とんがり帽子のアトリエ ~みんなのやすみじかん~
とんがり帽子のアトリエ ~みんなのやすみじかん~の見習い魔女たちは、ついにめったにない休日を迎えた――そしてコーコは、その日を大切に過ごそうと決意する。
みんなを集めて楽しい計画を立てようとするが、結果はあまり盛り上がらない。アグは寝たいと言い、テテは新しいインクの研究をしたいと言い、リチェはおやつを食べたいと言う。コーコのやる気は少しだけしぼんでしまう。
それでもみんなで街へ出かけることに。最初は順調で、市場を見て回ったり、屋台でおやつを食べたりして楽しむ。しかし、リチェとアグが甘いもの派とハーブ屋派で意見が分かれて別行動に。仲裁しようとしたコーコはためらいすぎて、気づけばひとりぼっちになってしまう。
迷路のような路地をさまよっていると、コーコは迷子の子どもを見つける。助けようとするが、自分も同じくらい迷っていることに気づく。「誰かを助けに来たのに、今は二人とも迷子だ」と思いながら、路地をぐるぐる回る。
そこへオルオが地図を持ってどこからともなく現れ、屋根の上から二人を見つけて、あっという間に問題を解決してしまう。コーコは感謝するが、ほんの少しだけイラッともする。
夕方、ア
とんがり帽子のアトリエ ~みんなのやすみじかん~ - 迷子の森と、でっかいトカゲと、オルオの秘密
昨日オルオと名前を間違え合ったことを、コーコは朝起きてからもちょっと笑っていた。
ベッドの中で天井を見つめて、くすくすと。ちゃんと計画は立てた。素材は四つ。残り六日——いや、今日を使えば五日で四つ。最初の一つ、光苔を取りに行くのは今日だ。
ヴェルデの森——メッザルーナの北の丘を越えた先に広がる、薄暗くて湿った林——に入れば、木の根元に光苔が生えているとオルオが昨日の計画書に書いていた。苔は青白く光る珍しい植物で、描画魔法のインクに混ぜると発光効果が出る。印の解除に必要な四素材の一つ目。
食堂に下りると、オルオがすでにいた。テーブルに地図を広げて、鉛筆で何か書き込んでいる。銀髪を後ろに束ねた後ろ姿が、朝の光の中でやけに落ち着いて見えた。
「[excited]オルオさん、もう準備できてる!」
「君が遅い」
コーコはパンを一枚つかんでかじりながら、オルオの隣に立って地図を覗き込んだ。ヴェルデの森の入口から、光苔が生える奥の区画まで、細い線でルートが引いてある。
「[serious]この道で行けば、一時間半くらいで着く。迷わなければ」
「迷わないよ!」
「……そうか」
なんで間があったんだろう、とコーコは思ったが、聞かなかった。
― ― ―
森の入口は、街の北門を出てしばらく丘道を歩いた先にある。
朝の空気はひんやりして、草のにおいがした。コーコは自分の調合筆——見習いに入門した時に師匠キファからもらった、穂先に鉱石粉が練り込まれた筆——を外套のポケットに入れて、張り切って歩き出した。
「[excited]じゃあ、あたしが先頭ね! 地図より勘の方が速いこともあるから!」
「……まあ」
「まあ、じゃないよ、大丈夫って言って」
「焦るなよ。まず歩け」
コーコは胸を張って先頭に立った。木々が両側から迫る小道を進む。鳥の声、葉の音、足元のやわらかい土の感触。気持ちいい。
十分くらい歩いたところで、コーコは足を止めた。
大きなクヌギの木が目の前にあった。
幹の途中に稲妻のような形の傷がある、特徴的な木。
……さっきも見た気がする。
「[surprised]あれ」
オルオが無言で地図を広げた。鉛筆の先で、現在地をとんとんと指す。コーコは地図と木を交互に見た。
「……また同じとこだ」
耳が熱くなった。少し恥ずかしい。
「地図を使え」
「は、はい……」
二人で地図を確認しながら歩き直した。今度こそ大丈夫。コーコはルートをちゃんと目で追って、一本道を進む。順調だ。でも途中、木々の隙間からちょっとだけ違う方向が近道に見えた。
「こっちの方が近そう」
「地図にない道だ」
「でもほら、木が少ないし——」
そっちに入った。五分後。
クヌギの木が、また目の前にあった。幹に稲妻の傷。
「……」
オルオが無言で地図を広げた。二回目。コーコは空を見上げた。白い雲がゆっくり流れている。いい天気だ。なんで迷うんだろう。
「コーコ」
「わかってる、地図みます」
三回目は二人でちゃんと地図を持って歩いた。コーコはオルオの隣で地図を指でなぞりながら進む。今度は脇道に入りたくなっても我慢した。ひたすら我慢した。
二十分後、クヌギの木は出てこなかった。
代わりに、木々が密になって、地面が湿ってきた。苔の緑が濃くなる。空気がひやりとして、鳥の声が遠くなった。
「[serious]この辺から奥が光苔の区画だ」
「[excited]やった!」
ようやく着いた、とコーコが前に出た瞬間、地面に青白い光が見えた。
「[excited]あ——きれい……」
木の根元に、ふわっと光る苔が広がっていた。月みたいな青白さで、暗い森の中でほんのり輝いている。一面じゃなくて、点々と。でもはっきりと、生きているみたいな光だ。
その瞬間、背後の茂みが、ざわ、と揺れた。
コーコとオルオが同時に振り返った。
茂みが大きく割れた。
——でかい。
体長が二メートルを超えるトカゲが、ゆっくりと出てきた。ぎょろりとした大きな目。鱗が乾いた緑と灰色で、体の側面が盾みたいにごつごつしている。オオウロコ——コーコはその名前を図鑑で見たことがあった。この森に稀に出る魔獣で、視覚で敵を捉えて追いかけてくる、と書いてあった。
「[cold]動くな」
オルオが低く言った。手元で地図を折り畳みながら、退路を素早く確認している。コーコは足が止まった。オオウロコの目がじっとこちらを向いている。ぎょろぎょろとした、大きな目。
オオウロコが一歩、踏み出した。
考えるより先に、手が動いていた。
コーコはポケットから調合筆を引き抜いて、空中に線を引いた。描画魔法の陣——照明魔法の文様。練習で何百回も描いた形だ。インクが空中で光る。手が震えている。でも線は止まらない。
陣が完成した瞬間、まばゆい光が炸裂した。
ズバッ、と白い光がオオウロコの顔面に直撃する。
オオウロコが大きく後ずさった。ガサガサ、と茂みを踏みながら、後退して——そのまま林の奥に消えた。ドスドスという地響きが少しずつ遠くなる。
しばらく、何も音がしなかった。
「……効いたな」
静かな声だった。コーコはそこでやっと息を吐いた。手が震えている。調合筆を握ったまま、固まっていた。
「[surprised]え、あ、うん……」
自分でも驚いていた。体が勝手に動いた。照明魔法は攻撃のための陣じゃない。でもあの大きな目に直接当てれば、とっさに思った。
「次はもう少し後ろにいろ。俺が前に出る」
ぶっきらぼうな言い方だったけど、コーコにはわかった。心配されている。
「[gentle]ごめん。でも間に合ったから」
「それはそうだが」
「でしょ」
オルオが少し黙った。それからため息をついた。怒っていない、たぶん。
― ― ―
光苔の採取は、コーコが根ごと引き抜こうとして止められるところから始まった。
「[serious]根を残せ。また生える」
「あ、そうか。根ごと取ったらなくなるんだ」
「基本だ」
「知らなかった……」
オルオが手元の小刀で、根を傷めないように苔の表面だけを丁寧に剥がす動作を見せてくれた。コーコはそれを見て、同じようにやってみた。うまくいった。青白い光がほんのり手のひらに移る。不思議な温かさがある。
「[excited]光苔ってあったかいんだ」
「発光する時に微量の熱を出す。だからインクに混ぜた時に持続性が出る」
「へえ」
オルオは本当に何でも知っている。コーコはそれをすごいと思いながら、必要な量の光苔を丁寧に集めた。革袋に入れると、袋の合わせ目から青白い光がにじんだ。
帰り道、木漏れ日が差し込んでいた。
朝より空気が温かくなっていて、鳥が戻ってきている。コーコはオルオの隣を歩きながら、ふと思っていたことを口に出した。
「オルオさんって、いつも落ち着いていていいな」
「……そうか」
「あたし、さっきも手が震えてたし。迷子にもなるし、いつもバタバタしてばっかりで」
横を見ると、オルオは前を向いたまま歩いている。少し間があった。
「……俺だって焦る時はある」
声がいつもより少し低かった。コーコは思わず顔を上げた。
「ただ、外に出さないだけだ」
オルオの横顔を見た。
耳が、ほんのわずか、赤い。
コーコは声を上げそうになるのをぐっとこらえた。オルオが珍しく本音を言った。それがわかった。代わりに、小さく言った。
「そっか」
「……ああ」
二人の間に、さっきとは少し違う空気が流れた。コーコはそれをじっと感じていた。でも三秒後には我慢できなくなった。
「[laughing]じゃあさっきのオオウロコの時、オルオさんも内心めちゃくちゃドキドキしてたってこと!?」
オルオが一瞬、固まった。
「……黙れ」
でも口の端が、ほんの少しだけ上がっていた。
コーコはそれを見て、笑いをこらえながら前を向いた。なんか、よかった。オルオがちゃんと人間だってわかって。当たり前なんだけど、すごくほっとした。
― ― ―
アトリエに戻ったのは夕方だった。
書庫の保管棚に光苔を入れると、青白い光が棚の隙間からにじみ出た。コーコは革袋を慎重に置いて、一歩下がった。
「[excited]一個クリア!」
小さくガッツポーズした。オルオが横で計画書を開いて、鉛筆を走らせる。
「残りは三つ。川底の青石、ミルト市場の古代鉱石粉、屋上の夜露水」
「青石は川に入れば取れる?」
「おそらく。問題は古代鉱石粉だ」
コーコはその名前を聞いた瞬間、昨日の会話を思い出した。ミルト市場でも扱っているのはごく一部で、調合評議会の関係者が研究用に買い占めるという話をオルオが言っていた。
「市場に行けば絶対あるよね?」
オルオが少し間を置いた。
「……早く動いた方がいい」
はっきりした答えじゃなかった。コーコはその言葉の引っかかりに気づかなかった。
「じゃあ明日は市場ね! アグとかテテとかも一緒に来てもらえたら早いかも——」
オルオは計画書の「古代鉱石粉」の欄に、小さく「?」と書き込んだ。コーコにはその「?」は見えていなかった。
窓の外、アトリエの外壁に目をやった。
印が、昨日より少し強く、脈打っていた。
コーコはガッツポーズしたまま固まった。笑顔がほんの少し、曇る。
残り五日。素材は三つ。
棚の光苔がじわりと青く光っていた。