりと笑いながら。
次の瞬間、右からも足音が来た。
「[serious]……あなたがいるなら話が面倒になる」
アカネだった。ミズキを見た瞬間、金色の瞳が鋭くなった。
二人の間に、何か走った。空気が変わる。ビリビリするというか、壁が張られたというか。ハルトは箸を持ったまま固まった。
「[gentle]まあ、そうですね。でも屋上は誰でも使えますわ」
「[serious]そうだね。私もそう思う」
どちらも笑顔だ。でも、全然笑ってない。
アカネがハルトの右隣に座った。ミズキが左隣に座っていた。ハルトは完全に挟まれた。
アカネが手作りらしい弁当箱を開いた。
「[serious]食べて。毎日作る」
「[surprised]え、俺に?」
「[serious]保護対象だから。栄養管理も守ることに含まれる」
ミズキがそれを見て、自分の弁当からおかずをひとつ、ハルトの弁当箱にそっと移した。
「[gentle]わたしのも食べますわ」
「[surprised]ちょっと待って、俺の弁当もあるんだけど!?」
両側からおかずが追加されていく。ハルトの弁当が気づいたら満杯になった。
アカネがミズキを横目で見た。ミズキがアカネを横目で見た。二人の視線がハルトの上で交差する。
(これ、しばらく続くやつだ……)
ハルトはため息をついて、両方のおかずを少しずつ食べた。どちらも美味しかった——それが、またなんかよくわからない気持ちになった。
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放課後、文化祭の準備が始まった。
ノミヤ祭——サクラノミヤ高校の文化祭。毎年10月の第2土日に開かれ、来場者は約3000人になる学校最大のイベントだ。2年3組は先日メイド&執事カフェに決まっており、今日から本格的な準備が始まる。
クラス委員の渡辺が担当表を作っていた。
アカネが机ごと渡辺に近づいた。
「[serious]接客担当に入れて」
「[serious]あ、えっと……」
「[serious]ハルトの隣を守る必要がある。接客は一番重要でしょ」
渡辺が困った顔でハルトを見た。ハルトも困った顔で渡辺を見た。どちらも答えが出ない。アカネは既に自分の名前を担当表に書き込んでいた。
ミズキが横から手を挙げた。
「[gentle]では、わたしはハルトくんの料理のお手伝いをしますわ」
クラスが「あ〜〜」と微妙な空気になった。
「[serious]料理は私がやる」
「[gentle]まあ、人手は多い方がいいですわ」
二人がにこにこしながら睨み合っている。ハルトはひっそりと後退した。
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家庭科室の試作タイムになった。
ハルトが調理台でメニューを考えていると、アカネが横に立った。
「[serious]包丁、教えて」
「[surprised]え、使えないの?」
「[serious]使える。でもあなたのやり方を学びたい」
ハルトはにんじんを渡した。アカネが包丁を持つ。
……縦だ。
包丁を縦に、剣を握るみたいに持っている。ハルトはしばらく見つめた。アカネは真剣な顔で、正しいと思っている顔で、縦に持っている。
アカネが包丁を振り下ろした。
にんじんが真横に飛んだ。
カラン、と調理台の向こうに転がっていった。
「[serious]……それは、ちょっと違う」
「[surprised]なんで飛んだの?」
「[serious]持ち方から全部違う。横にして、こう——」
ハルトがアカネの手に手を添えようとした。その瞬間、アカネの動きが止まった。
「[scared]て、手……!」
耳まで赤くなった。包丁を持ったまま固まっている。
「[surprised]大丈夫?」
「[serious]大丈夫……大丈夫だから」
全然大丈夫じゃない顔をしていた。ハルトは少し離れた。アカネはもう一度にんじんに向かった。今度は横に持った。にんじんは飛ばなかった——ただし形が斜め45度になった。
一方、別のテーブルではミズキがポスターを担当していた。
しばらくして、クラスメイトの田島が「え……」と固まった。
「[surprised]これ、お前が描いたの?」
「[gentle]ん、何か変でしたか?」
ポスターを見たクラスが静かになった。
そこにあったのは、高校生の文化祭のポスターじゃなかった。線が精緻で、陰影が正確で、喫茶店の情景が写実的に描かれている。背景のカップの光の反射まで入っていた。
「[excited]これ、プロじゃない!?」
「[gentle]普通に描いただけなのですが」
「[serious]普通じゃないから!!」
ミズキが少し首をかしげた。本当に心当たりがない顔をしている。
ハルトはそれを見ていた。
(普通に描いた、か……)
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夕方になった。
窓から入る光がオレンジ色に変わり始めた頃、教室の準備が佳境に入っていた。飾りつけ用の花をバケツから出して教壇に並べていたクラスメイトが、声を上げた。
「[surprised]ねえ、これ変じゃない?!」
見ると、バケツに入っていた生花が、全部、根元から黒くなっていた。
外側が枯れたんじゃない。内側から、真っ黒に染まっている。時間を早送りしたみたいに生気が消えて、茎も花びらも、色のない真っ暗な塊になっていた。さっきまで普通に生きていたはずの花が——まるで最初からそうだったみたいに、静かに死んでいる。
教室がざわついた。
「なんで?」「気持ち悪い」「腐った?」
ハルトは近くにいたので、なんとなく見に行った。
「どうしたんだろ」と呟きながら、手を伸ばして一本の茎に触れた。
ピリッ。
指先に、静電気みたいな痺れが走った。
「[surprised]っ……」
ハルトは反射的に手を引いた。ちょっと強め、というか、ただの静電気にしては鋭かった。痛いというより、びっくりした。
「[serious]静電気、かな」
そうつぶやいて手のひらを見た。何もない。普通の右手だ。
ふと気配を感じて横を向いた。
ミズキが、笑っていなかった。
いつも穏やかに細くなっている紫色の瞳が、今は真っ直ぐにハルトを見ていた。笑顔じゃない。何かを確かめる目。一瞬だけ、本当に一瞬——それから、すっと元の柔らかい顔に戻った。
「[gentle]大丈夫ですか?」
「[serious]あ、うん。静電気だと思う」
アカネが自然な動きでハルトの前に立った。
気づいたらそこにいた、というくらい素早く。ハルトとバケツの間に体を入れる形で。そしてちらっと窓の外を見て、それから廊下の方向を一度確認した。普通に立ち止まっただけに見えた。でも、それだけじゃない気もした。
ハルトには何が起きたかわからない。
戸田先生がホームルームで「[serious]花は明日補充しておきます」 と言って、それで終わった。クラスが片付けを始める。日常に戻っていく。
廊下の蛍光灯が一本だけ、チカチカと点滅していた。
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家に帰って、夕飯を作りながらハルトは今日のことを頭の中で整理しようとした。
保護対象、という言葉。アカネの金色の瞳の真剣さ。ミズキの、一瞬消えた笑顔。アカネが窓の外を確認した仕草。そして枯れた花。指先の痺れ。
右手を見た。
まだ残ってる気がする。その感触が。
(なんで静電気で、あんな感じになるんだろ)
夕飯を食べて、宿題を片付けて、ベッドに入った。
すぐに夢を見た。
胸の光だ。前より大きい。白く、ゆっくり膨らんでいる。脈打っている。その光に向かって、今度は二つの影が手を伸ばしていた。
銀色の長い髪の影と——赤いカーディガンを羽織った影。
二つの影が光に触れようとした瞬間、光が弾けた。
目が覚めた。
暗い部屋。時計は深夜1時過ぎ。
ハルトは布団の中で動かなかった。呼吸が少し速い。夢の残像が消えない。
枕元を見た。
米粒くらいの光の粒が、三つ、ふわりと浮いていた。
淡い。温かい色。何かに似てる——胸の疼きと、同じ色だ。
ハルトは手を伸ばした。触れようとした。でも光の粒は音もなく、ゆっくりと消えた。
何も残っていない。暗い部屋だけ。
窓の外、ミソギ川が月に光っている。
ハルトは手を戻した。布団の中で、天井を見た。
何かがおかしい。
それは今日、初めてはっきりした言葉になった気がした。ぼんやりした感触じゃなくて、はっきりとした疑問として、頭の中に根を張った。
アカネは何を守ろうとしているのか。ミズキはあの瞬間、何を見ていたのか。
花が枯れて、指先が痺れて、夢に光の影が来て、枕元に光の粒が浮かんで——これ全部、繋がってる気がする。
寝直そうとした。でも胸の奥がずっと疼いていて、すぐには眠れなかった。
ミソギ川の月明かりが、静かに窓を照らし続けた。