ステラ・ペアリング — 宇宙士官学校の凸凹コンビ
2300年代、人類は太陽系全体に広がり、火星や木星近く、土星の衛星にコロニーを築いていた。しかし資源は乏しく、小競り合いは絶えない。最前線で戦う者たちは「ヒューマノイド・スターシップ」――15メートルの巨大メカを、パイロットとオペレーターの二人一組で操縦する。二人の絆が強ければ強いほど、機体も強くなるのだ。
12歳のカイト・アマミは地球連邦中央軍士官学校にパイロット候補として入学する。自信満々で声が大きく、いつも自分が正しいと思っている。初日、廊下でセイラ・ミツルギにぶつかり、彼女の書類をばらまいてしまう。セイラはトップクラスのオペレーター候補で、慎重で真面目、規則を厳守するタイプ。二人の最初の出会いは最悪で、お互いに「この人は最悪だ」と決めつける。
それから二年間、二人は無視し合う。カイトは実戦シミュレーションで圧倒的な強さを見せ、セイラは筆記試験で常に首位を独走する。そして三年目、ペア編成試験で衝撃の発表が――カイトとセイラがパートナーに任命されたのだ。
「ありえない!」「まったく同感!」
二人はインストラクターのユーリ・ブレイクに文句を言うが、彼は譲らない。初めての共同シ
ステラ・ペアリング — 宇宙士官学校の凸凹コンビ - シンクロレート15——最悪の始まり
窓の外に、地球があった。
青くて、でかくて、めちゃくちゃきれいだった。
天海カイトは輸送シャトルの小さな丸窓に鼻をくっつけて、その光景をじっと見ていた。黒い宇宙に浮かぶ青い惑星。雲の白。海の濃さ。生まれてから十二年間ずっとあの上にいたのかと思うと、なんか不思議な気分だった。
そして、その地球のすぐ隣に——でかい鉄の塊が浮いていた。
全長3.2キロ。円筒形。ゆっくりと自転しながら、太陽の光を反射してキラキラ輝いている。地球連邦中央軍事学園、通称セントラルアカデミー。パイロットとオペレーターを育てる、この世界で一番の軍事学園。人型宇宙機動兵器——ヒューマノイド・スターシップ、略してHSSの搭乗員を生み出すための場所だ。
カイトは胸の中がじわじわ熱くなるのを感じた。
「[excited]でけえ……」
思わず声に出てしまった。隣の席のやつが「ほんとだな」と相槌を打つ。みんな窓に張り付いて、同じように目を丸くしていた。
このコロニーの中に入ったら、高さ400キロの宇宙空間から地球を見下ろしながら生活することになる。重力は人工だから地球の0.9G。ほぼ地球と同じだけど、ほんのちょっとだけ体が軽い。
HSSに乗って、宇宙を飛び回る。そのための訓練をここで受ける。
(俺、絶対にこの学年で一番になる)
カイトは小さく拳を握った。
天海カイトは身長148センチ、やや筋肉質な小柄な体つきをしている。黒い天然パーマのショートヘアはいつも少しだけ広がっていて、寝癖なのかクセなのか自分でもよくわからない。目はヘーゼルグリーンのつり目で、じっと見るとちょっと怖そうに見えるらしいが、笑うと左頬にえくぼが入って一気に愛嬌が出る。今日の服装は入学式だというのにオーバーサイズの青いパーカーに黒のカーゴパンツ。制服の配給はコロニーに入ってからだと案内に書いてあったので間違いではないのだが、周りがもう少しちゃんとした格好をしているのを見て、さすがにちょっとだけ焦った。左頬には小さなそばかすが数点。昔から変わっていない。
輸送シャトルがコロニーのドッキングポートに近づいていく。
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入学式は、アカデミーの大ホールで行われた。
広い。とにかく広い。800人のパイロット科とオペレーター科の一年生が全員入っても、まだ空席があるくらいだ。天井が高くて、壁には歴代の卒業生の写真がずらりと並んでいる。みんな凛々しい顔で制服を着ている。カイトは自分もあそこに載るんだと思って、少し鳥肌が立った。
壇上に上がった校長——白髪交じりの厳しそうな老将校——が、淡々と式辞を読み始める。カイトは半分くらいしか聞いていなかった。それよりも、自分の隣に座っている同期の顔とか、壁の写真とか、天井の照明とかが気になって仕方なかった。
でも、最後の一言だけははっきり聞こえた。
「[serious]今年度の卒業演習は、かつてない規模の実戦形式で実施される」
ホールに、ざわめきが広がった。
実戦形式。その言葉がカイトの頭の中でぐるっと回転した。シミュレーションじゃない、本物の演習。三年後の話とはいえ、なんかリアルだった。
(実戦形式……どういうことだろ)
考えたとき、司会の声が聞こえた。
「[serious]では、新入生代表スピーチに移ります」
あれ、それって俺だっけ。
カイトは一瞬フリーズして、それから立ち上がった。前の席の人が驚いた顔でこっちを見る。カイトは気にせず壇上に上がって、マイクの前に立った。
800人分の視線が一斉に刺さってくる。
(緊張、してないな)
正直に思った。なんか普通に落ち着いていた。こういうときに緊張しないのは昔からだ。
「[excited]俺がこの学年で一番強いパイロットになります!」
ホールが、凍りついた。
誰も何も言わない。拍手もない。静寂だけがある。カイトは全員の顔を見渡した。唖然としている顔、苦笑いの顔、あからさまに「コイツ何言ってんだ」という顔。教官席の大人たちも、微妙な表情をしていた。
(あ、失敗した系の空気かな、これ)
でもカイトは特に気にしなかった。本当のことを言っただけだし。
そのとき——ホールの後ろの方、少し離れた席から、一人の少女の視線に気づいた。
短い黒髪。整った顔立ち。でも表情がほぼない。こちらをじっと見ていて、その目に浮かんでいるのは呆れとも軽蔑ともとれる、冷たいものだった。
一秒だけ目が合って、少女はすぐに視線を手元の資料に戻した。
(なんだ、あいつ……)
なんか感じ悪い、とカイトは思った。でもすぐ忘れた。
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入学式が終わって、カイトの気分はMAXだった。
「[excited]早くシミュレーター見に行こうぜ!」
廊下を走り出す。プリムス棟——シミュレーション棟——がどこにあるかは、さっき配られた案内図で確認した。左の廊下を突き当たりまで行って、そこを右に曲がれば——
角を曲がった瞬間。
ドン、という衝撃。
視界が真っ白になって、次の瞬間には大量の紙が頭上から降ってきた。白い書類がひらひら、ひらひら、廊下一面に舞い散っていく。カイトは尻もちをついたまま、しばらく状況を理解できなかった。
目の前に、少女が立っていた。
さっき入学式の後ろの方にいた——冷たい目の少女だった。彼女は床に散らばった書類を一枚一枚見て、何かを確認しているようだった。その横顔は怒っているというより、なんか計算しているみたいな顔だった。
「[angry]ご、ごめん!拾う!」
カイトは立ち上がって、近くの書類を手当たり次第に掴もうとした。
「[cold]触らないでください」
静かな声だった。でもはっきり聞こえた。
カイトは手を止めた。少女は床に落ちた書類を素早い手つきで拾いながら、続けた。
「[cold]あなたが並べ直すより、私が一人でやった方が速いです」
カイトはぽかんとした。
「[surprised]……え、でも俺が散らかしたんだし」
「[cold]順番が崩れたら意味がありません。下がっていてください」
なんか、すごく事務的な物言いだった。感情が乗っていないというか、純粋に効率だけを考えているというか。カイトは何か言い返そうとしたけど、何も出てこなかった。少女はもうカイトを視界に入れていなかった。黙々と書類を拾って、自分だけのルールで並べ直している。
カイトはもごもごしながら、その場を立ち去った。
(なんだよ……謝ったのに)
廊下の角を折れたところで、同じ入学式にいた男子が声をかけてきた。入学前から話したことのある悪友——白川リョウだ。ひょろ長い体に茶色い短髪、いつもニヤニヤしている。
「[sarcastic]お前、全力ダッシュしてたんじゃないの」
「[angry]……うるさい」
リョウがけらけら笑う。カイトは頭を掻きながら、さっきの少女の冷たい目を思い出した。なんか、すごく感じ悪い。絶対に関わりたくない。
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午後、プリムス棟に案内されたとき、カイトはさっきのことをもう忘れていた。
シミュレーター棟の中は、想像より何倍も広かった。36基のシミュレーターポッドが、壁際にずらりと並んでいる。どれも二座式で、前席と後席に分かれている。天井から伸びるケーブル。床に引かれた配線。機械のにおいと、空調のかすかな音。
カイトはそれだけで、もうテンションが上がった。
「[serious]全員、前に」
声がした。
壁際に立っていた女性が、ゆっくりこちらを向いた。三十代くらい。栗色の髪を短く切り揃えていて、目がとにかく眠そうだった。起きてはいるけど、なんか夢の中にいるみたいな、半分閉じた目。でも、その目で生徒全員をさっと見渡して、何かを計算しているのがわかった。ゆるそうに見えて、全然ゆるくない。制服の胸元に「C・レッテ大尉」のネームプレート。カーミラ・レッテ大尉、今日の担当教官だ。
「[serious]HSS——ヒューマノイド・スターシップ。全長15メートル、重量38トンの人型宇宙機動兵器。あなたたちが乗ることになる機体の概要を説明する」
声は平坦だった。感情がほぼない。でも話の内容ははっきりしていた。
「[serious]前席のパイロットが操縦と戦闘を担当。後席のオペレーターが戦術解析と通信管制を担当する。二人はニューラルリンクで神経接続し、思考と感覚の一部を共有する。お互いの息が合えば合うほど、機体は強くなる」
カイトはその言葉を聞いて、ふと思った。
(俺、誰かと組まなきゃいけないのか……)
なんか、想像したことがなかった。強くなることとか、うまくなることとか、そういうことは考えてきた。でも「誰かと組む」という前提がそこにあることを、なんとなく頭から外していた気がする。胸の隅に、かすかな引っかかりができた。
「[serious]同調度の数値をシンクロレートという。0から100。60以上で実戦配備基準。80以上がエース級だ。あなたたちの最初の目標は、60を超えること」
まず単独テストから始まる、とカーミラが言った。
カイトは一番にポッドに乗り込んだ。コックピットは思ったより狭くて、前席と後席がぴったり並んでいる。計器類に囲まれた前席に体を沈めると、360度の映像ディスプレイが起動して——宇宙が広がった。
星が、ある。地球がある。遠くに小惑星帯らしき光の群れが見える。
「うお……」と声が出た。
操縦桿を握る。スラスターが動く感覚がシートを通して伝わってくる。本物じゃないのに、本物みたいな重さがある。カイトは一秒で慣れた。なんか、最初からここにいた気がした。
敵の模擬機体が現れる。距離、速度、角度。一瞬で計算して、スラスターを噴かす。右に回り込んで、射線に入って——
ビームが、当たった。
それから十分間、カイトは止まらなかった。直感が動く。体が動く。考えるより先に手が動いて、気づいたら模擬敵機を全滅させていた。
ポッドの外に出ると、カーミラが眠そうな目のまま、眉だけをわずかにひそめていた。他の生徒がざわついているのもわかった。
「[serious]……次。ペアリング模擬テストに移る。仮パートナーを割り当てる。首後ろにニューラルリンクを装着してポッドに入ること」
カイトは渡された小さなデバイスを見た。これが、ニューラルリンク。首筋に当てるとぺたっと吸いついて、軽い電気みたいな感覚があった。
ポッドに戻る。後席に仮パートナーが座る。リンクが接続される——
その瞬間。
「——っ」
頭の中に、誰かがいた。
気持ち悪い、というのが正直な感覚だった。自分の思考の中に、別の何かが混ざっている。向こうの緊張感がダイレクトに流れ込んでくる。自分なのか相手なのか、境界線がぼやける。
(落ち着け、落ち着け——)
でも相手も焦っていた。その焦りがまた流れ込んでくる。カイトも焦る。悪循環だ。
演習が始まる。敵機が来る。カイトは動こうとするが、後席から来る情報が合わない。噛み合わない。タイミングがずれる。左に行こうとしたら右の指示が来て、射撃しようとしたら「まだ」という信号が来る。
気が散る。頭が痛い。集中できない。
スコアが表示される画面に、数字が出た。
「15」。
同時に、赤い文字が点滅した。
「WARNING: SYNC RATE CRITICAL」
その文字を見た瞬間、頭の中に激しい痛みが来た。吐き気が胃の底から上がってくる。カイトはポッドのハッチを開けて這い出して、廊下の端でそのまま嘔吐した。
最悪だった。
しばらくして、後ろから足音が来た。カーミラだった。眠そうな目で、でも静かにカイトを見下ろしていた。
「[serious]シンクロレート40未満が6ヶ月続いたら、強制再編成。別のパートナーを割り当てられる。それが2回続いたら、退学勧告の対象になる」
カイトは顔を上げなかった。
「[serious]あなたの単独スコアは、この学年で今のところ一位ね。才能が宝の持ち腐れにならないといいわね」
淡々とした声だった。煽っているわけじゃない。ただ、事実を言っている。それがかえって刺さった。
カーミラは歩いていった。カイトは一人、廊下に残って、しばらく壁にもたれかかっていた。頭痛がまだ続いている。口の中が苦い。窓の外に星が見えた。
プリムス棟の窓から差し込む薄い光の中、カイトはぼんやり考えた。
(一人じゃ……HSSは動かせないのか)
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夜になった。
男子棟3階の3-217号室。六畳くらいの個室。ベッドと机と小さな棚がある。壁は白くて、まだ何も貼っていない。カイトはベッドに座って、窓の外を見ていた。
コロニーの外壁の向こうに、地球がある。夜側に入っているから、都市の光がぽつぽつ輝いている。その外側に、星。無数の星。宇宙は静かで、果てがない。
カイトはぼんやりと、二年前のことを思い出した。
先輩の、悠。
パイロット科の三年生で、単独スコアは学園最高クラスだった。動きが天才的で、シミュレーターの中では誰も追いつけなかった。でも悠はペアリングを拒否した。理由は聞いたことがない。ただ拒否した。その拒否が連鎖して、中隊の編成が崩れた。あの事件は「シグナ事件の余波」として処理されて、悠は学園を去った。
去る日、悠は笑っていた。
でも目が全然笑っていなかった。
(あいつが去ったのって、一人でよかったからじゃなくて……)
カイトは考えかけて、やめた。よくわからなくなる。
父親の声が頭の中で再生される。子供の頃から、何度も聞いた声。
「お前は必ず一番になれ」
学校の成績でも、スポーツでも、なんでも。一番でなければ意味がない、という空気が家にはあった。一番以外の結果を持って帰ると、父は何も言わなかった。ただ黙った。その沈黙が、どんな言葉より怖かった。
だからカイトは一番を目指した。弱いところは見せなかった。うまくいかないことがあっても、笑ってごまかした。努力しているところも見せなかった。一番でないときの自分が、どんな顔をすればいいかわからなかったから。
(でも——一人じゃ、HSSは動かせないんだ)
その事実が今日、初めて実感を伴って体に入ってきた。どんなに単独スコアが良くても、シンクロレートが低ければ意味がない。一人でなんとかできる話じゃない。
カイトはベッドに仰向けになった。
天井を見た。白い天井。何もない。
なんとなく、今日の廊下を思い出した。書類が散らばった廊下。あの冷たい目の少女。「あなたが並べ直すより、私が一人でやった方が速い」という言葉。
(……なんでいま、あいつのこと思い出してるんだ)
カイトは首を横に振った。関係ない。全然関係ない。ただの感じ悪いやつだ。
でも、なんとなく、頭に残っていた。
窓の外。宇宙。星が動かない。
遠く、はるか遠く——宇宙空間のどこかを、高速で何かが横切った。
小さな影。黒い何か。点滅するような、しないような、一瞬の軌跡。
カイトは気づかなかった。ただ星を見ていた。
不安と、焦りと、なんかよくわからない気持ちを胸に抱えたまま、天海カイトの最初の夜が更けていった。