俺ガイル、やり直し。〜八幡、なぜか学園の王子様になる〜
ある朝、目覚めると比企谷八幡は学園一の人気者になっていた。皆が彼を「ヒキタニ」と呼び、女子たちはべったりと離れない。隣の席の雪ノ下雪乃は涼しい顔で「お昼、一緒にどう?」と誘い、由比ヶ浜結衣は毎朝トーストをくわえて登校してくる。一色いろはは小悪魔的な笑みで「先輩、一緒に生徒会やりましょうよ」とささやく。
ひとりになりたいだけの八幡は、必死に逃げ回る。だが逃げれば逃げるほどモテるという、拒否が好感度を上げてしまう謎のシステム。文化祭では女装コンテストで優勝し、体育祭ではなぜかクラスの女子全員と二人三脚をする羽目に。唯一、平塚先生だけは「ぼっちは甘えだ!青春しろ!」と普通に接してくるが、それすらもどこかズレていて、八幡だけが気づいている。
最大の危機は「バレンタイン・デスマッチ」。雪ノ下と由比ヶ浜が互いに手作りチョコを賭けたお菓子対決を挑み、八幡はどちらかのチョコを選ばなければならない。一方を選べば、もう一方とは永遠に決別。選べない八幡は第三の道「友チョコ」という伝説の選択肢を編み出すが、それがさらなる誤解を生み、文化祭のステージで公開告白イベントが発生。全校生徒の前で、二人の少女から「
俺ガイル、やり直し。〜八幡、なぜか学園の王子様になる〜 - そして彼女は毒舌を捨て、愛を叫ぶ
屋上の扉を開けた瞬間、強い風が比企谷八幡の黒いくせ毛を乱暴に揺らした。
潮の匂いが鼻をつく。海浜幕張プロムナードの向こうに、東京湾が夕日を反射してキラキラと光っていた。フェンスのサビが、その光の中でやけに目立つ。
屋上の中央に、一人の人影があった。
夕日を背にしているから、顔はよく見えない。でも、腰まで届く黒髪のストレートが風にふわりと舞うのが見えた。
(雪ノ下……雪乃か)
八幡はごくりと唾を飲み込んだ。手紙の差出人はこいつだったのか。
一歩、踏み出す。
コンクリートの床が、靴底の下でざらついた。もう一歩。心臓がドクドクと、いつもより速く動いているのを感じる。
「[gentle]ヒキタニ君。来てくれてありがとう」
雪乃が振り返った。
その顔を見て、八幡は足を止めた。
いつものクールな雪ノ下雪乃じゃない。切れ長の瑠璃色の瞳が、今は涙で濡れていた。頬に一筋、光るものが伝っている。完璧なはずの美貌が、くしゃくしゃに歪んでいた。
警戒心が、一気に膨れ上がる。
「[sarcastic]なんだよ、その顔。新手のいじめか?泣き落としってやつか」
八幡はわざと皮肉っぽく言った。これで相手がひるめば、いつものパターンだ。
でも雪乃は、ふるふると首を振った。
「[sad]違うの。これは……本当の気持ち」
彼女は一歩、八幡に近づいた。
八幡は反射的に半歩、後ろに下がる。でも雪乃はそれ以上近づかず、ただじっと八幡の目を見つめた。
「[serious]私だけが、あなたと同じ記憶を持っている」
風が、雪乃の言葉をさらっていく。
「どういう意味だ」
「元の世界の記憶。総武高校の図書室で、あなたと初めて会ったあの日のこと」
雪乃の声は震えていた。でも言葉ははっきりしている。
「文化祭の女装コンテストであなたが優勝したこと。体育祭で全員二人三脚リレーを走らされたこと。バレンタインに、私と由比ヶ浜さんが調理室で争って、あなたが友チョコなんて提案したこと」
八幡は絶句した。
それらの出来事は全部、自分の記憶にあるものだ。元の世界で、彼が経験したこと。でもこの転生世界で、そんな話をしたことは一度もない。
「[sad]全部、覚えてるの。私だけが、あなたと同じ記憶を持っている」
雪乃の声が、さらに小さくなる。
「そして……この世界は、私の願いが創り出した」
八幡の眉がピクリと動いた。
「お前の……願い?」
「[crying]そう。元の世界で……私、あなたに本当の気持ちを伝えられなかった。後悔ばかりで、毎日、胸が苦しくて。いつか絶対に伝えたい。そう願い続けた結果が……これ」
雪乃は両手を広げて、屋上全体を示した。
「このキラキラした学園。あなたが誰からも好かれる逆モテ・システム。逃げれば逃げるほど好感度が上がる、おかしなルール。全部、私の歪んだ愛が生み出したもの」
八幡は口を開けたまま、彼女を見つめた。
逆モテ・システム。それが今この世界で、彼を苦しめている全ての元凶だ。逃げるとモテる。冷たくすると女子が寄ってくる。理不尽極まりない、あのシステム。
「[sarcastic]お前が……あのクソシステムの生みの親かよ」
「そう」
雪乃はうつむいた。黒髪が顔の横に落ちる。
「[sad]私の願いは暴走した。あなたに気持ちを伝えたいだけだったのに、それがいつしか『あなたが好意を拒絶すればするほど、周囲の好感度が上がる』というルールに変わってしまった。制御できないまま、どんどん膨らんで……」
「それだけじゃない」
八幡は一歩前に出た。今度は彼女が半歩下がる番だ。
「平塚先生のボッチ禁止令。あれもお前か」
「[whispers]……はい」
雪乃の声は、風に消えそうなほど小さかった。
「私が『一人になりたい』と思うあなたを、誰かが止めてくれればいいと思った。一人で食事をしてはいけない校則。放課後は必ず誰かと一緒にいなければいけないルール。全部、私の『あなたを一人にしたくない』という想いの具現化」
「[sarcastic]はあ……マジかよ」
八幡は天を仰いだ。南向きの空はオレンジ色に染まっている。
(この女、ボッチ撲滅のために校則まで変えやがったのか)
呆れを通り越して、もはや感心すらした。それだけのことをやらかすほど、彼女は追い詰められていたのか。
「[cold]お前のその愛情、タチが悪すぎる」
「ええ。最低でしょ」
雪乃が顔を上げた。涙で濡れた瞳が、真っすぐに八幡を見つめる。
「だからこそ、最後の提案をさせて」
風が止んだ。
屋上の空気が、急に重くなる。
「[serious]この世界のルールを逆手に取るの。私たち二人で、この屋上に閉じこもる」
「閉じこもる……?」
「あなたが私以外の誰とも関わらなければ、逆モテ・システムは『二人だけの閉鎖空間』を作り出す。他の女子の介入を完全に遮断して、あなたを守ってくれるの。つまり――」
雪乃は一歩、八幡に近づいた。今度は八幡も逃げなかった。
「元の世界には帰れない。でも、誰にも邪魔されない二人だけの世界で、永遠に一緒にいられる」
八幡の胸の奥で、何かがギュッと締めつけられる。
こいつの目は本気だ。
「[whispers]これは私のエゴ。あなたを閉じ込めたいだけの、最低な告白。分かってる。それでも――」
雪乃は八幡の学ランの裾を、そっとつかんだ。
瑠璃色の瞳に、一筋の涙が光る。
「あなたの返事が聞きたい」
長い沈黙が、屋上を包んだ。
八幡は雪乃を見下ろした。彼女の指が、学ランの裾をぎゅっと握りしめている。震えている。
(元の世界の雪ノ下雪乃が、こんな姿を見せるなんてな)
図書室で初めて会った時。彼女は孤独で、高慢で、誰にも心を開かない少女だった。でもその奥にあるのは、誰よりも深く物事を考え、人の痛みがわかるからこそ、あえて冷たく振る舞ってしまう――俺と同じ、拗らせた心。
「[sarcastic]はあ……お前のそのエゴは、俺のひねくれよりずっとタチが悪い」
八幡は大きくため息をついた。
「元の世界に戻る方法を、二人で探そう」
雪乃の目が見開かれる。
「「え……?」
「[cold]こんなクソみたいなシステムがある世界で、二人だけで生きてけるかよ。俺はごめんだ。全女子にもてはやされるのも、平塚先生に説教されるのも、もうたくさんだ」
八幡は雪乃の手を、ぐいっと引きはがした。
「[sarcastic]元の世界で、お前と結衣に振り回される方がまだマシだ」
「……!」
雪乃の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「[crying]ひどい……ひどいよ。そんなの。私のエゴを否定した上に、由比ヶ浜さんの名前を出すなんて」
「うるせえ。お前が泣くようなタマか」
「[crying]うるさくない。私は泣きたい時に泣く。あなたのせいで」
二人の間を、海からの風が通り抜けた。
潮の匂い。空はオレンジから、だんだんと紫に変わり始めている。
八幡はフェンスに背を向けて、空を見上げた。
「[gentle]……でも、まあ。お前がこの世界を創ったっていうなら、責任は取れよな」
「責任?」
「俺を元の世界に帰す責任だ。一緒に探すって言っただろ」
雪乃は涙をぬぐった。まだ少し震えているけど、その顔には、ほんの少しだけ笑みが浮かんだ。
「[gentle]……馬鹿じゃないの」
「うるせえ」
その瞬間――
ガチャン。
屋上の扉が、勢いよく開いた。
「[angry]雪乃ちゃん、ずるいよ!!」
飛び込んできたのは、栗色のふわふわショートボブの少女。大きな茶色の瞳が、怒りと悲しみでいっぱいになっている。
由比ヶ浜結衣だった。
彼女は肩で息をしながら、雪乃と八幡を交互に見る。
「[angry]手紙で屋上に呼び出すなんて、あたしには内緒でそんなことするなんて!ずっと気になって追いかけてきたんだから!」
雪乃の顔が青ざめた。
「[surprised]由比ヶ浜さん……なぜここに?」
「なぜって、気になるからに決まってるじゃん!」
結衣はずんずんと近づいてくる。いつもの元気な笑顔はどこにもない。本気で怒っている顔だった。
雪乃は震える声でつぶやいた。
「[whispers]ありえない……この場所は、システムが完全に遮断するはず。私以外の誰も、この屋上に近づけないはずなのに」
「[cold]どうやら、お前の計画にバグがあったみたいだな」
八幡は苦笑いした。
(そういうことか)
結衣は、雪乃が創った逆モテ・システムの予想を超えた――システム自体が生み出した、最強の恋敵。雪乃がどんなに願っても排除できない、もう一人のヒロイン。
「[angry]あたしだって、ヒキタニ君のこと、本気で好きなんだから!雪乃ちゃんだけずるい!」
結衣は八幡のもう片方の腕にぎゅっと抱きついた。
「おい、ちょっと待て」
「待たない!」
「[cold]由比ヶ浜さん、離れて。これは私と彼の問題」
「離れない!これはあたしの問題でもあるもん!」
八幡は両側から二人の女子に腕を取られて、完全に身動きが取れなくなった。
「めんどくせえ……」
その言葉を、潮風がかき消した。
夕日が沈みかけた屋上で、三角関係の新たな戦いが、今まさに始まろうとしていた。