ハンター合宿、カオスにつき
すべてはゴン=フリークスが「みんなで夕食を食べたい!」と言ったことから始まった。それが全ての計画だったはずだ。
キルア=ゾルディックは「どうでもいい」と言いながら、こっそり大量のお菓子を買い込んでいた。レオリオ=パラディナイトは「みんなのために料理を作る」と宣言した。クラピカは冷静に「料理をしたことはあるのか?」と尋ねた。レオリオは三秒間沈黙し、そして「ない」と答えた。
なぜか、ゴンのシンプルな夕食のアイデアは二泊三日のグループ合宿――ハンター合宿、カオスにつきへと発展し、招待客のリストはどんどん増えていった。
ヒソカがニヤリと笑いながら突然現れた。クロロはまるで普通のことのように本を読んで座っていた。ビスケは「修行の合間の休息が大事だ」と言いながら、最もリラックスしている人物だった。ネテロ会長は誰にも言わずに静かにみんなの朝食を作り始めた。
あらゆる場面でカオスが巻き起こった。ゲーム対決はいつの間にかキルア対ヒソカになり、ゴンが身体を張って止めなければならなかった。料理当番のくじはイルミに当たり、部屋中が静まり返った。自己紹介の夜のセッションでは、クラピカが「クラピカです」と
ハンター合宿、カオスにつき - ノッカー・マートの大混乱――みんなで食べるご飯、最高だね
ノッカー・マートの引き戸が、ガラガラと横に開いた。
クレーナ村唯一の商店——小さな木造平屋で、売り場はざっと六十坪ほど——の店内に、最初の三人が入ってきた。
店主のミリヤ・ノッカーは、レジカウンターの向こうで顔を上げた。四十八歳。三代目。いつもなら愛想よく「いらっしゃい」と言える。
「あら——」
ゴンが入ってきた。キルアが入ってきた。レオリオが入ってきた。
三人目が入った。よし、学生たちかな。
その後ろから、四人目が入ってきた。
五人目。
六人目。
七人目のところで、ミリヤは手に持っていたレジ袋をカウンターに置いた。あれ、これ大人数グループかしら。
八人目。
九人目。
そして——白い顔の、目の奥に針のような光が宿った男が入ってきた。その隣に、指をくるくると動かしながら、薄く笑っている道化師のような男が続いた。
ミリヤの手が、棚をつかんだ。
「[surprised]……いらっしゃい、ませ」
声が少し震えた。引きつった笑顔だった。どうぞ、と言いたかったが口が動かなかった。
ゴンが元気よく振り返った。
「[excited]よろしくお願いします!」
その笑顔だけが、この店内で唯一まともなものだった。
---
店の通路の幅は、人ひとりが余裕を持って通れる程度だ。それに十一人が入った。肩が棚に当たる。誰かが振り向くたびに別の誰かにぶつかる。
レオリオが腕まくりをした。
「[excited]よし! 食材は俺が選ぶ! 今度こそ完璧な晩飯を作ってやるからな!」
その宣言から三秒後には、全員がバラバラに散っていた。
鮮魚コーナーでは、レオリオが今夜のメインを選ぼうとした瞬間、横からしわがれた手が伸びてきた。
ネテロ会長だった。白い眉をひそめて、並んだ魚をじっと見ている。
「[serious]この魚はダメじゃ」
「[surprised]え?」
「[serious]目が死んどる。鮮度が落ちとる」
レオリオが別の魚を手に取った。
「[serious]じゃあこっちは!」
「[serious]それも目が曇っとるな」
「[angry]これは!?」
「[gentle]……うむ。これはいい目をしとる」
レオリオが「三本目かよ」という顔をしたが、ネテロ会長はもう別の棚に興味を移していた。飄々として、まったく悪びれない。推定年齢百十歳超えの男が鮮魚の目を診ている光景は、どう考えてもシュールだった。
精肉コーナーでは、ビスケが次々とパックを手に取っては棚に戻していた。
「[serious]この肉、脂が多すぎ。女の敵よ」
パコン。棚に戻す。
「[serious]これも。これも脂の霜降りが多いわね」
パコン、パコン。
「[angry]俺が食べるんだけど!!」
鮮魚コーナーから叫んだが完全に無視された。ビスケは十枚目のパックを手に取ってラベルをじっくり読んでいた。外見は十歳そこそこの少女だが、実年齢は五十七歳だ。肉の目利きについては本人が「人生の半分が食の経験だから」と言って憚らない。
果物コーナーでは、ヒソカがリンゴを一個手に取った。
くるり。指の上でリンゴが回った。
もう一個。トランプを切るような手つきで、二個が空中に舞う。
ミリヤが青い顔でカウンターから半歩出た。
「[scared]落ちたら——」
ヒソカが完璧にキャッチした。リンゴ二個が、音もなく彼の手の中に収まる。
「[sarcastic]買うよ♦」
にっこりと笑って、両方カゴに入れた。
ミリヤがカウンターに戻った。手が少し震えていた。
その騒ぎを横目に、ゴンだけが野菜コーナーで黙々とじゃがいもと玉ねぎをカゴに入れていた。ひとつひとつ手で重さを確かめて、状態のいいものを選んでいる。釣りで鍛えた目だ。この店の中で唯一、まともに買い物が進んでいた。
---
菓子コーナーの方から、微妙な緊張感が漂い始めた。
イルミ=ゾルディックが、無表情のまま棚の前に立っていた。細い指がチョコレートのパッケージを手に取る。カゴへ。次にグミ。カゴへ。クッキー。カゴへ。
キルアが通りかかって、止まった。
カゴの中を見た。
「[serious]俺のは自分で選ぶ」
イルミのカゴからチョコを二個、棚に戻す。グミも一個戻す。
イルミは何も言わなかった。それから、静かに同じチョコを二個、カゴに戻した。
キルアが見た。「え」という顔をした。
「[serious]……だから戻したんだけど」
イルミが、また同じものをカゴに入れた。
キルアが戻した。イルミが入れた。キルアが戻した。
完全に無言の攻防だった。イルミは表情ひとつ変えない。キルアは「まったく」という顔で淡々と棚に戻し続ける。
レオリオが横目でその様子を見て、隣にいたクラピカに小声で言った。
「[whispers]……大変だな、あれ」
クラピカが一度だけ、静かにうなずいた。二人とも、それ以上何も言わなかった。
調味料コーナーだけは、不思議と静かだった。
クロロ=ルシルフルが、普段見慣れないスパイスの瓶を棚から取り出してラベルを読んでいた。黒い表紙の本を脇に挟んで、しおりに挟んだ小さなメモ紙に何かを書き込んでいる。誰もそこには近寄らなかった。近寄る理由もなかった。
クロロはメモを書き終えると、スパイスを一本カゴに入れた。
メモの隅には、合宿の食事に関係のない地名と、人名らしき文字が走り書きされていた——が、それに気づいた者は誰もいなかった。
---
レジに全員分の商品が積み上がった。
ミリヤがその量を見て、一度だけ大きく息を吐いた。プロだった。計算を始めた。
モラウ=マッカーナシが、全員の前に出た。巨体が通路を塞ぐ。
「[serious]荷物は、俺が全部持つ」
低い声だった。大きな両腕を広げる。
会計が終わった袋が、一つ、また一つとモラウの腕に積み上がっていった。六つ、七つ、八つ。両腕に抱えきれなくなったところで、モラウはためらわずに二本の袋を首にかけた。
そのまま直立した。山のようだった。
レオリオがその姿を見て、少し間を置いてから言った。
「[serious]……まあ。反省してるなら、いいか」
クラピカが無言でうなずいた。
「[serious]割り勘にしよう」
その声に、ヒソカがトランプを一枚、指の間に立てた。
「[sarcastic]ボクは食べてないけど♦」
「[angry]昨日の夕飯も食べてたろ!!」
「[sarcastic]あれは美味しかったね♠」
話がずれた。レオリオが「そういうことを聞いてんじゃない!」という顔をした。
ゴンがパッと手を挙げた。
「[gentle]じゃあヒソカさんのぶんは僕が出しますよ!」
キルアが即座に言った。
「[serious]なんでお前が出すんだよ」
ヒソカが嬉しそうに目を細めた。
「[gentle]ゴンくんは優しいね♦」
レオリオが天井を仰いだ。クラピカが静かに自分の財布を出した。結局、各自が自分の分だけを払うという形に落ち着いた。
ミリヤがレジを打ちながら、さりげなく棚の状態を確認した。欠けているものはない。壊れているものもない。
——今日も無事だったわ。
---
ノッカー・マートを出ると、西の空が赤くなっていた。
クレーナ丘陵の一本道。両脇のカエデが夕日に染まって、砂利道の上に全員の影が長く伸びている。荷物を山ほど抱えたモラウが先頭を歩いて、その後ろに全員がぞろぞろと続いていた。
列の後ろの方で、ゴンとキルアが歩いていた。
ゴンが少し歩みを緩めて、後ろを振り返った。
山のような荷物を抱えたモラウ。「完璧な食材を選んだ」と満足そうなレオリオ。静かなペースのクラピカ。その数メートル後ろを、別々のペースで、でも同じ方向を向いて歩くクロロとクラピカの後ろ姿。ビスケが自分のペースで歩いている。ヒソカがポケットのリンゴをかじっている。ネテロ会長がゆっくり歩いている。キルアのすぐ隣に近づこうとして、またかわされているイルミ。
ゴンは笑った。
ここにいる全員が、本来なら同じ場所にいるはずのない人たちだ。
でも今日、食材を買いに来た。それだけの理由で、みんなが同じ方向を向いて歩いている。
「[serious]何やってんだ」
キルアが戻ってきた。
「[excited]なんでもない!」
ゴンが歩き出した。夕日が丘の木々を赤く染めている。
---
ロッジ・パルマに戻ると、ネテロ会長がエプロンを締め直して全員に向き直った。
「[gentle]では、始めるかの」
「[serious]キルアは玉ねぎのみじん切り」
「[serious]なんで僕まで……」
言いながら、キルアは包丁を持った。暗殺一家仕込みの手つきで玉ねぎを刻み始める。あっという間にみじん切りになっていく。ただし、目に染みた。銀色の髪の下で目が赤くなっていた。
クロロが何も言わずに皿を並べ始めた。棚からお皿を取り出して、食堂のテーブルに静かに並べていく。
ビスケがそれを見た。
「[surprised]あなた、意外とやるわね」
クロロは答えなかった。ただ次の皿を取り出した。
ヒソカがキッチンに入ってきた。
「[sarcastic]ボクは食べる専門で♠」
ネテロ会長がそちらを向いた。
「[gentle]なら皿洗いじゃ」
「[surprised]……え」
「[gentle]食べたら洗う。道理じゃろ」
ヒソカが渋い顔でシンクに向かった。
レオリオが野菜の皮むきに張り切った。ピーラーを持って、じゃがいもに当てる。
それから十秒後。
「[sad]いてえ!!」
皿がカチャリと鳴った。静かな足音。クラピカがキッチンの壁に付いている救急箱を開けた。絆創膏を一枚取り出して、レオリオの前に来た。
何も言わなかった。ただ、レオリオの左手を取って絆創膏を貼った。
レオリオが少しの間、クラピカの顔を見た。
「[gentle]……お前、意外と優しいな」
クラピカが手を放した。
「[cold]黙れ」
短かった。でも、その口元がほんのわずかだけ動いた。笑ったわけじゃない。でも、硬くもなかった。
キルアだけが、みじん切りをしながらそれを横目で見ていた。何も言わずに玉ねぎを刻み続けた。
---
完成した料理が食堂のテーブルに並んだ。
白い湯気が上がっている。ネテロ会長の指揮で作られた煮物と、ゴンとキルアが担当した炒め物と、ビスケ監修の副菜。皿の数は全員分。クロロが並べたやつだ。
全員が席についた。
ゴンが両手を合わせた。
「[excited]みんなで食べるご飯、最高だね!」
一瞬、全員が黙った。
ヒソカが薄く笑った。クロロが静かに本を閉じてフォークを持った。ビスケが「まあ、悪くないわね」という顔で微笑んだ。ネテロ会長がうなずいた。クラピカが黙って箸を取った。
「[excited]三日間お疲れ! 乾杯!!」
コップが持ち上がった。全員分じゃなかった。でも、何人かは確かに持ち上げた。
キルアはチョコロボくんの箱をデザート用に横に置いて、スプーンを持った。
「[serious]……まあな」
小さかった。でも、はっきり言った。
食事が始まった。煮物の出汁の匂いがキッチンから食堂まで広がっている。窓の外はもう暗い。セピナ川の水音が遠くから聞こえた。
---
食後。
テーブルの上に空になった皿が並んでいた。ヒソカがシンクに向かっていた。表情は渋かった。
ゴンが立ち上がった。
「[excited]また来年もやろう!」
キルアが苦笑いした。
「[serious]来年も呼ばれてるのかよ……」
でも否定はしなかった。
帰り支度が始まった。荷物を持って、玄関の方へ向かう。ガタガタと椅子が引かれる音。誰かが廊下を歩く音。
イルミが荷物を抱えて、振り返った。
「[cold]次は、私が幹事をします」
無表情だった。声も平坦だった。
全員が止まった。
誰も動かなかった。誰も何も言えなかった。沈黙が広がった。ヒソカだけが皿を洗いながらそっと首を傾けたが、それ以上は何もしなかった。
ゴンが口を開きかけた。キルアが目で「やめろ」と言った。ゴンが閉じた。
誰も何も言えないまま、時間だけが過ぎた。
---
エピローグ。
ロッジ・パルマの廊下を、管理人のジョバン・ペイリーが懐中電灯を持って歩いていた。六十二歳、元D級ハンター。毎回の退去後に施設を点検するのが習慣だった。
リビングの壁。窓の枠。キッチンの床。異常なし。
暖炉の横まで来た。
ライトを当てた。
石膏の壁に、細いひびが一本、走っていた。
「[serious]……弁償。百二十万ジェニーだからね……」
それだけ言って、メモ帳に書き込んだ。
一方、テーブルの上に置き忘れられた黒い本が、一冊残っていた。
クロロのものだ。本のしおりに挟まれたメモが、少しだけはみ出ていた。
食材の名前と量、ネテロ会長の料理の手順の走り書き——その端に、別の文字が小さく記されていた。地名と、人名らしき文字。そのすぐ下に、ひとこと。
『三日間——収穫あり』
それが何を意味するのか、誰も知らなかった。