クロノワール 〜黒に染まらない2人〜
叶と葛葉は『クロノワール』と呼ばれる人気のデュオユニットで、ゲームスキルと軽妙な掛け合いで知られている。ファンは二人をカップリングとして応援しているが、本人たちはただのパートナーだ。叶はクールを装っているが実は孤独で、葛葉は強がっているがドジな吸血鬼。ある日、新メンバー『ルミナ』が現れ、デビュー配信で葛葉に大胆に告白する。「先輩、あなたの闇に惹かれました。私をあなたの色に染めてください」。配信は大炎上。葛葉は顔を赤らめて叫ぶ。「血は吸わねえよ!」。叶はなぜか落ち着かない気持ちになる。
一方、叶の幼馴染『シオン』が突然「叶くんのことが好きです」と宣言し、勝手に家に上がり込んで夕食を作り始める。ルミナは葛葉をストーキングし、風呂を覗こうとし、シオンは叶の配信に乱入する。クロノワールの配信は恋の戦場と化す。「おい叶、なんか言えよ!」「そっちこそルミナと仲良くしてるじゃねえか!」「してねえよ!」「シオンさんにデレデレしてるのはそっちだろ!」——しかし口論の裏で、二人とも相手が取られることを望んでいない。
事態はルミナの真の目的が明らかになるとさらにエスカレートする。彼女は二人を引き離そうと
クロノワール 〜黒に染まらない2人〜 - 怪物と呼ばれた吸血鬼と、崩壊する日常 ―クロノワールはもう戻れない―
新宿の夜は、いつもより静かだった。
高層マンションの十八階。遮光カーテンを閉め切った部屋の中で、葛葉は一人、ソファに沈み込んでいた。テーブルの上には、飲みかけのエナジードリンクの缶がいくつも転がっている。血の代わりだと自分に言い聞かせて、毎晩のように流し込んでいるものだ。
スマホの画面が、暗い部屋の中でぼんやりと光った。
差出人は叶だった。
『明日のコラボ、本当にやるのか』
葛葉は、その文字をじっと見つめた。
(やるしかねえんだろ)
神楽坂玲の指示は絶対だ。ヴェルデュール・エージェンシーに所属する以上、社長命令に逆らうことはできない。それに、叶が言っていた。一回だけ、視聴者も楽しみにしてるし、と。
あの時、叶はどんな顔でそう言ったんだろう。
葛葉は、ソファの背もたれに頭を預けた。
天井を見る。真っ暗だ。
この部屋は、いつもこうだ。昼間でも光を入れない。吸血鬼である自分が、人間の世界で生きていくために、光を遮断する。それが当たり前になっていた。
(……なんで、俺は)
葛葉は、自分の手を見た。
青白い指。鋭く伸びた爪。人間とは少しだけ違う、自分の体。
小学生の頃の記憶が、ふと蘇ってきた。
給食の時間。教室のざわめき。みんなが楽しそうに食べている中で、自分だけが席を立つ。先生に連れられて、特別室に向かう。あの薄暗い廊下の匂い。誰もいない部屋で、一人で食べるパンと牛乳。
『お前、給食の時間いっつもいないよな』
『あいつ、目が赤いんだぜ。気持ち悪くね?』
『近づくと、なんか吸われそうで怖い』
聞こえてくる声。
聞こえよがしの、嘲笑。
そして、もっと嫌だったのは、その声を聞いた時に、自分の胸の奥で脈が速くなることだった。ドクドクと、心臓が嫌な音を立てる。相手の恐怖が、自分の体の中に入ってくるみたいだった。
(あいつらが俺を怖がると、俺の脈が速くなる)
(それが、死ぬほど嫌だった)
葛葉は、目を閉じた。
人と距離を取るようになったのは、自然なことだった。近づかなければ、相手の恐怖も感じない。近づかなければ、自分が怪物だってことも、忘れていられる。
中学に入って、オンラインゲームを始めた。
画面の向こうにいる相手は、自分の顔も、目も、何も知らない。ただ、ゲームの腕だけが評価される世界。そこは、自分にとって唯一の居場所だった。
そして、出会った。
『お前、ゲーム上手いな』
初めて、叶に言われた言葉。
あの時のことは、今でもはっきり覚えている。ボイスチャット越しの、少し低くて、落ち着いた声。ゲームの腕を褒められたのは、それが初めてだった。
(それだけだった)
(たった、それだけだったのに)
葛葉は、自分の目尻が熱くなるのを感じた。
叶は、葛葉が吸血鬼だって知っても、何も言わなかった。赤い目を見ても、気持ち悪いとも、怖いとも、言わなかった。ただ、いつも通りにゲームをして、いつも通りに笑って、いつも通りに隣にいた。
それだけで、世界が変わった。
「……俺、お前のこと大事に想うほど、距離を保とうとしてたんだ」
葛葉は、誰もいない部屋に向かって、そう呟いた。
「相棒って枠は、失わないための安全装置なんだよ。……それが、なんで、今、こんなに苦しいんだろうな」
声は、暗闇に吸い込まれていった。
返事はない。
当たり前だ。ここには誰もいない。
葛葉は、スマホを手に取った。
叶からのメッセージに、返信を打つ。
『やるよ。やるしかねえだろ』
送信。
それから、葛葉は、ソファの上で丸くなった。
(叶)
(お前は、俺のこと、どう思ってるんだよ)
その問いは、暗い部屋の中に、静かに溶けていった。
---
翌日。
クロノワール・スタジオの空気は、朝から少しだけ張り詰めていた。
「おはようございます、先輩方。今日はよろしくお願いしますね」
ルミナは、スタジオに入るなり、にこりと笑った。腰まで届く銀色の髪。毛先の赤が、照明に照らされて揺れる。大きな赤い瞳は、今日も変わらず、まっすぐに葛葉だけを見ていた。
「おう。……お前、なんでそんなに近いんだよ」
葛葉は、一歩後ずさった。
「だって、今日はコラボ配信ですもの。先輩の隣が、私の指定席ですわ」
「誰が指定したんだよ! 俺は知らねえぞ!」
「私が指定しました。何か問題でも?」
ルミナは、首をかしげた。その仕草は可愛らしいのに、目だけが笑っていない。
「……まあ、いいだろ。配信始めるぞ」
叶は、機材のセッティングをしながら、ため息をついた。
スタジオには、叶と葛葉、ルミナ、そしてシオンが集まっていた。シオンは、叶の隣に立って、少し緊張した面持ちで配信機材を眺めている。黒髪のロングヘアが、しっとりと背中に流れていた。
「叶くん、私、ちゃんとできるかしら。ドキドキする」
シオンが、叶の袖をそっと引いた。
「大丈夫だよ。いつも通りでいい。料理配信なんだろ? 普段のシオンを出せばいい」
「……普段の私。うん、そうね。叶くんの前で見せてる、いつもの私ね」
シオンは、小さく微笑んだ。
その笑顔を見て、葛葉が、ちらりと二人を睨んだ。
「おい、叶。いつまでイチャイチャしてんだ。配信始めんぞ」
「イチャイチャしてねえよ! シオンが緊張してるから、話してただけだろ」
「へえ、そうかよ。仲がよろしいことで」
葛葉の声が、妙に尖っていた。
叶は、何か言い返そうとしたが、その時、スタジオのドアが開いた。
「あら、もう全員揃ってるのね。時間ぴったりだわ」
現れたのは、神楽坂玲だった。ヴェルデュール・エージェンシーの社長。四十代の女性だが、年齢を感じさせない鋭い目をしている。彼女が部屋に入ってきただけで、空気が引き締まった。
「今日のコラボ配信、期待してるわよ。ルミナちゃん、シオンちゃん、初めてのクロノワール・スタジオからの配信でしょ? リラックスして、いつも通りにね」
「はい、社長。私、先輩方の足を引っ張らないように頑張りますわ」
「私も、精一杯やらせていただきます」
二人の返事を聞いて、神楽坂は満足そうに頷いた。
「それじゃ、始めてちょうだい。私、事務所で数字見てるから」
神楽坂は、そう言ってスタジオを出ていった。
「……数字、ね」
葛葉が、小さく呟いた。
叶は、葛葉の横顔をちらりと見た。
(葛葉、昨日からずっと機嫌が悪いな)
そう思ったが、口には出さなかった。
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配信が始まった。
『クロノワール×ルミナ×シオン 特別コラボ配信!』
タイトルが表示された瞬間、コメント欄が一気に動き始めた。
【来たああああ!】
【待ってました!】
【4人とか豪華すぎる】
【修羅場確定www】
【叶さんと葛葉さんの間に誰が座るのか気になる】
「みんな、待たせたな! 今日は特別だぜ! 新人二人を迎えてのコラボ配信だ!」
葛葉が、いつもの調子で声を張り上げた。配信モードの葛葉は、強気で豪快だ。さっきまでの不機嫌さが嘘のように、明るく振る舞っている。
「まあ、そういうことだ。今日は四人でゲーム実況やるから、最後まで楽しんでいってくれ」
叶も、カメラに向かって軽く手を振った。
「初めまして、ルミナです。今日は、葛葉先輩の隣で配信させていただきます。とっても楽しみですわ」
ルミナが、葛葉の腕に自分の腕を絡めた。
「おい、くっつくな! 離れろ!」
「嫌です。今日は、私の特等席なんですから」
コメント欄が、さらに加速した。
【うわああああ】
【ルミナちゃん大胆すぎるwww】
【葛葉さん照れてる?】
【これは面白くなってきた】
「初めまして、シオンです。叶くんとは幼なじみで、毎日ごはんを作っています。今日は、よろしくお願いします」
シオンが、カメラに向かって丁寧にお辞儀をした。
【幼なじみ!?】
【毎日ごはん作ってるの!?】
【それもう嫁では?】
【叶さん、どういうこと!?】
コメント欄が、さらに沸騰する。
「……いや、幼なじみなのは事実だけど、毎日は言い過ぎだろ。週に三回くらいだ」
「あら、叶くん。先週は五日、行ったわよ。数えてなかったの?」
「……マジか。数えてなかった」
【wwwww】
【数えてないんかい】
【シオンちゃん、健気すぎる】
【これはもう完全に三角関係】
「へえ、五日も行ってたんだ。仲がいいこって」
葛葉が、低い声で言った。
「……なんだよ、その言い方」
「別に。事実を言っただけだろ」
配信の空気が、一瞬、重くなった。
【あれ? 空気変わった?】
【葛葉さん、機嫌悪くない?】
【これも演出?】
【修羅場すぎるwww】
「さあさあ、ゲーム始めましょう! 私、このゲーム初めてなんです。葛葉先輩、教えてくださいね」
ルミナが、明るく声を上げた。
「……お前、ゲームできんのかよ。さっきからコントローラー逆に持ってるぞ」
「あら、本当ですわ。逆でした。てへへ」
「てへへじゃねえよ! 直せ!」
葛葉が、ルミナの手からコントローラーを取り上げて、正しい向きに直してやる。
「先輩、優しいんですね。私のために直してくれるなんて」
「当たり前だろ! ゲームが始まらねえからだ!」
【葛葉さん、ツンデレ発動www】
【優しいのに素直じゃないの好き】
【ルミナちゃん、策士だな】
視聴者数は、開始十五分で過去最高を記録していた。同時接続二十八万。
数字を見た叶は、一瞬、手が止まった。
(二十八万……)
今までの最高は、二十二万だった。それが、今日はあっさりと更新されている。
(ルミナとシオンの効果、か)
神楽坂の言っていたことが、頭をよぎった。
『ルミナちゃんの配信効果は、データが証明してる。あの日の新規登録者数、三万よ』
(社長は、これを狙ってたのか)
叶は、コントローラーを握り直した。
ゲームが始まった。
四人で協力して敵を倒す、パーティー型のアクションゲーム。叶と葛葉は、息の合った連携で、次々と敵を倒していく。
「おらおら! どんどん行くぜ!」
「右から来る。葛葉、左頼む」
「任せろ!」
二人のコンビネーションは、完璧だった。
【相変わらず息ぴったり】
【この二人の連携、ほんとすごい】
【やっぱりクロノワールはこの二人だよ】
「先輩、私も戦いたいです。やり方、教えてください」
ルミナが、葛葉の耳元に顔を寄せた。
「あ? 今それどころじゃ……おい、近い! 近すぎる!」
「だって、教えていただかないと分からないんですもの。お願いします、先輩」
ルミナの唇が、葛葉の耳に触れそうな距離まで近づく。
「先輩の闇、もっと見せてください。私、先輩のこと、もっと知りたいんです」
葛葉の手が、ぴたりと止まった。
モニターの中のキャラクターが、敵の攻撃を受けて、大きく吹き飛ぶ。
「おい、葛葉、どうした!」
叶が、声をかけた。
「……何でもねえ」
葛葉は、低い声でそう答えた。
【え? どうしたの?】
【葛葉さん、ミスった?】
【ルミナちゃん、何か囁いた?】
「叶くん、私も、叶くんに教えてもらいたいな。操作方法、よく分からないの」
今度は、シオンが叶の腕に触れた。
「ああ、いいよ。ボタン配置はここで……って、シオン、手、近い」
「え? そうかしら。いつも、これくらい近いわよ。叶くんの家で、ごはん作ってる時も」
「いや、今は配信中で……っていうか、いつもそんな近くにいたか?」
「いたわよ。叶くんが気づいてなかっただけ。ねえ、叶くん、昨日の夜ごはん、美味しかった? また作るね」
シオンの声が、カメラのマイクにしっかりと拾われた。
【ええええええ】
【昨日もごはん作ったの!?】
【叶さん、シオンちゃんと同棲してるの?】
【いや、これはもう……】
視聴者数が、さらに跳ね上がった。
【修羅場wwwww】
【クロノワール崩壊か?】
【叶さん、どっち選ぶの?】
【葛葉さんの顔が怖い】
コメント欄は、もはやゲームの内容どころではなかった。
「……叶、お前、昨日もシオンさんにごはん作ってもらったのかよ。仲がいいこって」
葛葉の声が、明らかに冷たくなっていた。
「だから、幼なじみだって言ってるだろ。普通に夕飯作ってもらっただけだ」
「普通、ね。毎日のように家に来て、夕飯作ってくれる幼なじみが、普通なのかよ」
「なんでお前にそんなこと言われなきゃなんねえんだよ。葛葉こそ、ルミナちゃんにベタベタされて、まんざらでもなさそうだったじゃねえか」
「はあ!? あれのどこがまんざらでもなさそうに見えるんだよ! 目、腐ってんのか!」
「腐ってねえよ! お前、耳元で囁かれて、顔赤くしてただろ!」
「赤くなってねえ! お前こそ、シオンさんに手ぇ握られて、デレデレしてたじゃねえか!」
「握られてねえ! 触られてただけだ!」
「触られてただけって何だよ! 余計に怪しいわ!」
【wwwwwww】
【喧嘩始まったwww】
【これ、生放送でやってること分かってる?】
【完全に夫婦喧嘩】
【クロノワール崩壊の危機】
「お二人とも、喧嘩はよくないですわ。ゲーム、まだ途中ですよ」
ルミナが、にこにこと笑いながら、二人の間に割って入った。
「そうよ。叶くん、私、このゲーム、まだ全然できてないの。教えて?」
シオンも、叶の腕に手を置いたまま、上目遣いで見つめてくる。
「……もう、いい。とにかく、ゲームを進めるぞ」
叶は、深いため息をついて、コントローラーを握り直した。
葛葉も、不機嫌そうな顔のまま、ゲームに集中する。
しかし、二人の連携は、さっきまでのようにはいかなかった。
ミスが増える。声が噛み合わない。
【あーあ……】
【空気最悪】
【これ、配信事故じゃん】
【でも視聴者数は増えてる】
配信は、混乱のまま、どうにか終了した。
---
配信が終わった後。
スタジオには、叶と葛葉だけが残っていた。
ルミナとシオンは、先に帰っていた。
「……おい、叶」
葛葉が、モニターの電源を切った。
「ルミナに、何言われたんだよ」
叶が、葛葉の背中に向かって言った。
「別に」
「別に、じゃねえだろ。あの距離で囁かれて、別にで済むわけねえだろ」
「お前に関係ねえだろ!」
葛葉が、振り返って叶を睨んだ。
「関係あるだろ! お前が配信中にミスったら、俺のフォローが大変なんだよ!」
「はあ? 俺のミスのせいでフォローが大変? お前こそ、シオンさんにデレデレして、ゲームに集中してなかっただろ!」
「デレてねえよ! 何回言わせるんだ!」
「デレてたね! 手ぇ触られて、顔にやけてた!」
「にやけてねえ! お前こそ、ルミナちゃんに耳元で囁かれて、耳まで真っ赤にしてただろ!」
「赤くなってねえ! あれは、その、暑かっただけだ!」
「スタジオ、冷房効いてるだろ! 言い訳になってねえ!」
二人は、にらみ合った。
スタジオの空気が、張り詰める。
「……お前こそ、シオンさんに、また作るねとか言われて、嬉しそうにしてたじゃねえか」
葛葉の声が、少しだけ震えた。
「嬉しくなんかねえよ。シオンは、昔からああいうやつなんだ。お前に何が分かるんだよ」
「ああ、分からねえよ。俺には、お前の幼なじみのことなんて、分からねえよ」
「だったら、口出すなよ!」
「口も出せねえのかよ! 俺は、お前の相棒だろ!」
葛葉の声が、スタジオに響いた。
叶は、一瞬、言葉を失った。
「……相棒、だから、なんだよ」
葛葉が、うつむいた。
「相棒って、なんなんだよ。お前にとって、俺は、何なんだよ」
葛葉の声が、絞り出すように、小さくなった。
「なあ、叶。お前にとって、俺は……何なんだよ」
叶は、答えられなかった。
何か言わなければ。
そう思うのに、言葉が出てこない。
(俺にとって、葛葉は……)
頭の中が、真っ白になる。
相棒。それ以外の何か?
それ以上?
それ以下?
分からない。
いや、分かっているのに、言葉にできない。
叶は、ただ、俯いた。
沈黙が、スタジオを満たした。
長い、長い沈黙だった。
「……そうかよ」
葛葉が、小さく呟いた。
「分かった。もう、いい」
葛葉は、そう言って、スタジオを出ていった。
ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
叶は、一人、スタジオに残された。
(俺は、何をしてるんだ)
叶は、壁にもたれかかって、ゆっくりと床に座り込んだ。
壁に貼られたファンからのイラスト色紙が、目に入る。
黒い三日月と星のロゴ。
クロノワールのマーク。
(俺たちは、クロノワールで、相棒で……)
それ以上、何を望んでいるんだろう。
叶は、自分の手を見た。
コントローラーを握り続けた手。
葛葉と一緒に、何千時間も、この手でゲームをしてきた。
(葛葉)
叶は、目を閉じた。
胸の奥が、締め付けられるように痛かった。
---
配信翌日の夜。
笹塚の叶の自宅マンションの前で、ルミナは、叶を待っていた。
「叶先輩、こんばんは」
ルミナは、マンションの入り口に立っていた。
「……ルミナ。なんで、ここに」
叶は、コンビニの袋を提げたまま、足を止めた。
「先輩に、お聞きしたいことがありましたの。待っていたんです」
ルミナは、にこりと笑った。
「叶先輩って、葛葉先輩のこと、好きですよね」
叶は、一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「……は?」
「だから、葛葉先輩のこと、好きですよね。恋愛的な意味で」
ルミナは、真っ直ぐに叶の目を見た。
赤い瞳が、夜の暗がりの中で、ほのかに光っている。
「……俺たちは、相棒だ。それだけだ」
叶は、そう答えた。
「相棒。それ以上で、それ以下じゃない。……先輩たち、それ、本当に幸せなんですか?」
ルミナの声が、静かに、しかしはっきりと、叶の胸に突き刺さった。
「……幸せとか、そういう問題じゃない。俺たちは、そういう関係なんだ」
「本当に? 昨日の配信、見ていて、そうは見えませんでしたわ。お二人とも、相手が他の誰かと仲良くしているのが、すごく嫌そうでした」
「……それは、お前とシオンが、好き勝手に配信を引っ掻き回したからだろ」
「あら、そうかしら。でも、あの時の葛葉先輩の顔、叶先輩が見たいと望んだ顔じゃありませんでした?」
叶は、何も言えなかった。
「私、先輩たちを別々にしたいんじゃないんです。ただ——」
ルミナは、そこまで言って、言葉を切った。
「……いいえ、何でもありませんわ。夜遅くに、失礼しました。おやすみなさい、叶先輩」
ルミナは、深々とお辞儀をして、去っていった。
叶は、その後ろ姿を、ただ見送ることしかできなかった。
(好き、か)
叶は、空を見上げた。
笹塚の空に、星が瞬いている。
(俺は、葛葉のことを……)
答えは、まだ、出なかった。
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同じ時刻。
渋谷のデジタル・ヒルズ地区にある、ヴェルデュール・エージェンシー事務所。
神楽坂玲は、一人、パソコンのモニターを見つめていた。
画面には、黒い三日月と星のロゴ。
その中央に、白い十字が重ねられた、新しいデザイン。
「そろそろ、最終段階に入れるわね」
神楽坂は、静かに呟いた。
モニターの光が、彼女の鋭い目を照らしていた。
彼女の企みの全貌は、まだ、誰にも明かされていない。
しかし、事態は、確実に次の局面へと進み始めていた。Noveliaとは?
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