未来日記マリッジ・ウォーズ!〜転生したヤンデレ花嫁とモテ期が止まらない僕の学園ラブコメ〜
『未来日記』に振り回される、ちょっと危険なスクールラブコメ!
天野ユキテルはごく普通の高校生。ある朝、目覚めると知らないアドレスから「今日の予言」メールが届いていた。野良猫に会う、購買のパンが売り切れる……そんな些細な予言が的中していく中、昼休みに現れたのは学年一の美少女・我妻ユノ。
「私、あなたの未来の花嫁だから」
彼女が持つ手帳には、未来の出来事がびっしり。しかもその内容は、なぜかユキテルとユノの結婚生活にまつわるものばかり。ユキテルの好きな食べ物も、苦手なものも、生活パターンも全部お見通し。甘くて可愛いのに、どこか底知れないヤンデレ花嫁の登場に、ユキテルの平穏な日常は一変する。
さらに追い打ちをかけるように届いたのは、幼なじみ・日向ミライの危機を告げる予言メール。屋上から転落する——その予言を阻止すべく奔走するユキテルだったが、現場に現れたユノの表情は、昨日までの笑顔とはまるで違っていて……。
未来がわかる手帳と予言メール、二人の少女の間で揺れるユキテル。これはラブコメなのか、それとも——? 予測不能の学園ラブコメ、開幕です!
未来日記マリッジ・ウォーズ!〜転生したヤンデレ花嫁とモテ期が止まらない僕の学園ラブコメ〜 - 私、あなたの未来の花嫁だから~愛が重すぎる放課後~
「……え」
目を覚ました瞬間、枕元のスマホが震えていた。カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋の中の埃をキラキラと浮かび上がらせている。四月の空気はまだ少し冷たくて、布団から出た腕がひんやりした。
天野ユキテルは寝ぼけた頭でスマホを手に取った。画面には新着メールの通知が一件。差出人は……知らないアドレスだった。
『今日のユノちゃんチェック』
「……は?」
何だこれ。迷惑メールか? そう思いながらも、指は自然とメールを開いていた。そこには、今日の日付と一緒に、いくつもの予定が書かれている。
『8:15 通学路で野良猫に会う』
『12:30 購買のパンが売り切れる』
『16:00 教室で運命の告白を受ける』
「運命の告白って……」
誰かの悪ふざけだ。そうに決まってる。ユキテルはメールを閉じると、大きく伸びをした。どうせクラスの誰かが送ってきたんだ。そう思いながらも、妙に胸の奥がざわつく。
窓の外から、近所の犬が吠える声が聞こえた。
「おーい、ユキテルー! 遅刻するわよー!」
階下から聞こえる母の声に、ユキテルは「今行く!」と返事をした。
制服に着替えながら、ふと祖母の言葉を思い出す。
『誰かに親切にすると、いつか必ず返ってくるからね』
小さい頃、よく耳にした言葉だ。ユキテルは祖母のことを思い出すたび、胸の奥がほんの少し温かくなる。でも、今朝の変なメールのせいで、その温かさもすぐに冷めてしまった。
ネクタイが曲がっている。鏡の前で直そうとして、やっぱり直し方がわからなくて、そのままにした。
「行ってきます」
玄関を出ると、四月の風が頬を撫でた。カガミハラ市の朝はいつも穏やかだ。この街は盆地にあって、周りをなだらかな丘に囲まれている。家の前の道をまっすぐ行けば、カガミ川にぶつかる。川沿いの桜並木は、今がちょうど満開だった。
市立メリ中学までは歩いて十五分ほど。ユキテルは毎朝、この通学路を歩く。カガミ坂商店街の横を通って、中央公園の脇を抜けて、校門へ。いつもの道。いつもの景色。
……のはずだった。
「にゃー」
足元から、小さな鳴き声が聞こえた。見ると、塀の上に一匹の野良猫が座っている。白と茶色のぶち模様。首輪はない。
「……え、まじか」
ユキテルはスマホを取り出して、さっきのメールをもう一度見た。
『8:15 通学路で野良猫に会う』
時計を見る。8時15分。
「偶然だろ……」
そうつぶやいて、ユキテルは足を速めた。猫は塀の上からじっとユキテルを見つめていた。
教室に着くと、すでにクラスメイトの半分以上が席についていた。ユキテルは自分の席に座ると、机の上にスマホを置いた。まだあのメールのことが頭から離れない。
「おはよ、ユキテル!」
元気な声がして、ユキテルは顔を上げた。
「おはよう、ミライ」
日向ミライ。栗色のショートボブがよく似合う、ユキテルの幼なじみだ。たれ目がちの明るい茶色の瞳が、いたずらっぽく輝いている。身長は155センチで、ユキテルより少し小さい。小さい頃から一緒に遊んでいて、今でもこうして気軽に話しかけてくる。
「あんた、また寝癖ついてるわよ」
ミライは笑いながら、ユキテルの頭を指さした。
「え、どこ?」
「後ろ。すっごい跳ねてる」
「朝、ちゃんと直したんだけどな……」
「直せてないし」
ミライはけらけらと笑った。笑うとえくぼが出る。ユキテルは昔から、この笑顔を見ると少しだけ安心する。
「そういえばさ、あんた今日、弁当忘れたでしょ」
「は? なんで知ってるんだよ」
「だって、あんたのカバン、弁当箱入ってなさそうだもん」
ユキテルは自分のカバンを見た。……確かに、弁当箱が入っていない。朝、母が台所に置いていたのを、そのまま忘れてきたらしい。
「まじか……」
「あんた、ほんと抜けてるわね」
ミライは呆れたようにため息をついた。でも、その顔はどこか楽しそうだ。
「購買でパン買えばいいだろ」
「購買のパン、今日はすぐ売り切れるらしいわよ」
「は?」
ユキテルは思わず声を上げた。
「なんで知ってるんだよ」
「朝、購買の前通ったら、やけに人が並んでたから。今日は新作のメロンパンが出るんだって」
「マジかよ……」
ユキテルは頭を抱えた。あのメールに書いてあった『12:30 購買のパンが売り切れる』という文字が、脳裏にちらつく。
(いや、でも、まだ偶然だ。メロンパンが出るって知ってたから、誰かがメールを……)
「ユキテル、どうしたの? 顔色悪いわよ」
「いや、何でもない」
ユキテルは無理に笑って、机に突っ伏した。
昼休み。
ユキテルは購買の前で立ち尽くしていた。
「……売り切れ、マジか」
パンの棚は見事に空っぽだった。新作のメロンパンどころか、あんパンもクリームパンも、何もかもがなくなっている。時計を見ると、12時30分。
メールに書いてあった通りだ。
「どうしよ……」
弁当は忘れた。パンは売り切れ。腹は減った。絶望的だ。
「……あの」
後ろから声がした。
振り返ると、そこに立っていたのは、信じられないくらい綺麗な女の子だった。
腰まで届く長いストレートの髪。ピンク色がかった茶色が、窓からの光を受けてふんわりと輝いている。サイドで結んだ小さなリボンが、白い肌によく映えていた。大きなピンク色の瞳が、じっとユキテルを見つめている。
「はい、ユキテルくんのお弁当」
少女は、小さな包みを差し出した。
「……え?」
「お弁当、忘れちゃったんでしょ? だから、作ってきたの」
「いや、あの、誰?」
ユキテルは混乱した。この少女のことを、自分は知らない。知らないはずだ。なのに、彼女はユキテルの名前を知っている。しかも、弁当を忘れたことまで。
「我妻ユノ。同じクラスだよ」
「え、同じクラス……?」
そう言われて、ユキテルは記憶を探った。……確かに、クラスにこんなに綺麗な子がいたような気もする。いや、いたら絶対に気づくはずだ。でも、もしかしたら、自分が気づいていなかっただけで……。
「はい、どうぞ」
ユノは包みをユキテルに押し付けるように渡した。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして」
ユノはにっこりと笑った。笑うと、ピンク色の瞳が三日月形になる。
「ユキテルくん、卵焼き好きでしょ? 甘いやつ。だから、甘めに作ってきたの」
「なんで、それ……」
「好きな食べ物、卵焼きでしょ? あと、ハンバーグと唐揚げ。苦手なのはピーマンとセロリ。血液型はA型で、誕生日は11月28日。身長は165センチ。右の眉の上に小さなホクロがある」
ユノは一気にそこまで言って、またにっこり笑った。
「全部、知ってるよ」
ユキテルは背中がぞっとした。
「な、なんで……」
「だって、ユキテルくんのこと、ずっと見てたから」
「ずっと……?」
「うん。ずっと」
ユノの声は、甘くて、柔らかくて、それでいて、何かがおかしかった。
周りの男子たちが、ざわざわと騒ぎ始める。
「え、我妻さんが天野に弁当?」
「なんであいつが……」
「ていうか、我妻さんってあの我妻さんだよな?」
「学年一の美少女が、なんであんな地味なやつに……」
ユキテルは居心地が悪くなって、包みを抱えたまま後ずさった。
「あの、これ、ありがとう。でも、なんで俺に……」
「好きだから」
「……へ?」
「ユキテルくんのことが、好きだから」
ユノは、恥ずかしがるでもなく、はっきりと言った。
「お弁当、食べてね。また後で」
そう言って、ユノは軽やかに去っていった。
ユキテルはその場に立ち尽くしたまま、包みの温かさを感じていた。
(なんなんだ、今の……)
心臓がばくばくと音を立てている。
(怖い。いや、でも、嬉しい? いや、でも、やっぱり怖い)
放課後。
教室の掃除当番はユキテルだった。ほうきで床を掃きながら、昼休みのことを思い出す。
(我妻ユノ、か……)
あの後、クラスメイトに聞いたら、我妻ユノは学年一の美少女で、成績も優秀、運動もできる完璧超人だという。でも、普段はあまり誰かと話しているところを見かけないらしい。
「……まあ、俺みたいなやつに話しかけるような子じゃないよな」
「何が?」
「うわっ!?」
ユキテルは飛び上がった。
いつの間にか、教室の入り口にユノが立っていた。夕日を背にした彼女のシルエットが、やけに印象的だった。
「お、お前、いつの間に……」
「掃除当番、手伝おうと思って」
ユノはそう言うと、勝手に教室に入ってきて、黒板消しを手に取った。
「あの、手伝いはいいよ。もう終わるし」
「でも、ユキテルくんと一緒にいたいから」
「……え」
ユノは黒板を拭きながら、振り返ってユキテルを見た。
「私、あなたの未来の花嫁だから」
教室に、沈黙が落ちた。
「……は?」
「だから、未来の花嫁。ユキテルくんと私は、将来結婚するの」
「ちょ、ちょっと待って。何言ってるの?」
「そのままの意味だよ」
ユノはにっこり笑った。夕日が彼女のピンク色の髪を、金色に染めている。
「私、ユキテルくんのことを全部知ってるの。好きなものも、嫌いなものも、毎日の生活パターンも、全部」
「……全部?」
「朝は7時に起きて、7時半に家を出る。通学路はカガミ坂商店街の横を通る道。放課後はたいてい図書室か、まっすぐ帰る。ゲームが好きで、特にRPG。でも、ホラーゲームは苦手」
ユキテルは言葉を失った。
「昨日の夜、何食べたか知ってるよ。カレーでしょ? お母さんの作るカレー、人参が大きめで、ユキテルくんはいつもそれを最後に残す。でも、お母さんに見つかると怒られるから、小さく切って隠す」
「な、なんで……」
「ずっと見てたから」
ユノの笑顔は、完璧だった。
でも、その完璧な笑顔の裏に、一瞬だけ、何かがよぎった。
(……寂しそう?)
ユキテルは見逃さなかった。ユノのピンク色の瞳の奥に、ほんの一瞬、影が差したのを。
「……なあ、我妻さん」
「ユノでいいよ」
「……ユノさん」
「さん、いらない」
「……ユノ」
「うん」
ユノは嬉しそうに笑った。
「なんで、俺のこと、そんなに……」
「好きだから」
「でも、俺たち、今日初めて話したよね?」
「ユキテルくんは、そうかもしれない。でも、私はずっと前から知ってるの」
「ずっと前から?」
「うん。ずっと、ずっと前から」
ユノの声は、どこか遠くを見ているようだった。
「……私ね、小さい頃から、一人だったの」
ユノは黒板消しを置いて、窓の外を見た。
「お父さんもお母さんも、いつも仕事で忙しくて。家に帰っても、誰もいない。友達も、なかなかできなかった」
「……」
「でもね、ある日、気づいたの。私の手帳に、未来のことが書かれてるって」
「未来の……こと?」
「うん。次の日、誰に会うかとか、何が起きるかとか。そういうのが、勝手に書かれてるの」
ユキテルはごくりと唾を飲んだ。
「それで、その手帳に、ある日、書かれてたの。『天野ユキテルと出会う』って。『彼は、あなたの未来の花嫁になる人』って」
「……それで、俺のことを?」
「うん。それから、ずっとユキテルくんのことを調べてた。見てた。知りたかったの。私の未来の花婿が、どんな人なのか」
ユノはユキテルの方を向いた。
「そしたらね、どんどん好きになっちゃった」
「……」
「ユキテルくんは、いつも優しい。困ってる人を見ると、放っておけない。野良猫に餌をあげたり、迷子の子を助けたり。そういうの、全部見てた」
「見てたって……」
「でも、直接話す勇気がなかった。だから、今日まで待ってたの」
ユノは、そっとユキテルに近づいた。
「でも、もう待てない。だって、私の未来日記に、今日、こう書いてあったんだもの」
ユノはポケットから、小さな手帳を取り出した。
『16:00 教室で天野ユキテルに告白する』
「……え」
「だから、告白するね」
ユノは、ユキテルの目をまっすぐ見つめた。
「私、あなたの未来の花嫁だから。これから、よろしくね」
ユキテルは、何も言えなかった。
頭の中が真っ白になる。
(未来日記? 告白? 花嫁?)
理解が追いつかない。
でも、ユノの目は、本気だった。
「……あの、ユノ」
「なに?」
「その、未来日記って……」
「これのことだよ」
ユノは手帳をユキテルに見せた。中には、細かい字でびっしりと予定が書かれている。
「ほら、ここ。『16:00 教室で天野ユキテルに告白する』って書いてあるでしょ? それで、その下に、『告白は成功する』って」
「成功するって……俺、まだ何も返事してないんだけど」
「大丈夫。未来日記に書いてあることは、絶対に当たるから」
ユノは自信満々だ。
「……あの、ユノ。悪いけど、俺、今日初めてユノのこと知ったばかりだし、いきなり付き合うとか、結婚とか、そういうのは……」
「うん、知ってる」
「え?」
「ユキテルくんが、そう言うってことも、未来日記に書いてあった」
「……」
「だから、焦らなくていいよ。今日は、私のことを知ってもらうだけで十分」
ユノはにっこり笑った。
「これから、毎日、ユキテルくんのそばにいるから。そしたら、きっと好きになってくれる」
「……あの、それ、ストーカーって言うんじゃ……」
「ストーカーじゃないよ。未来の花嫁だもん」
ユノは首をかしげた。その仕草が、やけに可愛くて、ユキテルは何も言えなくなった。
(ダメだ。この子、根本的に何かがずれてる)
でも、そのずれ方が、どこか憎めない。
「……わかった。とりあえず、今日のところは、弁当ありがとう」
ユキテルは、それだけ言うのが精一杯だった。
「どういたしまして。明日も作ってくるね」
「え、明日も?」
「もちろん。だって、未来の花嫁だもん」
ユノは笑った。夕日に照らされた彼女の笑顔は、やっぱり綺麗で、ユキテルは目をそらした。
その夜。
ユキテルは自室のベッドに寝転がって、天井を見つめていた。
(未来日記、か……)
ユノの手帳に書いてあった文字が、頭から離れない。
(今日の朝のメールも、もしかして……)
あの『今日のユノちゃんチェック』というメール。あれも、未来のことを予言していた。
(野良猫に会う、購買のパンが売り切れる……全部当たってた)
ゾッとする。
(でも、あのメール、誰が送ってきたんだ? ユノか? いや、でも、ユノは手帳って言ってたし……)
考えれば考えるほど、わからなくなる。
その時、スマホが震えた。
また、メールだ。
差出人は、今朝と同じ、知らないアドレス。
『明日の予言』
『明日、8:20、あなたの幼なじみ・日向ミライが、屋上から転落し、大怪我をします』
「……え」
ユキテルは、スマホを落としそうになった。
「ミライが……転落?」
手が震える。
(なんだこれ。悪戯か? でも、今朝のメールは全部当たってた)
(もし、これが本当なら……)
ユキテルは、祖母の言葉を思い出した。
『誰かに親切にすると、いつか必ず返ってくるからね』
(違う。そういうことじゃない)
(でも、ミライが危ないなら、俺が助けなきゃ)
ユキテルは、震える手でスマホを握りしめた。
(明日、屋上に行こう。絶対に、ミライを守るんだ)
翌朝。
ユキテルは、いつもより三十分早く家を出た。
「ユキテル、朝ごはんは?」
「食べてる時間ない!」
母の声を振り切って、走る。
カガミハラ市の朝の空気が、肺に冷たく入ってくる。桜の花びらが、風に舞っていた。
(8時20分までに、屋上へ)
学校に着くと、まだ生徒はまばらだった。ユキテルは急いで階段を駆け上がる。三階、四階。屋上へ続く扉の前で、息を整えた。
(大丈夫。まだ、間に合う)
扉を開ける。
朝日が、目に飛び込んできた。
屋上には、誰もいない……はずだった。
「……ミライ?」
フェンスの向こう側、手すりに足をかけて立っている少女がいた。
栗色のショートボブ。明るい茶色の瞳。
間違いない。日向ミライだ。
「ミライ! 何やってるんだ!?」
ユキテルは叫んだ。
ミライが、ゆっくりと振り返る。
「……あれ、ユキテル?」
「何やってるんだよ! 危ないだろ!」
「え、あたし、何も……」
ミライは自分の足元を見た。
「……え?」
彼女は、手すりの外側に立っていた。
「なんで……あたし、こんなとこに……」
「いいから、こっちに来い!」
ユキテルは走り出した。
その時、ミライの足が、滑った。
「え——」
ミライの体が、傾く。
「ミライ!」
ユキテルは、手を伸ばした。
ミライの腕を、つかむ。
でも、勢いが強くて、ユキテルも一緒に倒れ込む。
「うわっ!」
二人は、屋上の床に倒れ込んだ。
「……っ、はぁ、はぁ」
ユキテルは、ミライを抱きしめたまま、荒い息を繰り返した。
「……ユキテル?」
ミライの声が、耳元で聞こえる。
「あんた、なんでここに……?」
「た、たまたまだよ。散歩してたら、屋上に誰かいるのが見えて」
「散歩って、学校の屋上で?」
「……細かいことはいいだろ」
ユキテルは、ミライを離した。
ミライは、きょとんとした顔でユキテルを見ていた。
「……あんた、汗だくじゃない」
「走ったからな」
「なんで走ったの?」
「……お前が、危ないと思ったから」
「あたしが?」
ミライは、首をかしげた。
「あたし、別に危なくなんか……」
そう言いかけて、ミライは自分の手を見た。
手すりの外側に立っていた時のことを、思い出そうとしているようだった。
「……あれ、あたし、なんであんなとこに……」
「わかんないのか?」
「うん。なんか、朝、学校に着いて、ぼーっとしてたら、気づいたら屋上にいて……」
ミライは、不安そうな顔をした。
「……なんか、変な感じ。夢の中にいるみたい」
「大丈夫か?」
「うん。でも、ちょっと気持ち悪いかも」
ミライは、自分の額に手を当てた。
「保健室行くか?」
「ううん、大丈夫。ありがと」
ミライは、ユキテルを見て、にっこり笑った。
「あんた、やっぱり優しいね」
「……別に」
ユキテルは、照れて目をそらした。
(よかった。間に合って)
(でも、あの予言は……)
ユキテルは、スマホをポケットから取り出した。
『明日、8:20、あなたの幼なじみ・日向ミライが、屋上から転落し、大怪我をします』
あのメールの通りだった。
(未来が、わかる……?)
(いや、でも、俺が助けたから、ミライは無事だった。未来は変わった?)
頭がこんがらがる。
その時、ユキテルは気づいた。
屋上の入り口の陰から、誰かがこちらを見ている。
「……ユノ?」
そこに立っていたのは、我妻ユノだった。
ユノは、無表情で、じっとユキテルとミライを見つめていた。
「……ユキテルくん」
ユノの声は、小さくて、冷たかった。
「その子、誰?」
「え、ああ、幼なじみの……」
「幼なじみ」
ユノは、その言葉を繰り返した。
そして、ポケットから手帳を取り出すと、静かに何かを書き込んだ。
「……ユノ、何書いてるんだ?」
「別に。日記だよ」
ユノは、顔を上げて、にっこり笑った。
でも、その笑顔は、昨日の笑顔とは違っていた。
「じゃあね、ユキテルくん。また後で」
ユノは、そう言って、屋上から去っていった。
ユキテルは、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
(……なんだ、今の)
ユノの手帳に、何が書かれたのか。
ユキテルは、考えるのが怖かった。
風が吹いて、桜の花びらが屋上に舞い降りた。
カガミハラ市の空は、どこまでも青くて、その青さが、逆に不安をかき立てた。
「……大丈夫か、俺」
ユキテルは、誰に言うでもなく、そうつぶやいた。
ポケットの中で、スマホが震えた。
新しいメール。
『明日のユノちゃんチェック』
『8:10 天野ユキテルが日向ミライと登校する』
『12:30 天野ユキテルが日向ミライと昼食を食べる』
『16:00 天野ユキテルが日向ミライと下校する』
『注意:日向ミライは要注意人物です』
「……は?」
ユキテルは、画面を見つめたまま、動けなくなった。
(なんだこれ。なんなんだよ……)
平穏だった日常が、音を立てて崩れていく。
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