俺ガイル、やり直し。〜八幡、なぜか学園の王子様になる〜
ある朝、目覚めると比企谷八幡は学園一の人気者になっていた。皆が彼を「ヒキタニ」と呼び、女子たちはべったりと離れない。隣の席の雪ノ下雪乃は涼しい顔で「お昼、一緒にどう?」と誘い、由比ヶ浜結衣は毎朝トーストをくわえて登校してくる。一色いろはは小悪魔的な笑みで「先輩、一緒に生徒会やりましょうよ」とささやく。
ひとりになりたいだけの八幡は、必死に逃げ回る。だが逃げれば逃げるほどモテるという、拒否が好感度を上げてしまう謎のシステム。文化祭では女装コンテストで優勝し、体育祭ではなぜかクラスの女子全員と二人三脚をする羽目に。唯一、平塚先生だけは「ぼっちは甘えだ!青春しろ!」と普通に接してくるが、それすらもどこかズレていて、八幡だけが気づいている。
最大の危機は「バレンタイン・デスマッチ」。雪ノ下と由比ヶ浜が互いに手作りチョコを賭けたお菓子対決を挑み、八幡はどちらかのチョコを選ばなければならない。一方を選べば、もう一方とは永遠に決別。選べない八幡は第三の道「友チョコ」という伝説の選択肢を編み出すが、それがさらなる誤解を生み、文化祭のステージで公開告白イベントが発生。全校生徒の前で、二人の少女から「
俺ガイル、やり直し。〜八幡、なぜか学園の王子様になる〜 - 目覚めたらモテまくりの地獄だった件
「[scared]うおっ!?」
飛び起きた。心臓がバクバク言ってる。変な夢を見た気がするけど、もう覚えてない。
部屋の中はいつも通りだった。ベッドの上に積みっぱなしのラノベ、読みかけの『空気を読まないで生きる方法』が床に落ちてる。カーテンの隙間から、朝の光がまぶしく差し込んでいた。
「……はあ」
今日も一日が始まる。憂鬱だ。
俺、比企谷八幡は何をするでもなく、天井を見つめた。特に手入れもしてない黒いくせ毛が目に入る。いつものことだ。死んだ魚みたいな目で、ぼんやりと時計を見る。七時四十三分。
(あー、学校行きたくねえ)
誰かと話すのも、グループワークも、全部がめんどくさい。一人で静かにラノベを読んでいたい。それが俺の幸せだった。
階段を下りる音がする。妹の小町だ。
「[excited]お兄ちゃん、起きた?遅刻するよ!」
ドアがガチャッと開いた。小町は中学生のくせに妙にしっかりした顔で立っている。
「遅刻してもモテるんだから、ほんと羨ましいお兄ちゃんだよね」
小町はにこにこしながら言った。
「……は?」
俺は眉をひそめた。何言ってんだ、こいつ。
「[sarcastic]俺がモテる?寝ぼけてんのか小町。残念だが、俺はこの学園で最も女子から遠い位置にいる生物だぞ」
いつも通りの返事をしたつもりだった。ボッチを極めた俺にとって、モテるなんて言葉は別世界の話だ。
でも、小町の反応がちょっと変だった。
「またまたあ。お兄ちゃんってば、自分のことわかってないんだから。クラスの女子、みんなヒキタニ君って呼んでるじゃん」
小町は首をかしげた。
「ヒキタニ?」
俺はその言葉に引っかかった。なんかすごく嫌な感じがした。確かにそれは俺の名字だけど、まるで蔑称みたいな響きがある。でも小町はごく自然に、むしろ何かいいものでもあるかのように口にした。
「まあいい。学校行く」
深く考えず、俺は学ランを羽織った。中には適当な柄物のTシャツ。どうせ誰も見てないし。
――ところが。
学校に行く途中、違和感はさらに大きくなった。
ミハマ中央駅から徒歩十二分。いつもの通学路。海浜幕張の風が少し強い朝だった。
「[excited]おはよう、ヒキタニ君っ!」
突然、後ろから声がした。振り返ると、パンをくわえた女子が走ってくる。
栗色の髪をふわふわと揺らして、ヘアピンが左側でキラリと光る。大きな茶色の瞳がキラキラと輝いていて、まるで少女漫画から飛び出してきたみたいなやつだった。
「なっ……!?」
俺は思わず立ち止まった。
なんでお前が俺の名前を知ってるんだ。しかも、ヒキタニ君って、さっき小町も言ってた呼び名だ。
彼女は俺の前でぴたりと止まると、パンを口から離して、にこっと笑った。
「[excited]朝から会えてラッキー!ヒキタニ君、今日もかっこいいね!」
「はあ!?」
俺は死んだ魚の目をさらに死なせた。こいつ、いきなり何を言い出すんだ。
「[cold]お前、誰だ。それに俺はヒキタニじゃない。比企谷だ」
「えー、何言ってるの?ヒキタニ君はヒキタニ君じゃん!」
彼女はまったく悪びれずに笑う。その笑顔があまりにもまぶしくて、こっちまで毒気を抜かれそうになる。
「[sarcastic]……なるほど。新手のいじめか」
「違うって!かっこいいから声かけただけだよ!ねえ、一緒に学校行こ!」
彼女は俺の腕をグイッと引っ張った。
「やめろ、離せ!」
「やだよー。ヒキタニ君といると楽しいもん」
どうなってるんだ。今日はやけに絡まれる日だ。
俺は諦めて、彼女に引っ張られるまま歩き出した。風が強くて、彼女のスカートの裾がふわりと揺れる。
教室に着くと、さらに異常事態だった。
「[excited]ヒキタニ君だ!」
「おはよう、ヒキタニ君!」
「今日もクールでかっこいい!」
女子たちが一斉に俺を見て、黄色い声を上げる。まるで芸能人でも見るような目だ。
俺は混乱した。こんなのありえない。だって俺は、クラスで一番陰の薄い存在のはずだ。いてもいなくても誰も気にしない、そんなポジションが俺の居場所だったのに。
いや、そもそも俺の席は窓際の一番後ろ。そこは教室の中でも最も目立たない、神聖なボッチの聖地だ。なのに今、その周りだけやけに輝いて見える。
「おい、なんなんだこれは」
俺はボソッとつぶやいた。
すると、隣の席の女子がこっちを向いた。
彼女の名前は雪ノ下雪乃。腰まで届く黒髪のストレートが特徴的な、学年トップの才女だ。切れ長の瑠璃色の瞳が、じっと俺を見つめている。普段なら俺なんかに視線すら向けないはずの完璧美少女だった。
「[gentle]ひきがや君」
彼女はクールな顔で、でもどこか緊張したように口を開いた。
「な、なんだ」
「今日の昼休み、私と一緒にお弁当を食べませんか?」
教室中がざわついた。
「ヒキタニ君が雪ノ下さんと!」
「やっぱり噂は本当だったんだ!」
「付き合ってるんじゃない?」
あまりの出来事に、俺は言葉を失った。
(雪ノ下が……俺を弁当に誘う……?ありえない)
「[sarcastic]……新手の拷問か?それとも罰ゲームか?」
俺はなんとか皮肉を絞り出した。
「違います。私は本気です」
雪乃は真っすぐに俺を見つめた。その瞳には、嘘や冗談の色はまったくない。本気だ。
(なんなんだ、この世界は)
俺は心の中で叫んだ。
――その後、さらに地獄が待っていた。
昼休み。俺は一人になれる場所を求めて、屋上へ向かおうとした。総武高校ミハマ分校の屋上は、本来立入禁止だけど鍵が壊れていて自由に出入りできる。そこで一人、海を見ながら静かにメロンパンを食べるのが、俺のささやかな楽しみだったんだ。
なのに。
「待て、比企谷」
廊下で呼び止められた。振り返ると、生活指導の平塚静先生が腕を組んで立っている。背中まである黒髪のストレート、切れ長の目、泣きぼくろが印象的な美人教師だ。でも今は鬼の形相だった。
「[cold]また一人で昼飯を食おうとしてるな」
「別にいいだろ」
「いいわけあるか!」
ゲンコツが飛んできた。ゴツン、と鈍い音が頭に響く。
「いってえ!」
「お前はボッチ禁止令を知らんのか!この学校では、一人で食事をしてはいかんと決まっている!」
「は?ボッチ禁止令……?」
俺は目を丸くした。そんな校則、聞いたことがない。
「生活指導室へ来い。説教だ」
彼女は俺の襟首をつかむと、ずるずると引きずって行く。
生活指導室は六畳ほどの小部屋で、壁に「青春しろ」と手書きされたポスターが貼ってあった。スチールデスクとパイプ椅子だけの殺風景な部屋だ。
「座れ」
俺は渋々パイプ椅子に腰掛けた。
「[serious]いいか、比企谷。お前は自分をボッチだと思っているようだが、それは甘えだ」
平塚先生は机をトントンと叩きながら言った。
「青春とは逃げずに向き合うことだ。友人を作り、恋をし、傷つき、そして成長する。それをお前は避けている」
「[sarcastic]へえ。でも先生、俺は別に誰からも好かれてないし」
「だからそれが間違いなんだ」
彼女はふっと笑った。なぜかその笑顔が意味深で、ゾクリとした。
「[serious]お前は逃げれば逃げるほど、女子からモテるんだよ。奇妙な話だがな。それがお前の魅力であり、最大の呪いだ」
「……は?」
「気づいてないのか?由比ヶ浜も雪ノ下も、お前に好意を持っている。お前が冷たくすればするほど、彼女たちは惹かれていく。まるでそういう仕組みみたいにな」
俺は絶句した。
そういえば――由比ヶ浜結衣のやつも、俺が逃げれば逃げるほど、どんどんグイグイ来た。雪ノ下だって、普段はクールなのに俺にだけストレートに好意を見せる。
(まさか……逃げれば逃げるほどモテるって、そんなバカなシステムが存在するのか?)
心臓がドクドクと鳴った。
「[scared]そんなの……理不尽だ」
「ふふ。青春は理不尽なものだ」
平塚先生は愉快そうに笑った。その笑顔が怖い。
「でもな、比企谷。お前が本当に望むなら、この異常な状況を終わらせる方法もある。それは――逃げないことだ」
「逃げない……?」
俺は彼女の言葉を繰り返した。
「そうだ。好意を真正面から受け止めろ。そうすれば、お前の苦しみは終わるかもしれん」
「無理だ。俺はボッチを愛してる」
「それが青春を避けているというんだ!」
再びゲンコツが飛んでくる。
「いってえ!」
結局、昼休みは全部説教で潰れた。
俺はクタクタになりながら、放課後まで授業を受けた。もう何もかもがめんどくさい。早く帰ってラノベを読みたい。
ところが――。
靴を履き替えようと下駄箱を開けると、一通の手紙が入っていた。
『この世界の真実を知りたければ、放課後、屋上へ』
差出人の名前はない。きれいな字だった。
「なんだこれ……」
手紙を握りしめる。罠だとは思う。でも――。
(この異常な世界の手がかりが、つかめるかもしれない)
俺は決意した。どうせこのままじゃ、ボッチライフは完全に破壊されるだけだ。それなら、あえて飛び込んでやる。
校舎の階段を上がる。だれもいない放課後の廊下は静かで、靴音だけが響いた。
屋上のドアを開ける。
強い風が吹き抜けた。海浜幕張のプロムナードの向こうに、東京湾がキラキラと光っている。フェンスには少しサビがあって、それが夕日に照らされていた。
誰かいる。
屋上の中央に、一人の人影があった。
夕日を背に立っているから、顔はよく見えない。でも、確かに――俺を待っていた。
「[serious]……来たんだね」
その声は、聞き覚えがあるような、ないような。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
風が髪を揺らす。東京湾の潮の匂いが鼻をついた。
「お前は……誰だ」
俺の声は、少し震えていた。
ここから、すべてが動き出す――。