未来日記マリッジ・ウォーズ!〜転生したヤンデレ花嫁とモテ期が止まらない僕の学園ラブコメ〜
『未来日記』に振り回される、ちょっと危険なスクールラブコメ!
天野ユキテルはごく普通の高校生。ある朝、目覚めると知らないアドレスから「今日の予言」メールが届いていた。野良猫に会う、購買のパンが売り切れる……そんな些細な予言が的中していく中、昼休みに現れたのは学年一の美少女・我妻ユノ。
「私、あなたの未来の花嫁だから」
彼女が持つ手帳には、未来の出来事がびっしり。しかもその内容は、なぜかユキテルとユノの結婚生活にまつわるものばかり。ユキテルの好きな食べ物も、苦手なものも、生活パターンも全部お見通し。甘くて可愛いのに、どこか底知れないヤンデレ花嫁の登場に、ユキテルの平穏な日常は一変する。
さらに追い打ちをかけるように届いたのは、幼なじみ・日向ミライの危機を告げる予言メール。屋上から転落する——その予言を阻止すべく奔走するユキテルだったが、現場に現れたユノの表情は、昨日までの笑顔とはまるで違っていて……。
未来がわかる手帳と予言メール、二人の少女の間で揺れるユキテル。これはラブコメなのか、それとも——? 予測不能の学園ラブコメ、開幕です!
未来日記マリッジ・ウォーズ!〜転生したヤンデレ花嫁とモテ期が止まらない僕の学園ラブコメ〜 - 未来の花嫁が家に来た!~愛が重すぎる手料理と要注意人物リスト~
枕元のスマホが震えた。
まだ目を開けたくない。布団の中は温かくて、外の空気は冷たい。四月の朝はいつもこうだ。カガミハラ市の盆地特有の、底冷えするような空気が部屋の中まで入り込んでくる。
スマホが、もう一度震えた。
「……うー」
天野ユキテルは布団から手だけを出して、枕元をまさぐった。指先が冷たい画面に触れる。引き寄せて、薄目を開けて画面を見た。
『今日のユノちゃんチェック』
「うわっ」
思わず声が出た。昨日のことが一気に頭の中に戻ってくる。屋上での出来事。幼なじみの日向ミライが手すりの向こうに立っていたこと。それを助けたこと。そして、その後に見た我妻ユノの冷たい目。
昨日の夜、届いたメールには『日向ミライは要注意人物です』と書かれていた。あれからほとんど眠れなかった。布団の中で何度も寝返りを打って、天井の染みを数えていた。
ユキテルはごろりと仰向けになって、スマホを顔の上に掲げた。画面の明かりが目に刺さる。
『7:45 通学路の鏡橋で待っています』
「……はあ」
ため息が漏れた。待っていますって、誰が。いや、分かってる。差出人は分かってる。でも、だからこそ行きたくない。
昨日のユノの顔が浮かぶ。
『その子、誰?』
あの時、ユノは笑っていなかった。笑顔の代わりに、何か別のものを貼り付けたような顔だった。ポケットから手帳を取り出して、何かを書き込んでいた。あれが、未来日記というやつなのか。
ユキテルはスマホを胸の上に置いて、大きく息を吐いた。
「……行かなきゃダメかな」
誰に言うでもなく、そうつぶやいた。
カーテンの隙間から朝日が差し込んで、床に細長い光の帯を作っている。その光の中を、小さな埃がゆっくりと舞っていた。ユキテルはしばらくその埃を眺めていた。
「おーい、ユキテルー! 朝ごはん冷めるわよー!」
階下から母の声がした。
「はーい、今行く!」
ユキテルは勢いよく起き上がった。寝癖で跳ねた髪を手のひらで押さえつける。鏡を見る。右の眉の上にある小さなホクロが、心なしかいつもより目立って見える。
(大丈夫。普通に学校に行くだけだ)
そう自分に言い聞かせて、制服に着替えた。
台所に行くと、トーストと目玉焼きとサラダが並んでいた。母はもう出かける準備をしている。
「あんた、今日は早いの?」
「うん、まあ、ちょっと」
ユキテルはトーストをかじりながら、時計を見た。7時20分。鏡橋までは家から歩いて十分くらい。ちょうどいい時間だ。
「お弁当、忘れないでよ」
「分かってるって」
昨日は忘れたけど。購買のパンが売り切れて、結局ミライに半分分けてもらったんだった。あの時はまだ、未来日記なんてものが本当にあるなんて思っていなかった。
ユキテルは目玉焼きを口に放り込むと、牛乳で流し込んだ。
「ごちそうさま」
「はいはい、行ってらっしゃい」
玄関を出る。四月の風が、ほんの少しだけ桜の匂いを運んでくる。家の前の道をまっすぐ行くと、カガミ川にぶつかる。川沿いの桜並木は、昨日より少しだけ花びらを散らしていた。
鏡橋は、カガミ川に架かる古い石橋だ。カガミ坂商店街の入り口にあって、通学路のちょうど中間地点にある。欄干には鏡のように磨かれた石がはめ込まれていて、水面の光を反射する。だから「鏡橋」という名前らしい。
橋のたもとに、ピンク色の髪の少女が立っていた。
腰まで届く長いストレート。サイドで結んだ小さなリボン。左手首には細いシルバーのブレスレット。そして、こちらを見つけると、ぱあっと花が咲くような笑顔になった。
「ユキテルくん、おはよう」
我妻ユノ。市立メリ中学二年生。昨日、突然「未来の花嫁」を名乗った少女。
「お、おはよう……」
ユキテルの声が、ちょっと裏返った。
ユノは小走りに近づいてきて、ユキテルの目の前でぴたりと止まった。身長差は七センチ。近い。近すぎる。洗剤と、何か甘い匂いが混ざったような香りがした。
「今日はちゃんと起きられたんだね。えらいえらい」
「え、なんで僕が朝起きられたかどうか……」
「ユキテルくん、朝はいつも七時十五分に起きるでしょ? 今日は七時二分に起きたから、ちょっと早かったね」
「な、なんでそんなことまで知ってるの!?」
ユノは首をかしげた。大きなピンク色の瞳が、三日月の形に細くなる。
「だって、ユキテルくんのこと、毎朝チェックしてるから」
「チェックって……」
「はい、これ。朝ごはん、ちゃんと食べた?」
ユノが差し出したのは、水色の風呂敷に包まれた小さな包みだった。
「なにこれ」
「お弁当。私が作ったの。ユキテルくん、昨日お弁当忘れたでしょ? だから、今日は私が作ってきたの」
「いや、昨日はたまたまで……っていうか、なんで昨日のこと知ってるの!?」
「ユキテルくんのことは、なんでも知ってるよ」
ユノはにこにこ笑っている。笑顔は可愛い。でも、目が笑っていない。
「……あの、ユノさん」
「ユノでいいよ」
「ユノ、さん……」
「ユノ」
「……ユノ」
「うん、なあに?」
ユノは嬉しそうに身を乗り出してきた。
「その、お弁当、受け取れないよ。悪いし」
「なんで? 私が作りたくて作ったの。ユキテルくんが気にすることないよ」
「でも……」
「それに、今日のユキテルくんは、お昼にお弁当が必要になるの。未来日記に書いてあったから」
ユノはこともなげに言った。
「未来日記って……」
「私の日記。未来のことが書いてあるの。ほら、昨日も言ったでしょ? 私、ユキテルくんの未来の花嫁だから、ユキテルくんの未来は私が一番よく知ってるの」
ユキテルは頭を抱えた。
「あの、ユノ。僕、まだ君のことをよく知らないし、未来の花嫁って言われても……」
「大丈夫。これからたくさん知っていけばいいよ。私も、ユキテルくんのことをもっともっと知りたいの。好きな食べ物、好きな色、好きな子——」
ユノの声が、一瞬だけ低くなった。
「——好きな子は、私だけだよね?」
「えっ!?」
「うふふ、冗談だよ」
ユノはまた、ふわっと笑った。でも、冗談に聞こえなかった。
結局、ユキテルはお弁当を受け取ってしまった。
断りきれなかったのだ。ユノの笑顔に押し切られた。お人好しで優柔不断。自分でも嫌になる。
二人は並んで通学路を歩いた。カガミ坂商店街のシャッターが、まだ半分閉まっている。八百屋の店主が店先で段ボールを開けている。魚屋からは氷の匂いがする。いつもの朝の風景だ。
でも、隣を歩くユノの存在だけが、いつもと違う。
「ユキテルくん、歩くの速いね。いつもはもう少しゆっくりだよ」
「……そうかな」
「うん。一分間に約九十五歩。今日は百十歩くらい。私に合わせてくれてるの?」
「いや、別に……」
(怖い。なんで歩数まで知ってるんだ)
ユキテルは背中がむずむずするのを感じた。ユノの愛情表現は、ストーカーと紙一重だ。いや、紙一重どころか、もう完全にストーカーの領域なのかもしれない。
でも、隣を歩くユノは、時々こちらを見上げて、嬉しそうに笑う。その笑顔は、本当に可愛い。
(くそ、顔はめちゃくちゃ可愛いんだよな……)
ユキテルは心の中で毒づいた。
「ねえ、ユキテルくん」
「なに?」
「今日の放課後、空いてる?」
「え、まあ、特に予定はないけど」
「じゃあ、決まりだね」
「なにが決まりなの!?」
「ユキテルくんの家に行くの」
「はあ!?」
ユキテルは思わず立ち止まった。ユノは二歩先で振り返って、にこっと笑った。
「冷蔵庫、整理しに行っていい?」
「え、なんで冷蔵庫!?」
「だって、ユキテルくんの家の冷蔵庫、賞味期限切れのものがたくさん入ってるでしょ? お母さん、忙しくてあんまり料理しないみたいだし。私が整理して、ついでに晩ごはんも作ってあげる」
「なんで僕の家の冷蔵庫の中身まで知ってるの!?」
「未来日記に書いてあったの」
ユノは悪びれずに言った。
「未来日記に、僕の家の冷蔵庫の中身が書いてあるの?」
「うん。『ユキテルくんの家の冷蔵庫には、先週の木曜日に買った牛乳と、賞味期限が三日前の卵が入っている』って」
「それ、未来じゃなくて今の状況じゃん!」
「細かいことは気にしないの」
ユノはユキテルの腕に、そっと自分の腕を絡めた。
「ね、行ってもいいでしょ? 私、ユキテルくんの家に行くの、ずっと夢だったの」
柔らかい感触が、二の腕に伝わる。
「ゆ、ユノ、ちょっと……」
「ダメ?」
ユノが上目遣いで見上げてくる。大きなピンク色の瞳が、うるうると揺れている。
「……ダメじゃ、ないけど」
「やった! じゃあ、放課後、教室で待ってるね」
ユノはぱっと腕を離すと、スキップするように歩き出した。スカートの裾がふわりと揺れる。
ユキテルは、その背中を見ながら、大きくため息をついた。
(流された。また流された)
祖母の言葉が頭をよぎる。
『誰かに親切にすると、いつか必ず返ってくるからね』
でも、これは親切にしたんじゃなくて、親切にされた。それも、断りきれずに。
学校に着くと、教室はすでにざわざわしていた。
ユキテルが教室に入ると、クラスメイトの視線が一斉に集まった。いや、正確には、ユキテルの後ろを歩くユノに。
「おい、天野と我妻、一緒に登校したぞ」
「マジで? 昨日の告白、本気だったのか」
「我妻さん、やっぱり可愛いな……」
ひそひそ声が聞こえる。ユキテルは顔から火が出そうだった。
「じゃあね、ユキテルくん。また後で」
ユノは自分の席に着く前に、ユキテルに手を振った。教室中の視線が、ユキテルに突き刺さる。
ユキテルは逃げるように自分の席に座った。机の上に突っ伏す。
「おはよ、ユキテル」
顔を上げると、日向ミライが立っていた。栗色のショートボブ。たれ目がちの明るい茶色の瞳。幼なじみの笑顔。
「お、おはよう」
「あんた、今朝、我妻さんと一緒だったでしょ」
「……見てたの」
「見てたっていうか、教室から見えたの。橋のところで何か話してたでしょ」
ミライは、にやにや笑いながら、ユキテルの机の横に立った。
「なに、もう付き合ってるの?」
「ち、違うよ! あれは、その、成り行きで……」
「成り行きで一緒に登校するの?」
「そういうことじゃなくて!」
ミライはけらけら笑った。笑うとえくぼが出る。
「あんた、昔から押しに弱いもんね。我妻さんみたいな美人にぐいぐい来られたら、断れないでしょ」
「……まあ、そうなんだけど」
「あはは、正直でよろしい」
ミライはユキテルの頭をぽんぽんと叩いた。
その時、背中に刺さるような視線を感じた。
振り返ると、教室の入り口近くの席に座ったユノが、こちらを見ていた。
笑っている。
でも、目が笑っていない。
ユノは、机の上に開いた手帳に、何かを書き込んでいた。
「……ユキテル、どうしたの? 顔色悪いわよ」
「な、なんでもない」
ユキテルは慌てて前を向いた。
(あれ、絶対にミライの名前書いてる……)
昨日のメールを思い出す。『日向ミライは要注意人物です』。
(やばい。やばすぎる)
昼休み。
ユキテルは机の上に、ユノから受け取ったお弁当を置いた。水色の風呂敷をほどくと、中からピンク色の弁当箱が出てきた。
「……なにこれ、キャラ弁?」
蓋を開けて、言葉を失った。
白いご飯の上に、海苔と卵焼きとケチャップで、小さなクマの顔が作られている。しかも、そのクマが二匹、寄り添っている。
「うわあ……」
「あら、美味しそうなお弁当ですわね」
突然、後ろから声がした。
振り返ると、ゆるく巻いた金髪をハーフアップにした少女が立っていた。大きなリボン。誇り高そうなアイスブルーの瞳。そして、手には高級そうな革表紙のスケジュール帳。
野々坂マオ。同じクラスのお嬢様。
「ま、マオさん……」
「天野くん、ごきげんよう。そのお弁当、もしかして我妻さんが作ったものではなくて?」
マオは、口元に手を添えて、にっこり笑った。
「え、あ、うん。まあ……」
「あら、そう。あの我妻さんが、手作りのお弁当を。しかもキャラ弁。まるで愛妻弁当ですわね」
「あ、愛妻弁当って……」
「でも、天野くん。わたくしの家のシェフが作るお弁当は、もっと洗練されていますのよ。キャビアとトリュフのオムレツ、フォアグラのテリーヌ、それから——」
「ちょ、ちょっと待って、それ中学生のお弁当じゃないから!」
「あら、そうですかしら?」
マオは、ふふん、と鼻で笑った。
「まあ、いいですわ。わたくしはわたくしの道を行きますの。それでは、ごきげんよう」
マオは、くるりと身を翻すと、自分の席に戻っていった。
ユキテルは、どっと疲れた。
「……なんだったんだ、今の」
放課後。
ユキテルは、約束通りユノと一緒に下校することになった。いや、約束したわけではない。気づいたら隣にユノがいた。
「ユキテルくん、今日は何の授業が楽しかった?」
「え、まあ、理科の実験がちょっと面白かったかな」
「そうなんだ。私はね、家庭科の調理実習が楽しみなの。来週、ハンバーグを作るんだって」
「へえ、いいね」
「私、料理は得意なんだよ。今日も、ユキテルくんの家で腕を振るうから、楽しみにしててね」
ユノは、にこにこ笑いながら、ユキテルの半歩後ろを歩いていた。
(もう、家に来る前提なんだ……)
ユキテルは、心の中でため息をついた。
家に着くと、ユノは靴を揃えて玄関に上がった。
「お邪魔します」
「……どうぞ」
ユノは、きょろきょろと家の中を見回した。
「ここがユキテルくんの家……。ユキテルくんの匂いがする……」
「なに言ってるの!?」
「うふふ、冗談だよ。でも、なんだか落ち着く匂い。お母さんの作った料理の匂いと、洗濯物の匂いと、ユキテルくんの匂いが混ざってる」
「……褒めてるの? それ」
「もちろん。ユキテルくんの家、素敵だね」
ユノは、台所に向かった。
「冷蔵庫、見てもいい?」
「どうぞ……」
ユノは冷蔵庫を開けると、中をじっくりと確認し始めた。
「やっぱり。牛乳の賞味期限が昨日で切れてる。卵も、うーん、これは微妙だね。あと、この野菜室の奥の小松菜、ちょっと傷んでる」
ユノは、手際よく冷蔵庫の中身を出していく。
「あの、ユノ、本当にやるの?」
「うん。私、こういうの好きなの。整理整頓、得意だよ」
ユノは、冷蔵庫の棚を外して、洗剤で洗い始めた。その手つきは、慣れている。
「ユキテルくん、お母さんは何時に帰ってくるの?」
「え、今日は遅い日だから、八時くらいかな」
「じゃあ、それまでに晩ごはん作っておこうか。冷蔵庫にあるもので作れるものを作るね」
「そこまでしなくても……」
「したいの。私がしたいの。ユキテルくんの役に立ちたいの」
ユノは、振り返って、にこっと笑った。
その笑顔は、とても綺麗だった。
夕日が台所の窓から差し込んで、ユノのピンク色の髪を透かしていた。サイドのリボンが、ふわふわと揺れている。
ユキテルは、思わず見とれた。
(……可愛いな)
そう思って、すぐに頭を振った。
(いやいやいや、何考えてるんだ)
ユノは、冷蔵庫の整理を終えると、今度は調理を始めた。
「今日は、冷蔵庫にあった豚肉とキャベツで、生姜焼きを作るね。それから、卵が使えるから、だし巻き卵も。あと、お味噌汁は豆腐とわかめでいいかな」
ユノは、てきぱきと材料を切っていく。包丁の音が、リズミカルに響く。
「ユノって、本当に料理上手なんだね」
「そう? 嬉しい。ユキテルくんに褒められると、すごく嬉しい」
ユノは、照れくさそうに笑った。
「私、小さい頃から料理してたの。お母さんが忙しくて、あんまり家にいなかったから。自分で作るしかなかったの」
「そうなんだ……」
「うん。でも、今は、ユキテルくんのために作れるから、料理がもっと楽しくなった」
ユノは、フライパンに油を引いて、豚肉を並べた。じゅう、という音とともに、香ばしい匂いが台所に広がる。
「いい匂い……」
「でしょ? 生姜焼きは、うちの秘伝のタレなんだよ」
ユノは、嬉しそうにフライパンを揺すった。
その時、玄関の鍵が開く音がした。
「お兄ちゃん、帰ったー?」
妹の声だ。ユキテルには、小学五年生の妹がいる。
「ああ、今帰った」
「ねえ、お腹空いた——って、え、誰!?」
妹が台所に顔を出して、ユノを見て固まった。
「はじめまして。我妻ユノです。ユキテルくんの、未来の花嫁です」
ユノは、エプロン姿のまま、にこっと微笑んだ。
「み、未来の花嫁!?」
妹は、目を丸くした。
「お兄ちゃん、いつからそんなの!?」
「ち、違うんだ、これは、その……」
「あら、お腹空いてるの? 今、美味しいの作ってるから、一緒に食べようね」
ユノは、妹の頭を優しく撫でた。
妹は、きょとんとしていたが、やがて、にぱっと笑った。
「お姉ちゃん、綺麗! お兄ちゃんの彼女さん?」
「そうだよ。ユキテルくんの、たった一人の彼女」
ユノは、そう言って、ユキテルに視線を送った。
(たった一人の、彼女……)
ユキテルは、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
夕食の席は、異様な空気だった。
「お姉ちゃん、この生姜焼き、めっちゃ美味しい!」
「ありがとう。たくさん食べてね」
「うん! お姉ちゃん、また作ってよ!」
「いいよ。いつでも作ってあげる」
妹は、すっかりユノに懐いていた。ユノも、妹の世話を焼くのが楽しいようで、終始笑顔だった。
ユキテルは、二人の様子を眺めながら、複雑な気持ちで生姜焼きを食べていた。
(美味い。確かに美味い。でも、なんだろう、この落ち着かない感じ)
「ユキテルくん、おかわりは?」
「あ、うん。もらおうかな」
「はい、どうぞ」
ユノは、ご飯をよそって、ユキテルの前に置いた。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
ユノは、にこっと笑った。
その笑顔は、本当に幸せそうで。
(この子は、本当に僕のことを……)
そう思いかけて、ユキテルは首を振った。
(いや、でも、あの未来日記のことを考えると……)
夕食を食べ終わると、ユノは後片付けまでしてくれた。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
ユノは、玄関で靴を履きながら、振り返った。
「今日は、楽しかった。ユキテルくんの家に来られて、本当に良かった」
「……ああ、うん。僕も、その、ありがとう。晩ごはん、美味しかったよ」
「本当? 嬉しい。じゃあ、また明日ね」
ユノは、にこっと笑って、玄関を出た。
「送っていこうか?」
「大丈夫。女の子一人で夜道を歩くのは危ないから、ユキテルくんは家にいて」
「いや、それ、逆じゃない?」
「ふふ、大丈夫。私、強いの」
ユノは、そう言って、夜道に消えていった。
ユキテルは、玄関のドアを閉めて、大きなため息をついた。
「……疲れた」
その夜。
ユキテルが布団に入って、うとうとしかけた頃。
スマホが震えた。
画面を見ると、新着メール。差出人は、あの見知らぬアドレス。
『要注意人物リスト』
ユキテルは、寝ぼけた頭でメールを開いた。
そこには、クラスメイトの女子三名の名前と、顔写真が並んでいた。
『要注意人物リスト』
『日向ミライ(幼なじみ)』
『佐藤美咲(クラスメイト)』
『鈴木花子(クラスメイト)』
『接近警報:天野ユキテルに接近する女子を検知しました』
「な、なにこれ……」
ユキテルは、スマホを握りしめた。
写真は、どれも学校で撮られたものだ。ミライの写真は、笑っている。昨日の朝、教室で話していた時のものかもしれない。
他の二人も、ユキテルが最近、何気なく話したクラスメイトだ。
(ユノが……監視してる)
(僕と話す女子を、全員)
背中に、冷たい汗が流れる。
ユノの笑顔が、頭に浮かぶ。
『好きな子は、私だけだよね?』
『たった一人の彼女』
(あの笑顔の裏で、こんなことを……)
ユキテルは、スマホを枕元に置いて、天井を見つめた。
心臓が、ドクンドクンと音を立てている。
(怖い。でも、ユノのことを放っておけない自分もいる)
(ユノは、寂しいんだ。きっと。だから、あんなに必死で)
(でも、これは……)
ユキテルは、布団を頭までかぶった。
翌朝。
ユキテルは、寝不足の目をこすりながら、通学路を歩いていた。
「おはよう、ユキテル」
後ろから声がした。
振り返ると、野々坂マオが立っていた。
「あ、マオさん。おはよう」
「あら、今日は我妻さんと一緒ではないのね」
マオは、口元に手を添えて、にこっと笑った。
「え、まあ、今日はたまたま……」
「ふうん。まあ、いいですわ。それより、天野くん。ちょっとお話がありますの」
マオは、ユキテルの隣に並んで、歩き出した。
「あの、話って……」
「天野くん、あなた、最近、我妻さんとばかり一緒にいるようだけど」
「え、まあ、そうかも……」
「わたくし、思いますの。あなたには、もっとお似合いの女性がいるって」
マオは、ユキテルの顔をじっと見つめた。
「もっとお似合いの女性って……」
「わたくしですわ」
「ええっ!?」
ユキテルの声が、裏返った。
「な、なに言ってるの、マオさん!?」
「だから、言ってるじゃない。わたくしの方が、あなたにお似合いですわよ、って」
マオは、胸を張って言った。
「わたくし、我妻さんのような下品な愛の押し売りはしませんわ。もっと上品に、もっと知的に、あなたとの関係を築いていきますの」
「いや、関係を築くって……」
「とにかく、覚えておいてくださいまし。わたくしは、あなたに相応しい女性はわたくしだけだと、そう宣言しますわ」
マオは、そう言うと、くるりと身を翻して、優雅に去っていった。
ユキテルは、その場に立ち尽くした。
「……なんだったんだ、今の」
その時、スマホが震えた。
『要注意人物リスト更新』
『野々坂マオ(クラスメイト)』
『危険度:高』
『警告:天野ユキテルへの接触を確認。要注意人物として登録しました』
マオの名前が、赤字で追加されていた。
「うわあああ……」
ユキテルは、頭を抱えた。
(やばい。やばすぎる。ユノに見られたら、マオさんが……)
ユキテルは、慌てて周りを見回した。
ユノの姿は、どこにもない。
でも、どこかから、見られている気がする。
(どうすればいいんだ。ユノの愛情は重すぎる。でも、ユノを傷つけたくない。マオさんも、ミライも、誰も傷つけたくない)
ユキテルは、空を見上げた。
四月の空は、どこまでも青くて、その青さが、逆に不安をかき立てた。
(誰かを傷つけない方法を、探さなきゃ)
祖母の言葉が、また頭をよぎる。
『誰かに親切にすると、いつか必ず返ってくるからね』
(親切にしたい。みんなに。でも、どうやったら……)
ユキテルは、スマホを握りしめたまま、学校へ向かって歩き出した。
ポケットの中で、スマホが、もう一度震えた。
『明日、野々坂マオが何か企んでいます』
ユキテルは、足を止めた。
(……企んでる? マオさんが?)
(なにを?)
風が吹いて、桜の花びらが舞い上がった。
ユキテルの平穏な日常は、音を立てて、少しずつ、崩れていく。Noveliaとは?
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