ステラ・ペアリング — 宇宙士官学校の凸凹コンビ
2300年代、人類は太陽系全体に広がり、火星や木星近く、土星の衛星にコロニーを築いていた。しかし資源は乏しく、小競り合いは絶えない。最前線で戦う者たちは「ヒューマノイド・スターシップ」――15メートルの巨大メカを、パイロットとオペレーターの二人一組で操縦する。二人の絆が強ければ強いほど、機体も強くなるのだ。
12歳のカイト・アマミは地球連邦中央軍士官学校にパイロット候補として入学する。自信満々で声が大きく、いつも自分が正しいと思っている。初日、廊下でセイラ・ミツルギにぶつかり、彼女の書類をばらまいてしまう。セイラはトップクラスのオペレーター候補で、慎重で真面目、規則を厳守するタイプ。二人の最初の出会いは最悪で、お互いに「この人は最悪だ」と決めつける。
それから二年間、二人は無視し合う。カイトは実戦シミュレーションで圧倒的な強さを見せ、セイラは筆記試験で常に首位を独走する。そして三年目、ペア編成試験で衝撃の発表が――カイトとセイラがパートナーに任命されたのだ。
「ありえない!」「まったく同感!」
二人はインストラクターのユーリ・ブレイクに文句を言うが、彼は譲らない。初めての共同シ
ステラ・ペアリング — 宇宙士官学校の凸凹コンビ - シンクロレート52——嫉妬と閉じたドア
サマーキャンプの決勝戦から、もう一ヶ月が経っていた。
あの夜の月明かり——格納庫裏の通路で、セイラの指先がカイトの手にかすかに触れた感触——は、秋になった今もまだ手のひらのどこかに残っている気がした。カイトは自分でそれに気づくたびに、すぐ別のことを考えようとした。うまくいかなかったけど。
シンクロレートは58。決勝で負けた後、少し落ちたらしいが、まあ60まではもう少しだ。卒業演習の準備が本格化してきて、プリムス棟のシミュレーターは毎日生徒たちで混雑している。
今日の朝は、実機演習場——格納庫ブロックに隣接した広いフィールド——に三年C組全員が集合だった。秋の宇宙は、採光パネルから差し込む光が夏よりやわらかくなっていて、フィールドの空気はひんやりと締まっていた。
カイトはレグノスMk-IVの横に立って、あくびを噛み殺しながらクラスメイトたちを眺めた。隣でセイラが端末を開いて、今日の演習スケジュールを確認している。左側のアシンメトリーな髪留めが、エアコンの風でほんの少し揺れた。
(あいつ、また「スケジュール確認しなくていいんですか」って言いそうな目してる)
と思った瞬間、セイラが顔を上げた。
「[serious]天海さん、今日の演習は機体の初期チェックが先です。あくびしてる場合じゃないですよ」
「[sarcastic]言われなくてもわかってるっつーの」
「わかってるなら端末を——」
そのとき、演習場の入り口から声が響いた。
「おっす! みんな、これが転入生の白川リョウでーす」
全員が振り返った。カイトも振り返った。
入り口に立っていたのは、明るい茶髪をウルフカットにした、背の高い男子だった。身長はカイトより頭一個以上高い。162センチ。大きな琥珀色のたれ目が、にこにこしながらクラス全体を見渡している。口元に八重歯がちらっと見えて、いかにもモテそうな雰囲気だ。
カーミラ・レッテ大尉がその後ろから歩いてきた。いつもの眠そうな目で、コーヒーカップを片手に持っている。
「[cold]本日付けで三年C組に転入。白川リョウ。パイロット科よ」
転入生は珍しくない。でも三年次の転入は、かなり珍しい。クラスがざわついた。
リョウはゆっくりとクラスを見回してから、なぜかまっすぐカイトのところに歩いてきた。
「[serious]お前が天海カイト? 学年トップのパイロットって聞いてきたんだけど」
「[excited]そうだぜ?」
リョウはカイトを上から下まで一回見て、ニヤリとした。
「[sarcastic]ふーん。148センチで学年トップ。思ってたより……大したことなさそう」
「[angry]は? 今なんて言った?」
「大したことなさそう、って言ったよ? 聞こえてたろ」
カイトは一歩前に出た。完璧にムキになっていた。リョウは動じない。にこにこしたまま、「怒った?」という顔をしている。
「[angry]もう一回言ってみろよ」
「いや、でもさ——」
カーミラが間に割り込んだ。目は眠そうなのに、声だけはっきりしている。
「[cold]白川。適性データ」
リョウが端末を差し出した。カーミラがさらっと確認して、そのまま周囲に向けた。
「[cold]パイロット適性値、天海と同等。以上」
演習場がしん、と静まった。
同等。その二文字が落ちた瞬間、クラス全体の空気が変わった。カイトは数字を確認した。本当だった。自分の数値と、ほぼ並んでいる。
(こいつ……)
カイトが数値を頭で処理している間に、リョウの視線がスっと横に移動した。
セイラのほうを向いた。
「[gentle]あなたが剣城セイラさん? オペレーターの学年トップって聞いてます」
セイラがまっすぐリョウを見た。
「[serious]そうですが、何か」
リョウはにこっとした。八重歯が見えた。
「[excited]俺とペア組まない? こんな猪突猛進野郎と一緒にいるのもったいないよ。俺と組んだ方が絶対いいって」
カイトは固まった。
セイラは一瞬だけリョウを見て、すぐに端末に視線を落とした。
「[serious]ペア編成令第7条により、当事者の変更申請は認められていません。却下です」
「規則なんて破るためにあるじゃん」
リョウがセイラにウインクした。セイラの眉間に小さなシワが寄った。
「[serious]規則は守るためにあります」
「そういう真面目なとこ、いいね」
カイトはその会話を、少し離れた場所から見ていた。
おかしい。なんか、胸のあたりがおかしい。熱いというか、重いというか。サマーキャンプの前夜、月明かりの中でセイラの手が触れた感触が、なぜか今急にくっきりと思い出された。
(なんで今それを思い出すんだ)
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
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午後のシミュレーター訓練は、プリムス棟のポッドNo.7だった。
カイトとセイラが二座式コックピットに乗り込んで、ニューラルリンクを首筋に装着する。ニューラルリンク——パイロットとオペレーターの脳波を相互接続する小型デバイス——が起動すると、頭の中にセイラの存在がふわっと近くなる感覚がある。いつもはそれが心地よかった。
今日は違った。
接続した瞬間に、カイトの頭の中に朝の光景が流れ込んできた。リョウの八重歯。セイラへのウインク。「俺と組んだ方が絶対いいって」。
「[serious]天海さん、集中してください。ノイズが多すぎます」
セイラの声が後席から来た。ニューラルリンク越しでも、その声はいつもより少し硬い。
「[angry]集中してるっつーの!」
「集中してる人のシンクロ波形はこんな乱れ方しません」
「うるさい!」
訓練シナリオが始まった。模擬敵機が前方に展開する。カイトは操縦桿を握ったが、動きが噛み合わなかった。セイラの演算がカイトの動きを読めない。カイトの直感がセイラのデータに乗れない。
二週間前、決勝前夜に積み上げた何かが、今日だけ全部崩れた気がした。
模擬敵機の攻撃がまともに当たった。警告音が鳴る。
「[angry]天海さん、右!」
「見えてる!」
「見えてたら回避してください!」
結局、訓練シナリオを途中でキャンセルすることになった。ガルシア・ホーヴ准尉——プリムス棟のテクニカルチーフで、シミュレーターの整備に命を懸けている四十五歳のおじさん——が「今日はもういい、出ろ」という顔でモニターを見ていた。
二人がポッドから出ると、カーミラが壁際に立っていた。コーヒーカップを持ったまま、眠そうな目でこちらを見ている。
「[cold]ついてきなさい」
呼び出された先は、プリムス棟の小会議室だった。カーミラがモニターを操作して、数字を表示させた。
52。
「[cold]先週の測定でシンクロレートが52に下がったわ。60未満のまま卒業演習に臨めば、不合格で強制再編成よ」
淡々とした声だった。感情がない。眠そうな目が、ただ事実を告げている。カイトは数字を見た。先月の58から、六も落ちた。
頭が真っ白になった。
「[serious]原因を分析して立て直しを——」
「[cold]それを二人でやりなさい。以上」
カーミラが出ていった。廊下に出ると、壁際にリョウが立っていた。腕を組んで、にこにこしている。
「[sarcastic]聞こえてたよ、シンクロレート52。ほらね、やっぱり合わないんだよお前ら」
カイトの歯が、かちっと鳴った。
「[sarcastic]セイラちゃん、俺と組めば80は固いって。真剣に考えてよ」
52という数字が、カイトの頭にある。客観的な事実だ。言い返せる数字じゃない。
セイラがリョウを見た。口を開きかけた。
その瞬間、カイトはリョウに向かって手を伸ばした。胸ぐら掴もうとした。完全に我慢の限界だった。
「[angry]お前、いい加減——!」
「[angry]やめてください!」
セイラが二人の間に飛び込んできた。両腕を広げて、カイトとリョウの間に立った。
カイトの手が止まった。
セイラはリョウのほうを向いていた。カイトに背中を向けて。
(セイラが、リョウのほうを向いている)
一瞬で、頭の中でその光景が違う意味に変わった。
かばってる。リョウを。
そう見えた。
「……わかった」
カイトは静かに手を下ろした。叫ばなかった。怒鳴らなかった。それよりずっと静かな声で、それだけ言った。そしてリョウにも、セイラにも背中を向けて、廊下を歩いていった。
セイラが「天海さん」と呼んだ気がした。でも振り返らなかった。
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夜、カイトは格納庫ブロックにいた。
誰もいない。照明は最低限だけついていて、レグノスMk-IVが暗がりの中に並んでいる。全長15メートル。機体の表面が、薄い光を鈍く反射していた。
カイトは一号機のタラップを上った。
(一人でも動かせる。それだけ証明できれば——)
何かを証明したかった。セイラがいなくても、リョウなんかいなくても、自分はちゃんとやれるということを。サマーキャンプで積み上げた自信を、52という数字に全部持っていかれた気がして、それが耐えられなかった。
コックピットに乗り込んで、ニューラルリンクを装着した。後席は空だ。
起動シーケンスを走らせた。計器に光が灯る。でも何かがおかしかった。HSS——ヒューマノイド・スターシップ——はパイロットとオペレーターの二人がニューラルリンクで接続して初めて本来の出力を発揮できる。後席が空の状態では、機体の補正システムが正常に機能しない。
わかってた。わかってたけど、動かした。
機体が揺れた。バランス補正が追いつかない。右腕部が勝手に動いた。壁に当たった。
ドン、という音が格納庫に響いた。カイトは前に投げ出されて、ヘルメットで計器パネルを打った。額から血がじわっと滲んだ。
警報音が鳴り始めた。
「[surprised]おい! そこにいるのは誰だ!」
ガルシア准尉の声が格納庫に飛んできた。
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翌朝。カーミラの部屋の椅子に座って、カイトは額の絆創膏を触った。大した怪我じゃない。三針縫うほどでもなかった。でも正直、かなり恥ずかしかった。
「[cold]訓練規定違反。無許可の実機起動。停学三日」
カーミラは書類を見ながら、眠そうな目のままそれだけ言った。コーヒーの匂いが部屋に漂っている。
カイトは何も言わなかった。項垂れて、自分の膝を見た。
「[cold]演習まで残り時間がないことは分かってるわよね」
「……わかってます」
「[cold]以上。下がりなさい」
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停学初日の昼。男子棟3階の3-217号室。
カイトはベッドに寝転がって、天井を見ていた。アカデミーカレーを買いに行く気にもなれなくて、自販機で買ったジュースを一本飲んで、そのままごろごろしていた。
ノックが三回。
(セイラか?)
と思ったら、扉が開いた。鍵、閉め忘れてた。
「[excited]おっす。鍵開いてたぞ」
リョウだった。
「[angry]なんで来てんだよ」
「ちょっと話したくて」
リョウはカイトの返事を待たずに部屋に入ってきて、ベッドの端に腰を下ろした。狭い部屋だ。壁には模擬戦のスコアシートが何枚も貼ってある。
しばらく二人とも黙っていた。リョウはカイトの部屋をざっと見回してから、正面を向いた。
「[serious]お前さ、セイラちゃんのこと好きなんだろ」
カイトは反射的に起き上がった。
「[surprised]は? 何言ってんの」
「わかりやすすぎんだよ」
リョウが笑った。でもその笑いはいつもの軽い感じとは少し違った。目が笑っていなかった。
「[serious]昨日も、俺がセイラちゃんに話しかけるたびにお前の顔が変わってたじゃん。否定できる?」
カイトは否定しようとした。口が開いた。でも声が出なかった。
(否定できるか?)
正直に考えると——できなかった。
「……べつに」
声が裏返った。
リョウが「ほら」という顔をした。そして、少し間を置いてから、真顔になった。
「[serious]俺も本気だぜ。セイラちゃんのこと」
笑顔のまま言い放たれた一言が、部屋の空気を一瞬変えた。
「[serious]俺が守る。本気でそう思ってる」
カイトは返す言葉がなかった。
リョウが立ち上がった。
「[serious]お前もちゃんと自分の気持ちと向き合えよ。停学中にそれくらいはできるだろ」
扉が閉まった。部屋に一人になった。
カイトは布団を引っ張って、頭からかぶった。
(好き、って——)
言語化しかけて、止まった。また考えて、また止まる。頭の中でその言葉がうろうろしているのに、ちゃんと形にならない。サマーキャンプの夜の手の感触。ハイタッチの瞬間にニューラルリンク越しで流れ込んできたセイラの純粋な喜び。訓練中に呼吸が合う瞬間の、心地よさ。
布団の中で天井を見ていた。
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停学二日目の夕方。
採光パネルが夕焼け色になる時間、廊下に人の気配がした。足音。女子棟の側からは来ない。でも男子棟三階の廊下——ここに用のある女子は、基本的にいない。
ノックが一回。
返事をしなかった。
もう一回、ノック。少し遠慮がちに。
「[whispers]……天海さん」
セイラの声だった。
カイトはベッドの上で膝を抱えたまま、動かなかった。
「[gentle]……一人にしてくれ」
廊下が静かになった。
行ったかな、と思ったとき——ドアに、何かが触れる音がした。手のひらを置くような、小さな音。
「[whispers]天海さん、私は——」
声が途切れた。
続きが来なかった。
セイラはしばらくそこにいた。カイトにはそれがわかった。廊下の向こう側に、確かにいる。でも何も言えない。規則でも数字でも解決できない何かが、ドアの向こうで形を持とうとして、言葉にならないでいる。
夕焼け色の光が採光パネルから廊下に落ちていた。
やがて、足音が遠ざかっていった。
カイトはドアを見つめた。壁一枚。たった一枚のドア。それが今、とてつもなく遠い距離に感じた。
(シンクロレートが、また落ちる)
なんとなく、そんな気がした。数字の話じゃなくて、もっと別の意味で。二人の間にある何かが、物語で一番遠い場所まで来てしまった気がした。
夕焼けが、採光パネルの向こうでゆっくりと暗くなっていった。