不知火フレア ifルート 〜灰被りのあなたへ捧ぐ終わらない歌〜
不知火フレア ifルート 〜灰被りのあなたへ捧ぐ終わらない歌〜
私、不知火フレア。トップバーチャルエルフストリーマーとして、ファンと最高に楽しい時間を過ごしていたら、画面が真っ白になって――気がついたら、見知らぬ街にいたの。
ここはラズベリル王国。人間がエルフを差別している世界。マジで?! 私が差別される側とか、配信のネタにもならないんですけど。でも、騒動に巻き込まれて、牢屋にぶち込まれちゃった。そんな時、助けてくれたのが、超変わり者の人間の商人、ルーカス。
ルーカスはエルフだとか一切気にしない。「商才があるなら、俺の相棒になれ」って、冗談でしょ。でも、彼のトンデモ発明品がなぜか売れ始めて、一緒に過ごす日々は、予想外に笑っちゃうくらい楽しくて。しかも、彼には婚約者がいるって知った時、胸がチクリと痛んだ……って、これ、もしかして恋?! ヤバい、超ヤバい! 私の心、めちゃくちゃだよ!
でも、この世界はそんなに甘くなかった。エルフを狩る奴隷商人たちが私を狙い始めたの。ルーカスは私をかばって大怪我を負って、彼の婚約者サラが血相を変えて病院に駆けつけてきた。みんなの想いが絡まって、私は全
不知火フレア ifルート 〜灰被りのあなたへ捧ぐ終わらない歌〜 - 残念でした!私、世界一高くつく女なんで!
石造りの倉庫は、冷たくそびえ立っていた。
港湾地区の外れ、人気のない通りに面したその建物は、壁面に黒く煤けた染みがこびりつき、潮風に削られた扉には「ヴァナグル倉庫第七」という焼印が押されている。正午を過ぎたばかりだというのに、周囲に人の気配はない。
不知火フレアは、その重い扉の前に立っていた。
腰まであるプラチナブロンドの長い髪が、海からの生ぬるい風にふわりと揺れる。右側の紫のインナーカラーが、曇天の下でひときわ鮮やかに見えた。尖った長いエルフ耳が、緊張でぴくぴくと小刻みに動いている。
「[whispers]……よし」
声は震えていなかった。
自分の鼓動だけが、やけに早い。胸の奥で、ドクドクと血液が脈打っているのがわかる。手のひらにじっとりと汗がにじんだ。
(笑え、私。笑えるうちは大丈夫だ)
頭の中で、まだ朝のことだ。ランテルナ亭の一室。包帯を頭に巻いたルーカスが、テーブルの上に広げた設計図を指さして言い張った。
『[serious]七割は大丈夫だ。確率の問題だな』
『[surprised]七割!?残り三割はどうなるのよ!』
サラが蜂蜜色の髪を振り乱して叫んでいた。手には麻痺薬の瓶を握りしめたまま。薬草の香りが部屋中に漂っていたのを覚えている。
『[serious]大丈夫だ。俺の発明は十個に一個当たる。今回は当たりの方を作る』
『[surprised]それ成功確率一割ってことですよね!?』
自分のツッコミを思い出して、フレアは思わず苦笑いした。あの時は三人で笑った。緊張で胃がキリキリしながらも、笑い飛ばすしかなかったんだ。
——今は、一人でここに立っている。
囮役は自分だ。倉庫の中で、イルゼ・ヴァナグルが待っている。護衛も五人はいるはず。
(怖くないって言ったら、嘘になるけど)
フレアは深呼吸した。肺いっぱいに潮風の匂いを吸い込む。しょっぱい。この世界に来て八日目。まさか戦奴商人のボスと一対一で対決することになるなんて、配信者時代の自分に教えてやりたい。
「[serious]……エルフ舐めんな」
ポケットの中で、右手が小さく動く。ルーカスから渡された小さな金属片——合図用の指輪だ。これを叩けば、外で待機しているサラとルーカスに信号が送られる。
(いける)
自分に言い聞かせる。
ポジティブシンキングは私の取り柄だ。どんな絶望的な状況でも、なんとかなるっしょ、でここまで来た。
ギィィ——
蝶番の軋む重い音を立てて、フレアは自分で扉を押し開けた。
——*——*——
倉庫の中は、薄暗かった。
高い天井から吊り下げられたランタンが、ぼんやりとオレンジ色の光を投げかけている。壁際には木箱が積み上げられ、かび臭い空気が鼻をついた。床には乾いた藁が散らばっている。
そして、奥に。
簡素な木の椅子に腰掛けて、イルゼ・ヴァナグルが待っていた。
背筋をピンと伸ばし、組んだ足の上で銀の指抜きグローブが冷たく輝いている。深紅のストレートロングは一筋の乱れもなく後ろで結い上げられ、金色の瞳は薄暗がりの中で獲物を見つけたように細められた。
その後ろに、護衛が五人。
みな屈強な体格で、腰には剣を下げている。全員が無表情で、フレアの一挙手一投足を監視するように見つめていた。
「[cold]時間ぴったりだな」
イルゼの声は、倉庫の空気を震わせた。
フレアは、エルフ耳をピンと立てた。
そして——笑った。
「[excited]お待たせしました!いやあ、迷っちゃって。ここの倉庫街って、番号がわかりにくいんですよね。七番って言うからこっちかと思ったら八番で。配信だったらリスナーが教えてくれるのに」
ぺらぺらと喋りながら、フレアはイルゼの前まで歩いていく。
護衛の一人が動こうとした。
イルゼが手で制する。
フレアは、それを見逃さなかった。
(自分で仕切りたがる。やっぱり、この人は——)
立ち止まる。
イルゼとの距離は、あと三歩。
金色の瞳と、アメジストの瞳が交錯した。
「[gentle]それで——契約書、持ってきました?」
イルゼが顎をしゃくる。
護衛の一人が、木箱の上から羊皮紙の書類を差し出した。インクでびっしりと細かい文字が並び、一番下にはヴァナグル商会の印章が押されている。
「[cold]読めるか?異世界のエルフに」
「[laughing]あ、読めないです。ごめんなさい」
フレアはあっけらかんと言った。
イルゼの眉が、ぴくりと動く。
「[cold]……読めないのか」
「[gentle]だって私、こっちの世界に来てまだ八日ですよ?文字なんて読めるわけないじゃないですか。でも——」
フレアは一歩、前に出た。
「[serious]契約書にサインする前に、聞きたいことがあるんです」
護衛たちがざわつく。
イルゼは手を上げて、それを黙らせた。
「[cold]……聞け」
(——隙ができた)
フレアは、自分の作戦がうまくいっていることを感じ取った。イルゼが興味を持った。部下に任せず、自分で聞こうとしている。
これが、エルフの私じゃないとできない交渉だ。
「[serious]あなた——イルゼさんって、おかしくないですか?」
「[cold]……何?」
「[serious]だって、ヴァナグル商会って大組織なんでしょ?構成員が百八十人もいて、年間取引額が四十万ルーゼとか。そんな大ボスが、なんでたかがエルフ一人を勧誘するのに、自分で病院まで来るんですか?自分で脅して、自分でここに呼んで——普通、そんなの部下に任せません?」
イルゼの笑顔が、凍った。
倉庫の空気が、冷たく張り詰める。
護衛たちが、息を呑む気配。
「[serious]つまり——あなた、私に執着してますよね?」
言った。
イルゼの金色の瞳が、一瞬だけ揺れた。
その隙を、フレアは見逃さない。
「[serious]私、異世界から来た本物のエルフだから?珍しいから?確かにそうですよね。でも——ビジネスだけじゃない気がするんです。なんで私じゃないといけないんですか?他のエルフじゃダメな理由、教えてくれませんかね?それとも——」
そこで言葉を切って、小首を傾げる。
右耳の銀のピアスが揺れた。
「[gentle]……なにか、特別な理由があるとか?」
イルゼが、答えなかった。
ただ、銀の指抜きグローブが、ぎりりと握りしめられる。左のこめかみから顎にかけての古い傷跡が、ランタンの光に照らされて浮かび上がった。
(——図星だ)
フレアは確信した。この人には、何かある。
エルフをただの商品としか思わないビジネスウーマン——だったら、こんなに自分で動くはずがない。
「[cold]……お前は、賢いエルフだな」
イルゼの声が低くなる。
「[cold]だが、おしゃべりが過ぎる。ここに来たのは契約のためだ。余計な詮索は——」
「[excited]あ、そうだ!一つ言い忘れてました!」
フレアはぱっと手を叩いた。
イルゼの言葉を遮る。護衛たちが顔を見合わせた。
「[excited]わざわざ来てもらって悪いんですけど——私、あなたの手に渡りたいと思う理由を、ひとつも見つけられませんでした!残念!」
にっこり。
満面の笑顔で、言い放つ。
イルゼの顔から、完全に表情が消えた。
その瞬間——フレアは、右手の指輪をコン、と叩いた。
小さな金属音が、倉庫に響く。
——*——*——
シュウウウウウ——
天井近くの換気窓から、白い煙が一斉に流れ込んできた。
サラが調合した麻痺薬入りの香炉だ。薬草を燃やした甘ったるい匂いが、倉庫内に充満していく。
「[surprised]な——なんだ!?」
「煙だ!どこから——」
護衛たちが狼狽する。
だが、それはまだ序の口だった。
——ドォォォン!!!
次の瞬間、倉庫の梁の上から炸裂音が轟いた。
閃光。
白煙。
ルーカスが仕掛けた「ビックリ玉」が、次々と炸裂していく。視界が真っ白に染まる。耳をつんざく爆音に、倉庫全体が揺れた。
「[angry]目が——目がぁ!!」
「ガハッ!煙が——」
護衛たちが、目と鼻を押さえて次々に崩れ落ちる。
——だが。
ドッッッッカァァァァン!!!
さっきの十倍はある爆音が、倉庫の中央で炸裂した。
「[scared]ひいいいいっ!?」
フレアが飛び上がる。
思わず自分の耳を手で押さえた。梁の上から、想定の三倍の威力を持ったビックリ玉が落下し、フレアのすぐ横の木箱を吹き飛ばしたのだ。木片が散乱し、藁が舞う。
(——ルーカスのバカ!!七割じゃなくて三割の方じゃん!!)
心の中で絶叫する。
でも、おかげで護衛たちは完全にパニックだ。もう誰も立っていられない。麻痺薬で手足が痺れ、閃光で目が眩み、爆音で鼓膜がやられている。全員が床に這いつくばって、呻き声をあげていた。
「[surprised]ぐ……これは……」
イルゼだけは、まだ立っていた。
しかし、足元がふらついている。銀の指抜きグローブが木箱にしがみつく。深紅の髪が乱れ、冷徹な表情に苦痛の色が浮かんでいた。
——その時。
バァァァン!!
正面扉が、外から蹴り破られた。
「[serious]動くな!!衛兵隊だ!!」
甲冑を着込んだ衛兵たちが、雪崩れ込んでくる。手には剣と、縄と、拘束用の鎖。一糸乱れぬ動きで倉庫内に散開し、床に這いつくばる護衛たちを次々と拘束していく。
隊長らしき男が、鋭い目でイルゼを睨んだ。
「[serious]イルゼ・ヴァナグル。エルフ不法売買並びに身体の自由に対する脅迫の現行犯として——拘束する」
煙の中から、人影が飛び出してきた。
「[excited]フレア!!大丈夫か!!」
頭に巻いた包帯が、走る勢いで少しずり落ちている。くせっ毛のくすんだ金髪が汗で額に張りつき、たれ目の優しい茶色の瞳が必死にフレアを探していた。
「[laughing]ルーカス!あんたビックリ玉の調整ミスってましたよ!!死ぬかと思った!!」
「[surprised]お、マジか。三倍のやつか?あれは成功だな!」
「[anger]成功の基準がおかしいんですよ!!」
「[gentle]フレア——!!よかった——!!」
もう一人の影が、フレアに抱きついてきた。蜂蜜色のゆるふわウェーブがふわりと揺れ、薬草のいい香りがする。サラだ。肩甲骨まで伸びた髪の左耳の上にある小さな三つ編みが、走ってきた勢いで跳ねていた。
「[surprised]サラさん!?うわっ——ちょっと、苦しい——」
「[crying]よかった……本当によかった……。煙がこんなに出るなんて聞いてなかったから、心配で心配で——」
サラの深い森みたいな緑色の瞳が、うっすらと潤んでいる。
「[gentle]あなたの香炉、効きすぎですよ。護衛の人たち、泡吹いてましたけど」
「[surprised]え。分量間違えたかしら……?」
「[laughing]どうやら三人とも、調整が苦手なようだな」
ルーカスが笑う。フレアも笑った。サラが涙を拭きながら、ふふっと吹き出す。
三人で顔を見合わせて、笑い合う。煙が晴れ始めた倉庫の中で、それは不思議なくらい自然な光景だった。
——その時。
「[cold]……覚えておけ」
低い声が、静寂を切り裂いた。
衛兵に両腕を拘束され、縄を掛けられたイルゼが——冷たい金色の瞳で、フレアだけを見つめていた。
乱れた深紅の髪。それでも背筋だけはピンと伸ばし、傷跡の走る顔を歪めて——笑っている。
「[cold]お前は、後悔するぞ」
でも。
その声には、純粋なビジネス以外の何かが、にじんでいた。
フレアは、その目線をまっすぐに見返した。
そして、ゆっくりと近づく。
一歩。
また一歩。
イルゼの目の前に立って——笑顔のまま、言い放った。
「[excited]残念でした!!私、世界一高くつく女なんで!!」
ドヤ顔。
エルフ耳をピンと立てて、右手でVサインを作る。
イルゼが、言葉を失った。
衛兵隊長が、静かに命じる。
「[serious]……連行しろ」
イルゼは抵抗しなかった。ただ、フレアを一瞥し——そして、小さく、唇の端を吊り上げた。
(なにあれ。笑った?)
フレアが首をかしげる間もなく、イルゼは護衛たちと共に倉庫の外へ引き立てられていく。
扉が閉まる。
残ったのは、三人だけ。
「[serious]……お疲れ、フレア」
ルーカスが隣に並んだ。
「[excited]……へへ。やりましたよ、ルーカス。私、やりました」
「[gentle]本当によくやった!!」
サラがフレアの背中を思い切り叩く。バシン、と小気味いい音がして、フレアは前につんのめった。
「[surprised]いたっ!サラさん力強っ——」
そう言いながら——フレアの足から、かくんと力が抜けた。
へなへなと、その場にしゃがみ込む。
「[laughing]……はは。あー、こわかった。めっちゃ怖かった。足ガクガクしてる」
緊張の糸が切れた。
笑いながら、でも声が震える。涙がちょっとだけ滲んで、視界がぼやけた。
ルーカスが、しゃがみ込んだフレアの頭に、ぽん、と手を置く。
「[gentle]上出来だ。お前は最高のビジネスパートナーだよ」
その手が、温かかった。
フレアは顔を上げて——笑った。
「[laughing]……でしょ!!エルフ舐めんなって言ったじゃないですか!!」
——*——*——
夜。
ランテルナ亭の一階食堂は、暖かな灯りに包まれていた。
窓の外では、クレヴィスタの街に夜の帳が下りている。石畳を歩く人々の足音もまばらになり、時折、夜警の鐘が遠くで鳴るだけだ。
「[excited]いやあ、しかし今日のビックリ玉は傑作だったな!」
ルーカスが、包帯を巻き直しながら嬉しそうに言った。
テーブルの上には、バルドが特別に用意してくれた芋と肉の煮込みが湯気を立てている。塩気のきいた出汁の香りが、食堂中に漂っていた。
「[sarcastic]傑作じゃないわよ。梁から落ちてフレアを吹き飛ばしそうになったじゃない」
サラが呆れた顔でルーカスを見る。
左手の薬指にはめてある銀の薬草ペンダントの指輪が、ランプの灯りにきらめいた。
「[laughing]私もあれは心臓止まりかけましたよ。配信で言うなら『爆発オチ』ってやつです。でもリスナーが喜ぶやつ——あ、リスナーいないんだった」
フレアがスプーンを手に取り、煮込みを一口すくう。
「[surprised]……あ、おいしい。バルドさん、これ、すごくおいしいです!」
「[gentle]あったりまえだ。元冒険者の飯を舐めるな」
カウンターの奥から、バルドがにやりと笑う。五十五歳、白髪交じりの無精髭、年の分だけ刻まれた皺。ランテルナ亭の主人は、三人の笑顔を見て満足そうに煙管をふかした。
「[serious]それよりルーカス、あのビックリ玉、本当に七割大丈夫だったの?」
「[serious]ああ。七割は設計通りだ。残り三割が想定外の大成功を収めただけだ」
「[sarcastic]つまり失敗したってことじゃない」
「[laughing]ルーカスの理屈、もうわけわかんない」
フレアが笑い転げる。
プラチナブロンドの長い髪が揺れて、紫のインナーカラーがランプの光を反射した。
食堂には、笑い声が絶えない。
バルドがお代わりの煮込みを運んできて、ついでに安酒の瓶もテーブルに置いた。
「[gentle]今日は特別だ。一杯ずつな」
「[excited]わーい!バルドさん太っ腹!配信だったらスパチャ三万円分ですよこれ!」
「[surprised]スパ……なに?」
「[laughing]あ、こっちの話です」
フレアが舌を出す。
——それから、一時間ほど経っただろうか。
食事が終わり、サラが「[gentle]私、バルドさんの食器洗いを手伝ってくるわね」と言って席を立った。
食堂には、フレアとルーカスの二人だけが残された。
ランプの灯りが、静かに揺れている。
遠くで、夜警の鐘が鳴った。
「……ルーカス」
フレアが、ぽつりと口を開く。
「[serious]ん?」
「[gentle]ルーカスの包帯——まだ、痛む?」
フレアは、ルーカスの頭に巻かれた白い布を見つめた。あの夜、チンピラに棍棒で殴られた傷だ。まだ、包帯の下からうっすらと血が滲んでいる。
「[gentle]まあ、かゆいくらいだな。大したことない」
「[serious]……嘘」
「[surprised]お?」
「[serious]私、エルフですよ。耳がいいんです。ルーカス、さっき煮込みを食べるとき、こめかみを三回押さえました。包帯の下の傷が、まだズキズキしてるんでしょ」
ルーカスが、少しだけ困ったように笑った。
「[gentle]……バレたか」
「[serious]あの時——私をかばってくれた時、ルーカスは理屈じゃねえんだよって言って飛び出した」
フレアが、テーブルの上の自分の手を見つめる。
長くて細い指。異世界に来てから、まだ八日しか経っていない、この体の手だ。
「[serious]だから、今度は私が守る番だと思ってた。でも——結局、また三人で戦って、三人で笑ってる」
「[gentle]……そりゃあ、俺の台詞だったんだがな」
ルーカスの声が、少しだけ柔らかくなった。
いつもの軽口じゃない。
「[serious]お前が一人で乗り込むって聞いた時、正直、俺は止めようと思った。でも——お前はやるって言った。だから、俺はビックリ玉を作った。サラは麻痺薬を調合した。三人でやるんだ。守るとか守られるとか——もう、そういうのじゃねえんだよ」
たれ目がちの茶色の瞳が、まっすぐにフレアを見つめている。
「[serious]俺たちは、パートナーだろ」
ドキッ。
フレアの胸の奥で、何かが大きく脈打った。
(——ずるい)
(そういうこと、サラっていう婚約者がいる人が言っちゃダメでしょ)
でも。
あの日の、握手を交わした夜とは、明らかに違う空気がそこにあった。
あの時は、ただのビジネスパートナーだった。
今は——
「[whispers]……パートナー、か」
フレアは、目を逸らした。
耳が、熱い。
エルフの長い耳が、カァッと赤くなっているのを、自分でも感じる。
——*——*——
夜が更けていく。
サラが戻ってきて、三人でまた少し話をした。明日からの商売のこと。新商品のアイデア。たわいもない、でも大切な時間だった。
やがて、フレアは窓辺に立った。
外はもう、深い闇に包まれている。クレヴィスタの街灯が、ぽつりぽつりとオレンジ色の光を灯していた。
「[serious]……私、この世界で生きていくって決めました」
ぽつり。
後ろにいたルーカスとサラが、顔を上げる。
「[serious]元の世界に帰る方法とか、まだ全然わかんないですけど。でも——私は、ここで生きたい。ルーカスと、サラさんと、バルドさんと。ランテルナ亭で笑いながら、変な発明品を売って、たまにビックリ玉に吹き飛ばされそうになって」
「[laughing]……そうか」
ルーカスが、静かに笑った。
「[gentle]上出来だ。それが一番いい」
「[gentle]……私も、嬉しいわ。フレアが家族でいてくれて」
サラの声が、少しだけ震えている。
その時——
ギィ、と扉が開いた。
「[serious]……悪いが、話の途中ですまん」
振り返ると、バルドが難しい顔で立っていた。手に持った煙管の火は消えている。
「[serious]どうした、バルドさん?」
「[serious]さっき、商工組合を通じて情報が入った」
バルドは、三人の顔を順番に見てから、低い声で続けた。
「[serious]ヴァナグル商会は、メルヴィータの港湾管理局長ハインツ・ルッツと深い癒着がある。イルゼ・ヴァナグルが逮捕されても、すぐに保釈の手続きが取られるだろう。それに——組織そのものは動き続けている。後継の幹部が、もう次の手を打ち始めている可能性が高い」
フレアの笑顔が、固まった。
「[scared]……保釈?すぐに?」
「[serious]ああ。長くて数日だ。それに——」
バルドは、煙管をもう一度くわえ、火をつけずに言った。
「[serious]今度は、イルゼ個人の執着だけじゃ済まない。組織として、お前たちを潰しにかかるかもしれん」
食堂に、重い沈黙が落ちた。
ルーカスが、眉をひそめる。サラが、ぎゅっと両手を握りしめた。
フレアは——しばらく黙ってから、ゆっくりと口を開いた。
「[serious]……でも」
顔を上げる。
アメジストの瞳が、ランプの灯りを反射して、きらりと光った。
「[excited]なんとかなるっしょ!!」
今度こそ、本気の笑顔で。
エルフ耳をピンと立てて、フレアは言い切った。
「[serious]だって私たち、三人で世界一めんどくさい商人チームですよ?戦奴商人の組織が相手でも——売り込みかけてやりましょう!」
「[laughing]……お前ってやつは」
ルーカスが、くしゃくしゃの笑顔で髪をかき上げる。
「[gentle]そうね。負けてられないわ」
サラの瞳に、強い光が宿る。
三人の影が、壁に揺れた。
ランテルナ亭の窓の外で、夜風がそよぐ。
——戦いは、終わったわけじゃない。
イルゼという個人は捕らえた。でも、ヴァナグル商会という組織は、まだ息づいている。次の脅威は、すぐそこまで迫っていた。
それでも——
不知火フレアは、笑っていた。
ラズベリル王国に来て八日目。
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