ハンター合宿、カオスにつき
すべてはゴン=フリークスが「みんなで夕食を食べたい!」と言ったことから始まった。それが全ての計画だったはずだ。
キルア=ゾルディックは「どうでもいい」と言いながら、こっそり大量のお菓子を買い込んでいた。レオリオ=パラディナイトは「みんなのために料理を作る」と宣言した。クラピカは冷静に「料理をしたことはあるのか?」と尋ねた。レオリオは三秒間沈黙し、そして「ない」と答えた。
なぜか、ゴンのシンプルな夕食のアイデアは二泊三日のグループ合宿――ハンター合宿、カオスにつきへと発展し、招待客のリストはどんどん増えていった。
ヒソカがニヤリと笑いながら突然現れた。クロロはまるで普通のことのように本を読んで座っていた。ビスケは「修行の合間の休息が大事だ」と言いながら、最もリラックスしている人物だった。ネテロ会長は誰にも言わずに静かにみんなの朝食を作り始めた。
あらゆる場面でカオスが巻き起こった。ゲーム対決はいつの間にかキルア対ヒソカになり、ゴンが身体を張って止めなければならなかった。料理当番のくじはイルミに当たり、部屋中が静まり返った。自己紹介の夜のセッションでは、クラピカが「クラピカです」と
ハンター合宿、カオスにつき - 申請書との大冒険――ゴン、合宿を企画する
「[serious]利用目的欄に……ごはん、とだけ書いてあります」
窓口の向こうで、スーツを着た職員が申請書を持ったまま動きを止めた。
「[surprised]え、ダメなの?」
「[serious]はい。ダメです」
ゴン=フリークスは腕を組んで考え込んだ。
ここはヨークシンシティのハンター協会支部の一室だ。壁一面に掲示板と案内文が貼られていて、窓口が3つ並んでいる。合計で何人の人が行列を作っているかわからないくらい、ごちゃごちゃとした場所だ。さすがに人口約1000万、世界有数の商業都市の支部だけある。
ゴンは赤いキャップをかぶった12歳の少年だ。黒いショートヘアと深い茶色の目。身長は170センチで、緑のタンクトップにショートパンツという格好をしている。このごみごみしたオフィスの中で、ひとりだけ山の空気を持ち込んできたような雰囲気がある。
彼がテーブルに広げているのは、ハンター協会の施設利用申請書だ。A4用紙3枚。細かい漢字でびっしりと項目が埋まっている。ふりがなはない。
(ハンター協会の書類って、なんでこんなに難しいんだろう)
ゴンはもう一度、申請書をじっと見た。「目的」「利用人数」「利用期間」「代表者の資格番号」——どれも難しい言葉が並んでいる。でも、彼は一文字一文字、ちゃんと確認しながら書いてきた。ハンターライセンスを取ったのは1年前。試験の合格率は0.001%、年に一度しか開かれない。その資格を持つ者は世界のどこへでも渡航できるし、こういう協会の施設も無料で使えると教わった。
使わない手はない、と思った。
理由はシンプルだ。みんなでごはんを食べたい。ただそれだけだった。
「[gentle]えっと……じゃあ、どう書けばいいですか」
「[serious]研修・保養目的の具体的な内容を記述してください」
「[serious]具体的な内容……」
ゴンはペンを持って、また考えた。5秒くらい天井を見た。それから、ゆっくりと書いた。
〈ごはんを食べながら仲良くなる研修〉
窓口に持っていくと、職員がまた申請書を持ったまま止まった。今度は少し長く止まった。
「[serious]……目的が不明確です」
「[surprised]えっ、また!?」
ゴンはベンチに戻って三度目の挑戦をした。今度は職員の言い方をそのまま真似てみた。さっき窓口に貼ってあった他の申請書の見本を盗み見て、それっぽい言葉を拾い集めた。
〈ハンター同士の連携強化と相互理解を深めるための合同保養研修(主な活動:共同食事・野外活動)〉
自分でも意味がよくわからない。でも、なんかそれっぽい。
窓口に持っていった。
職員が申請書を読んだ。眉が少し動いた。また止まった。
「[serious]……まあ。受理できます」
ぱん、と書類にスタンプが押された。
「[excited]やった!」
ゴンはぱっと顔を輝かせた。職員は少しだけ複雑そうな顔をしていた。
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鍵を受け取りにカウンターへ向かうと、横のロビーから小柄な老人が現れた。
62歳くらいだろうか。白髪まじりで、日焼けした顔に細かいしわが刻まれている。歩き方がどこか頑丈そうで、かつて体を張って仕事をしていた人間の雰囲気がある。名前はジョバン・ペイリー。ロッジ・パルマの管理人で、元D級ハンターだという。
「[serious]ゴンさんですね。今年の利用申請の方ですか」
「[excited]はい! よろしくお願いします!」
ジョバンは小さなノートを取り出した。
「[serious]では、ご確認いただきたいことがいくつか」
ゴンは背筋を伸ばした。なんとなく、身構えた。
「[serious]壁に穴を開けた場合、弁償120万ジェニーです」
ゴンの口の端がわずかに引いた。
「[serious]念能力の屋内使用は禁止です。過去に3度、ロッジが全壊していますので」
3度全壊。
「[serious]電気設備の損傷は50万ジェニー。水道管破裂は80万ジェニー。BBQグリルを溶かした場合は30万ジェニー」
ゴンの笑顔が少しずつ薄くなっていった。読み上げが続くたびに、顔の筋肉がぴくっとする。
(溶かせるの、グリルって)
「[serious]利用者の皆さんは今のところ——」
「[gentle]あの」
ゴンは少し言いにくそうに口を開いた。
「[gentle]参加するメンバーが……ちょっと特殊な人たちなんですけど」
ジョバンは目を細めた。
「[serious]ハンターの皆さんが来ると、だいたい何かが壊れますので」
ノートをぱたんと閉じる。
「[serious]よろしくお願いしますよ」
ゴンは一瞬だけ、頭の中に参加予定のメンバーの顔を思い浮かべた。ゾルディック家の暗殺者。幻影旅団の団長。戦闘狂の奇術師。
……だいじょうぶ、みんないい人だから。
「[excited]大丈夫です! みんないい人なので!」
ジョバンは何も言わなかった。ただ、ゆっくりと頷いた。その目は「そうですか」と言いながら、全然そう思っていない顔をしていた。
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協会支部を出ると、秋の午後の空気がすっと入ってきた。
ヨークシンシティは相変わらずにぎやかだ。高層ビルが空に向かって伸びて、地下鉄の出口から人がひっきりなしに出てくる。市場の呼び声、車のエンジン音、どこかの店から流れてくる音楽。全部がごちゃまぜになって、大きな音の波になっている。
ゴンは支部の前のベンチに座った。ポケットから携帯を取り出す。
まずはキルアだ。
ロッジの情報と日程を送る。少し待つと、返信が来た。
〈え、クロロも来るの?〉
ゴンは首をかしげた。それの何がいけないんだろう。
〈みんないい人だから大丈夫だよ!〉
数秒の間があって、返信が来た。
〈…おれの友達の中で一番の心配事がそのセリフなんだけど〉
ゴンは少し笑った。キルアらしい返信だ。
次はクラピカに送った。内容は同じ、日程と場所だけ。
返ってきた返信は一言だった。
〈わかった〉
……以上?
(クラピカって、メッセージもこんな感じなんだ)
ゴンはちょっとだけ首をかしげてから、次の連絡に移った。
レオリオに送ると、返信が異様に早かった。
〈料理当番あり? ならオレが張り切って作ってやるぜ!!〉
絵文字がたくさんついていた。
(レオリオさんって、料理できるのかな)
ゴンは少しだけ心配になった。でもまあ、きっと大丈夫だろう。……たぶん。
次はネテロ会長に送った。もしかしたら忙しいかも、と思っていたら、一瞬で返ってきた。
〈行くぞ!〉
シンプルだ。ゴンはぱっと顔を明るくした。会長が来てくれるのは純粋に嬉しい。
連絡を続けながら、ゴンはちょっとだけ手を止めた。
(イルミさんには……連絡してないけど)
キルアのお兄さんだ。面識はある。でも何となく、連絡リストに名前を入れるのをためらった。まあ、キルアに日程を伝えてあるから、もし会いたければ聞けるだろう。そのくらいの気持ちだった。
ゴンはスマホを膝の上に置いた。
空はもう夕方に向かっていた。ヨークシンシティの高層ビルの隙間から、オレンジ色の光がさし込んでいる。風がちょっと冷たい。秋だな、と思った。
クレーナ丘陵のロッジ・パルマ。ここからヨークシンシティを車で40分くらい行ったところにある保養施設だ。針葉樹と広葉樹が混ざった林の中腹にあって、裏に川が流れていると資料に書いてあった。
(川かあ。魚、捕まえられるかな)
ゴンはにこにこした。
「[excited]よし。準備完了!」
立ち上がって、伸びをする。
明日はヨークシンシティ中央駅に集合だ。みんながどんな顔をするか、今から楽しみだった。みんなで料理して、ゲームして、ごはんを食べる。それだけのことが、なんでこんなに楽しみなんだろう。
ゴンはスマホをポケットにしまって、帰り道を歩き始めた。
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場面が変わる。
どこか薄暗い部屋。窓はない。ランプが一つだけついている。
男が椅子に腰かけて、携帯の画面を見ていた。
長い赤い髪に、化粧のような顔。口の端が、ゆっくりと上がっていく。
画面には情報が表示されていた。
〈明日ヨークシンシティ集合、ロッジ・パルマにて二泊三日〉
ゴンから届いたメッセージではない。ゴンは彼に連絡していない。でも、情報は届いていた。どこから流れてきたのか、男は特に気にしていない様子だった。
ヒソカは携帯をぱたんと閉じた。
「[laughing]楽しそうじゃない♠」
誰もいない部屋で、小さくそう言った。
それだけだった。誰かに連絡するでも、何かを準備するでもなく、ただ楽しそうに微笑んでいる。
その笑顔が、どこか不気味だった。
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一方、ゴンはそんなことを知らずに歩いていた。
夕暮れのヨークシンシティ。ビルの影が長く伸びて、地面に複雑な模様を作っている。
ゴンはふと、道端の屋台に目が止まった。焼き栗だ。いい匂いがする。財布を確認して、一袋買った。温かくて、ほくほくしている。
(明日、みんなが来るな)
キルア、クラピカ、レオリオ、ネテロ会長。
それから、クロロも来る。ビスケも来ると言っていた。モラウさんも。
普通じゃない、とは自分でも思う。でも、ゴンにとっては全員「知ってる人」だ。敵とか味方とか、ゴンはそういうことをあまりうまく分けられない。会ったことがあって、話したことがある。それだけで十分だった。
(みんないい人だから、きっと大丈夫)
栗を一個かじった。甘かった。
空がだんだんオレンジから紫に変わっていく。ヨークシンシティの夜はこれから始まるところだ。でもゴンは明日のことを考えながら、駅へと向かって歩いていった。
少しだけ、足が弾んでいた。