リムルさんちの大家族日記
テンペストは今日も平和。たぶん。
毎朝、魔王リムルは同じことでため息をつく――それは「朝食会議」。シュナは和食を提案し、ベニマルは味見を始め、ソウエイは一言で片付け、ハクロウは食事の魂について長々と語り、ランガはリムルの足元で尻尾を振る。そしてシオンが黒くて謎めいたものを持って乱入し、それが食べ物だと主張する。テーブルはいつも通りの大混乱。
リムルは毎日心の中で思う。「俺は魔王なんだぞ?」
これはテンペストのごく普通の日々を記録した物語。ゴブタは町で迷子になり、ゴブゾ部隊は迷子の子供と勘違いした優しい人々に助けられる。ミリムが訪れては何かを壊す。ガビルはカッコよく登場しようとするが毎回失敗。クモ子は夜中にこっそりと何かを作り、朝には城の廊下に新たな謎の罠が仕掛けられている。
最大の問題はシオン。リムルを助けたいという気持ちは本物だが、料理はひどく、書類仕事はめちゃくちゃで、力が強すぎてドアを壊しまくる。リムルは毎日「ありがとう、シオン」と言いながら、内心では静かに泣いている。
ある日、リムルはひらめく。「テンペストの観光パンフレットを作ろう!」自分たちの故郷の素晴らしさを他国
リムルさんちの大家族日記 - 魔王なんだけどな……毎朝カオスの朝ごはん会議!
食堂に、誰もいない。
テンペスト城の一階、大きな長テーブルが三つ並ぶ大食堂。壁にはシュナが織ったタペストリーが飾ってあって、天井には魔素灯がじんわりとオレンジ色の光を灯してる。まだ朝早い時間だから、外はうっすら明るいくらい。鳥の声がどこかから聞こえてくる。
その静かな食堂の、一番端の席に、リムルは一人で座っていた。
黒いショートヘア。左右でちょっとだけ長さの違う前髪。白いシャツに黒のスラックス。身長は170センチくらいで、体つきはスレンダーだ。深い茶色の目でぼんやりと目の前を見ながら、温かい湯気の立つ茶碗を両手で包んでいる。
穏やかな笑みを浮かべているのが普段のリムルだけど、今は少しだけ表情が違う。
ため息をついた。
「……また今日も始まるのか」
誰に言うでもなく、独り言だ。
朝ごはん会議。毎朝、テンペスト城の幹部たちがここに集まって、ご飯を食べながらその日の予定を確認する時間のことだ。名前だけ聞けばまあまあ普通に聞こえる。でも実際は、毎朝ちゃんとカオスになる。リムルはそれをわかってるから、毎日ちょっとだけ気が重い。
ここはジュラの大森林の中にある国、ジュラ・テンペスト連邦国の首都、中央都市リムル。魔物の国だ。人口は全部で二十万以上。国を作ったのは二年ちょっと前のことで、それからずっとリムルがトップとして国を引っ張ってきた。
魔王として。
(俺、一応魔王なんだけどな……)
お茶をひとくち飲む。ほんのり甘くていい味だ。これはシュナが選んでくれた茶葉で、今日の朝に淹れてくれたやつだ。こういう小さいことを、ちゃんとやってくれる子がいる。それはありがたいと思ってる。
コトッ。
扉が開く音がした。
「おはようございます、リムル様」
入ってきたのはシュナだった。きれいな桜色の髪を丁寧に結い上げて、和服姿がよく似合っている。穏やかな目をしていて、いつも落ち着いた雰囲気だ。手には料理の乗ったお盆を持っている。
「[gentle]おはよう、シュナ。今日も和食か?」
「ええ。白ごはんに焼き魚、お味噌汁です」
にこりと笑いながら、次々と料理をテーブルに並べていく。白いごはん、焦げ目のついた魚、湯気の立つ味噌汁。
うん、いい匂いだ。
リムルが少しだけ気持ちを持ち直したところで、ドタドタという足音が廊下から近づいてきた。
「おはようございますじゃ!」
白い長髪と白いひげ。背はそこまで高くないけど、背筋がピシッとまっすぐで、なんか老師みたいな雰囲気がある。ハクロウはそういう人だ。ゆっくりとした動作で席に着いて、それから姿勢を正した。
「食事の前に姿勢を確認せよ。背中が丸まっておっては、食べ物に失礼というものじゃ。食とは心を整えるところから始まる。まず体を整える。体を整えることで、心が整う。心が整うことで、一日が整う。一日が整うことで——」
「[serious]は、はあ……」
始まった。
リムルはお茶を飲みながら、ハクロウの話に相槌を打った。止める気は最初からない。止めても止まらないのを知ってるから。
そこへ、廊下の方から大きな音がした。
ドドドド、という地響きのような足音。そしてバーン! と食堂の扉が勢いよく開いた。
黒い。
ものすごく速い黒いなにかが、食堂に突入してきた。漆黒の体毛、流れるような体のライン。嵐星狼(テンペストスターウルフ)のランガだ。普段はリムルの影の中にいるんだけど、朝はなぜかこうなる。
ランガはまっすぐリムルに向かって走ってきた。
速い。
「[scared]ちょ、ランガ——!」
ガシャン!
椅子が一脚、吹き飛んだ。さらにランガのしっぽが横に振れて、もう一脚。二脚の椅子が見事に倒れる中、ランガはリムルの足元でぴたりと止まって、しっぽをブンブン振り始めた。きらきらした目でリムルを見上げてる。
「[sarcastic]……落ち着いて、ランガ」
リムルは苦笑いしながら倒れた椅子を起こした。ランガはしっぽを振り続けてる。本人は悪いことをしたとは全然思ってない顔だ。
「そら見よ。落ち着きがないから椅子を倒すのじゃ。ランガよ、走る前に呼吸を整えよ。呼吸を整えることで、走る方向が定まる。方向が定まることで——」
説教が更新された。今度はランガも対象になった。
リムルはランガの頭をぽんぽんと撫でながら、もう一回ため息をついた。
その瞬間だった。
廊下の方から「ぎゃあ!」という叫び声が聞こえて、ドゴン! という大きな音が響いた。
何かが飛んでくる。
ドゴン! ガシャン! と食堂の入り口を突き破って、勢いよく吹っ飛んできたのは一人のゴブリンだった。ホブゴブリンに進化してるから人間に近い見た目で、でも今は空中にいる。
ゴブタだ。
ゴブタは手に味噌汁の椀を持ったまま食堂に突入して、テーブルのそばにズドンと着地した。そして椀の中身が、きれいにほぼ全部、天井に向かって飛んだ。
ばしゃ。
静寂。
天井から味噌汁がぽたぽたと落ちてくる。リムルは間一髪、椅子を横に動かしてよけた。ランガは素早く影に潜って回避した。シュナは目を閉じて、静かに頭に手を当てた。
「[surprised]また壊れた……」
「見よ! 廊下では足元を確かめながら歩かねばならん! それを怠るから——」
「[scared]す、すいません!! 廊下のタイルが急にびよーんって……!」
ゴブタは床に座り込んで、頭をかきながら叫んだ。
ゴブタはゴブリン族出身で、ちょっとドジなんだけどすごく頑張り屋だ。体はがっしりしてて、丸い顔に人懐っこい目をしてる。今は味噌汁まみれで、でも怪我はしてないみたいだった。
「[sarcastic]……クモスか」
リムルはつぶやいた。
そう、クモスだ。城の地下2階に工房を持ってる魔物で、夜中にいろいろ作ってる。で、朝になると廊下に「試作品」が増えてる。タイルが一枚だけ浮いてて踏むと跳ね上がる罠、とか。それが今朝はゴブタに直撃した。
毎週これなんだよな……とリムルは思った。先週は自分もかかった。魔王なのに廊下の罠にはまるのは、ちょっと恥ずかしい。
「[laughing]毎朝これなんだよ……」
笑うしかない。
シュナが静かにゴブタの頭を拭いてあげて、ハクロウは説教を続けてて、ランガはまた影から出てきてリムルの足元でしっぽを振ってる。
カオスだ。でも、こういう朝がテンペストの普通だ。
───────
しばらくして、食堂が少し落ち着いた。
味噌汁を新しく作り直して、みんなで改めて朝ごはんを食べ始めた。ゴブタも椅子に座って、少し恥ずかしそうにしてる。ランガはリムルの横に座ってる。ハクロウはごはんを食べながらまだしゃべってる。シュナは静かに、でも楽しそうな顔で食べてる。
食堂の角に、静かに立っている人が一人いた。
ソウエイだ。
黒い長髪を後ろで結んで、黒い服を着てる。音もなくそこにいる。顔に表情がなくて、どこか見てるのかわからないような目をしてる。でも確かにリムルのことを見てた。
ソウエイはテンペストの諜報担当だ。影部隊を率いて、大陸中の情報を集めてる。感情を表に出さない人で、しゃべる量も少ない。でも、この人がいるおかげでテンペストは安全に保たれてる部分がある。
リムルがソウエイと目が合った。
ソウエイは一歩、前に出た。
無言で、一通の書類を差し出した。
その瞬間、食堂の空気がぴりっとした。ハクロウも口を閉じた。ゴブタも食べる手を止めた。ランガもしっぽの動きが止まった。
「[serious]……報告書か」
リムルは受け取って、読み始めた。
ブルムンド王国——テンペストの西、街道で繋がってる人間の国——の商人たちへの聞き取り調査。他の国の貴族や旅人の声もまとめてある。
内容を読んで、リムルは表情が変わった。
「……まだ、そう思われてるのか」
書類には、こう書いてある。
周辺国のほとんどの人間が、テンペストのことを「魔物の恐ろしい国」「近づいてはいけない場所」だと思っている。ブルムンドとの交易はあっても、テンペスト自体に足を踏み入れようとする人はごく少ない。理由は「怖いから」。
(……そうか)
リムルは書類から目を離して、食堂を見回した。
温かい朝ごはんがテーブルに並んでる。魔素灯がオレンジ色の光を落としてる。シュナが丁寧に作った料理、ゴブタがどっかで転んだ跡、ランガのしっぽが揺れてる。ハクロウが姿勢の話をしてる。
こんなに普通の国なのに。
怖い、か。
「[serious]……ソウエイ、ありがとう」
ソウエイは無言でうなずいた。それだけだった。でも、こうやってちゃんと情報を持ってきてくれるのが、ソウエイという人だ。
リムルはしばらく考えた。
外の国の人たちは、テンペストのことを知らない。知らないから怖いと思ってる。なら、知ってもらえばいい。
「[excited]よし」
リムルは立ち上がった。
「パンフレットを作ろう」
食堂の全員が、リムルを見た。
「テンペストの紹介パンフレット。外の国の人たちに、ここがどんな場所か伝えるやつだ。こんなにいい国なんだってこと、ちゃんと見せたい」
言い切った。我ながらいい考えだと思った。
で、その次の瞬間。
「それは良いことを思いつかれた! しかし、まず心構えが大切じゃ。パンフレットというのは外に向けた顔、つまり国の品格そのもの。品格とは日々の積み重ねから——」
説教が再開した。
ランガのしっぽがリムルの椅子の足に絡んで、椅子がぐらりと揺れた。
「[scared]わっ——!」
「あの、俺……パンフレットって何ですか?」
ゴブタが素直な顔で聞いてきた。
リムルは椅子にしがみついたまま、ちょっとだけ頭を抱えた。
(この国を紹介するパンフレット……どう作ればいいんだ)
見渡せば、説教中のハクロウ、しっぽを振り続けるランガ、きょとんとしてるゴブタ、静かに食べてるシュナ、無表情のソウエイ。
このメンバーで、か。
(……まあ、なんとかなるか)
なんとかならないかもしれないけど、やるしかない。
リムルは椅子を立て直して、もう一度座り直した。朝ごはんを食べよう。まずそこからだ。
そのとき、ふとリムルは気がついた。
食堂の壁の掲示板に、一枚の紙が貼ってある。
いつからあったんだろう。さっきまで気づかなかった。
立ち上がって近づいてみた。白い紙に、文字が書いてある。宛先には「リムルへ」とだけ書いてあって、差出人の名前はない。
折りたたんで貼ってあるやつを、リムルははがして開いた。
一行だけ、書いてあった。
———テンペストの本当の姿を、おまえは知っているのか?
リムルは止まった。
(……なんだこれ)
いたずら? 誰かのジョーク? でも書き方が、なんかちょっと引っかかる。
胸の奥で、何かがもぞりと動いた気がした。不安、というほどじゃない。でも、気になる。
「[surprised]その手紙、なんですか?」
ゴブタがすぐそこに顔を出してきた。近い。
「[serious]……わかんない」
リムルは正直に答えた。そして手紙をていねいに折りたたんで、ズボンのポケットにしまった。
(後で考えよう)
「リムル様、ごはんが冷めますよ」
シュナの声が聞こえた。穏やかで、でも少し心配そうなトーン。
「[gentle]ああ、今行く」
リムルは席に戻った。ランガがしっぽを振りながらついてくる。ハクロウはまだしゃべってる。ゴブタが自分の席に戻りながらパンフレットってどんな形してるんですかと聞いてきてる。
白いごはんをよそって、一口食べた。
うん、おいしい。シュナのごはんはいつもおいしい。
(パンフレット、か)
ポケットの中の手紙のことが、頭の隅っこに残ってる。でも今は、目の前のこっちの方が大事だ。
外の国の人たちに、テンペストの本当のことを伝えたい。
そのために、まず何をすればいいか。
朝ごはんを食べながら、リムルは考え始めた。食堂の賑やかな声が、相変わらずいつも通り、あちこちから聞こえてくる。
魔王の朝は、今日もこうして始まった。