灰の向こうに咲く花——テンペストの残火
戦争は終わった。テンペストは静寂に包まれている。
霧原セツナ――人間だった過去を失い、世界の狭間に囚われた少女は、戦いで亡くなった者たちの遺品を静かに集める日々を送っている。それが彼女なりの哀悼の方法だった。ほとんど口を開かず、涙も流さない。周囲の人々、つまり人間も怪物も、彼女がかろうじて踏みとどまっているのを感じ取っているが、誰も何と言えばいいのかわからない。
そんなある日、シュナが彼女の扉を叩き、無理やり夕食に連れ出す。静かな食事の席で、シュナはセツナの目を見つめて言う。「まだ泣いてないよね?泣いてもいいんだよ」と。その言葉はセツナの胸に深く刺さる――しかし涙はまだこぼれない。
やがて、紅丸に仕えた若き鬼の戦士、炎熊ライカがセツナの働く場所に現れるようになる。言葉は不器用でぶっきらぼうだが、ある日突然彼女の荷物を持ち、「手伝うよ。理由は聞かないで」とだけ言い、ただそこに毎日寄り添う。
セツナとライカが共に過ごすうちに、シュナはあることに気づく。ライカがセツナに惹かれているのだ。彼女はそれを警告のようにセツナに囁く。しかしシュナ自身もまた、誰にも心を開かない静かで壊れた少女に
灰の向こうに咲く花——テンペストの残火 - 灰の中の温かさ——答えのない告白と、遺品を取り戻す覚悟
夜明けの光が、岩壁の割れ目に差し込んできた。
オレンジ色の薄い光が、洞穴の奥まで届く。セツナは目を開けた。
シュナの腕の中にいた。薄紫の髪が頬に触れている。温かかった。昨夜、どれだけ泣いたか——思い出そうとすると、喉の奥がまた痛んだ。でも涙は出なかった。もう出るものが残っていなかった。
封書は、胸の上にあった。泥の一片が剥がれた場所に、あの一行が見えている。
——セツナが生きてくれて、よかった。
セツナはゆっくりと身を起こした。シュナの腕が、少し引き留めるように動いた。でも眠っていた。
洞穴の入口に、気配があった。
ライカが、岩壁に背をつけて立っていた。壁に寄りかかったまま、目を開けている。包帯の巻かれた腕。脇腹の傷。一晩中、そこにいたのだとすぐに分かった。
少し離れた岩の上に、水筒が置いてあった。誰が置いたのかは分からなかったが、置き方から察せられた——ケイが夜のどこかで、無言で置いていった。
セツナは洞穴から一歩、外に出た。
初秋の朝の空気が、冷たく肺に入ってくる。腫れた瞼。乾いた頬。三ヶ月間、どこかに消えていた何かが——薄く、かすかに、自分の中に戻ってきている気がした。
シュナが洞穴の入口から姿を現した。銀色の瞳が、セツナの顔を見た。何かを確かめるように、でも何も言わずに。水筒を拾い上げて、セツナに差し出した。
セツナは両手でそれを受け取った。
「[gentle]ありがとうございます」
小さな声だった。でも、確かな声だった。
三人の間に、静かな何かが走った。
ライカが岩壁から背中を離して、一歩前に出た。何かを言おうとして——言えなかった。それでいい、という顔だった。
岩場の陰から、ケイが姿を見せた。金色と銀色のオッドアイが、セツナを見た。口元の微笑みの癖が、今朝は少しだけ揺れている。静かに目を伏せた。
その小さな一言が、四人の間に落ちた重さ——セツナが大戦の後、誰かに自発的に感謝を告げたのは、これが初めてだった。
*
四人は湖畔の平らな岩場に移動した。
初秋の朝の光が、ジュラ湖の水面に広がっている。遠くで、リザードマンの漁船が静かに動いていた。網を引く音が、水音に混じって聞こえてくる。テンペストの日常が——三ヶ月間、セツナがずっと遠いところから見ていた景色が、今朝は少しだけ近く感じられた。
シュナがセツナの隣に座った。ライカが少し離れた岩に腰を下ろした。ケイが立ったまま、湖を背にした。
長い沈黙が続いた。
水面が、朝の光に揺れている。
セツナが口を開いたのは、その沈黙の中だった。
「[gentle]……親友と、初めて会ったのは、訓練場でした」
話し始めると、止まらなかった。
名前を口にした。声に出すのは初めてだった。二人が初めて出会った日のこと——泥だらけで転んだセツナを、その子が笑いながら引き起こした日のこと。一緒に戦った記憶。笑い合った夜の記憶。そして——大戦の、最後の夜のこと。
仲間が次々と倒れていった。名前を呼んだ。返事がなかった。暗闇の中で、どれが誰の声か分からなくなって。最後に見た親友の背中——振り向かなかった。振り向く暇もなかったのか、それとも振り向けなかったのか、今でも分からない。
声が何度も詰まった。膝の上の拳が震えた。封書を握りしめた指が、白くなった。
「[sad]自分だけが生き残ってしまったことが——許せなかったんです。今でも、許せているかどうか分からない。だから遺品を掘り続けていました。それが贖罪なのか、弔いなのか——自分でも、分からないままで」
三人は一言も挟まなかった。
シュナが目を閉じたまま動かない。ライカが岩の上で下を向いて、聴き続けている。ケイが視線を湖面に向けたまま、静かに息を殺している。
セツナの告白が終わった後、岩場に沈黙が落ちた。
これまでの、誰も何も言えなかった沈黙とは——質が違った。受け止めた後の、静けさだった。
*
最初に口を開いたのは、ライカだった。
言葉を選ぶ素振りは、なかった。ただ一度だけセツナを見てから、視線を落として。
「[serious]俺は言葉が下手だ」
それだけ言って、少し間を置いた。
「[serious]でも、お前の隣にいたい。お前が泣く時——隣にいたい。それだけだ」
装飾がなかった。言い訳もなかった。ただそれだけの言葉。
シュナの唇が、一瞬だけ噛み締められた。
ケイが岩壁から離れた。外交官としての所作を意識的に脱いだような、少し不安定な立ち方で、セツナの前に来た。
「[serious]私は君に出会って——この国に来た意味を、見つけました」
金色と銀色のオッドアイが、真っ直ぐにセツナを見ていた。
「[serious]君がいなければ、私はただの書類仕事の役人でした。それだけは、確かです」
理性で押さえ続けていた感情が、この朝の光の中で初めて、形を持って外に出ていた。
シュナが、静かに立ち上がった。
昨夜、洞穴の中で告げた言葉とは——別の次元の声だった。
「[whispers]私はずるい女よ」
声が震えていた。涙は堪えていた。でも、震えだけは止められなかった。
「[whispers]あなたを誰にも渡したくない——でもそれ以上に、あなたが笑ってくれるなら、それでいいの」
独占欲を自覚していた。それでも止められなかった。その二重性を、そのまま声にした。
三つの告白が、朝の岩場に重なった。
セツナは、圧倒されていた。
ライカへの言葉も、ケイへの言葉も、シュナへの返答も——何も出てこなかった。出せるはずがなかった。
でも——セツナは気づいていた。
胸の奥に、確かな温かさがある。答えではない。でも三ヶ月間、そこになかったものだった。
シュナとライカが同じ場で互いの告白を聞いてしまった緊張が、岩場の空気にまだ残っていた。ケイは三人の間に走る感情の線を、外交官の目で正確に読み取りながら——それでも自分の言葉を取り消さなかった。
湖面が、光の中で静かに揺れていた。
*
市街に戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。
ジュラ・マルシェの露店から夕食の匂いが流れてくる。ジュラ湖の淡水魚を焼く香ばしい煙。テンペストの夕暮れは、いつもこの匂いがする。
セツナが慰霊管理局の庁舎に向かおうとした時、扉が勢いよく開いた。
ガルフが出てきた。文官系ゴブリンの局長は、眼鏡の縁を何度も押し上げて——青い顔をしていた。顔色というより、緊張が全身に出ている。いつも几帳面に整えている衣服の袖が、乱れたままだった。
「[scared]セツナさん——来てくれてよかった」
声が詰まっていた。
「[scared]南部焦土帯の外縁区域で、別チームが奇襲を受けました。ヴァルグリム残党——大戦時に魔王軍の先鋒として雇われた傭兵集団の残存勢力です——の小隊に」
セツナの足が止まった。
「[sad]ハルク回収士が腕の骨折。ナミ回収士が頭部を強打して……意識が戻っていません」
眼鏡が、小刻みに揺れた。ガルフが次の言葉を出すまでに、一拍あった。
「[serious]それと——その日回収して搬送中だった遺品が、全て奪われました。来週末の遺品返還の儀に向けて、遺族に返す予定だった形見の品が含まれる段袋、十数個が……丸ごと」
セツナの顔から、表情が消えた。
感情を殺した、三ヶ月間の無表情ではなかった。別の種類の——何かが固まった顔だった。
遺品返還の儀。毎週末に中央広場で、回収士が故人の名前を読み上げて、遺族に手渡す。その瞬間の遺族の顔を、セツナは三ヶ月間見続けてきた。泣く人。頷く人。声も出ない人。その形見の品が——来週、遺族の手に届くはずだったものが。
死んだ人たちの最後の言葉を、金に換えようとしている。
「[serious]奪還に向かいます」
短く、はっきりと告げた。
ガルフが「危険です、残党の規模も野営地の正確な位置も——」と口を開いた。セツナはもう振り向いていなかった。
庁舎の外に出た瞬間、後ろから声が続いた。
「[serious]俺も行く」
ライカが、即座に言った。迷いがなかった。
「[serious]結界術の支援を出せますわ」
シュナが続いた。
ケイが少し間を置いてから——でも、確かに。
「[serious]残党との交渉に使えるカードを、私は持っています。外交官として」
四人がそれぞれの動機を持って、同じ方向を向いていた。
バラバラの恋愛感情を抱えたまま。答えの出ないまま。でも——この瞬間だけは、四人が見ている先が一つだった。
夕暮れのテンペストに、風が吹いた。
慰霊碑の建設現場が、遠くに見えた。まだ足場が残っている黒曜石の柱。来週末の遺品返還の儀まで——時間は、多くなかった。