ステラ・ペアリング — 宇宙士官学校の凸凹コンビ
2300年代、人類は太陽系全体に広がり、火星や木星近く、土星の衛星にコロニーを築いていた。しかし資源は乏しく、小競り合いは絶えない。最前線で戦う者たちは「ヒューマノイド・スターシップ」――15メートルの巨大メカを、パイロットとオペレーターの二人一組で操縦する。二人の絆が強ければ強いほど、機体も強くなるのだ。
12歳のカイト・アマミは地球連邦中央軍士官学校にパイロット候補として入学する。自信満々で声が大きく、いつも自分が正しいと思っている。初日、廊下でセイラ・ミツルギにぶつかり、彼女の書類をばらまいてしまう。セイラはトップクラスのオペレーター候補で、慎重で真面目、規則を厳守するタイプ。二人の最初の出会いは最悪で、お互いに「この人は最悪だ」と決めつける。
それから二年間、二人は無視し合う。カイトは実戦シミュレーションで圧倒的な強さを見せ、セイラは筆記試験で常に首位を独走する。そして三年目、ペア編成試験で衝撃の発表が――カイトとセイラがパートナーに任命されたのだ。
「ありえない!」「まったく同感!」
二人はインストラクターのユーリ・ブレイクに文句を言うが、彼は譲らない。初めての共同シ
ステラ・ペアリング — 宇宙士官学校の凸凹コンビ - シンクロレート91——針の穴を抜けろ
訓練区域フィールド・ゼータは、もう訓練の場じゃなかった。
黒色装甲のHSSが三機、ゆっくりとカイトたちのレグノスMk-IVを取り囲んでいる。全長15メートルの巨体が発する圧迫感は、シミュレーターで何百回見ても慣れないやつだ——いや、そもそもこれはシミュレーターじゃない。本物だ。さっき目の前で消えた同期のペア機が、それを証明していた。
コックピットの中で、カイトは操縦桿を握りしめたまま動けなかった。手が震えている。震えているのはわかっている。でも、離せない。
後席で、セイラが端末を叩く音が聞こえた。
ニューラルリンク越しに、セイラの思考の断片が流れ込んでくる。データを処理している。敵機の装甲パターン、射撃角度、関節部の構造——怖い、それでも分析を止めない、怖い、でも今しかない——
「[serious]天海さん。敵機の関節部に、量産コスト削減による装甲の継ぎ目があります」
声が震えていた。
「訓練用ビームでも、そこなら……可能性は、12%」
数字が告げられた瞬間、セイラ自身が小さく息を詰めた。低すぎる、という思いが、ニューラルリンク経由でそのままカイトに届いた。
カイトはコックピットの中で、ふっと力が抜けた。
「[laughing]12%か。サマーキャンプの時より2ポイントキツいな」
ニヤリと笑った。くしゃっとえくぼが入る。左頬のそばかすが歪む。
ニューラルリンクの向こうで、セイラが固まった。
そして——あの夏の記憶が流れ込んできた。カルデラ・ベースの格納庫、学年2位エースペアを前にしてカイトが言った言葉。「勝率17%? 十分だろ」。あの時と、まったく同じ顔をしている。まったく同じ声で。
「[crying]……その計算式、変わりませんね」
涙をこらえながら、笑い返した。
シンクロレートモニターが跳ねた。
68——75。
「[excited]行くぞ!」
操縦桿を倒す——その0.1秒前に、セイラがバーニア角度を入力した。言葉を交わしてない。でもわかってた。カイトが倒す前にセイラが動いて、セイラが計算する前にカイトが機体を逃がし始めた。
一機目。敵機が射線を向けた瞬間、レグノスが横滑りした。関節部が一瞬だけ露出する——そこに、カイトが訓練用ビームを叩き込んだ。
パチィッ!
火花が散った。敵機がバランスを失い、宇宙空間をゆっくりと漂い始める。
「[excited]一機!」
「[serious]二機目、背後から接近中。左旋回0.8秒後に——」
「わかった!」
言葉が追いついてない。でも体が動いてる。セイラの思考がニューラルリンク経由で直接カイトの判断に変換されていく感覚——これだ、と思った。これがあの夏のハイタッチの時に一瞬垣間見えたやつだ。
二機目は死角から仕留めた。三機目はセイラの演算を信じて一切迷わず反転した——0.3秒で左旋回、即反転。教科書にない動きだった。機体がギシリと軋んだ。でも外れなかった。
ドゴォン!!
三機目が爆発的にコントロールを失い、回転しながら遠ざかっていく。
シンクロレートモニターが更新された。
75——82。エース級の基準値80を、初めて突破した。
「[excited]やったぞ!!」
拳を上げた。コックピットが狭くて肘がぶつかったけど、そんなのどうでもよかった。
「[serious]撃墜確認。三機全滅……です」
報告の声は冷静だった。でも頬が、わずかに赤かった。ニューラルリンクを通じてカイトの興奮と喜びが流れ込んでいる——それを、セイラ自身が気づかないうちに受け取っていた。なんで自分の心拍数がこんなに上がってるんだろう、と後席で少し困惑していた。
読者だけが知っている。
その余韻が消える間もなく——
訓練区域の遠方で、影が膨らんだ。
大きい。でかすぎる。通常の機体じゃない。
全長でレグノスの三倍はある黒色の巨体が、ゆっくりとフィールド・ゼータに展開してくる。主砲の砲口が、紫色の光を帯び始めた。
「[scared]……あれは母艦クラスだ」
ズドォォォン——!!!
衝撃波が訓練区域を薙いだ。複数の訓練機が同時にコントロールを失う。センサーブイが次々と沈黙する。そのひとつに——見覚えのある機体番号が含まれていた。
通信に、声が割り込んできた。
「[scared]カイト! セイラちゃん!!」
リョウだった。明るい茶髪のウルフカット、いつもの琥珀色のたれ目——今はその目が、かなり焦った色をしているだろう。通信画面の向こうで機体が揺れているのが見えた。
「[serious]俺たちの機体、もう動けない。脱出ポッドは起動できるけど——お前らは逃げろ! ここは俺たちに任せて!!」
声が裏返りかけていた。かっこつけようとして、ちょっと失敗してる。
セイラがリョウ機のダメージをスキャンした。コックピット無事。脱出ポッド起動可能。ただし——母艦の砲撃圏内で脱出したら、ポッドが直撃を受けるリスクがある。
沈黙は、一秒もなかった。
「[angry]逃げる気はない。リョウ、お前を置いていけるわけねえだろ」
即答した。セイラは何も言わなかった。でも、ニューラルリンクを通じてカイトの「仲間を捨てない」という感情がそのまま流れ込んできた瞬間——セイラの中で何かが静かに決まった。
同じだ、と思った。私も同じ選択をしていた。
「[serious]かっこつけんなよ馬鹿!!」
通信越しのリョウの叫びは、完全に声が裏返っていた。本人も気づいていないだろう。
セイラが端末を叩いた。母艦クラス機の構造解析が走る。
「[serious]天海さん。中央動力部に、冷却パイプの露出区間があります。そこなら訓練用ビームでも、動力部に直接ダメージを与えられる可能性が——」
一瞬、止まった。
「[serious]ただし……突入経路の被弾確率は、88%です」
コックピットに沈黙が落ちた。
88%。
言い換えると、生存率12%だ。
カイトがゆっくりと口を開いた。
「[laughing]……つまり生存率12%か」
笑った。さっきと同じ笑い方で。えくぼが入って、そばかすが歪んで、ヘーゼルグリーンのつり目が細くなる。
「俺たちのラッキーナンバーだな」
後席でセイラの唇が震えた。涙が浮かんでいた。でも——笑っていた。
「[crying]……ええ、そうですね」
ニューラルリンクのスイッチを、意識して全開にした。第5話の夜明け前と同じように——でも今度は違う。あの時は恐怖の中でやっと壁を取り払った。今度は、怖い中で自分から選んで開いた。
カイトからセイラへ。怖い——でも行く——セイラがいるから行ける——言葉の形をとる前の、もっと根っこの感情がそのまま流れ込んでくる。
セイラからカイトへ。あなたの直感を信じます——あの夜と同じように——カルデラ・ベースの月明かりの下、手が触れた瞬間の記憶が、言語化される前の温度を持ったまま返ってくる。
二人の感情が完全に共鳴した。
シンクロレートモニターが動いた。
82——88——91。
ピピピピピ!!
警告音じゃなかった。記録更新のサインだった。過去50年で、90を超えたペアは3組しかいない。それが今、フィールド・ゼータで、訓練機で、12歳と12歳のペアが叩き出した。
被弾した機体のモニターで、リョウがシンクロレートの数値を見た。
「[surprised]……91? なんだこれ」
ぽかんとした声だった。思わず数値を二度見していた。
カイトはもう聞いてなかった。
操縦桿を握る手が、さっきまでと違った。震えはある。でも、芯が通っている。訓練機のシステムが出力60%制限をかけたままでも——シンクロレート91が機体の補助演算を引き出し、正規のエース機に匹敵する動きを引き出し始めた。
母艦クラス機の集中砲火が、訓練区域を薙いでいく。光線が縦横に走る。普通に考えれば通り道なんてない。88%の被弾確率が、その事実を証明している。
でも、針の穴はある。
カイトの直感が、その穴を読んだ。セイラの演算が、0.1秒単位でバーニアを制御して機体を滑らせた。言葉は要らなかった。呼吸も要らなかった。カイトが感じた瞬間にセイラが動かして、セイラが割り出した瞬間にカイトが機体をそこへ持っていく。
弾幕の隙間を、レグノスMk-IVがすり抜けていく。
コックピットの中で、セイラの手が無意識にコンソールを握りしめた。カイトの操縦桿のすぐ隣。カイトがそれに気づいた。
ニューラルリンク越しに、念じた。
——離すなよ。
セイラがその感情を受け取った。手の力が、強くなった。
レグノスMk-IVが、弾幕をすり抜けながら母艦へ向かって加速していく。訓練機が訓練機じゃない何かになっていく瞬間に、二人はいた。
母艦の巨体が、視界いっぱいに広がってくる。冷却パイプの露出区間が——見えた。