ステラ・ペアリング — 宇宙士官学校の凸凹コンビ
2300年代、人類は太陽系全体に広がり、火星や木星近く、土星の衛星にコロニーを築いていた。しかし資源は乏しく、小競り合いは絶えない。最前線で戦う者たちは「ヒューマノイド・スターシップ」――15メートルの巨大メカを、パイロットとオペレーターの二人一組で操縦する。二人の絆が強ければ強いほど、機体も強くなるのだ。
12歳のカイト・アマミは地球連邦中央軍士官学校にパイロット候補として入学する。自信満々で声が大きく、いつも自分が正しいと思っている。初日、廊下でセイラ・ミツルギにぶつかり、彼女の書類をばらまいてしまう。セイラはトップクラスのオペレーター候補で、慎重で真面目、規則を厳守するタイプ。二人の最初の出会いは最悪で、お互いに「この人は最悪だ」と決めつける。
それから二年間、二人は無視し合う。カイトは実戦シミュレーションで圧倒的な強さを見せ、セイラは筆記試験で常に首位を独走する。そして三年目、ペア編成試験で衝撃の発表が――カイトとセイラがパートナーに任命されたのだ。
「ありえない!」「まったく同感!」
二人はインストラクターのユーリ・ブレイクに文句を言うが、彼は譲らない。初めての共同シ
ステラ・ペアリング — 宇宙士官学校の凸凹コンビ - シンクロレート42——17%の奇跡と、月明かりの手
シミュレーターのモニターが、42という数字を映し出していた。
プリムス棟——HSSシミュレーター36基が並ぶ訓練棟——の中は、朝早いのにすでに空気が張り詰めている。ポッドの冷却システムが低くうなり、計器の光が二人の顔を青白く照らしていた。
ユーリ・ブレイクは腕を組んだまま、モニターを見上げた。ヘリオス紛争の英雄として知られるこの男は、いつも無駄なことを言わない。鋭い目がデータを読み取って、静かに口を開く。
「[serious]強制再編成のラインは超えた」
カイトはポッドのフチに腰かけて、天井を仰いだ。二週間前の23という数字を思い出す。あの最悪の第一印象から始まって、毎日毎日ユーリに絞り上げられて——それでようやく42だ。
「[serious]だが実戦配備基準の60まで、まだ崖がある」
「[excited]じゃあ次は60を狙えばいいだけだろ」
隣でセイラが端末をさっと操作した。ショートのセミロング、左側のアシンメトリーな髪留め。グレーの瞳がデータを素早く読んでいる。
「[serious]現在のシンクロレート推移から算出すると、あと8.3日の訓練で60に到達する確率は……32%です」
「[excited]32%もあるならいけるじゃん」
セイラが半眼になった。
「[sarcastic]……あなたの確率感覚、一般的と大きくズレてますよ」
ユーリが二人を見た。眉がかすかに上がる。その顔に、珍しく何か考えているような色があった。
「[serious]……お前たち、2週間前と比べて声のかけ方が変わったな」
一瞬、空気が止まった。
カイトとセイラは同時に別の方向を向いた。完璧なタイミングで。カイトは天井、セイラは端末の画面。ユーリはその様子を3秒ほど眺めて、何も言わずにブリーフィング資料を閉じた。
「[serious]サマーキャンプでのトーナメント、気合を入れろ」
カレッジ・リングのコロニー内、合同サマーキャンプの会場に着いたのは昼前だった。
広大な実機演習フィールド——コロニーの一区画を丸ごと使った模擬戦エリア——には、他校から来た候補生たちがわんさかいる。制服の色が違う。顔ぶれも違う。でもどいつもこいつも、同じ年齢とは思えないほど目が鋭い。
トーナメント表が掲示板に出た瞬間、カイトはセイラと二人で近づいて見上げた。
「天海カイト&剣城セイラ」の横に書いてある相手の名前——荒瀬・八神。
周りで、ざわめきが広がった。
「あの二人、初戦でエースペアに当たったの?」
「荒瀬って学年2位だろ。しかもパートナーの八神、オペレーターとして化け物じゃん」
「……かわいそうに」
カイトは聞こえていた。全部聞こえていた。でも気にしなかった。
セイラが端末を開いて、すっと計算した。
「[serious]荒瀬・八神ペアのデータを照合しました。こちらの勝率は……17%です」
カイトはニヤリとした。
「[excited]17%もあるなら十分だろ」
セイラが端末から顔を上げた。口が開いて、何かを言いかけて——
「[gentle]その根拠のない自信……嫌いじゃないですけど」
0.5秒の沈黙。
セイラの顔が、みるみる赤くなった。
「[surprised]い、今のは訂正します! データに基づかない楽観論は危険だと言いたかっただけです、以上!」
セイラが端末に顔を埋めた。耳まで真っ赤だった。
カイトは笑った。
「[laughing]訂正前の方が素直だったぞ」
「[angry]試合の準備をします!」
セイラがさっさと歩いていく。カイトはその後ろ姿を見て、まだ笑いをこらえながら、でも胸の奥がちょっとだけ変な感じになるのに気づいた。
(なんで俺、今——)
考えるのをやめて、カイトも歩き出した。
試合開始のブザーが鳴った瞬間、荒瀬機が動いた。
速い。
レグノス Mk-IVの標準機体とは思えない加速。三連射が正確無比にカイト機の進路を塞いでくる。コックピットの警告音が連続して鳴り響く。
(このままじゃ押し込まれる。でも引いたら八神に演算を固められる——)
直感が走った。反転突撃。
「[serious]行くぞ!」
その瞬間——耳にセイラの声が飛び込んだ。
「[serious]左3度修正——0.8秒後にバーニア点火!」
迷わなかった。一切迷わなかった。
カイトはセイラの声に乗るように機体を動かした。ニューラルリンクを通じて、セイラが弾き出した軌道が頭に直接流れ込んでくる感覚。1秒後の自分の位置が、なぜかはっきり見えた。
「[serious]右10度——今!」
カイトは叫ばなかった。ただ動いた。
荒瀬機が追ってくる。でも遅い。カイト機の変則機動は、八神の防御演算が予測したラインを0.8秒ずつずらし続けている。セイラがその誤差を計算して、先読みして、修正を叩き込んでくる。
噛み合っていた。
初めて、本当に一つの生き物みたいに。
荒瀬機の死角に滑り込んだ瞬間——
「[excited]撃て!」
ペイント弾が直撃した。
シミュレーターが「ヒット確認」を告げる音が響いた。荒瀬機の機体表示が点滅して、試合終了のランプが灯る。会場がざわついた。
カイトはコックピットから飛び出した。セイラが後席から出てくる。目が合った。
「[excited]よっしゃあ!!」
カイトは手を上げた。ハイタッチの形で。
セイラが一瞬だけためらって——それでも手を合わせた。
パン、と乾いた音がした。
その瞬間、ニューラルリンクの残滓がまだ残っていたのか、何かが流れ込んできた。言葉じゃない。感情そのもの。純粋で、子どもっぽくて、飾り気のない——嬉しい、という気持ち。
カイトの胸の奥で何かがドクンと大きく脈打った。
思わずセイラの顔を見た。
セイラはすでにノートを取り出していた。真顔で。
「[serious]ケース3の変則突撃でシンクロレートが上昇しました。要因分析が必要です」
カイトは半笑いになった。「……お前って本当に——」と言いかけて、止まった。
自分の胸がまだバクバクしているのに気づいたからだ。
(なんで俺、こんな——)
言葉を飲み込んで、カイトはぽりぽりと頭を掻いた。
準決勝は次の日の午後だった。
相手は別の学校の強豪ペア。シンクロレートが50を超えているという噂だった。
試合は苦しかった。何度も追い詰められた。でも二人の呼吸は昨日より確実に深くなっていて、セイラの演算がカイトの直感を補って、カイトの動きがセイラの計算を上回る場面もあった。
「[serious]右フランクに隙!」
「[excited]見えてる!」
試合後のシンクロレートモニターが50を示したとき、周りの候補生がざわめいた。
「……あのペア、2週間前はシンクロレート23だったって聞いたけど」
「え、マジで? それが今50?」
カイトはその声を聞きながら、なんかくすぐったい気持ちになった。セイラは聞こえていないふりをしていたが、耳が少しだけ赤かった。
決勝進出。
その夜、通路を歩いていたカイトの端末が鳴った。
セイラからだった。
「訓練場の裏に来てもらえますか。一人でいると……少し怖いので」
カイトは3秒、端末を見つめた。
——少し怖い。
あの剣城セイラが、そんなことを言う。
駆けつけた。
格納庫裏の通路は細くて、コロニーの採光システムが作る疑似月光が差し込んでいた。白くて柔らかい光が、床に細長い影を落としている。
セイラが立っていた。制服のまま、少しだけうつむいて。
カイトが近づくと、セイラが顔を上げた。グレーの目がいつもより少し落ち着きなく見えた。
「[gentle]……約束して」
カイトは黙って聞いた。
「[gentle]明日の決勝、二人とも無事に戻るって」
その声が、規則を読み上げるときの声と全然違った。データを告げるときの、あの冷静で淡々とした声じゃない。もっと小さくて、ぎこちなくて——本物の声だった。
カイトは何も言えなくなった。
セイラが続けた。
「[gentle]データ上は厳しいですが……あなたの直感を、信じます」
一歩、前に出た。
暗がりの中で、セイラの指先がカイトの手にかすかに触れた。
1秒か、2秒。
どちらも動かなかった。
セイラがはっとした。
「[surprised]お、おやすみなさい!」
小走りで去っていく。足音が通路の向こうに消えた。
カイトは真っ赤な顔で、その場に立ち尽くした。
手の感触が消えない。
疑似月光が白く床を照らしている。コロニーの外側では宇宙が静かに広がっていて、星が動かない。
(俺、あいつのこと……)
カイトは自分の手を見た。9割まで来ている何かが、胸の中で静かにうごめいていた。
翌日の決勝戦。相手は三年間無敗のエースペアだった。
連携は完璧に近かった。カイトの変則機動にセイラの演算が完全に追いついて、シンクロレートが試合中ずっと高い水準で維持されていた。でも相手の経験値は本物だった。三年分の積み上げは、2週間の特訓では超えられなかった。
惜しかった。本当に、惜しかった。
試合後、シンクロレートのモニターが58を示した。
観戦していたカーミラ・レッテが、腕を組んだまま、口の端をかすかに上げた。珍しい表情だった。眠そうな目がちょっとだけ細くなる。
「[gentle]……あと少しね」
それだけだった。でも、カーミラからその言葉が出たことの意味を、カイトはわかっていた。
カイトは悔しかった。ちゃんと悔しかった。でも同時に——昨夜の手の感触がまた頭を占領していて、セイラの顔をまともに見られなかった。
セイラは端末を開いて「決勝敗因の要因を分析します」と言いながら、ちらりと横目でカイトを見た。その表情は、分析よりも少し柔らかい何かを含んでいた。
カイトは気づかなかった。
読者だけが気づいていた。
その夜、男子棟3-217号室でカイトは天井を見上げていた。
(俺、あいつのこと——)
言語化しかけて、止まる。また考えて、また止まる。9割まで来て、残りの1割でずっと止まっている。
そのとき、コロニーの別の場所では——
学園通信室の担当士官が、受信データを見て眉をひそめていた。
静かな部屋に、端末のアラート音が小さく鳴る。
「訓練区域……セクター7からセクター12にかけて、正体不明の電波妨害を複数回検出。パターン不規則。発信源、特定不可」
報告は静かに上層部へ流れていった。
カイトも、セイラも、知らなかった。