とんがり帽子のアトリエ ~みんなのやすみじかん~
とんがり帽子のアトリエ ~みんなのやすみじかん~の見習い魔女たちは、ついにめったにない休日を迎えた――そしてコーコは、その日を大切に過ごそうと決意する。
みんなを集めて楽しい計画を立てようとするが、結果はあまり盛り上がらない。アグは寝たいと言い、テテは新しいインクの研究をしたいと言い、リチェはおやつを食べたいと言う。コーコのやる気は少しだけしぼんでしまう。
それでもみんなで街へ出かけることに。最初は順調で、市場を見て回ったり、屋台でおやつを食べたりして楽しむ。しかし、リチェとアグが甘いもの派とハーブ屋派で意見が分かれて別行動に。仲裁しようとしたコーコはためらいすぎて、気づけばひとりぼっちになってしまう。
迷路のような路地をさまよっていると、コーコは迷子の子どもを見つける。助けようとするが、自分も同じくらい迷っていることに気づく。「誰かを助けに来たのに、今は二人とも迷子だ」と思いながら、路地をぐるぐる回る。
そこへオルオが地図を持ってどこからともなく現れ、屋根の上から二人を見つけて、あっという間に問題を解決してしまう。コーコは感謝するが、ほんの少しだけイラッともする。
夕方、ア
とんがり帽子のアトリエ ~みんなのやすみじかん~ - 市場の大混乱と、ガレンという意地悪な壁
昨日、森でオオウロコを追い払った右手が、まだちょっとだけ震える気がする。
コーコはアトリエの工房で調合筆を握り直した。革袋の中の光苔が、棚の隅でじんわり青く光っている。一個クリア。残りは三つ。
今日は古代鉱石粉を取りに行く日だ。
オルオが入り口に立って地図を折りたたんだ。
「[serious]ミルト市場を直接当たろう。古道具を扱う店が何軒かある」
「[excited]まかせて! あたし、市場の道なら迷わないから!」
オルオが少し間を置いた。
「……森より道幅があるからな」
「それ、嫌味だよね?」
「事実だ」
コーコはむっとしたまま、外套を羽織って歩き出した。
― ― ―
ミルト市場は朝から活気に満ちていた。
丘の麓に広がる青空市場。百を超える露店が立ち並んで、干した薬草の匂いと炒った豆の匂いが混ざり合っている。商人の呼び声があちこちから飛んでくる。コーコは石畳を踏みながら、露店の看板を目で拾っていった。乾物屋、鉱石屋、調合素材専門、骨董品……。
「[serious]古道具なら奥の列だ」
「うん、あ——」
前方から、薬草の山が歩いてきた。
正確には、両腕いっぱいに薬草の束を抱えた人間が、視界ゼロの状態でよろよろと歩いてきた。乾燥した草の葉が顔の周りに散らかって、足元しか見えていないはずなのに、なぜか歩みを止めない。
「[serious]……前が見えてないぞ、あれ」
「[excited]アグ!」
どさっ、と薬草の山が崩れた。束がいくつかは石畳に落ちて、もふもふと乾いた音を立てた。薬草の隙間から、金色の目と濃い緑色のぼさぼさ頭が現れた。
「……なんだ、コーコか」
「なんだって言い方、ひどい。買いすぎじゃないの、それ」
「ラディーチェに新しい乾燥ノービレ草が入った。こだわりがあって一度に全部持って帰る」
「何束あるの、それ」
「十四束」
「十四!?」
アグは答えず、こぼれた薬草を拾い集め始めた。背が高くて腕が長いから、拾うのは早い。薬草の匂いが周囲に広がって、通りがかりの客が鼻をくすぐらせながら振り返った。
その時、隣の露店から「すごい!」という声がした。
水色のロングヘアがふわっとなびいた。インク素材専門の露店の棚に顔を近づけすぎて、額を棚の縁にごつんとぶつけている女の子がいた。額を押さえながら後ろに下がって、銀色の目がぱちぱちと瞬いている。
「[laughing]テテ! 大丈夫?」
「[excited]大丈夫だよ! それよりここ、ムスカリ蜂の触覚粉末が新しく入ってて——あたし、これをインクに混ぜたら発光持続が伸びると思うんだよね、やってみよう!」
「今それどころじゃなくて——」
「[excited]え、どういうこと?」
そして菓子屋台「ソルベッタ」の前に、紅色のふわふわ頭が見えた。蜜パイを三個同時に手に持って、幸せそうな顔で頬張っているリチェだ。右目の黄色と左目の緑がぱちっとこちらを向いた。
「[gentle]あ、コーコ。蜜パイ、今日は昨日より甘いよ」
「いや、あの、ちょっと来て!」
四人が路地の隅に集まった。オルオが壁にもたれて腕を組んでいる。アグは薬草の束を地面に置いて仁王立ちだ。テテは指先についたインクを服で拭いながら、銀色の目をきらきらさせている。リチェは蜜パイの一個をまだ持ったまま、むぐむぐと咀嚼している。
コーコは深呼吸した。今度こそ順番通りに話す。
「あのね、実はアトリエの外壁に変な印がついてて——」
「「「俺/あたし/あたし」」」
三人が同時に話し始めた。
「俺な、その薬草の在庫確認を——」
「[excited]あたしが今朝発見したんだけど、ムスカリ蜂の——」
「[gentle]この蜜パイ、去年より皮が——」
「[angry]黙れ」
静かな声だった。三人が同時に口を閉じた。コーコもびっくりして固まった。
オルオがため息をついた。
「[serious]コーコ、もう一回。最初から、順番通りに」
コーコは頷いた。今度こそ、ちゃんと話す。
「アトリエの外壁に、誰も読めない魔法印が現れた。文献を調べたら、七日で印が発動してアトリエが消滅するって書いてあった。消滅を止めるには四つの素材が必要で、光苔はもう取れた。今日は三つ目の素材、古代鉱石粉を探しに来た。残り四日」
沈黙。
アグが額に手を当てた。
「[angry]なんで今まで黙ってた」
「言うタイミングが——」
「[angry]そういう話は真っ先に言うもんだ」
テテが目を輝かせた。
「[excited]その印、帰ったら絶対見せて! 体系が違うってことは、普通の描画魔法じゃない可能性があって——すごい、研究したい!」
「今は研究より解決が先で——」
リチェが蜜パイを持ったまま立ち上がった。
「[serious]ちょっと待って。アトリエが消えるってことは……おやつの棚も消えるってこと?」
「そう、そうなの」
リチェの顔が青くなった。
「[serious]それは絶対ダメだよ。解決しなきゃ」
コーコはオルオに視線を向けた。助けて、という目で。オルオは目を細めてから、静かに返した。
お前がまとめろ、という目で。
コーコは深呼吸した。
「[serious]だから、古代鉱石粉を探してる。古道具屋に行けばあると思う。みんな来てくれる?」
アグが薬草の束を全部つかんだ。
「[serious]置いていくか」
「十四束全部持っていくの!?」
「老人に預ける」
アグはラディーチェの店に戻って、束を全部カウンターに置いた。無愛想な店主のピッポが困惑した顔をしたが、アグはもう歩き出している。テテがこっちこっちと路地を指差す。リチェが蜜パイを口に押し込んで走って追いかけた。
五人は市場の奥へと進んだ。
― ― ―
古道具屋の一軒は、路地のどん詰まりにあった。
看板に「クアルトの古物」と書いてある。扉を開けると、古いインクと木材の匂いがした。棚には年代物の調合道具や、読めない文字が書かれた器、埃をかぶった鉱石の瓶が並んでいる。
奥から白髪の老人が出てきた。腰が少し曲がっていて、目は小さいが鋭い。
「[gentle]いらっしゃい。なんだね」
「[serious]古代鉱石粉を探しています」
老人——クアルトが棚の奥に入って、瓶をいくつか確認した。首を振った。
「[serious]三日前に売れてしまった。最後の一袋だったよ」
コーコの心臓がすっと冷えた。
「だれが買ったか、わかりますか」
「[serious]若い男の子だった。評議会に関わるアトリエの見習いで、ガレンという名だったね。研究に使うと言って、問答無用で一袋全部持っていった」
オルオが小さく言った。
「[cold]……買い占めの話は聞いたことがあった」
コーコはその言葉を思い出した。ミルト市場でも扱っているのはごく一部で、評議会に関わる人間が研究用に買い占めるという話——オルオが言っていた、あの話だ。
「あの時の……」
オルオは頷かなかった。ただ、静かに計画書の古代鉱石粉の欄を見ていた。
アグが一歩前に出た。
「[angry]そのガレンのアトリエはどこだ」
テテが素早くあたりを見回して、路地の角の掲示板を確認した。
「[excited]こっちこっち、パッソ通りの入り口から二本目の路地を曲がったとこだよ」
「行くか」
アグはもう歩いている。テテが先頭で路地に入る。リチェが残り一個の蜜パイを口に押し込みながら追いかけた。コーコとオルオが最後についた。
五人は動いた。バラバラに。それでも同じ方向に。
― ― ―
ガレンのアトリエは、石造りの落ち着いた建物だった。
扉を叩くと、すぐに開いた。
長身の青年が立っていた。黒い髪を整えて、服も清潔だ。目が細くて、こちらを見る視線が水みたいに冷たい。年は十八か十九くらいだろうか。コーコを上から下まで見てから、後ろの四人を見て、また正面に視線を戻した。
「見習いが五人で何の用だ」
「[serious]あたしたちのアトリエの外壁に印が現れて、消滅を防ぐために古代鉱石粉が必要なんです。三日前にここで買ったと聞いて——少し分けてもらえませんか」
ガレンは二秒考えた。
「[cold]断る」
「理由を聞かせてもらえますか」
「[cold]俺の研究に使う。見習いの頼みに応じる理由がない」
「でも、アトリエが消えてしまったら——」
ガレンが少し笑った。笑い方が、ちっとも温かくない。
「[sarcastic]消えても困る人間がいるか? あそこ、師匠のキファはほとんど不在だろう。見習いが四人いるだけの古い工房が消えたって、調合評議会の区画が少し広がるだけだ。誰も困らない」
コーコは口を開いた。
何かを言おうとした。言葉が出てこなかった。
大切なものを正確に言い当てられた感じがして、頭の中が真っ白になってしまった。アトリエの匂い、光苔が光る棚、書庫の窓から見えるトラモント川——そういうものぜんぶを「誰も困らない」と言われて、反論の言葉が見つからなかった。
アグが前に出た。
「[angry]お前の研究とやらは、薬草一本の価値もないだろうな」
ガレンは鼻で笑った。
「[sarcastic]薬草しか知らない見習いに言われてもな」
そのまま奥に引っ込んだ。
扉が静かに閉まった。
カチン、という音だけが石畳に残った。
― ― ―
五人は市場の方向へ歩いた。
誰も話さなかった。
コーコは石畳を見ながら歩いた。自分の足が動いているのがわかる。でも何も考えられなかった。ガレンの言葉がずっと頭の中でぐるぐるしている。消えても困る人間がいるか。誰も困らない。
(最初の日に、すぐみんなに話していれば)
そう思った。三日も一人で抱えていた。その三日で、古代鉱石粉は売れてしまった。もっと早く動けば、もしかしたら。
アグがぼそぼそと何か言っていた。内容はよく聞こえなかったけど、文句っぽい音だった。テテは代用素材のことを頭の中で整理しているのか、指先でなにかを数えている。リチェは「蜜パイが甘くない気がする」と小声で言っていた。口の中にまだ残ってるだろうに。
アトリエに戻ると、外壁の印が目に入った。
朝より光が強い。脈打つリズムも速くなっている。見ているだけで、時間が本当に減っているとわかった。
工房の中に入った。五人が黙って立っている。
オルオが計画書を広げた。鉛筆を取る。古代鉱石粉の欄に、ゆっくりと大きく×を書いた。
インクの乾く音がしそうなくらい、静かだった。
「[serious]他の素材で代用できないかな」
「[cold]文献にはこの四素材しか記載がない」
テテが黙った。
コーコは壁の印を見た。
残り四日。古代鉱石粉なしでは上書き魔法陣が描けない。素材が揃わなければ、印は止められない。止められなければ——アトリエは消える。
(どうしよう)
頭の中でその言葉だけがぐるぐるした。でも今は、声に出せなかった。
印が静かに、また一度、脈打った。