カルデアのキミが好きすぎる!
ある朝、東京の桜ノ宮高校に、普通ではない転校生がやってきた。
銀色の髪をなびかせ、教室に颯爽と現れた彼女は、笑顔で男子の半分を椅子からひっくり返すほどの魅力を放つ――メルリン(女性形)だ。彼女は明るく「みんな、よろしくね~!」と自己紹介した。
岸本ハルトは、特に取り柄もない普通の二年生。なぜか彼は彼女の隣の席に座ることになった。特別な才能も、劇的な過去もない彼に、メルリンは休み時間ごとに近づき、「ねえ、君ってちょっと面白いかも」とささやく。しかしハルトには、その意味がまったくわからなかった。
それだけでも十分な騒動だが、二日後には赤いコートを纏った鋭い目つきの少女――エミヤ(女性形)が現れ、メルリンと目を合わせて冷たく「また会ったな」と言い放つ。二人の間には一瞬で火花が散った。さらにエミヤはなぜかハルトの近所に引っ越してきて、毎朝「おはよう、保護対象」と挨拶してくるのだ。保護対象って何!?
その一週間後、金髪で真剣な瞳のアルトリア(女性形)が生徒会に加わり、「岸本ハルトを観察対象に登録した」と宣言する。いったいそれはどういう意味なのか!?
気づけば、三人の異色の少女たちがみな
カルデアのキミが好きすぎる! - クッキーと、掌の花と、心のざわめき
転校から一週間が経った。
あの川沿いの夕方のこと——ミズキと並んでシュークリームを食べたこと、一瞬だけ笑顔じゃない目が見えたこと——は、なんとなくまだ頭の隅に残っていた。でも今は朝のホームルームが終わったばかりで、ハルトには考える暇もなかった。
ミズキが、のぞいてきた。
隣の席から、ひょいと首を伸ばして。
「[gentle]きみの卵焼き、巻き方がプロみたいですわね」
弁当箱の蓋を開けた瞬間のことだった。ハルトは少し固まった。
「[serious]……プロって、普通の卵焼きだぞ」
「[gentle]均等に巻いてある。形が整っていますわ。わたし、こういうの得意じゃないので」
ミズキが本当に感心しているのか、それとも社交辞令なのか、表情だけではよくわからない。いつもそうだ。
ハルトはちょっと迷ってから、「食べる?」と差し出した。
「[gentle]いただきますわ」
ぱく、と一口。
「[gentle]……甘い。すごくちゃんと甘い」
「ちゃんと甘い」ってなんだ、という気がしたけど、嬉しそうだったので何も言わなかった。
「[serious]君の弁当は?」
「[gentle]どうぞ」
ミズキが当然のように弁当箱を傾けてきた。小さな四角い容器に、きれいな仕切りで整頓された色とりどりのおかずが並んでいる。見た目は、というか、見た目は本当に完璧だった。
ハルトはひじきの煮物を一口食べた。
「(……あ、これは)」
甘い。めちゃくちゃ甘い。砂糖を三倍入れたのか、というくらい甘い。
「[serious]……美味しい、ね」
すごく頑張って言った。ミズキは満足そうに頷いた。
それが最初だった。
それから毎日、昼になるとおかずを一品ずつ交換するようになった。ハルトが作ったものはミズキに好評で、ミズキが持ってくるものはいつも見た目が完璧で味付けが独創的だった。独創的、というのは、かなり婉曲な表現だけれど。
問題は、この交換の様子をクラスのみんなが見ていたことだ。
「[whispers]ねえ、あの二人……付き合ってるんじゃない?」
聞こえよがしの声が、二日目の昼休みに廊下から聞こえてきた。
三日目には、クラス全体に広まっていた。
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「[surprised]お前、いつの間に!!」
ハルトが席に着くなり、後ろから西野に肩を掴まれた。めちゃくちゃ力が入っていた。
「[serious]違う違う違う」
「[excited]でも弁当交換してるじゃん! しかも毎日!」
「[serious]それは別に、そういう流れになっただけで——」
「[excited]流れで毎日弁当交換する男女がいるか!!」
その声がちょっと大きすぎた。近くにいた数人がこっちを見る。
ハルトは「頼むから静かに」と小声で言いながら、隣の席をちらっと確認した。
ミズキは窓の外を見ながら、にこにこしていた。
この状況を否定する気、全然ないのか。
「[serious]アルメス、何か言ってくれ」
「[gentle]まあ、そうですね」
「まあ、そうですね」じゃない。何がそうなんだ。
ミズキは相変わらずにこにこしている。否定も肯定もしない。ただ笑っている。その笑顔は穏やかで、柔らかくて、どこまでも読めなかった。
廊下から、田島と吉川ともう一人の男子が三人でこっちを見ていた。全員、すごくおもしろくなさそうな顔をしていた。ハルトが目を合わせると、三人ともわずかに顔を背けた。
俺、何もしてないんだけど。
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昼休みの終わり、クラス委員の渡辺が前に立った。
「[serious]生徒会から連絡が来てる。ノミヤ祭の出し物、今週中に決めて提出しないといけないって」
ノミヤ祭——サクラノミヤ高校の文化祭で、毎年10月に開かれる。地域最大規模で、来場者が3000人くらい来る。校門前の桜の大木と同じくらい、この学校の名物みたいなものだ。
候補が乱立した。お化け屋敷、射的、謎解き脱出ゲーム。男子が「メイド喫茶!」と言ったら女子の半分がうんざりした顔をした。
そのとき、ミズキが手を上げた。
「[gentle]メイド&執事カフェはいかがでしょう。両方あれば、参加できる人が増えますわ」
一瞬の沈黙。
それから、クラスの半分が同時に「それいい!」と言った。
渡辺が「じゃあ多数決——」と言いかけた時点でほぼ決まっていた。
「[serious]岸本って料理得意だよな。メニュー考えてくれない?」
渡辺にあっさり言われた。有名な話らしい。毎日弁当を自分で作っていることは、いつの間にかクラスの共通認識になっていた。
「[serious]……まあ、いいけど」
「[gentle]じゃあ、わたしは接客担当ですわね」
横から、すっと手が挙がった。
誰も驚かなかった。たぶん全員、こうなると思ってた。
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放課後、家庭科室。
日差しが窓から斜めに差し込んで、調理台が橙色に染まっていた。廊下は帰宅する生徒たちの声でまだ賑やかだが、室内はハルトとミズキの二人だけで、静かだった。
「[serious]まずクッキーを試作しようと思う。文化祭で出すなら、日持ちするやつがいい」
「[gentle]いいですわね。わたしも手伝いますわ」
「[serious]じゃあ、そっちの容器に砂糖100グラム計って——計量スプーン、右の引き出しにある」
「[gentle]了解ですわ」
ミズキは慣れた手つきで引き出しを開けた。材料を確認して、てきぱきと計量を始める。なんか、意外と手際がいい。
ハルトはバターを室温に戻しながら、横目でミズキを見た。銀色の髪が作業着のエプロンの後ろに流れている。いつもの制服より少しだけ、普通の女の子みたいに見えた。
ちょっと……なんか、いいな。
そう思ってから、ハルトは自分でツッコんだ。いや、何がいいんだ。
しばらく並んで作業していた。小麦粉をふるって、バターを混ぜて、卵を割って。ミズキは口数が少ないが、ハルトが「次は薄力粉」と言うと黙って出してくれる。変に息が合っていた。
生地がまとまってきたところで、ミズキが「形を作りますわね」と言って成形を始めた。指先でくるくると丸めて、丁寧に並べていく。その作業は、本当にきれいだった。形が均一で、並び方も整然としている。
「[gentle]できましたわ」
確かに、見た目は完璧だった。
オーブンに入れて、タイマーをセット。二人でぼんやり待つ。
いい匂いが広がってきた。バターと砂糖の、甘い匂い。夕暮れの光の中で、なんか、不思議な時間だった。
タイマーが鳴った。
ミズキがオーブンを開ける。きれいな焼き色のクッキーが、整然と並んでいる。
「[gentle]きれいに焼けましたわ」
ハルトは一枚取って、一口かじった。
「(……)」
塩っぱかった。
すごく、塩っぱい。甘い匂いに全力で裏切られた。何が起きたんだ。
ハルトの表情が、顔ごと引きつった。ミズキがそれを見ていた。
「[serious]……形は、すごく綺麗だよ」
絞り出した。本当に絞り出した。
その瞬間、ミズキが吹き出した。
「[laughing]あははっ、それだけ!?」
声に出して笑うミズキを、ハルトは初めて見た。いつもの穏やかな微笑みじゃない、ちゃんと笑ってる。肩まで揺れていた。
それが可笑しくて、ハルトも笑い出した。
「[laughing]だって形は本当に綺麗だったんだよ! 中身の問題で!」
「[laughing]砂糖と塩、間違えましたわ。容器が似ていて……」
「[laughing]気づいてたんか!!」
二人で調理台に突っ伏すみたいにして笑った。窓から差し込む夕陽が部屋全体をオレンジ色に染めていて、塩クッキーの残骸が皿の上に並んでいて、それがまた可笑しかった。
しばらくして、笑いが引いた。
ミズキが「砂糖入れ直して、もう一回作りますわ」と言いながら計量スプーンを持ち直した。ハルトは「そうだな」と答えながら、胸の奥がじんわり温かいのに気づいた。
何の感情か、名前がうまくつけられない。でも、今までの一週間で一番、緊張していない気がした。
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片付けを終えて廊下に出ると、もう校舎はほとんど暗くなっていた。帰る時間だ。
「[gentle]今日はありがとうございましたわ。塩クッキーの試作も含めて」
「[laughing]「も含めて」じゃないだろ」
笑いながら階段を下りて、一階の裏口から外に出た。
4月の夕方の空気は少し冷たくて、校舎の陰が長く伸びていた。
ハルトが「じゃあ」と言いかけたとき、前を歩いていたミズキが急に立ち止まった。
裏門の手前、石畳が終わるあたり。街灯はまだ点いていない時間で、辺りは薄暗かった。
ミズキが立ち止まって、ゆっくりと右手を上に向けた。
掌を空に向けて、目を細める。
ハルトは「どうしたんだ」と言おうとして、言葉が止まった。
ミズキの掌の上に、小さな白い花が咲いていた。
一輪だけ。親指の爪くらいの大きさの、小さな花。淡く光をまとって——ほんの数秒、ふわりとそこに在って——それからすっと、消えた。
ハルトは目をこすった。
見間違いだ。夕暮れの逆光で、花びらか何かが飛んできただけだ。季節的にもそういうのあるだろ。そうに違いない。
ミズキがくるっと振り返った。
「[gentle]どうしたの?」
いつもの顔だった。穏やかで、柔らかくて、何も特別なことは起きていない、という顔。掌には、何もない。
「[serious]……いや、なんでもない」
ハルトは答えて、隣に並んで歩き始めた。
でも胸の奥で、何かがじわっと疼いた。
夢の中で感じたあの光と、川面が揺らめいた瞬間と、同じ感触だった。
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ハナミチ通り商店街の入り口でミズキと別れた。「また明日ですわ」と言って銀色の髪が夕闇に消えていくのを見送って、ハルトはミソギ川沿いの遊歩道を一人で歩いた。
川面は静かだった。夕陽の残りが水の上で薄く揺れている。
クッキーのことを思い出した。ミズキが声を上げて笑ったこと。胸がじんわりしたこと。あの時の感情の名前を考えようとすると、思考がなんかぼやける。恋なのか、楽しかっただけなのか、ハルトには判断がつかなかった。自分の気持ちに気づくのが遅い、とはよく言われるけど、こんなにわからないのは初めてだった。
川べりのガードレールに手をついて、小さくため息をついた。
ミズキの掌に咲いた花のことを考えた。
見間違いだと思おうとすると、「そうじゃない気がする」という感覚が返ってきた。夢の光と同じ疼きが、今も胸の奥にじんわり残っている。気のせいかもしれない。でも気のせいじゃないかもしれない。
どっちだろう。
答えは出なかった。
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翌朝、教室に入った瞬間にわかった。昨日より、さらに噂が広まっている。
席に着くなり、三人のクラスメイトから同時に「もう告白したの?」「どうアプローチしたの?」「付き合ってるってマジ?」と声をかけられた。
「[serious]付き合ってない! 誤解だ!」
全力で言った。
そのタイミングで教室の扉が開いた。
銀色の髪がさらりと揺れた。
「[gentle]おはよう、ハルトくん」
名前呼びだった。苗字じゃなくて名前。しかも自然に。
教室の温度が一段、上がった気がした。ハルトの否定が、完全に宙に浮いた。
「[whispers]ほら、名前で呼んでる」
「[whispers]やっぱり付き合ってるじゃん……」
後ろで西野が近づいてきた。
「[whispers]ハルト、昨日放課後に家庭科室にいたって目撃情報出てるぞ」
ハルトは椅子の上で崩れ落ちそうになった。
ミズキは隣の席に座りながら、相変わらず否定も肯定もせず、ただにこにこしていた。その笑顔の奥に何があるのか、ハルトにはやっぱり読めない。
でも今は——昨日の校舎裏で見た掌のことが、頭の片隅にある。
笑顔の奥に何があるのか、という問いが、今まで「なんか謎だな」という感覚だったのが、昨日から少し、形が変わってきていた。
普通じゃない何か。
ミズキ・アルメスという人の周りには、自分が理解できない何かがある。その疑問が、初めてはっきりした輪郭を持ち始めていた。