未来日記マリッジ・ウォーズ!〜転生したヤンデレ花嫁とモテ期が止まらない僕の学園ラブコメ〜
『未来日記』に振り回される、ちょっと危険なスクールラブコメ!
天野ユキテルはごく普通の高校生。ある朝、目覚めると知らないアドレスから「今日の予言」メールが届いていた。野良猫に会う、購買のパンが売り切れる……そんな些細な予言が的中していく中、昼休みに現れたのは学年一の美少女・我妻ユノ。
「私、あなたの未来の花嫁だから」
彼女が持つ手帳には、未来の出来事がびっしり。しかもその内容は、なぜかユキテルとユノの結婚生活にまつわるものばかり。ユキテルの好きな食べ物も、苦手なものも、生活パターンも全部お見通し。甘くて可愛いのに、どこか底知れないヤンデレ花嫁の登場に、ユキテルの平穏な日常は一変する。
さらに追い打ちをかけるように届いたのは、幼なじみ・日向ミライの危機を告げる予言メール。屋上から転落する——その予言を阻止すべく奔走するユキテルだったが、現場に現れたユノの表情は、昨日までの笑顔とはまるで違っていて……。
未来がわかる手帳と予言メール、二人の少女の間で揺れるユキテル。これはラブコメなのか、それとも——? 予測不能の学園ラブコメ、開幕です!
未来日記マリッジ・ウォーズ!〜転生したヤンデレ花嫁とモテ期が止まらない僕の学園ラブコメ〜 - お嬢様のドタバタ大作戦!~消去対象になったマオと、覗き見た日記の真実~
朝の光がカーテンの隙間から差し込む。天野ユキテルは布団の中で丸くなったまま、枕元のスマホを手探りで探した。指先が冷たい画面に触れる。
画面を点けると、新着メールが一件。差出人は、いつもの知らないアドレス。
『今日のユノちゃんチェック』
「……また来たか」
あの喫茶店での修羅場から、三日。我妻ユノの笑顔の裏に冷たい何かを見てから、三日。野々坂マオの意外な写真の才能に心が揺れてから、三日。
ユキテルはごろりと仰向けになり、スマホを顔の上に掲げた。今日のメールを開く。
『7:50 通学路の鏡橋で待っています』
『12:30 天野ユキテルが購買のパンを買う』
『16:00 野々坂マオが喫茶ミルフィーユに天野ユキテルを呼び出す』
『注意:野々坂マオは要注意人物です。危険度:高』
『本日、ライバル撃退プラン実行』
最後の一行が、赤字で、いつもより大きく表示されていた。
「ライバル撃退プランって……」
声が裏返る。ユキテルはスマホを握りしめたまま、天井を見つめた。
(ユノが、マオさんを本気で危険視してる)
(撃退って、何をするつもりなんだ)
胸の奥がざわざわする。布団から出た肩がひんやりして、思わず身震いした。
「おーい、ユキテルー! 朝ごはん、冷めるわよー!」
階下から母の声。
「はーい、今行く!」
ユキテルは勢いよく起き上がった。寝癖で跳ねた髪を手のひらで押さえつける。鏡を見ると、右の眉の上にある小さなホクロが、いつもよりはっきり見えた。
(今日も、無事に終わりますように)
そう願いながら、制服に着替えた。
台所でトーストをかじりながら、ユキテルはスマホをもう一度見た。
『16:00 野々坂マオが喫茶ミルフィーユに天野ユキテルを呼び出す』
(マオさんが、僕を喫茶店に呼び出す?)
(それって、もしかして……)
一週間前の朝、マオは言っていた。
『わたくしは、あなたに相応しい女性はわたくしだけだと、そう宣言しますわ』
あの時のマオの顔を思い出す。胸を張って、アイスブルーの瞳をまっすぐに向けて。
(きれいだったな……じゃなくて!)
ユキテルは首を振った。
(問題は、ユノだ。ユノがこのメールを見たら、どう思うか)
トーストの最後の一口を、牛乳で流し込んだ。
「ごちそうさま」
「はいはい、行ってらっしゃい。今日も忘れ物しないでね」
「分かってるって」
玄関を出る。四月の風が、桜の花びらを一枚、足元に運んできた。
通学路の鏡橋に着くと、ピンク色の髪の少女が待っていた。
腰まで届く長いストレート。サイドで結んだ小さなリボン。左手首の細いシルバーのブレスレット。こちらを見つけると、ぱあっと笑顔が咲く。
「ユキテルくん、おはよう」
「お、おはよう……」
ユノは小走りに近づいてきて、ユキテルの目の前でぴたりと止まった。洗剤と、何か甘い匂いが混ざった香りがふわりと漂う。
「今日は七時四分に起きたんだね。えらいえらい」
「な、なんで知ってるの……」
「だって、ユキテルくんのこと、毎朝チェックしてるから」
ユノは首をかしげた。大きなピンク色の瞳が、三日月の形に細くなる。
(またチェック……)
ユキテルは苦笑いした。もう慣れてしまった自分がいる。
「ねえ、ユキテルくん。今日、放課後、空いてる?」
「え? 放課後?」
「うん。一緒に帰りたいなって思って」
ユノは、ユキテルの袖をちょんとつまんだ。
「……ダメかな?」
上目遣い。ピンク色の瞳が、不安そうに揺れている。
「だ、ダメじゃないけど……」
(でも、今日はマオさんが呼び出すって予告があったし……)
ユキテルの脳裏に、さっきのメールの文字が浮かぶ。
『16:00 野々坂マオが喫茶ミルフィーユに天野ユキテルを呼び出す』
「あの、ユノ。今日はちょっと、放課後に用事が……」
「用事?」
ユノの笑顔が、ぴたりと止まった。
「……誰と?」
「え、誰とって、その……」
ユキテルは言葉に詰まった。ユノのピンク色の瞳が、じっとこちらを見つめている。笑っているのに、目が笑っていない。
「ユキテルくん、嘘つかないでね」
「う、嘘なんて……」
「だって、ユキテルくんの放課後の予定、全部知ってるんだから」
ユノは、にっこり笑った。
「野々坂マオさんと、喫茶ミルフィーユで会うんでしょ?」
「な、なんでそれを!?」
「私の日記に、そう書いてあったから」
ユノは、ポケットから小さな手帳を取り出した。革表紙の、高級そうな手帳。
「ほら、ここ。『16:00、野々坂マオ、喫茶ミルフィーユ、天野ユキテルを呼び出す』って」
ユキテルの背中を、冷たいものが走った。
(ユノの未来日記には、マオさんの行動まで書かれている)
(それって、つまり……)
「ユキテルくんは、私だけでいいんだよ?」
ユノが、ユキテルの腕に、ぎゅっと抱きついた。
「ゆ、ユノ……ちょっと、痛いよ」
「やだ。離さない」
ユノの腕に、力がこもる。
「今日の放課後、私も一緒に行くからね」
「え、一緒にって……」
「決まり。じゃあ、学校行こっか」
ユノは、ぱっと腕を離すと、にこにこ笑いながら歩き出した。
ユキテルは、その背中を見つめながら、小さくため息をついた。
(今日、絶対に何か起きる)
放課後。
ユキテルは、教室でそわそわしながら時計を見ていた。
三時四十五分。あと十五分で、マオが喫茶ミルフィーユに呼び出すと書かれていた時刻になる。
「天野くん」
後ろから声がした。振り返ると、野々坂マオが立っていた。
ゆるく巻いた金髪。ハーフアップにした髪に、大きなリボン。誇り高そうなアイスブルーの瞳。いつも高級そうなスケジュール帳を持ち歩いている。
「あ、マオさん」
「あら、ごきげんよう」
マオは、口元に手を添えて、にこっと笑った。
「今日、放課後、お時間ありますの?」
「え、えっと……」
ユキテルは、教室の入り口をちらりと見た。ユノの姿は、まだない。
「あの、マオさん。もしかして、喫茶ミルフィーユに……?」
「な、なぜそれを!?」
マオの顔が、ぱっと赤くなった。
「いや、その、なんとなく……」
「ま、まあ、いいですわ。とにかく、放課後、喫茶ミルフィーユにいらして。わたくし、あなたに渡したいものがありますの」
「渡したいもの?」
「来れば分かりますわ」
マオは、そう言うと、くるりと身を翻して、教室を出ていった。
その後ろ姿を見送りながら、ユキテルは思った。
(渡したいものって、なんだろう)
(まさか、手作りクッキーとか……)
その時、スマホが震えた。
『今日のユノちゃんチェック』
『16:00 野々坂マオ、喫茶ミルフィーユで天野ユキテルに手作りクッキーを渡し、告白する』
「こ、告白!?」
ユキテルの声が、教室に響いた。
喫茶ミルフィーユは、カガミ坂商店街の老舗喫茶店だ。創業五十二年、マスターの大堂寺源蔵が一人で切り盛りしている。名物は厚焼き玉子サンドとクリームソーダ。日記持ちたちの溜まり場でもある。
ユキテルは、商店街の石畳を歩きながら、何度も後ろを振り返った。
(ユノ、ついてきてないよな……)
さっきのメールの文字が、頭から離れない。
『手作りクッキーを渡し、告白する』
(マオさんが、僕に告白……)
(いや、でも、マオさんはああ見えて恋愛経験ゼロって噂だし……)
(それに、ユノが黙ってるわけがない)
ユキテルは、ごくりと唾を飲み込んだ。
喫茶ミルフィーユのドアを開けると、カランカランと鈴の音がした。
店内は、昭和レトロな雰囲気。カウンター席と、テーブル席が四つ。奥の席に、マオが座っていた。
「あら、来ましたのね」
マオは、テーブルの上に、小さな紙袋を置いていた。
「あの、マオさん。それって……」
「こ、これは、その……」
マオの顔が、また赤くなった。
「わたくしが、あなたのために、作ってきましたの」
「作ってきたって……まさか、手作りクッキー?」
「な、なぜ分かりますの!?」
マオは、紙袋を胸に抱きしめた。
「いや、その、なんとなく……」
「と、とにかく! これは、わたくしの気持ちですわ。受け取ってくださいまし!」
マオは、紙袋をユキテルに突き出した。
その時だった。
カランカラン。
ドアの鈴が鳴った。
「あら、マオさん。何やってるのかな?」
ユノが、笑顔で立っていた。
でも、その笑顔の奥に、冷たい何かが見えた。
「あ、あなたこそ、なんでここに!?」
「ユキテルくんと一緒に帰る約束をしてたから」
ユノは、ユキテルの隣に、ぴったりと寄り添った。
「ゆ、ユノ……近いよ」
「いいでしょ? 私はユキテルくんの未来の花嫁なんだから」
「未来の花嫁ですって!? 下品な愛の押し売りはおやめなさい!」
「押し売りじゃないもん。本当のことだもん」
「何が本当のことですの! わたくしの方が、天野くんにお似合いですわ!」
マオは、立ち上がって、ユノを睨みつけた。
「あら、マオさん。その手に持ってる紙袋、なあに?」
ユノが、にこにこ笑いながら、紙袋を指さした。
「こ、これは、その……」
マオの顔が、真っ赤になった。
「もしかして、手作りクッキー? ユキテルくんに渡すつもりだったの?」
「な、なんで分かりますの!?」
「だって、マオさんのスケジュール帳に、そう書いてあったから」
ユノは、にっこり笑った。
「え?」
マオの動きが、止まった。
「マオさんの未来日記、『野々坂マオのスケジュール帳』。今日の予定に、『喫茶ミルフィーユで天野ユキテルに手作りクッキーを渡し、告白する』って書いてあったよ」
「あ、あなた……わたくしの日記を覗いたの!?」
「覗いてないよ。勝手に目に入っただけ」
ユノは、首をかしげた。
「日記持ち非干渉の暗黙ルール、知ってるでしょ? 他人の日記を覗き見るのはタブー。破ると、向こう側から罰が下るんだって」
「そ、それは……」
マオは、言葉に詰まった。
「でも、マオさんの日記は、私の日記に転送されてくるから。私、悪くないもん」
ユノは、ユキテルの腕に、ぎゅっと抱きついた。
「ね、ユキテルくん。マオさん、手作りクッキーで告白するんだって。どうする?」
「え、どうするって……」
「ちょっと、我妻さん! 天野くんを困らせないでくださいまし!」
マオが、ユノとユキテルの間に割って入った。
「わたくしのクッキーは、わたくしが直接渡しますわ!」
マオは、紙袋をユキテルに差し出した。
「天野くん。これは、わたくしの……その……気持ちですわ」
「マオさん……」
「ユキテルくん、受け取っちゃダメだよ」
ユノが、ユキテルの耳元で囁いた。
「え、でも……」
「ダメ。ユキテルくんは、私だけのものなんだから」
「聞こえてますわよ! 天野くんはあなたのものじゃありませんわ!」
「私のものだもん。未来の花嫁だもん」
「未来の花嫁なんて、あなたの妄想ですわ!」
「妄想じゃないもん。日記に書いてあったもん」
「日記に書いてあれば何でも本当になると思ったら大間違いですわ!」
二人の言い合いが、喫茶店内に響く。
他の客が、ちらちらとこちらを見ている。
「あの、二人とも、落ち着いて……」
ユキテルが、おろおろしながら言った。
その時だった。
マオが、一歩後ろに下がった拍子に、テーブルの端に足をぶつけた。
「きゃっ!」
マオの手から、紙袋が滑り落ちた。
パサッ。
紙袋が床に落ちて、中からクッキーが飛び出した。
割れた。ぐしゃぐしゃに、割れた。
「あ……わたくしの、クッキーが……」
マオは、床に散らばったクッキーの破片を見つめて、立ち尽くした。
「マオさん……」
ユキテルは、しゃがみ込んで、クッキーの破片を拾い始めた。
「何してるんですの?」
「クッキー、拾ってるんだよ」
「やめてくださいまし! そんなもの、もう捨ててしまって!」
マオの声が、震えていた。
「捨てないよ」
ユキテルは、クッキーの破片を、そっと紙袋に戻した。
「クッキー、僕がもらうよ。ありがとう」
「え……」
マオの目が、大きく見開かれた。
「だって、マオさんが、僕のために作ってくれたんだろ? 割れちゃったけど、気持ちはちゃんと伝わったよ」
「べ、別にあなたのためじゃ……」
マオは、顔を真っ赤にして、うつむいた。
でも、その横顔が、なぜか少し寂しそうに見えた。
「マオさん、もしかして、お菓子作るの、初めて?」
「な、なんで分かりますの!?」
「だって、クッキーの形が、ちょっと不揃いだったから」
「……わたくし、お菓子作りなんて、したことありませんでしたわ」
マオは、小さな声で言った。
「お嬢様だから、いつも人に作ってもらう側で……自分で作るなんて、思いつきもしませんでしたの」
「でも、僕のために作ってくれたんだろ?」
「……ええ、まあ」
マオは、ちらりとユキテルを見上げた。
「わたくし、あなたに、ちゃんと気持ちを伝えたくて……でも、どうすればいいのか分からなくて……」
「マオさん……」
「わたくし、負けず嫌いですから。我妻さんに負けたくなくて。でも、わたくしには、こういうこと、全然分からなくて……」
マオの声が、どんどん小さくなっていく。
「マオさん、クッキー、食べてもいい?」
「え?」
ユキテルは、紙袋からクッキーの破片を一つ取り出して、口に入れた。
「……うん、おいしいよ」
「本当ですの?」
「本当。ちょっと焦げてるところもあるけど、でも、マオさんの味がする」
「わたくしの味って……なんですの、それ」
マオが、ふっと笑った。
その笑顔は、今まで見た中で、一番柔らかかった。
「ユキテルくん……」
ユノが、ユキテルの袖を、ぎゅっとつまんだ。
「私も、クッキー、作ってあげる」
「え?」
「マオさんより、もっとおいしいクッキー。ユキテルくんのために、毎日作ってあげる」
ユノの声は、笑っていた。
でも、その目は、まったく笑っていなかった。
「だから、マオさんのクッキー、もう食べないでね」
「ゆ、ユノ……」
「ちょっと、我妻さん! 天野くんが食べるものを、あなたが決める権利はありませんわ!」
「あるもん。私はユキテルくんの未来の花嫁だもん」
「だから、それはあなたの妄想ですわ!」
また、言い合いが始まった。
ユキテルは、二人の間に挟まれて、ただおろおろするばかりだった。
結局、三人で喫茶ミルフィーユを出たのは、夕方の五時を過ぎていた。
商店街の灯りが、石畳をぼんやりと照らしている。
「それでは、わたくしはここで失礼しますわ」
マオが、三人の前で立ち止まった。
「天野くん。今日は……その、ありがとうございましたわ」
「こちらこそ。クッキー、おいしかったよ」
「べ、別に、あなたのために作ったんじゃありませんわ!」
マオは、顔を真っ赤にして、くるりと身を翻した。
「また、作ってあげてもよくってよ」
そう言い残して、マオは商店街の奥へ歩いていった。
金髪が、街灯の光に揺れている。
「……ユキテルくん」
ユノが、ユキテルの袖をつまんだ。
「うん?」
「マオさんのクッキー、おいしかった?」
「え? うん、おいしかったよ。手作りって感じで」
「……ふうん」
ユノは、しばらく黙っていた。
「私も、作るからね」
「え?」
「ユキテルくんのためだけに、私、もっとおいしいクッキー、作るからね」
ユノは、ユキテルの腕に、ぎゅっと抱きついた。
「だから、マオさんのクッキー、もう食べちゃダメだよ」
「ゆ、ユノ……ちょっと、痛いよ」
「やだ。離さない」
ユノの腕に、力がこもる。
(ユノの愛情は、やっぱり重い……)
でも、その重さを、完全に嫌だとは思えない自分もいた。
(僕は、ユノのことを、どう思ってるんだろう)
ユキテルは、ユノの温もりを感じながら、空を見上げた。
星が、いくつか瞬いていた。
その夜。
ユキテルは、自室のベッドに寝転がって、スマホを見ていた。
さっき届いたメール。
『今日のユノちゃんチェック』
『野々坂マオ――消去対象』
画面に、その文字が、赤字で、大きく表示されていた。
「消去対象って……」
ユキテルの手が、震えた。
(消去って、何を消すんだ)
(マオさんを、消す?)
ユキテルは、スマホを握りしめたまま、天井を見つめた。
胸の奥で、何かがざわざわと騒いでいる。
(ユノの日記帳。あの時、何て書いたんだろう)
喫茶店で、マオがクッキーを渡した後。ユノが、日記帳に何かを書き込んでいた。
(まさか、マオさんの名前とか……)
ユキテルは、首を振った。
(考えすぎだ。ユノだって、そこまでしない……はず)
でも、さっきのメールを思い出す。
『野々坂マオ――消去対象』
(ユノは、マオさんを本気で消そうとしてる)
(どうすればいいんだ)
ユキテルは、布団を頭までかぶった。
でも、眠れなかった。
深夜。
ユキテルは、自転車を漕いでいた。
向かう先は、ユノの家。
(ユノの日記帳を、確かめなきゃ)
(マオさんを消すって、本当に書いてあるのか)
(もし書いてあったら、どうすればいいんだ)
答えは、まだ見つからない。
でも、確かめずにはいられなかった。
ユノの家は、カガミハラ市の住宅街にある、二階建ての一軒家だった。
窓から、明かりが漏れている。
ユキテルは、自転車を止めて、深呼吸した。
(ユノの部屋は、二階の南側。あの窓だ)
ユキテルは、塀を乗り越えて、庭に忍び込んだ。
心臓が、ドクンドクンと音を立てている。
(日記持ち非干渉の暗黙ルール。他人の日記を覗き見るのはタブー)
(破ると、向こう側から罰が下る)
(でも、そんなこと言ってられない)
ユキテルは、庭の木に登った。
二階の窓の近くまで、枝が伸びている。
(あの窓から、ユノの部屋に入れる)
ユキテルは、慎重に枝を渡った。
窓に手をかける。
鍵は、開いていた。
ユノの部屋は、薄暗かった。
机の上の小さなスタンドライトだけが、ぼんやりと光っている。
机の上に、一冊の手帳が置かれていた。
革表紙の、高級そうな手帳。
(あれが、ユノの未来日記)
ユキテルは、息を殺して、机に近づいた。
手帳を手に取る。
ページを開く。
そこには、几帳面な字で、びっしりと文字が書かれていた。
『ユキテルくんを守るためなら、邪魔な子は消す』
『マオさんの名前、消さなきゃ』
『ユキテルくんは、私だけのもの』
『他の子に、渡さない』
『消去対象:野々坂マオ』
同じ言葉が、何度も何度も、繰り返し書かれていた。
「……うそだろ」
ユキテルの声が、震えた。
(これが、ユノの本気)
(笑顔の裏に、こんなことを考えていたのか)
ユキテルは、手帳を閉じて、机の上に戻した。
手が、震えている。
(ユノは、本当にマオさんを消すつもりだ)
(どうすればいいんだ)
(誰か、助けて)
その時だった。
「……ユキテルくん?」
背後から、声がした。
ユキテルは、心臓が止まるかと思った。
振り返ると、部屋の入り口に、ユノが立っていた。
パジャマ姿。長いピンク色の髪が、月明かりに照らされている。
「どうしたの? こんな夜中に」
ユノは、にっこり笑った。
でも、その笑顔の奥に、冷たい何かが見えた。
「ゆ、ユノ……これは、その……」
「ユキテルくん、私の日記、見たの?」
「え、あ、いや……」
「見たんでしょ?」
ユノは、ゆっくりと近づいてきた。
「ダメだよ、ユキテルくん。他人の日記を覗き見るのは、タブーなんだから」
「ご、ごめん……」
「でも、いいの。ユキテルくんになら、見られてもいいの」
ユノは、ユキテルの手を、ぎゅっと握った。
「だって、ユキテルくんは、私の未来の花嫁だから」
「ユノ、あの、日記に書いてあったこと……」
「ああ、あれ?」
ユノは、首をかしげた。
「あれはね、私の決意だよ」
「決意って……」
「ユキテルくんを守るためなら、邪魔な子は消す。マオさんの名前、消さなきゃ。そう思ってるの」
ユノは、にっこり笑った。
「大丈夫、私が守ってあげるから」
「守るって、何から……」
「ユキテルくんに近づく、悪い子たちから」
「マオさんは、悪い子じゃないよ」
「悪い子だよ」
ユノの笑顔が、ぴたりと止まった。
「ユキテルくんに近づく子は、みんな悪い子。みんな、消さなきゃ」
「ユノ……」
ユキテルの背中を、冷たいものが走った。
(この子は、本気だ)
(笑顔のまま、本当にマオさんを消すつもりだ)
「ユノ、お願いだ。マオさんには、何もしないでくれ」
「どうして?」
「どうしてって、マオさんは、何も悪いことしてないだろ?」
「悪いことしたよ。ユキテルくんに、クッキーを渡した。告白しようとした。それだけで、十分悪い子だよ」
「そんな……」
「ユキテルくんは、私だけのものなの。他の子に、渡さない。絶対に、渡さない」
ユノは、ユキテルの手を、さらに強く握った。
「ユキテルくんは、私だけでいいんだよ?」
ユキテルは、何も言えなかった。
ユノの手は、氷のように冷たかった。
翌朝。
ユキテルは、寝不足の目をこすりながら、通学路を歩いていた。
昨夜のことが、頭から離れない。
ユノの笑顔。ユノの手の冷たさ。日記にびっしりと書かれた、消去対象の文字。
(ユノは、本気でマオさんを消そうとしてる)
(どうすれば、マオさんを守れるんだ)
「天野くん」
後ろから声がした。
振り返ると、野々坂マオが立っていた。
「あ、マオさん。おはよう」
「あら、ごきげんよう」
マオは、口元に手を添えて、にこっと笑った。
「今日は、我妻さんと一緒ではないのね」
「え、まあ、今日はたまたま……」
「ふうん。まあ、いいですわ。それより、天野くん。昨日は、ありがとうございましたわ」
「え?」
「クッキーのことですわ。わたくし、あの後、家に帰ってから、もう一度作り直しましたの」
「作り直した?」
「ええ。今度は、焦げないように、ちゃんとレシピを見て」
マオは、鞄から小さな紙袋を取り出した。
「これ、よかったら、食べてくださいまし」
「マオさん……」
ユキテルは、紙袋を受け取った。
中から、きれいな形のクッキーが、こぼれそうになっている。
「昨日のより、上手にできたでしょ?」
「うん、すごい。お店で売ってるみたいだ」
「当然ですわ。わたくし、やればできる子ですもの」
マオは、胸を張った。
その笑顔を見て、ユキテルは思った。
(マオさんは、本当は優しい子だ)
(不器用だけど、一生懸命で、寂しがり屋で)
(こんな子を、ユノに消させるわけにはいかない)
「マオさん」
ユキテルは、真剣な顔で、マオを見つめた。
「な、なんですの? 急に」
「マオさん、しばらくユノから離れてて……お願いだ」
「え?」
マオの目が、大きく見開かれた。
「何よ、急に。わたくしは、あなたに近づくために来てるのよ?」
「分かってる。でも、今はダメなんだ。ユノが、マオさんのことを……」
ユキテルは、言葉に詰まった。
「我妻さんが、わたくしのことを、どうしたって?」
「……何でもない。とにかく、しばらくは、ユノに近づかないでほしいんだ」
「理由を言ってくださいまし!」
「言えないんだ。ごめん」
「天野くん……」
マオは、ユキテルの顔をじっと見つめた。
そして、何かを察したように、小さくため息をついた。
「……分かりましたわ。あなたが、そんなに真剣な顔をするなら、何かあるんですのね」
「マオさん……」
「でも、約束してくださいまし。危険が去ったら、ちゃんと説明してくれるって」
「……うん、約束する」
「分かりましたわ。わたくし、しばらく我妻さんには近づきませんわ」
マオは、少し寂しそうに笑った。
「マオさん、ありがとう」
「お礼を言われる筋合いはありませんわ。わたくしは、あなたの……その……友達ですもの」
マオは、そう言うと、くるりと身を翻して、校門へ歩いていった。
その背中を見送りながら、ユキテルは、小さく息をついた。
(これで、少しはマオさんを守れる)
(でも、いつまで?)
(ユノは、本気だ)
(どうすれば、ユノを止められるんだ)
答えは、まだ見つからない。
教室の入り口で、ユキテルは足を止めた。
中から、話し声が聞こえる。
「おはよう、マオさん」
「あら、ごきげんよう」
「今日も、そのリボン、かわいいね」
「当然ですわ。わたくしに似合わないものなんて、ありませんもの」
ユキテルは、ほっと胸をなでおろした。
(普通に話してる。よかった)
その時だった。
「……ユキテルくん」
背後から、声がした。
振り返ると、我妻ユノが立っていた。
笑顔。
でも、その目は、まったく笑っていなかった。
「お、おはよう、ユノ」
「おはよう。ユキテルくん」
ユノは、ユキテルの隣に並んだ。
「ねえ、ユキテルくん。今朝、マオさんと、何話してたの?」
「え? 何も……」
「嘘。見てたよ。マオさんと、真剣な顔で話してたでしょ?」
「そ、それは……」
「ユキテルくん、私に隠し事しないでね」
ユノは、ポケットから小さな手帳を取り出した。
革表紙の、高級そうな手帳。
「私、ちゃんと記録してるから」
ユノは、手帳を開いて、何かを書き込んだ。
几帳面な字で、何度も、何度も。
その目は、笑っていなかった。
ユキテルは、その様子を、ただ立ち尽くして見ていることしかできなかった。
教室の窓から、四月の風が吹き込んで、カーテンを揺らした。
桜の花びらが、一枚、ユキテルの足元に舞い降りた。Noveliaとは?
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