呪いで逆転?! アンジュとカトリーナのドタバタ☆入れ替わり学園
呪いで逆転?! アンジュとカトリーナのドタバタ☆入れ替わり学園
ある朝、目を覚ましたアンジュは、自分の声がやけに低くなっていることに気づく。鏡を覗き込むと、そこには親友カトリーナの顔が! 隣の部屋から悲鳴が響く。慌てて駆けつけると、アンジュの体になったカトリーナが、顔を真っ赤にしてパジャマと格闘していた。
異変は二人だけではなかった。謎の呪いが学園を襲い、ほぼ全員が異性の体に入れ替わってしまったのだ。頼れる委員長のリゼは、小柄で可愛らしい男の子の姿に。普段は無口なエルは、少女の体で無言のまま目を見開いてパニックに。学園は笑いと混乱の坩堝と化す。
原因を探るうち、アンジュとカトリーナは気づく。「これって、私たちのせい?」 前日、二人は古い鏡の前で冗談めかして「君みたいになれたら」と願いを口にしていた。それが学園中を巻き込む魔法の呪文を発動させてしまったらしい。
呪いが解けるまで、皆は入れ替わった体で生活しなければならない。カトリーナとして過ごすアンジュ、アンジュとして過ごすカトリーナ。慣れない体での体育の授業、ドキドキの着替え、そして密かな想い人との突然の接近遭遇。かくして、笑い
呪いで逆転?! アンジュとカトリーナのドタバタ☆入れ替わり学園 - 涙の夜、壊れる友情——私が欲しかったのはカトの体じゃない
夜だった。
廊下の足音が、とっくに途絶えて久しい。消灯時間をとおに過ぎた女子寮「ズュートブルーメ」は、重たい静けさに沈んでいた。壁越しに聞こえていた隣室のくすくす笑いも、いまはもうない。
205号室。
窓から射し込む月明かりだけが、部屋の中をぼんやりと青く染めている。
アンジュはベッドに寝転んでいた。
カトリーナの長い銀髪が、枕の上で光の川みたいに広がっている。天井を見上げる紫色の大きな瞳。長い脚を投げ出して、持ち主のものではない体で、ベッドをまるごと占領していた。
(テオくん)
脳裏に浮かぶのは、蜂蜜色の巻き毛。
優しい空色の瞳。
そして、その瞳が向けられていたのは——自分の小さな体に入った親友の姿だった。
中庭の藤棚。図書室の片隅。廊下ですれ違う瞬間。
今日一日、何度も目にした光景が、頭の中で繰り返し再生される。
「アンジュさん」
テオの声。
でも、その声が呼んでいるのは私じゃない。
カトリーナの落ち着いた気品が、アンジュの小さな体を通して滲み出ていて——テオは、それを見ていた。
胸の奥で、ちいさな棘がチクチクと痛む。
さっきまではただの棘だった。でも今は違う。鋭く尖った氷の塊が、胸の真ん中にめり込んでいるみたいだ。冷たくて、痛くて、息がしづらい。
(ずるいよ)
声にならない声。
(私の体で、テオくんに近づくなんて)
頭ではわかってる。カトリーナは悪くない。私の代わりに仲良くしようとしてくれただけだ。ただの、親切だ。
でも——。
ドアの開く音がした。
「ただいま、アンジュ」
聞き慣れた自分の声。
アンジュの小さな体が、そっと部屋に入ってくる。大きな茶色の瞳は、いつものように優しくて、そのくせ今はどこか怯えているようにも見えた。
「……うん」
アンジュは起き上がらなかった。
カトリーナの顔で、カトリーナの長い脚で、ベッドに寝転んだまま。
「今日も、大変だったね。リゼ会長、旧校舎を封鎖したし」
「……そうだね」
「テオくんも、すごく心配して——」
その名前が出た瞬間。
胸の中で、氷の塊が粉々に砕けた。
アンジュはゆっくりと起き上がった。カトリーナの銀の長い髪が、肩からスルリと落ちる。月明かりに照らされた紫色の瞳が、じっと、アンジュの体を見つめ返した。
「テオくんと楽しそうで、よかったね」
空気が、止まった。
カトリーナの大きな茶色の目が、見開かれる。
「……え?」
「よかったね、って言ったの。私の体で、テオくんと仲良くなれて」
口が、止まらない。
止められない。
胸の奥から、どす黒い何かが込み上げてくる。熱くて冷たくて、言葉にするたびに喉が焼けるような——そんな何かが。
「テオくん、カトのこと『きれいになった』って言ってたよね。よかったじゃん。私の体でそんな風に言ってもらえて」
「ちが、違うの……アンジュ、違うの……」
カトリーナが、小さく首を振る。
アンジュの茶色の瞳の縁が、みるみる赤く染まっていく。
「私、アンジュの代わりに、テオくんと仲良くしようと思っただけで……アンジュがテオくんのこと好きだって知ってたから……」
震える声。
アンジュの小さな体が、小刻みに震えている。
「代わり? 代わりって何!? 私の体を使ってテオくんに近づいて! ずるいよ! カトはずるいよ!!」
「ずるくなんか——」
「ずるいよ!!」
絶叫だった。
声が天井に跳ね返って、部屋の中でぐわんぐわん響く。
隣の部屋から、ドサリと何かが落ちる音。驚いた誰かがベッドから飛び起きたのだろうか。でも、もうどうでもよかった。
「私だって、私の体でテオくんに『きれいになった』なんて言われたかった! でも言われるのはいつもカトの体で! カトが私の体で! もうわけがわかんないよ! なんでこんなことになったの!?」
言葉が、支離滅裂。
自分でも何を言っているのかわからない。
ただ、痛い。胸が痛い。カトリーナの顔をした自分が、涙でどんどんぐしゃぐしゃになっていく。それすらもむかつく。
「アンジュ、お願い……落ち着いて話を——」
「もうカトなんか知らない!!」
叫んだ。
叫んでしまった。
一瞬。
永遠みたいな一瞬。
カトリーナの大きな茶色の目から、涙が一粒、こぼれ落ちた。月明かりを反射して、その雫がキラリと光る。
「……私、アンジュのことが大好きだったのに……どうしてわかってくれないの」
囁くような声だった。
でも、その一言一言が、アンジュの胸に重く突き刺さる。
カトリーナは、それ以上何も言わなかった。
涙で顔をぐしゃぐしゃにして、くるりと背を向ける。アンジュの小さな手でドアを開けて——飛び出して行った。
バタン。
ドアが閉まる。
足音が、だんだん遠ざかる。
階段を、駆け下りていく。
そして——静寂。
「……なに、やってんだろ」
一人きりの部屋。
アンジュは立ち上がった。カトリーナの長い脚で、ドアを開ける。追いかけなきゃ。謝らなきゃ。心ではそう思うのに——。
足が、すくんだ。
廊下に、一歩踏み出しただけで、体が動かなくなった。
(言っちゃいけないことを、言った)
壁に手をつく。長い指が、冷たい壁紙を引っ掻く。
(カトは、私のことを思ってくれてただけなのに)
隣の部屋のドアが、小さく開く。
「なに、今の……?」
「アンジュとカトリーナが喧嘩したみたい……」
覗き見る他の寮生たち。ヒソヒソと交わされる囁き。
アンジュはその場に、ずるずると座り込んだ。
「ごめん、カト……ごめん……」
声にならない謝罪。
誰かが「大丈夫?」と声をかけてくる。でも、何も聞こえなかった。涙が止まらなくて、床が濡れていく。カトリーナの長いスカートの裾が、涙を吸って色を変えた。
(親友を失った)
その恐怖だけが、体中を冷たく包んでいた。
──どれくらいの時間が経ったのか。
涙が枯れるまで泣いたあと、アンジュはゆっくりと立ち上がった。
廊下の明かりは落とされ、非常灯だけが緑色の光をぼんやりと投げかけている。深夜の女子寮は、墓場みたいに静かだった。
(カトを探さなきゃ)
でも——どこにいる?
中庭? 図書室? それとも……。
ふと、脳裏に浮かんだ場所。
旧校舎。
(なんで今、あの場所を思い出すんだろう)
でも、なぜか心のどこかが、そこだと叫んでいた。あの鏡——すべての始まりの場所。カトリーナも、もしかしたらそこに行ったんじゃないか? それに——。
(リゼ会長が封鎖した。それでも、私は行かなきゃ)
いや、本当は「カトを探す」だけじゃなかった。
(なぜ、こんなことが起きたのか。もう一度、確かめたい)
カトリーナの長い脚で、アンジュは女子寮の正面玄関を抜けた。
夜の学園は、まったく別の世界だった。
中庭のミラージュガーデン。昼間はあんなに賑やかなのに、今は誰もいない。噴水の水音だけが、やけに大きく響いている。空気が冷たい。頬に当たる風が、乾いた涙の痕を撫でていった。
(カト、どこにいるの)
藤棚の下にもいない。
ベンチにも、誰も座っていない。
アンジュの息が白く濁る。まだ夏は終わっていないはずなのに、今夜は妙に冷え込んでいた。
旧校舎「灰館」。
築120年の石造りの建物が、闇の中にそびえている。月明かりが石壁に当たり、ぼんやりと灰色に浮かび上がる姿は、まるで墓石みたいだった。
正面玄関には「立入禁止」の張り紙。リゼ会長の几帳面な字で、夜間の立ち入り禁止令が書かれている。アンジュは一瞬ためらった。
(リゼ会長に、真実を言わなきゃいけないのに)
言えない。
言えないまま、もう四日が過ぎてしまった。
リゼに真実を隠している罪悪感。テオに想いを伝えられないふがいなさ。そして、親友に吐いたあの言葉。
(全部、私のせいだ)
アンジュは張り紙を無視して、旧校舎の扉を押し開けた。
ギィィィ。
古い蝶番が軋む不気味な音。廊下の空気はひんやりと湿っていて、かすかに埃と古本の匂いがする。壁伝いに灯る非常灯だけが、無機質な緑色の光で通路を照らしていた。
(地下への階段は——)
倉庫棟の片隅。
彼女とカトリーナが、あの日「写し鏡」を見つけた場所。
棚を押しのける。隠された階段。一段、一段、降りていく。靴音がコンクリートの壁に反響して、やけに大きく聞こえた。まるで誰かが後ろからついてきているみたいで、背筋がざわつく。
地下の封印室。
石造りの、がらんとした空間。
そして——あった。
縦1.8メートル、横0.9メートルの全身鏡。黒檀の枠に、銀で鋳造された蔦模様。星明かりすら届かない地下で、鏡面だけがぼんやりとした青白い光を帯びている。
「……カトは、いないか」
誰もいない。
ただ、アンジュの姿をしたカトリーナの顔が、鏡の中から見つめ返してくるだけだ。長い銀髪。紫の大きな瞳。
でも——その顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
(どんなに外見が変わっても、中身は私なんだ)
鏡の中のカトリーナが、歪んだ顔でアンジュを見ている。これが現実だ。外見がどうあれ、中にいるのは——アンジュ・カトリーナ。親友を傷つけて、泣いて、それでも愚かで弱い、私自身だ。
「私は……私でしか、ないんだね」
ぽた。
新たな涙が、また一粒こぼれた。
鏡の前に立つ、カトリーナの顔をした自分の足元に、滴り落ちる。
そして——跳ねた雫の一つが、鏡の枠にかかった。
「……え?」
淡い光。
銀の蔦模様の一部が、涙に濡れたその部分だけ、かすかに発光したのだ。青白く、ぼんやりと。すぐに消えそうな、頼りない光。
でもアンジュは見た。
その光の中に、浮かび上がった数列を。古代ルミエーラ語の——魔法式の断片。
「なに、これ……呪文の、手がかり……?」
心臓が、ドクンと鳴った。
まだ解明されていない、この呪いの真実。7日間で解けると古い日記にはあったけど、もしかしたら——もっと別のなにかが隠されているんじゃないか?
(でも、今はそれより——)
アンジュは唇を噛んだ。
呪いの手がかりより、いま大切なことがある。
「カトを見つけなきゃ」
アンジュは封印室を飛び出した。
駆ける。
長い脚で、全速力で。
中庭。図書室「アルカーナ」。保健室。屋上への階段。男子寮の外まで行った。敷地面積12万平方メートルの学園を、カトリーナの体で隅々まで走り回る。息が切れる。彼女の長い髪が汗で額に張り付いた。
「いない……どこにも……」
中庭の噴水のふちに座り込む。
月明かりだけが、静かにアンジュを照らしていた。
(カトは、わざと私から隠れてるんだ)
その確信が、胸を冷たく締め付ける。
(私が、追い詰めたからだ)
もう、自分自身が大嫌いだった。
(そうだ、丘……)
最後の望みを託して、アンジュは学園の裏手にある「コルヴィーノの丘」へと向かった。桜並木の坂道を、転びそうになりながら駆け上がる。視界が涙で歪む。頂上の小さな東屋——誰もいなかった。
ベンチに誰かが置き忘れた本が一冊。
でもカトリーナはいない。
「カト……どこにいるの……」
東屋の柱に手をついて、アンジュは泣いた。
涙が、もう枯れたと思っていたのに、また溢れてくる。
丘を下りて、学園に戻る。
疲れ果てて、旧校舎の石段に腰を下ろした。冷たい石の感触が、脚から体温を奪っていく。
誰もいない闇。
非常灯の緑色の光すら、ここには届かない。
「……ごめんね、カト」
囁きが、闇に吸い込まれていく。
「私、カトが羨ましかったんじゃない……カトと、友達でいたかっただけなんだ……」
本音だった。
やっと、たどり着いた本音。
入れ替わりなんて、どうでもよかった。テオへの想いより——カトリーナと笑い合える毎日の方が、ずっと大切だったんだ。
でも、その言葉は誰にも届かない。
虚空に消えて、夜の静けさに飲み込まれていくだけ。
アンジュは膝を抱えて、朝まで一人で泣き続けた。
──夜が明けた。
朝日が、女子寮の壁をオレンジ色に染めていく。
アンジュが重い足取りで205号室に戻ると、ドアの前に一枚のメモが貼ってあった。
『アンジュへ。少し、頭を冷やしたい。別の部屋に移ります。 カトリーナ』
アンジュの小さな手で書かれた、几帳面な文字。
部屋の中を見ると——カトリーナの荷物が、きれいさっぱりなくなっていた。本棚からも、机からも、クローゼットからも。彼女の存在の痕跡が、すべて消えている。
「……うそでしょ」
その場にへたり込む。
「アンジュ・カトリーナ!」
背後から、鋭い声が飛んだ。
振り返る。小さな男子生徒の姿をしたリゼが、切れ長の灰色の瞳を怒りに燃やして立っている。
「何があったのか、説明しなさい。昨夜、君たちの部屋から怒鳴り声がしたと報告が上がっている。それにカトリーナが今朝、私のところに来て別室への移動を申請した」
「……私」
「何があった」
アンジュはうつむいた。
言えるわけがない。私が、親友に嫉妬して、ひどい言葉をぶつけたなんて。自分たちの軽率な行動が、学園中を巻き込んだなんて。
何も言えない。
ただ、唇を噛んで、首を振るだけ。
「……そうか」
リゼは小さなため息をついた。
その時、廊下の向こうから足音が聞こえた。
蜂蜜色の巻き毛。空色の瞳。
テオだった。
「アンジュさん——じゃなくて、カトリーナさん? あの、大丈夫? 顔色がすごく悪いけど……」
心配そうな声。
優しい、手を差し伸べるような声。
でも——その顔を、直視できなかった。
テオが見つめているのは、カトリーナの外見だ。彼の優しさは、今は痛みでしかなかった。
(私のせいで)
親友も。
密かな恋も。
仲直りのチャンスも。
すべてを、この手で壊してしまった。
アンジュはテオの問いかけに答えず、ただドアを閉めた。
リゼの困惑した顔。テオの心配そうな声。すべてを遮断して、一人きりの205号室。
机の上に、一枚の写真が置き去りになっていた。
カトリーナが忘れていったものだろうか。先月の学園祭の準備中に、クラスメートに撮ってもらった二人のツーショット。小さなアンジュと、背の高いカトリーナが、肩を寄せ合って笑っている。
「……なんで、こんなことに」
呪いの七日間は、まだ二日残っている。
でも、友情の修復には、きっともっと長い時間が——もしかしたら、永遠に足りないかもしれなかった。
窓の外、中庭の噴水が朝日にキラキラと輝いている。
昨日までは、あの噴水の前でカトリーナと待ち合わせをして、一緒に教室に行った。
そして明日からは——一人で行く。Noveliaとは?
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