俺ガイル、やり直し。〜八幡、なぜか学園の王子様になる〜
ある朝、目覚めると比企谷八幡は学園一の人気者になっていた。皆が彼を「ヒキタニ」と呼び、女子たちはべったりと離れない。隣の席の雪ノ下雪乃は涼しい顔で「お昼、一緒にどう?」と誘い、由比ヶ浜結衣は毎朝トーストをくわえて登校してくる。一色いろはは小悪魔的な笑みで「先輩、一緒に生徒会やりましょうよ」とささやく。
ひとりになりたいだけの八幡は、必死に逃げ回る。だが逃げれば逃げるほどモテるという、拒否が好感度を上げてしまう謎のシステム。文化祭では女装コンテストで優勝し、体育祭ではなぜかクラスの女子全員と二人三脚をする羽目に。唯一、平塚先生だけは「ぼっちは甘えだ!青春しろ!」と普通に接してくるが、それすらもどこかズレていて、八幡だけが気づいている。
最大の危機は「バレンタイン・デスマッチ」。雪ノ下と由比ヶ浜が互いに手作りチョコを賭けたお菓子対決を挑み、八幡はどちらかのチョコを選ばなければならない。一方を選べば、もう一方とは永遠に決別。選べない八幡は第三の道「友チョコ」という伝説の選択肢を編み出すが、それがさらなる誤解を生み、文化祭のステージで公開告白イベントが発生。全校生徒の前で、二人の少女から「
俺ガイル、やり直し。〜八幡、なぜか学園の王子様になる〜 - 生活指導室の密室四者面談、そして世界が壊れる音がした
生活指導室のドアが、後ろ手に閉まった。
六畳の部屋。スチールデスクが一つ。壁に貼られた『青春しろ』の手書きポスターが、蛍光灯の下でやけに主張している。
パイプ椅子が四つ、デスクの前に横一列に並べられていた。
「[cold]座りなさい」
平塚先生の声は静かだった。でも、逆らえない重さがある。
八幡は一番端の椅子に腰を下ろした。冷たいパイプの感触が、制服越しに伝わる。
雪乃が隣に座る。背筋を伸ばしたまま、正面のポスターを見つめている。
結衣は雪乃の隣。膝の上で両手をぎゅっと握りしめていた。
いろはは八幡の反対側の端。いつもの小悪魔スマイルは消えて、居心地悪そうに髪を触っている。
平塚先生は白衣のようなスーツのポケットから、四枚の白い紙を取り出した。
デスクの上に、一枚ずつ並べる。
「[serious]始末書だ。屋上無断集会の件。全員、書け」
沈黙。
壁の時計の秒針だけが、カチカチと動いている。
「[cold]私は書かないわ」
雪乃の声が、沈黙を破った。
「屋上に行ったのは私の意志よ。集会でもなんでもない。ただ、彼と話がしたかっただけ」
「[angry]ちょっと雪乃ちゃん!それってずるいよ!」
結衣が身を乗り出す。パイプ椅子がギシリと鳴った。
「あたしだって、ヒキタニ君と話したくて屋上に行ったんだよ!集会なんかじゃなかったもん!」
「[cold]由比ヶ浜さん、あなたは後から勝手に入ってきただけじゃない」
「[angry]勝手じゃない!あたしはヒキタニ君に会いに行ったんだから!」
「[sarcastic]だからそれが勝手だって言ってるのよ」
「[angry]雪乃ちゃんこそ、一人で呼び出す方がずるいんだから!」
八幡は天井を見上げた。
(またこれか)
屋上と何も変わらない。場所が生活指導室になっただけだ。
「[whispers]この空気、めっちゃ記録したい……」
いろはがポケットからスマホを取り出す。
その瞬間。
「[cold]一色さん」
雪乃の瑠璃色の瞳が、氷の刃のようにいろはを貫いた。
「[scared]は、はいぃ……」
いろはは石化したように動きを止め、スマホをそっとポケットに戻した。
「[gentle]すみません、つい癖で」
「つい癖で人の修羅場を撮影しないでくれる?」
「[excited]でも先輩、二大美少女に取り合われる構図って超貴重ですよぉ」
「[sarcastic]お前はいつも通りだな……」
八幡が呆れてつぶやいた。
——ドンッ!
平塚先生が、デスクを拳で叩いた。
四枚の白い始末書が、ふわりと浮いて、また落ちる。
全員の動きが止まった。
「[serious]……黙りなさい」
さっきまでのおかしな空気が、一瞬で消えた。
平塚先生は、一人ひとりの顔をゆっくりと見回す。
八幡。雪乃。結衣。いろは。
そして、口を開いた。
「[serious]ヒキタニ君」
八幡の背中に、冷たいものが走った。
「そろそろ本名を名乗る気はないか?——比企谷八幡」
空気が、凍った。
雪乃の顔から血の気が引く。
結衣が、ぽかんと口を開けた。
いろはの小悪魔スマイルが、完全に消えた。
「[scared]……え?ヒキタニ君って、ヒキタニ君じゃないの?」
「[surprised]比企谷……八幡?」
八幡は、平塚先生の目を見つめ返した。
その目は、いつもの説教する鬼教師の目じゃない。
寂しそうで、でも優しい、大人の目だった。
「[whispers]……どこで、それを」
声が、震えそうになるのを必死に抑えた。
「[gentle]どこで、じゃない。私は最初から知っていた」
平塚先生は、白衣のポケットから『青春しろ』のクリアファイルを取り出した。
中から一枚の紙を抜く。
「このパラレルワールドの基本設計図——のようなものだ。雪ノ下、お前が無意識に作ったシステムの全貌が、ここに書いてある」
雪乃が、ガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。
「[scared]……私が?そんなもの、作った覚えはないわ」
「[serious]無意識だと言っただろう。お前の願いが生み出した世界だ。でもな——」
平塚先生は、雪乃の目を真っすぐに見た。
「この世界には、お前も知らないルールが一つだけある」
雪乃の手が、始末書の端をぎゅっと握りしめる。
白い紙が、くしゃりと歪んだ。
「[serious]カウントダウンだ。このパラレルワールドには、残り七日間の期限が設定されている。二月十四日——バレンタインデーの終わりと同時に、世界はリセットされる」
結衣が、小さく息を呑んだ。
「[scared]リセットって……どういうこと?」
「[serious]文字通りだ。すべてが元に戻る。そして——」
平塚先生は、八幡に視線を移した。
「比企谷、お前の転生前の記憶も、完全に消去される」
雪乃の顔が、青ざめた。
「[whispers]……聞いてない。私、そんなルール、聞いてない」
声が震えている。完璧なはずの雪ノ下雪乃の声が、今にも壊れそうに。
「[sad]私が作った世界なのに……どうして、私の知らない終わり方があるの」
彼女は始末書を握りしめたまま、立ち尽くしていた。
瑠璃色の瞳が、涙で揺れている。
「[sad]じゃあ……じゃあ、八幡くんは、あたしのことも全部忘れちゃうの?」
結衣の声が、泣きそうにか細くなる。
大きな茶色の瞳には、もう涙が溜まっていた。
「[serious]この七日間で、お前たちがどう行動するかで未来は変わる。だが、現状のままなら——全てが消える」
いろはが、ポケットからスマホを取り出しかけて、自分の意志で戻した。
「[serious]……これ、さすがにネタにできないです」
初めて見せる、真剣な顔だった。
沈黙。
壁の時計だけが、カチカチと、残り時間を刻んでいる。
八幡は天井を見上げた。
蛍光灯が、じじじ、と微かに音を立てている。
「[gentle]……俺、思ってたんだよ」
自分の声が、少し遠くに聞こえた。
「逆モテ・システムを逆手に取って、うまく逃げ回れば、七日くらい何とかなるって」
逃げ続ければ。
冷たくすれば。
距離を取れば。
それが俺の得意技だった。
「でも——」
八幡は、ゆっくりと顔を正面に戻した。
「[serious]逃げても無駄、ってことか。記憶ごと消えるなら、逃げ場なんてどこにもない」
雪乃が、唇を噛んで俯いた。
黒髪が顔にかかって、表情が見えない。
結衣は、もう我慢できずに涙をこぼしていた。
いろはは、じっと床を見つめている。
平塚先生は、四人の顔を一人ずつ見回した。
それから、デスクの上の始末書を手に取る。
「[gentle]……始末書は、今日はナシにしてやる」
四枚の白い紙を、ビリビリと破った。
破片が、ゴミ箱に落ちていく。
「[serious]お前たちが自分で答えを出すしかない。どう生きたいか。誰と、どうなりたいか。それが青春だ」
平塚先生は、そう言い残して部屋を出ていった。
ドアは、鍵がかからなかった。
生活指導室に、四人だけが残される。
残り七日。
バレンタインデー。
記憶の消滅。
雪乃が、初めて顔を上げた。
涙で濡れた瑠璃色の瞳が、八幡を見つめる。
「[whispers]……あなたは、どうしたいの」
結衣も、泣きながら八幡を見ている。
いろはは、まだ何も言わない。
八幡は、パイプ椅子の背にもたれて、もう一度天井を見た。
「[gentle]……さあな。でも——」
逃げ続けることは、もうできない。
初めて、逃げ場が完全に塞がれた。
「少なくとも、このまま終わるのは——めんどくせえ」
壁の時計が、無情に時を刻み続けている。
カチ。カチ。カチ。
あと七日。