ステラ・ペアリング — 宇宙士官学校の凸凹コンビ
2300年代、人類は太陽系全体に広がり、火星や木星近く、土星の衛星にコロニーを築いていた。しかし資源は乏しく、小競り合いは絶えない。最前線で戦う者たちは「ヒューマノイド・スターシップ」――15メートルの巨大メカを、パイロットとオペレーターの二人一組で操縦する。二人の絆が強ければ強いほど、機体も強くなるのだ。
12歳のカイト・アマミは地球連邦中央軍士官学校にパイロット候補として入学する。自信満々で声が大きく、いつも自分が正しいと思っている。初日、廊下でセイラ・ミツルギにぶつかり、彼女の書類をばらまいてしまう。セイラはトップクラスのオペレーター候補で、慎重で真面目、規則を厳守するタイプ。二人の最初の出会いは最悪で、お互いに「この人は最悪だ」と決めつける。
それから二年間、二人は無視し合う。カイトは実戦シミュレーションで圧倒的な強さを見せ、セイラは筆記試験で常に首位を独走する。そして三年目、ペア編成試験で衝撃の発表が――カイトとセイラがパートナーに任命されたのだ。
「ありえない!」「まったく同感!」
二人はインストラクターのユーリ・ブレイクに文句を言うが、彼は譲らない。初めての共同シ
ステラ・ペアリング — 宇宙士官学校の凸凹コンビ - シンクロレート23——最悪のペア
あの最初の夜から、二年が経った。
男子棟3階の3-217号室はあの頃より少しだけ人間臭くなっていた。壁には模擬戦のスコアシートが貼り出され、机の上には読みかけの戦術テキストが積まれている。天海カイトはベッドに座って、窓の外の地球をぼんやり眺めた。
あの日、ガラガラだった寮の廊下も、もう慣れた場所になった。シミュレーターの操縦桿の感触も。メサ・ホールのアカデミーカレーの辛さも。
(今日でペア編成が決まる)
三年目の春。セントラルアカデミーでは三年次になると、パイロット科とオペレーター科それぞれの生徒に「パートナー」が割り当てられる。HSSは全長15メートルの人型宇宙兵器で、パイロットとオペレーターの二人がニューラルリンクで神経を繋いで動かす機体だ。一人では飛べない。どれだけ単独スコアが良くても、ペアがいなければ意味がない。
カイトはこの二年間でパイロット科の成績を学年首位に押し上げた。模擬戦での勝率、操縦精度、反応速度——全部トップ。担当教官に「お前のスコアは三年分まとめて一年でやった」と言われたくらいだ。
でも、ペアはまだ決まっていなかった。適性診断のデータはずっと「処理中」のままだった。
(どんなやつが来るんだろ)
カイトは制服を整えて、部屋を出た。
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大講堂は、朝から物騒な熱気に包まれていた。
セントラルアカデミーの大講堂——三年次生全員が集まれる大きなホール——の正面に、床から天井まで届く大型モニターが設置されている。今日はそこに、ペア編成の結果が表示される。パイロット科とオペレーター科、合わせて約600人分の名前が、パートナーの名前と並んで出てくる。
カイトは人だかりをかき分けて前に出た。みんながモニターを見上げて、ざわざわと話している。
「[excited]あったあった! 俺の名前、あった!」
カイトは背伸びしながらモニターを探した。「天」の行。天海カイト——パイロット科——パートナー:
剣城セイラ。
三秒、固まった。
(え……剣城?)
その名前には聞き覚えがあった。聞き覚えというより、忘れたくても忘れられない名前だ。二年間、廊下ですれ違うたびにこちらを見ない目をしていた子。シミュレーターの成績で学年オペレーター科首位を独走している子。「感情的な判断はミスの温床です」とクラスで発言して教官に褒められていた子。
カイトとは真逆の存在だ、とずっと思っていた。
その瞬間、モニターの別のところから声がした。
「[surprised]……ありえない」
振り返ると、モニターの反対側——人だかりの向こうに、セミロングの髪に左側だけついたアシンメトリーな髪留め、鋭いグレーの瞳の少女が、画面を見つめたまま固まっていた。剣城セイラだった。
目が合った。
一瞬。
二人の口が、まったく同時に開いた。
「「ありえない!/まったく同感!」」
ハモった。完璧に。
大講堂が、一瞬だけ静寂に包まれ——そして一気にどっと笑いが広がった。周りの生徒が振り返って、二人をニヤニヤしながら見ている。「わー、仲良さそう」「むしろ絶望してる顔してる」という声が聞こえた。
カイトとセイラは、互いを見て、同時に目を逸らした。
(最悪だ)
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二人が同時にカーミラ・レッテ大尉の部屋のドアを叩いたのは、発表から十分後のことだった。
カーミラ大尉——ペア編成主任で、オペレーター出身の32歳——はいつものようにコーヒーを片手に椅子に座っていた。常に眠そうな目をしているが、部屋に入った二人を見て微妙に眉を上げた。「あなたたちが同時に来ると思ってたわ」という顔だ。
「[angry]変えてください!」
「[serious]変更を申し出たく参りました」
タイミングがズレた。カイトが吼えて、セイラが丁寧に言った。
カーミラはコーヒーをすすった。
「[cold]ペア編成令第7条。拒否権なし」
「[angry]なんで俺たちが! 他にも候補いるでしょ!?」
カーミラは無言でモニターを二人に向けた。画面には二人の適性診断データが並んでいる。数字がいくつか並んでいて、一番上に「潜在同調率」の項目があった。
その数値が、学年で断然トップだった。
「[cold]文句は数値に言いなさい」
セイラが画面を見て、一瞬だけ動きを止めた。数字を頭の中で処理して、何かを計算している顔だ。論理的に反論できるラインを探しているんだろうな、とカイトは思った。
でも、セイラはそのまま黙り込んだ。
(あいつ、納得したのか?)
カイトは振り返った。「おい、なんで——」
「[serious]……数値が事実なら、感情で否定するのは非合理的です」
セイラは真顔でそう言った。悔しそうでも悲しそうでもなく、ただ淡々と。
カイトは一瞬フリーズした。
「[angry]納得してんじゃねえよ!!」
「[sarcastic]あなたも、する理由がなくなりましたよね?」
二人そろって、カーミラに撃沈された。
カーミラはコーヒーを置いて、眠そうな目で付け加えた。
「[serious]ちなみに。シンクロレート40未満が6ヶ月続いたら強制再編成。3度目の不適合で退学勧告。そういう制度になってます」
部屋の中が、少し重くなった。
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プリムス棟のシミュレーター室は、HSSのコックピットを完全再現した二座式ポッドが並ぶ施設だ。レグノスMk-IV——セントラルアカデミーの標準訓練機で、実戦機の60%出力で動く機体——のコックピットを再現したポッドに乗り込むと、首の後ろにニューラルリンクのデバイスを装着して、360度の映像が展開される。
カイトとセイラが並んで乗り込んだ瞬間、狭さが一気に実感できた。
パイロット席とオペレーター席は横並びで、肩と肩の距離が30センチもない。
「[whispers]……なんで俺こんなところに」
「[whispers]私もです」
口に出るのが同時だった。二人してそっぽを向いた。
ニューラルリンクのデバイスを首の後ろに当てる。小さなデバイスで、冷たい感触がある。接続すると、パイロットとオペレーターの脳波が繋がって、言葉にならない情報をリアルタイムで共有できるようになる。同調度が高いペアなら戦場でも一瞬の思考が伝わる。
カイトがデバイスを装着した。
カチッ。接続。
その瞬間——
頭の中に、知らない感覚が流れ込んできた。
(うわ、なんだこれ……)
不安? いや、違う。もっと細かい。「ちゃんとやらなきゃ」「失敗したらどうしよう」「次の確認をしなければ」——そういう感覚が、次々と静かに流れてくる。水みたいに、止まらない。
(こいつ……超心配性じゃん)
同時に、セイラの側でも何かが起きていた。セイラの方をちらりと見ると、彼女が固まっていた。
「[surprised]……見た、今の」
「[surprised]……見ました」
セイラに流れ込んでいたのはカイトの感覚だ。表面では「絶対いけるぜ」と思っているくせに、その奥に「もし失敗したら」という不安がうっすら混じっている——そういうことが、そのままセイラに伝わってしまっていた。
気まずい沈黙が流れた。
モニターに数字が表示された。
シンクロレート:**23**。
赤い警告テキストが点滅している。
「[serious]23……40が強制再編成のラインです。かなり遠い」
「[serious]わかってる」
コックピットから出た後、二人してしばらく床を見ていた。カイトは頭がじんじんしていた。リンク酔いだ。接続時間は一分もなかったのに、頭痛がする。セイラも顔が青くなっていた。
(あいつ……かなりしんどい思いしてるんだな)
感じ悪いと思っていた相手の内側に、初めて触れた感覚が残っていた。
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放課後、カーミラに「ユーリ・ブレイク教官の特別訓練を受けなさい」と言われた。
ユーリ・ブレイク。ヘリオス紛争——十五年前、火星共和圏と木星圏自治連合が衝突した5年間の星域紛争——でHSSパイロットとして戦い、英雄と呼ばれた人物だ。今は教官として、問題のあるペアの特別指導を担当しているらしい。
訓練室に入ると、窓際に一人の男が立っていた。
五十代くらい。短く刈り込んだ白髪交じりの髪。目が鋭い——戦場を何度もくぐってきた目だ。体型は細身で、動きに無駄がない。軍服の袖口からのぞく手の甲にいくつか傷跡がある。
ユーリ・ブレイクは二人を見て、何も言わなかった。
カイトがまず口を開いた。「えっと——」
「[cold]喋るな。聞く」
止められた。
ユーリは二人がそれぞれ「相手がどうおかしいか」をぼそぼそ語るのを、腕を組んだまま黙って聞いた。セイラが「非効率な行動パターンが——」と言い始め、カイトが「俺の直感を否定して——」と割り込み、しまいには二人同時に喋り出した。
五分くらい経って、ユーリが口を開いた。
「[serious]お前たちは互いを知ろうとしていない。知らない相手と神経を繋げば、そりゃリンク酔いする」
カイトとセイラが黙った。
反論できなかった。正しすぎた。
「[serious]シンクロレートは技術じゃない。信頼と理解の深さが数値になる。機械には偽れない」
ユーリは二人に向き直った。
「[serious]課題を出す。明日までに、相手の好きな食べ物と一番怖いものを聞いてこい。それだけだ」
「[surprised]……え、それだけですか?」
「[serious]それだけだ」
セイラが眉をひそめた。「[serious]そのような私的な情報が、シンクロレートに関係するのですか?」
「[cold]関係する」
それだけ言って、ユーリは背を向けた。説明は終わりだ、という空気だった。
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夜になった。
男子棟3階の共用ラウンジは、自販機と大型モニターと古いソファだけがある小さな場所だ。カイトはそこに来て、自販機の前に立ったまま固まっていた。
(なんで俺から聞かなきゃなんねーんだよ)
「相手の好きな食べ物と一番怖いもの」。そんなの、普通に「なあ、好きな食べ物って何?」って聞けば済む話だ。
でも足が動かない。
(あいつ絶対めんどくさそうに返してくるし。「それがシンクロレートにどう関係するんですか?」とか言いそうだし。つうかなんで俺が先に聞きに行かないといけないんだよ)
ジュースを一本買って、プルタブを開けながら壁に寄りかかった。
そのとき、何かがぼんやりと伝わってきた。
感覚、というより気配に近い。ニューラルリンクを外してもしばらくは「残滓」が残ることがある。接続した相手が何かに集中しているとき、遠くからうっすらと伝わってくる。
セイラが何かを調べていた。
真剣に、丁寧に。端末を前にして、メモを取りながら。
(何調べてんだ、あいつ……)
カイトはジュースを飲んで、考えた。
次の瞬間、ぼんやり伝わってくる感覚から何かを感じ取った。メサ・ホールのメニューに関する何か——食堂の、料理の、そういうデータを調べている気配がした。
(あ)
セイラが、カイトのことを調べていた。
課題を真面目にやっている。プライドを曲げて、端末で情報を探している。あの几帳面で完璧主義の剣城セイラが、「天海カイトの好きな食べ物」をデータから調べている。
(……真面目すぎだろ、あいつ)
なんか、胸がざわついた。
(いや待って、直接聞けばいいじゃんそれは)
カイトは端末を出して、検索バーに「剣城セイラ 好きな食べ物」と打ち込みかけた。
三秒後、そっと閉じた。
(……俺、何やってんだ)
自販機の前でため息をついた。
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翌朝。
寮の廊下、男子棟と女子棟をつなぐ渡り廊下。カイトが通りかかると、向こうから剣城セイラが来た。
二人とも昨夜のことを引きずっている顔をしていた。少なくとも、カイトにはわかった。
気まずい三秒間。お互いが視線をどこに向けるか迷いながら、でも立ち止まって。
カイトが口を開いた。「お前の好きな食べ物って——」
セイラが口を開いた。「あの……天海さんの好きな食べ物は——」
ハモった。また。
一秒の沈黙。
「「お前も(あなたも)課題やってたのか(のですか)」」
また、ハモった。
今度は笑いが出なかった。ただ、空気がちょっとだけ変わった。
昨日の大講堂でハモったときと違う。あのときはお互い「最悪だ」という気持ちでハモった。でも今度は——同じことを考えて、同じタイミングで動いていたという事実が、二人の間に落ちた。
セイラの頬が、ほんのわずかに赤くなった。カイトは自分の胸のあたりが変な感じになっているのに気づいた。
「[gentle]……天海さんは、何が好きなんですか」
「[serious]……アカデミーカレー。お前は?」
「[gentle]宇宙うどんです」
それだけだった。
でも、それが二人が「最悪の第一印象」を抜きで交わした、初めての会話だった。
セイラは先に歩いていった。
カイトは廊下に残って、しばらくそのまま立っていた。
(なんで俺、まだドキドキしてんだよ)
自分でもよくわからなかった。ただ、胸の中の変な感じは、廊下の空気に溶けるまでずっと続いていた。
シンクロレートは23。強制再編成のライン40まで、まだかなり遠い。
それでもカイトは、何か一歩進んだ気がして——それが怖いような、嬉しいような、自分でも説明できない気持ちのまま、廊下の先へ歩き出した。